第9話

 時は少しだけ戻る。

 俺たちは通路の途中で座り込んで話し合っていた。


「ブレイン・イーターはこれまでに戦ってきたモンスターとは桁違いの強さのはずだ。

 まともにやりあっても勝ち目はないから、不意討ちで一撃で倒すしかない」


 セレブロはこんな時でも、きちんと正座して話を聞いていた。

 真剣な顔で、こくこくと頷き返しながら。


「はい、ミカエル様のおっしゃる通りだと思います。

 でもブレイン・イーターさんは、邪竜さんと呼ばれるドラゴンさんですよ。

 一撃でやっつけるなんて、無理ではないでしょうか?」


「いや、邪竜とはいえ弱点がひとつだけある。

 すべての竜のアゴの下にあるといわれる、『逆鱗』だ」


「なるほど。逆鱗というのはとても敏感な部位で、撫でただけでもドラゴンさんはとってもお怒りになられるといいます。

 そこを狙うことができたら、やっつけられるかもしれませんね。

 でもどうやって、ブレイン・イーターさんのアゴの下に近づけばよいのでしょうか?

 ブレイン・イーターさんのおられる場所は見晴らしがとてもよいので、こっそり近づくのは無理なのでは……」


「そこで、俺がさっき言いかけた作戦なんだが……」


 ここからはもう言うまでもないだろう。

 セレブロをニセの人質にして、ゴブリンに変化した俺が連行すれば、ブレイン・イーターに警戒されることなく近づくことができる。


 あとは逆鱗を探し出して、そこに強烈な一撃を叩き込んでやればいい。

 しかしこの作戦にはふたつの課題があった。


 逆鱗をどう攻撃するのかというのと、誰が攻撃するのか。

 まず攻撃方法については、いくつかの候補があった。


 キャノタウロスの弩弓は遠距離から攻撃できるというメリットがあるが、装填に時間がかかる。

 イフリートやフローズンの属性攻撃も遠距離攻撃可能だが、強力なものほど発動に時間がかかる。


 それらの威力を遥かに上回る一撃必殺の威力を持ち、かつ一瞬で発動できるものがあればベストだ。

 そして結論として、女帝蜂の毒針攻撃が最適だというのがわかった。


 毒針には対象を一定確率でショック死させる効果もあるらしいので、一撃必殺の確率も非常に高いといえる。

 しかしこの攻撃手段にもいくつかの問題点があった。


 まず、毒針は槍の穂先くらいしかリーチがないので、逆鱗にものすごく近づかないと当たらない。

 さらにもうひとつの問題点が想像以上に厄介だった。


 女帝蜂に変化できるのが、セレブロであるということ。


 俺は当初、これはたいした問題ではないと思っていた。

 人間の姿でブレイン・イーターに近づくことさえできれば、女帝蜂に変化して、素早くアゴの下に飛んでいけばいいからだ。


 さっそく練習してみようということになったのだが、かくして最大の問題点が露見する。

 それは、セレブロがとんでもない運動音痴だったということ。


 試しに女帝蜂に変化して飛行させてみたのだが、まっすぐ飛ぶことすらできず、死にかけの蚊みたいにボトッと墜落する。

 しかもセレブロは高所恐怖症とかで、少しでも高く飛ぶだけでパニックになり、目をキュッと閉じたまま壁に激突していた。


 とうとう飛べないアヒルのようにボロボロになってしまったセレブロは、さめざめと泣いていた。


「うっ……うっ……ううっ……。すみません、ミカエル様……!

 わたくしには、不可能ですっ……!

 わたくしは、地面に囚われし身……!

 その枷を解き放つことなど、しょせんは許されぬことだったのです……!」


「運動音痴をカッコ良く言うなよ。

 それに、女帝蜂を倒したときは高く飛んでたうえに、堂々と大技を決めてたじゃないか。

 アレができて、なんでコレができないんだよ」


「あっ、あれは……! あれはミカエル様がいじめられておりましたから……!

 お助けしなくてはと思って、無我夢中だったんです!」


「う、う~ん……」


 そして考え出された代替案が、今回実行されたものだ。

 女帝蜂に変化したセレブロを、俺が腰のロープで操って逆鱗までもっていくという作戦。


 セレブロは高いところに吊り下げられると、怖くて自然と目をつぶってしまう。

 だから毒針を出すタイミングまで俺が指示しなくてはならなかった。


 洞窟内の段差を利用して何度か練習してみたのだが、それすらもセレブロはうまくできず、あさっての方向に毒針を飛び出させてばかりいた。

 ひどい時にはロープを毒針で切ってしまい、ボトッと地面に落ちたりしていた。


 とうとう腐った果実のようにボロボロになってしまったセレブロは、さめざめと泣いていた。


「うっ……うっ……ううっ……。すみません、ミカエル様……!

 わたくしには、やっぱり不可能ですっ……!

 わたくしは、陸に打ち上げられし人魚……!

 王子様を好きになるなど、しょせんは身の程知らずの恋だったのです……!」


 セレブロはよく、自分のことを『なにもできない』と卑下していた。

 しかし今はその申告も、あながち間違ってないんじゃないかと俺は思ってしまった。


 俺たちはあっさりとブレイン・イーターの逆鱗を貫くことに成功。

 しかし陰には、こんな涙ぐましい努力があったんだ。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 時は戻る。

 最大の弱点を突かれたブレイン・イーターは、ショック症状を起こしたかのようにのたうち回っていた。


「ぶにゅるるるるるるるるるるるるるるるるるーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 まるで巨人が寝返りを打ったかのように地響きがおこる。

 寝汗のような粘液が壁にぶちまけられ、床の金貨は弾け飛び、天井からはパラパラと砂が落ちた。


 ゴブリンたちは逃げまどい、広間にある通路にほうほうの体で飛び込んでいく。

 逃げ遅れたゴブリンが、次々とブレイン・イーターに轢き潰されていった。


 セレブロの毒針攻撃は、当然のように俺たちのレベルをマイナスにしていた。

 俺は何度めかの命の終わりに追い立てられる。


 ロープを引き上げて女帝蜂のセレブロを抱っこし、ブレイン・イーターの口からダイブ。

 金貨の山の上を転がり落ち、なんとかあの脂肪のカタマリの下敷きにならずにすむ。


 俺は黄金のカーペットの上に、大の字になって寝転んだ。


 もう、やるだけのことはやった。

 ここで残党のゴブリンどもに襲われて死んだら、その時はその時だ。


 俺の胸には、女帝蜂のセレブロがすやすやと眠っている。

 女帝蜂は幼女のような姿なので、ちっちゃくてかわいい。


 ぱっつんで、おかっぱ頭のセレブロ。

 幼い頃はこんなだったのかなと思いながら、やさしく頭を撫でてやる。


 すると彼女は舌たらずな声で、むにゃむにゃと寝言を言った。


「むにゃ……ミカエルさま……。

 わたくしの、おうじさま……。

 わたくし、がんばりました……。

 おうじさまに、よろこんでいただきたくて……。

 わたくし……いっしょうけんめい、がんばりました……」



『ブレイン・イーターを倒して、1000レベルアップ!

 「光速レベルアップ」のスキルで10倍され、10000レベルアップしました!』

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