第13話

 俺は、『超高速レベルアップ』のスキルを持ち、イネプト一族という大きな貴族の家に生まれた。

 しかしそのスキルは俺が物心ついても効果を発揮することはなく、ずっと一族の落ちこぼれ扱いをされてきた。


 俺は知らなかった。

 イネプト一族は秘伝として『洗脳ブレイン・ウォッシュ』スキルを受け継ぎ、この世界をいいように操っていることを。


 ヤツらはそのスキルをさらに強固なものとするために、俺に叶わぬ恋をさせ、脳を破壊していることを。

 そして俺はついに脳を破壊され、邪竜『ブレイン・イーター』の生贄として、『竜の堕とし子』と呼ばれる深淵に落とされてしまった。


 ……そこで俺は、彼女に出会ったんだ。


 俺はいま、見晴らしのいい草原にいる。

 まわりには素晴らしい景色が広がっているというのに、俺はじっと彼女を見つめていた。


 彼女は薄暗い洞窟の中でも目が覚めるほどの美しさだったが、明るい空の下で見るとさらにヤバい。


 長くて艶やかな黒髪は、陽の光を受けて天使の輪をつくっている。

 肌は何人たりとも踏み込んだことのない雪原のように白く、瞳は誰も立ち入ったことのない湖のように澄んでいる。


 頬に浮かんだ桜色が、みるみるうちに顔全体に広がっていくのがわかった。


「あっ、あの、ど、どうされましたか? ミカエル様。そんなに見つめられると、恥ずかしいです……」


 彼女はもじもじとうつむきながら、俺の名を呼んだ。

 俺も彼女の名を呼ぶ。


「あ……すまないセレブロ。つい、見とれてしまって……」


「や、やっぱりわたくしの顔、変ですよね? 明るい所で見て、びっくりされたんですよね?」


 なにを言ってるんだと俺は思ったが、すぐに理解した。

 彼女はこの世界というものをほとんど知らないからだ。


 なぜならば、彼女は魔王城の中で生まれ、そのとき城は人間の軍勢に囲まれていたらしい。

 城の主である『魔王』は彼女を生き延びさせるため、5つの身体に分離させ、世界の各地に隠したという。


 5つの身体に分かれたうちのひとつ、『脳』を司っているのがセレブロ。

 そう、彼女は魔王の娘なんだ。


 俺は、これから捨てられることを悟った子猫のような顔をしているセレブロに向かって、首を左右に振った。


「いや、セレブロ、キミは最高にかわいい。こうして見ているだけで、どんどん好きになっていく気がする」


「かっ、からかわないでください! そっ、そんなことを言われたら……!」


 セレブロは拒絶するように後ずさり、くるりと背を向けて。

 彼女の頭上には、白い雲のような文字が浮かび上がっていた。


『そっ、そんなことを言われたら、わたくし、ますます好きになってしまいます……!』


 これは、俺が得た魔王の力のひとつである『マインドリーダー』。

 心の中の声を、文字として見ることができるスキルだ。


 セレブロはこのスキルをブロックしているらしく、普段は心の声を見ることができない。

 しかし驚いたりするとその防御が効かなくなって、こうして本音を曝け出してしまうんだ。


 俺は愛おしくなって彼女の背中を抱きしめようとしたが、できなかった。

 なぜなら彼女の背中にはまだ、巨大な蝶の羽根がゆるやかにはためいていたからだ。


 俺は急に現実に引き戻された。


「……なあセレブロ、その羽根って、引っ込められないのか?」


 するとセレブロも背中の羽根に改めて気付き、「わぁ」となっていた。


「す、すみません、お見苦しいものをお見せしてしまって。

 たぶんがんばれば、引っ込められると思います」


 そう言うなり「んしょ、んしょ」といきむようなポーズをとる。

 いったいどこに力を入れているのかわからないが、羽根は少しずつ、背中に吸い込まれるようにして消えていった。


「い、いかがでしょうか? 引っ込みましたか?」


 セレブロは自分の背中を見ようと、その場でヨタヨタと回りはじめる。

 なんだか、自分の尻尾を本気で捕まえようとする子猫みたいで可愛らしい。


 しかし当然であるが、ぜんぜん確認できていない。

 とうとう「んにゅぅぅぅ~!」と変な声をあげて身体をよじりはじめたので、俺は助け船を出した。


「もう引っ込んでるよ。それにセレブロは手鏡を持っていただろう? それを使えば見られるんじゃないか?」


「あ、なるほどです! さすがです、ミカエル様!」


 セレブロは頭にハートを浮かべながら、嬉々として手鏡を取りだしていた。

 そこで俺はふと思う。


「セレブロ、ちょっと持ち物を確認しようか」


 俺たちが今いる草原は実に快適な場所が、いつまでもここにいるわけにはいかない。

 とりあえず最寄りの街まで移動したいところなのだが、その前にふたりの現状を確認しておきたかった。


 俺とセレブロはお互いの所持品を見せあう。


 俺は、腰に携えた片手剣と、ポケットには金貨が20枚ほど。

 金貨は『ブレイン・イーター』のいた場所にあったものを、せっかくだからと頂いたものだ。


 セレブロは、ハンカチと手鏡、そしてボロボロになった手帳を1冊持っていた。

 「その手帳は何なんだ?」と尋ねると、「毎日のことを書き留めている手帳です」という答えが返ってくる。


 なんだか中身が気になったが、おそらくプライベートなものだろうからそれ以上の言及はしない。


 所持品を確認したあとは、俺はあらためてステータスを確認する。


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ミカエル・イネプト

 LV 0

 HP 1

 MP 1


 ●ルシファー

   ビギニング

    アブソーブ


   ブレイン

    マインドリーダー

    NEW:ブレインクラッシュ


   ロストパワー

    シャドースライム、キャノタウロス、イフリート、フローズン、女帝蜂、ブレイン・イーター、ゴブリン


 ●光速レベルアップ


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 レベルは相変わらず0のまま。

 男の魔王はレベルを消費して生き、無くなったら死んでしまうらしいので、これを早いとこ増やさないといけない。


 レベル0のままなのになぜ生きていられるのか不思議だが、今の俺はセレブロの『愛の力』によって生かされているらしい。


 スキルの所を見ると、新しいスキルが増えていた。

 『ブレインクラッシュ』か、なんだか強そうな名前だな。


「なあセレブロ、この『ブレインクラッシュ』ってどんな効果なんだ?」


 すると、彼女はニコニコと教えてくれる。


「はい、そのスキルは対象の脳を破壊するスキルです。

 他の魔王のスキルと同様に、消費するレベルによって効果の強度が変わります。

 軽度だと記憶喪失や記憶障害などの異常を引き起こし、中度だと廃人状態や植物状態にすることができ、強度だと脳死状態にすることができるんです」


 それは、その天使のような微笑みとは真逆の、悪魔のような効果を持つスキルであった。

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