第14話

 俺が新しく体得した魔王のスキル、『ブレインクラッシュ』は脳を破壊する効果を持っていた。


 脳の破壊。

 それは俺がイネプト一族のヤツらに、ずっと仕掛けられ続けてきたことだ。


 脳が破壊されると、想像しえないほどの絶望感と虚脱感に囚われる。

 身体じゅうが、路地裏に植えられたヒマワリみたいに生きるのをあきらめるようになるんだ。


 このスキルを使えば、俺をこんな目に遭わせたヤツらにも、仕返しができる……!?


 そう考えた途端、俺の心にどす黒い炎が灯った気がした。

 しかし目の前にはそよ風のように心地よい笑顔があったので、すぐに吹き消された。


 俺は過去を振り払うように首を振る。


「よし、それじゃあセレブロ、ここでこうしててもしょうがないから、近くの街に行こうか」


「かしこまりました。街というのは人がたくさんいる場所ですよね? わたくしは行ったことがないので、とっても楽しみです」


 俺は周囲を見回し、現在地から少し離れた場所に小高い丘を見つける。


 あの丘が、俺が突き落とされた『竜の堕とし子』の入口がある場所だ。

 丘から北のほうに行くと、『グラッソンの街』がある。


 このあたりはほとんどが草原で、ぽつぽつと森があるのみ。

 モンスターや盗賊などもいないから、レベル0でも街まで歩いてたどり着けるだろう。


 俺はセレブロを引きつれ、北へと進路を取る。

 その途中、森の近くを通ったのだが、『サップスライム』がずりずり這い回っていた。


 『サップスライム』。森の木の樹液が集まって、イタズラな精霊の力によってスライム化したもの。

 冒険者を目指す子供たちの、最初の相手となる雑魚モンスターだ。


 レベル1でも楽勝だったので、コイツになら勝てるはず……。

 と、俺は行きがけの駄賃のような感覚で、そばにいたサップスライムを片手剣で斬りつけた。


 しかし0と1の差は大きいのか、まるでダメージを与えられない。

 セレブロもいっしょになって「えいえい」と砂かけで援護をしてくれたのだが、サップスライムは悠々と這いずっていた。


 いくらやってもカスリ傷ひとつ与えられず、くたびれもうけだったのであきらめて街へと向かう。

 太陽が頭上に来るくらいの頃に、俺たちは『グラッソンの街』に到着した。


 そして、俺はいまさらながらに気付いてしまう。

 セレブロの異質さに。


 セレブロは戦争すらも引き起こしかねない傾国級の美少女。

 しかも黒いドレスなんか着ているから、メチャクチャ目立つ。


 どこかの国のお姫様が迷い込んだのか? と街の人たちは振り返るどころか、立ち止まってセレブロを凝視している。

 しかもセレブロは誰かと目が合うたびに、いちいち立ち止まってぺこぺこ頭を下げていた。


「は、はじめまして、セレブロと申します。街というものに来るのは初めてですので、とっても緊張しております。

 不束者ではありますが、どうかよろしくお願いいたします」


 男も女も、子供も若者も中年も年寄りも、みんながみんな魂を抜かれたように呆然として、頬を赤くしている。

 とうとう人だかりまでできはじめたので、俺は慌ててセレブロを引っ張り、そばにあった武器屋に飛び込んだ。


「せ……セレブロ、まずは服を買おうか。この店で、好きなのを選んでいいぞ」


「えっ、よろしいのですか?」


 キョトンとするセレブロ。


「ああ、その格好じゃ目立ちすぎるからな。

 このあたりじゃ、ドレスなんて貴族か王族が着るもんだ。

 冒険者の格好なら、少しは溶け込めるだろう」


 俺はそのへんにいた女性店員を呼び止め、セレブロに服を見繕うよう頼んだ。

 その間に俺は、装備をととのえることにする。


 俺はこれからセレブロとともに、セレブロの分かれた身体を探しに行く。

 彼女の身体は封印されて閉じ込められているので、場合によっては大冒険になるだろう。


 だから今のうちに、しっかり準備をしておかなくてはならない。

 俺には愛用のリュックサックがあったのだが、『竜の堕とし子』に突き落とされたときに離ればなれになってしまったから、まずは入れ物からだな。


 俺はまず、バッグコーナーでリュックサックを見る。

 金はあるからと、『容量拡張』と『重量軽減』、さらに『耐水』と『耐火』の魔法練成が施された最高級のものを選んだ。


 そこにナイフや地図、ランタンや非常食などの冒険には必須のアイテムを次々と放りこんでいく。

 しばらくして、セレブロが俺の元にやってきた。


「お、お待たせしましたミカエル様、あの、いかがでしょうか……?」


 振り返った俺は、あまりのまぶしさに目が眩みそうになる。


 そこに立っていたのは、純白のローブに身を包んだ、女神のように美しい少女……!


 セレブロはあろうことか、魔王の娘なのに聖女用のローブを選んでいた。

 これは例えるなら、吸血鬼がロザリオを身に付けるようなものである。


 本来は真逆の存在であるというのに、メチャクチャ似合っている。

 どのくらい似合っているかというと、彼女を見慣れた俺ですらその神々しさのあまり、思わず膝を折ってしまいそうになるほどに。


 そして、メチャクチャ目立つ……!

 さっきの黒いドレスの何倍も……!


 俺がすっかり言葉を失っていたので、セレブロも自信を失っているようだった。


「や、やっぱり、おかしいですよね?

 お店の方は、とってもよく似合っているとおっしゃってくださったのですが……」


「ひ……光がしゃべった……!」


「えっ?」


「あ、いや、なんでもない。ちょっとボンヤリしてただけだ。

 セレブロはなんで、その服を選んだんだ?」


 するとセレブロは、夢見るようにはにかんだ。


「あっ、はい。わたくしは黒いものばかりに囲まれて育ちましたので、真っ白なものに憧れがあったんです。

 こうした白い服を着るのが、わたくしの夢だったんです」


 なるほど、そういうことか……。

 魔王城は暗いイメージがあるし、彼女が長いこと閉じ込められていた『竜の堕とし子』は言うまでもない。


 出会ったばかりの頃のセレブロが灰色のドレスを着ていたのは、彼女なりのささやかな抵抗のようなものだったんだろうか。

 俺は大きく頷き返した。


「とってもよく似合ってるよ、よし、じゃあそれにしよう!」


「あ……ありがとうございます!」


 俺に褒められたのが嬉しいのか、セレブロは白い花が咲くように、パァァ……と笑顔になった。

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