輪島塗

「そろそろお昼にしない? もう頭も回らなくなってきているし」

「いいね。近くに美味しいイタリアンのお店があるけど、そこはどう?」


 晃の提案に、玲太郎は目を輝かせ始めた。


「僕、そこ行ったことあるかもしれません。五郎島金時のアイスとかがデザートで出てくるお店じゃないですか?」

「そう、そのお店。半年くらい前だけど、パスタやリゾットも美味しかったし、かなりオススメだよ」

「いいですね! 行きましょう!」


 玲太郎が乗り気になったことで、お昼ご飯の場所は決まった。


 カフェから歩いて数分のところに、目的のイタリア料理店はあった。ちょっと値段は高めで、藍子は一瞬動揺したが、


「ここは俺が出すよ。上条さんも、玲太郎君も、これからの活動でお金がかかるだろうから」


 と晃が親切にも申し出てくれたので、その言葉に甘えることにした。


 席に座り、注文を終えた後、水を飲んでいると、急に晃はあらたまった様子で相談話を持ちかけてきた。


「玲太郎くん。実は、よかったら、カフェの食器類については、俺の友人を紹介したいのだけど、いいかな?」

「その人は、食器作りの人なんですか?」

「ああ。輪島塗、って知ってるかな。俺の友人は、その塗師なんだ」


 え⁉ と玲太郎は声を上げた。


「遠野君、よくそんな人と友達になってるね」


 藍子も感心して、目をまたたかせた。


 輪島塗は、加賀友禅同様に、石川県の伝統産業の一つだ。


 いわゆる漆器である。木材を漆でコーティングすることで、見た目に艶をもたらし、木の素材の良さを生かす。手に持てば軽やかで、指にしっくりと馴染む質感。欠けや割れが出ても修復が出来る。それが、輪島塗の特徴であり、魅力でもある。


 その職人を、晃は紹介出来る、というのだ。


「大丈夫ですか? 輪島塗なんて、すごくお金がかかりそうなイメージですけど」


 心配そうにしている玲太郎に対して、晃は手を振りながら、「平気、平気」と返す。


「これは俺からのサービス。代金については俺がなんとかするから」

「そんな! ただでさえお世話になってるのに、この上、遠野さんにご迷惑をおかけするなんて」

「迷惑なんてことないよ。俺にとっても、今回の話は、すごく意味あることなんだ」


 そんな晃の言葉に、藍子は何か奇妙なものを感じた。


 意味あること、とはどういうことなのだろうか。単純に善意で手伝ってくれている、というわけではないのか?


 まあ、そのうち真意はわかるだろう。それよりも、まず気になるのは、晃の交友関係だ。旅館業という仕事柄かもしれないが、いくらなんでも色々な道に通じ過ぎている気がする。

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