いまどき珍しいヒーロー

 たちまち、周りから拍手が湧き起こった。こんなにもヒーロー然とした男には、そう滅多に会えるものではない。みんな、感動の眼差しで、巨漢のことを見ている。


「ごめんなさい、私の、せいで」


 やっと誰かに助けてもらえた安心感からか、新人バイトの子はボロボロと涙をこぼし始めた。何度も「ごめんなさい」を言う彼女に対し、巨漢は首を横に振った。


「そういう時は、謝るんじゃない。あんたは何も悪いことをしていない。ただ、『ありがとう』を言ってくれさえすれば、それでいい」

「あ……ありがとう……ございます」


 新人バイトの子は、なお泣きじゃくりながら、巨漢にお礼を言った。


 レジが直り、ようやくお客さんの列がさばけたところで、巨漢は自分のパンを持ってきた。

 全部、パンダや亀等の、動物をかたどったファンシーなパンだ。

 その見た目とのギャップに、藍子を始め、店員達はクスクスと笑った。


 いまどき、こういう真っ直ぐな人もいるんだな、と藍子は感心して、巨漢が店の外へと出ていくのを眺めていた。




 今日は午前中だけのシフトなので、パン屋の仕事が終ってから、藍子はすぐカフェ「兎の寝床」に立ち寄った。


 デザインの図案について、玲太郎と相談するためだ。


 晃も、旅館のほうは夕食の提供はないので、多少時間は取れることもあり、両親やパート従業員に任せて、藍子から遅れること一〇分ほどで、カフェにやって来た。


 図案に関する打ち合わせは、順調に進んでいる。


 まずお店のイメージ画像。これは入り口のドアにあしらったり、ホームページに使ったりする。


 それから、店内の内装。壁紙の一部に施したり、カウンターに置く敷物等に使う。


 最後に小物類だ。小物については、出来合いの物を買ったほうが良いのでは、と藍子は意見を言ったが、玲太郎としてはお店全体の統一感を図りたいとのことで、今すぐ全部ではなくてもいいので、出来るところから揃えていきたいという意向だ。今回はひとまず、コースターを作ることにした。

 コースターのデザインは、藍子が見せた「橋の上の兎」を始めとし、金沢城や兼六園といった、わかりやすい図案を交えて、計三種となった。


 そうやって三人であれこれと意見を出し合っているうちに、いつの間にか時刻は午後三時を回っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る