第10話

 邪竜『ブレイン・イーター』を倒した瞬間、俺たちは10000レベルもアップした。

 セレブロが毒針攻撃で5000レベルほどマイナスにしていたが、余裕でお釣りがくる。


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ミカエル・イネプト

 LV 5000

 HP 6206

 MP 5894


 ●ルシファー

   ビギニング

    アブソーブ


   ブレイン

    マインドリーダー


   ロストパワー

    シャドースライム、キャノタウロス、イフリート、フローズン、女帝蜂

    NEW:ブレイン・イーター

    NEW:ゴブリン


 ●光速レベルアップ


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 人間のときは1年で2レベルがやっとの世界だったのだが、今や2レベルなんて些末なものだ。

 いきなり大金持ちになったようなヤツは、こんな感覚を味わっているんだろうか。


 それから俺たちは探索を再開する。

 ブレイン・イーターがいた所には多くの分かれ道があったが、その中でもいちばん大きい、巨大トンネルのような通路を選んで進んだ。


 そして、大きなドーム状の一室に着く。


 そこは最深部の一角に過ぎないのに、とても明るかった。

 この地下迷宮ダンジョン内において、もっとも地上に近い場所なのではないかと思われるほどに。


 上を見上げると、すり鉢を逆さまにしたような天井から、遥か上に風穴が続いている。

 上空には、暗幕を針で突いたようなちいさな光が瞬いていた。


「もしかしてあの穴は、地上に続いているのか?」


「はい、そうですね。ここは地上から直通の穴が空いている、唯一の場所です」


 俺の背後にいるセレブロが静かに言った。


「なら、この穴を通っていけば、一気に外に出られるということじゃないか!」


 嬉々として振り返る俺。

 しかしセレブロはうつむいていた。前髪を暗幕のように垂らして。


 「どうしたんだ?」と尋ねるより早く、俺は違和感に気付く。

 俺の足元には、いつの間にか花畑が広がっていた。


 それは見間違えようもない。

 セレブロと初めて会った場所にあった、悲しい花言葉ばかりの花々。


「なっ……!?」


 セレブロに近づこうとしたが、見えない壁に阻まれる。

 次の瞬間、黒薔薇のようなオーラが俺を包み込むように現れた。


「これは、まさか……!?」


 息を呑む俺に、微動だにしないセレブロが静かに告げる。


「はい。『盾』です。レベルをお借りして、『結界』と『盾』を作らせていただきました」


「なぜ、そんなことを……!?」


「わたくしが、最後の力を使うためです。

 これから足元のお花を成長させて、ミカエル様を地上へとお還しします」


 まるで出会ったばかりの頃に戻ったかのような、淡々とした口調。

 俺は壁に張り付いて叫んだ。


「なんだって!? それじゃあキミはどうなるんだ!?」


「ここに残ります」


「なぜだ!? なぜ今になって急に、そんなことを言い出すんだ!?」


「実は、わたくしは知っていたのです。

 この『竜の堕とし子』からは、何人たりとも生きては戻れないと。

 なぜかというと、途中の階層に門があるからです。

 その門は入口側からは通ることができますが、戻るためにはとある一族に伝わる秘術が必要とされているのです」


 俺の視線が少しずつ高くなっていく。

 足元の花が急速に成長し、俺をじわじわと押し上げているのだ。


「しかし、例外がひとつだけあります。

 それは、この太陽の差し込む部屋で、わたくしの力を使うことです。

 でも、わたくしの力……その花は、ひとり分しか支えることができないのです」


「なら、他の方法を探せばいいじゃないか!

 地下迷宮ダンジョン内を探索すれば、なにかいい方法が見つかるはずだ!」


「いいえ、ありません。それに、これから上の階層はさらなる困難が待ち受けていることでしょう」


「それがなんだってんだ! ふたりなら、きっと乗り越えられる……!」


「わたくしは、ミカエル様がこれ以上、大変な目に遭うのを見たくはないのです。

 それに……わたくしはもう、じゅうぶんなのです」


「えっ」


 セレブロの声は震えていた。


「初めて人間の殿方にお会いできただけでも、じゅぶんだったのに……。

 それなのに、スライムさんになっていっしょにぷるぷるしたり……。

 キャノタウロスさんのお背中に乗せていただいて、走り回ったり……。

 フローズンさんになって、たくさんの蜂さんをやっつけたり……。

 いっしょに協力して、邪竜さんまでやっけられるとは思いませんでしたけど……」


 セレブロの肩は震えていた。


「それにわたくしが一緒ですと、ミカエル様にご迷惑がかかってしまうのです。

 ミカエル様の脳はわたくしの脳の一部が入っておりますが、それはわたくしと離れることにより、元の脳にじょじょに修復されます。

 そうすれば、ミカエル様は人間に戻ることができまるのです。

 しかしわたくしと一緒にいる以上、ミカエル様の脳は元通りになることはありません。

 むしろこのままですと、本当の魔王になってしまわれます」


「魔王になる!? それが何だってんだ!

 キミのためなら、俺はっ……!」


 俺は障壁を拳でブッ叩く。

 しかしびくともしなかった。


「無駄なことはおやめください。

 その『盾』を壊すには、作るのに消費したレベル以上の攻撃をしなくてはなりません」


 俺はとっさにステータスウインドウを開く。

 残っていたレベルは、2500だった。


 と、いうことは……!


 俺の考えを見通すかのように、セレブロが言い添える。


「はい。その『盾』を作るのに、2500のレベルを使わせていただきました。

 壊すためには、最低でも2500のレベルを消費しなくてはなりません。

 『盾』を壊した時点でレベルは0となります。

 そんなことをしたら、ふたりともここで死んでしまうでしょう」


 セレブロは全身を震わせながら、声を振り絞る。


「ですからこのまま、地上にお戻りください……!

 このわたくしのことなど忘れて、人間の世界へとお戻りください……!

 レベルが2500もあれば、人間の世界では英雄となれるでしょう……!

 わたくしといっしょにいるより、ずっとずっと、幸せになれることでしょう……!」


 バッ! と顔を上げるセレブロ。

 声は冷静さを取り繕っていたが、顔はいまにも泣き出しそうだった。


 少女は涙を押しとどめるように、声をかぎりに叫んだ。


「ミカエル様とお会いできて、わたくしは幸せでしたっ!

 ミカエル様の汗を拭うことができて、幸せでしたっ!

 ミカエル様のために必死になって戦うことができて、幸せでしたっ!

 ミカエル様の胸のぬくもりを感じることができて、とっても幸せでしたっ!

 誰かといっしょになにかを成し遂げることが、こんなに素敵なことだったなんて……!

 わたくしは、この素敵な思い出さえあれば、ひとりでもへっちゃらです!

 ですからわたくしのことは心配しないでください……ねっ!」


 無理やり作る笑顔から、滝のような涙が溢れ出す。

 俺はすでに、セレブロを見下ろすほどの高さまで来ていた。


 このまま彼女の力を借りれば、地上へと戻ることができる。

 彼女の言うようにレベルが2500もあれば、俺を追放したヤツらに仕返しができ、英雄にもなれるだろう。


 地位も名誉も、金も女も好きなだけ手に入るに違いない。

 ママリアも俺のことを見直して、惚れ直してくれることだろう。


 ……それならもう、考えるまでもないよな。


 出会って間もない女の子と、ずっと好きだった初恋のひと。

 それだけじゃなくて、世界中の女までもが手に入るんだ。


 ……そんなのはもう、天秤に乗せるまでもねえよなぁ。


 俺にはもう、なんの迷いもなかった。


「そんなチンケなもの……。

 クソ喰らえだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 ……ドガッ……シャァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーンッ!!


 俺はすべての想いを乗せたパンチで、『盾』をブチ破る。


 割れた鏡のように散る破片には、もうヤツらの想い出など映っていない。

 すべてはひとりの女の子だった。


 静かなセレブロ。

 悲しそうなセレブロ。

 真剣なセレブロ。

 困るセレブロ。

 怒るセレブロ。

 照れるセレブロ。

 喜ぶセレブロ。

 いじけるセレブロ。

 泣くセレブロ。

 慌てるセレブロ。


 そして、花のように微笑むセレブロ……。


 セレブロ……セレブロ、セレブロセレブロ……!

 セレブロセレブロセレブロセレブロセレブロっ……!!


「セレブロぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

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