レジトラブル

「えっと、うちの店に、ご用でしょうか?」


 早くこの場を切り抜けたくて、話題を変えてみた。


「おお、そうだった。パンを買いに来たんだ」


 ポン、と手を叩き、男は藍子の前から離れた。


 やっと解放された……と安堵のため息をついていると、今度は、店内から怒鳴り声が聞こえてきた。


「いつまでモタモタやってんだよ! 急いでんだよ!」


 中を覗いてみると、新人のアルバイトの子が、泣きそうな顔をしながら、レジと格闘している。

 その前で、頭の禿げ上がった小太りのサラリーマンが、苛立たしげに足踏みして待っている。


(大変、あの子、パニックになってる!)


 すぐに助けに入ろうと、店の中に藍子は戻ったが、またサラリーマンが大声を上げた。


「おいおい、朝の一分は貴重なんだぞ! もっと手際よくやれよ!」


 その甲高くて、ヒステリックな声音に、店内の他のお客さん達も、嫌そうに顔をしかめた。


「お釣り出すだけで何分待たせるんだよ!」


 なおも怒鳴り続けるサラリーマン。よほどストレスが溜まっているのか、立場が弱く、気も弱そうな新人アルバイトを捕まえて、鬱憤晴らしをしている様子だ。


(いくらなんでも……!)


 こういう時は、さっさとトラブルの原因を解決するのが一番で、つまりレジを元通り使えるようにすればいいのだが、それでは藍子の腹の虫が収まらない。ひと言くらいはあのサラリーマンに物申したい。


 そう思って、後ろから近寄ってやろうとしたが、先に、他の男が割り込んできた。


 さっき、店の前で藍子のイラストを誉めた、あの色黒の巨漢だ。


「よせ。大の大人が、みっともないぞ」


 サラリーマンは振り返り、巨漢のことを見た瞬間、ギョッとした表情になった。


 身長差は二〇センチほどあるだろうか。筋肉質に横幅のある巨漢と、ただ太って横に広いサラリーマン。二人が喧嘩にでもなったら、まずサラリーマンに勝ち目はない。


「恫喝して焦らせれば焦らせるほど、解決は遠くなっていく。それにこの子、『研修中』の札を付けているじゃないか。大人の男として、温かい目で見守ってあげるという、そういう心遣いはないのか」


 意外と、巨漢は、その体格の良さに任せて威圧するのではなく、穏やかな口調で理路整然と説き伏せにかかった。


 ここまで真っ向から正論を言われては、何も返しようがない。

 サラリーマンは顔を真っ赤にして、押し黙ってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る