第15話

 武器屋で買うものをひととおり揃えた俺とセレブロは、会計カウンターで支払いをする。


「聖女用のローブと魔法のリュック、中に入ってたものも含めてぜんぶで40万エンダーだ。

 ハシタはサービスしとくぜ」


 と、店のオヤジは俺に告げる。

 俺は「これで払いたいんだが」とポケットから金貨を1枚取りだし、ショーウインドウにもなっているガラスのカウンターに置いた。


 この金貨は『竜の堕とし子』のブレイン・イーターがいた場所にあったものだ。

 コインの形状をしているが、この国の通貨ではない。


 しかし金でできているなら、取引にも使えるだろう。

 しかしオヤジはいぶかしげだった。


「金貨かよ。ホンモノだろうな? ちょっと待ってろ」


 オヤジは鑑定用のルーペを片目にはめて、金貨をしげしげと見つめる。

 そして「ほう」と驚いたような声をあげた。


「純金じゃねぇか。これなら金貨4枚分ってところだな」


 俺は「よし」と頷いて、追加でさらに4枚の金貨を取り出してオヤジに渡す。


「金貨を1枚多くやるから、お釣りをもらえるか? 金貨以外の手持ちが欲しいんだ」


「換金ってことか? いいぜ。

 ただし最初の1枚だけホンモノかもしれねぇから、残りの4枚も鑑定させてもらうからな」


「好きにしてくれ」


 俺はオヤジが金貨を鑑定している間、これからのことに思考を巡らせる。


 これで装備が揃ったとして、次の問題はレベルだ。

 サップスライムにも勝てないとなると、どうやってレベルを上げればいいんだろうか……。


 ふと、俺の隣にいたセレブロがショーウインドウを覗き込んで、「ふわぁ」と声をあげていた。


「ミカエル様、こちらに飾ってあるのはなんというお薬なのですか? とってもキレイです」


 見るとガラスケースの中には、この店でも最も高価な品物であろう魔法石が展示されている。

 キラキラな宝石たちの中にあっても負けぬ輝きを放つそれは、内容液が虹色に輝く1本のポーションであった。


「ああ、それはレベルアップポーションだよ。飲めば1レベル上がる……」


 俺はハッとなった。


「お……オヤジ! このポーションもくれ!」


「えっ? このポーションはレベル10以下のヤツにしか効果がねぇぞ?

 貴族とか王族とかの、いいとこの坊ちゃんが飲むようなヤツだ。

 売っている俺が言うのもなんだが、バカげたシロモノだぞ」


 ところがどっこい、レベル0で八方塞がりだった俺にとっては、バカげているどころか救いの神のようなシロモノだ。


「いいから売ってくれ、いくらだ!?」


「1本60万エンダーだ」


「ろ……60万!? 買った装備全部より、このポーションひとつのほうが高いのかよ!?」


「だから言っただろ、バカげたシロモノだって。

 嫌なら買わなくたっていいんだぜ」


「わ、わかった、買う!」


 俺はポケットからさらに6枚の金貨を取り出し、ガラスケースの上にバンと置いた。


 会計をすませた俺は、さっそくレベルアップポーションの封を切り、ひと口飲んでみた。


 まっずぅ……!


 ポーションというのはどれもマズいものだが、これは格別だ。

 生前、腐った魚を食べたあとにゾンビになったヤツの、尻から出てきた魚みたいな味がする。


 店のオヤジは、レベルアップポーションを飲みやすくする別売りのポーションを勧めてくれたが、それがまたバカ高いので俺はことわった。

 シオシオの顔でポーションを飲む俺を、セレブロはじーっと見つめている。


「それは、どんなお味がするものなのですか?」


 地獄の鬼が漬けた梅干しを口いっぱいに詰め込まれたみたいな、俺の顔を見てもなお味が気になるらしい。


「ひと口、飲んでみるか?」


「えっ、よろしいのですか?」


 飲みかけのポーションを渡してやると、セレブロは『うれしはずかし』といった様子で受け取った。

 頭の上には、『これってもしかして、間接キス……!? キャーッ!?』と浮かれた文字が。


 しかしその浮かれっぷりは、ひと口で消え去った。


「おうっ……! うぇぇぇ……!」


 真っ青な顔で口を押えるセレブロ。

 さっきまでの神々しい美しさはすっかり鳴りをひそめ、二日酔いの駄女神みたいになっている。


 あやうくポーションを落としそうになっていたので、俺は慌てて受け取り、残りを飲み干す。


 すると、久々に俺の目の前に半透明のウインドウが現れた。



『レベルアップポーションを飲んで、1レベルアップ!

 「光速レベルアップ」のスキルで10倍され、10レベルアップしました!』


-------------------


ミカエル・イネプト

 LV 0 ⇒ 10

 HP 1 ⇒ 28

 MP 1 ⇒ 19


 ●ルシファー

   ビギニング

    アブソーブ


   ブレイン

    マインドリーダー

    ブレインクラッシュ


   ロストパワー

    シャドースライム、キャノタウロス、イフリート、フローズン、女帝蜂、ブレイン・イーター、ゴブリン


 ●光速レベルアップ


-------------------


「よしっ……!」


 俺は思わずガッツポーズを取る。

 『光速レベルアップ』のスキルは戦闘だけでなく、ポーションによるレベルアップも10倍してくれるのか。


 マズいポーションを60万も払って飲んだ甲斐があったというものだ。


 これでまた、生き延びられる……!


 俺は、死んだ魚のような目になってしまったセレブロを引きつれ、意気揚々と武器屋を出る。

 すると武器屋の向かいに、酒場があるのが目に入った。


 『竜の堕とし子』に落ちてどのくらいの時間が経ったかわからないが、そういえば長いことなにも食べてない気がする。

 俺は何の気なしにセレブロに尋ねた。


「なあセレブロ、魔王は食事をするとどうなるんだ?」


 セレブロは気持ち悪いのを押して、健気に答えてくれる。


「魔王はレベルを消費して生きておりますので、食事も睡眠も必要ありません。

 ですが食事や睡眠を取ることにより、レベルの消費を抑えることができます」


「なら、ここいらでメシでも食うか。

 俺はちょうど小腹も空いたし、ポーションの口直しにもなるだろうし」


「は、はい、かしこまりました……」


 セレブロは病人のように食欲が無さそうだったが、酒場に入ってメニューを見るなり一気に復活した。


「み、ミカエル様! わ……わたくし、白いパンと白いミルクが頂いてみたいです!

 幼い頃に絵本で読んで、ずっと憧れていんたです!」


 パンとミルクに憧れるなんてスラム街の貧乏人みたいだな。

 俺はまあいいやと思い、パンとミルクのほかに適当に白そうなものを注文した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る