挑戦状
綾汰は、すっかり黙ってしまっている。
「そうか。いや、気を悪くさせたのなら、すまん。他意は無いんだが、どうしても俺はこういう話し方になってしまう」
大護も、一応は謝罪のフォローは入れてきた。
「そろそろ始めませんか? 星場さんも仕事があるでしょうし」
玲太郎が、横から割って入ってきた。
藍子はうなずいた。
「アポイントがあるって言ってたもんね。そうしたら、さっそく……」
筆や青花を出し、まずは下絵から取りかかろうとしたところで、突然、綾汰が自分のバッグの中をゴソゴソとあさり始めた。
「何やってるの? 綾汰」
「気にしないで、自分の仕事をしなよ、藍子さん」
「別に教えてくれてもいいじゃない」
「この程度の音で集中できないの?」
「そういうことじゃなくって」
不穏なものを感じ取った。このタイミングで、綾汰が何をしようとしているのか、看過すべきではないと、藍子の第六感が告げている。
「じゃあ、何が起きても、黙って見ててよ」
それから綾汰は、玲太郎のほうへと顔を向けた。
「桐谷さん。よく判断してもらえればと思います」
「は、判断? 何を、でしょう?」
急に声をかけられてびっくりしている玲太郎は、動揺しながらも、聞き返した。
「この藍子さんに、仕事を頼んでいいのかどうか、ってことですよ」
その言葉には、冷酷な響きが伴われていた。
修行中の身の人間が作る、半端な加賀友禅の作品、そんな物であなたはいいのですか? と言わんばかりに。
(やばい……!)
バッグの中身は、予想がついた。
「それとも、僕に頼むか」
綾汰は、バッグの中から、束になった生地の切れ端を取り出した。十枚近くある。それらを、机の上に並べた。
その場にいる全員が、「あっ」と声を上げて、机の上に注目した。
「さあ、その目で判断してください」
作品のサンプル群だ。生地の切れ端ではあるが、しっかりと糊置きから彩色まで施されている。このサンプル単体では用をなさないが、綾汰がどのような物を作るのか、その実力を実際に目で見て推し量る分には、十分な物だ。
「加賀友禅は、年々売上が落ちている。だから、いつどんな商談があってもいいように、僕はこういうサンプル品を作っていたんだ。着物の写真を見せたところで、最近はピンと来ない人が多いからね、直接、その目で、色味を見てもらったほうが、やりやすいんだ」
サンプルのデザインは、藍子の図案ほどの遊びはない。だが、花や草木を描いた自然美を題材にしたものから、幾何学模様や、曲線を幾重にも波のようにあしらった模様等、バリエーション豊かな種類が用意されている。
一方で、藍子には、何も無い。
かつて千都子の下で作り、酷評された作品の写真以外に、これが自分の手掛ける友禅作品、と伝えられるような物は、何も無い。
「綾汰、どういうこと? 私に協力してくれるんじゃなかったの?」
「もちろん、藍子さんは藍子さんで、今から何か作ればいいよ。そのために道具は貸してあげた。だけど、僕自身が営業活動をしてはいけない、なんて話は無かっただろ? 最初に言ったじゃないか、僕が何をしようとも、文句を言われる筋合いはない、って」
やられた、と思った。あの時の言葉の意味を、ようやく理解することが出来た。
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