第11話
俺は大空を飛ぶように両手を広げ、宙を舞っていた。
それを、ひとりの少女が濡れた瞳で、茫洋と見上げている。
ふたりの間に、黒薔薇の花びらのような黒い破片が舞い散る。
俺は花吹雪とともに現れた吸血鬼のように着地すると、少女の身体に襲いかかった。
少女は逃げもしない。
ただありのままを受けて入れていた。
俺は吸血鬼のように、尖った八重歯の見えはじめた口で、少女の桜色の唇を奪う。
少女はされるがままになっていた。
というよりも、何が起こったのかさっぱりわからない様子でいる。
俺は、ぷはっと口を離す。
「好きだ、セレブロっ……!」
そして、唇を貪る。
「好きだ好き好きだっ、セレブロっ……!」
そしてまた、唇を貪る。
「もう絶対に離すもんか! 俺と一緒にいてくれ! これからも、ずっと、ずっと……!」
しかし返ってきた返事は、
「だ……ダメ……ですぅ……」
少女は酸素が足りなくて死にかけの鯉みたいに、半泣きで口をぱくぱくさせていた。
「わ……わたしと一緒にいたら、ミカエル様はダメに……」
そこで何かにハッと気づき、眉間にシワを寄せる少女。
どうやらこれが、彼女の精一杯の嫌悪の表情らしい。
「わっ……わたしは、一緒にいたくあり……あり……あり……ませ……ん」
そして、迷子のようにさまよう瞳と言葉。
俺はおかしくて、つい吹き出してしまった。
「なっ、なにがおかしいのですか!?」
「いや、だって……」
俺はセレブロの頭上を指さす。
そこには、
『わ、わたしも、ミカエル様のおそばに、ずっとずっといたいです!
って、ダメダメっ! わたしがここでハイいって言ったら、ミカエル様を不幸にしてしまいます!
こ、ここは心を鬼さんにして、お断りしないと……!
でっ、でも……! でもでもぉ~~~っ!
いたいいたい、いたいですぅ~~~~っ!
わたくしも、ミカエル様と、ずっといっしょにいたいっ……!!』
心の中がぽわぽわと浮かび上がっているのを見て、セレブロは総毛立つ。
「きゃっ、きゃわっ!? きゃわわっ!?
わ、わたくしの心を見ちゃダメだってお願いしたではないですかっ!?
みみみっ、見ないでください! 見ないでくださぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーっ!!」
「もう遅いよ」
そう言って俺は、鼻先でセレブロの小鼻をちょんと突く。
すると、まるで磁石で引かれ合うかのように、自然と唇が重なった。
セレブロの想いが流れ込んでくる。
まるで唇を通して、ハートを腹いっぱいに詰め込まれているかのようだった。
ぷはあっ、と唇を離すと、セレブロはハートのように真っ赤になっていた。
瞳にまで、ハートマークが浮かんでいるかのよう。
「わたくし……ミカエル様にすっかり、『アブソーブ』されちゃいました……。
いつも堂々とされているミカエル様みたいに、ぜんぜん怖くありません」
セレブロには、俺がそんな風に見えてたのか。
「不思議な気持ちです。
わたくしたちにはもう、レベルがひとつも残されていないのに……。
あとほんの少しで、わたくしたちは消えてなくなるというのに……。
ぜんぜん怖くありません。
それどころか、幸せな気持ちがどんどん溢れてきます。
これが、『愛』というものなのですね……」
セレブロの身体は、うっすらと透けはじめていた。
きっと俺も、同じようになっていることだろう。
「ありがとうございます。ミカエル様。
こんなわたくしに、最後に『愛』を教えていただいて……。
これはわたくしにできる、ミカエル様への最後の感謝の気持ちです……」
セレブロは瞼を閉じると、背伸びをする。
小鳥のようなキスを、俺にくれた。
セレブロらしい、最後のキス。
になる、はずだった。
……ぶわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!
突如として、セレブロの身体が漆黒のオーラに包まれる。
「えっ!? えっえっえっ!? えええっ!?」
灰色のドレスが黒く染まっていく。
最後の最後に、なんだってんだ!?
俺は何があっても離すものかと、セレブロを抱き寄せる。
彼女も何があっても離れたくないとばかりに、俺にしがみついてきた。
お互いがひとつになるほどに、きつくきつく抱きしめあう。
ふと気が付くと、地面がだいぶ下のほうにあった。
何事かと思い、セレブロの肩越しにあたりを見回してみると……。
……ふわさぁっ……。
まるで黒アゲハのような羽根が、セレブロの背中に……!
羽根は扇のようにゆったりと動き、少しずつ、少しずつ上昇している。
セレブロはこのことに気付いていないようだった。
俺の胸に顔を埋め、俺の服をキュッと握りしめたまま、最後の時を待っている。
俺はなるべくやさしい声で、囁きかけた。
「な、なあ、セレブロ……。たしか俺と会ったばかりの頃、キミは言ってたよな。
男の魔王はレベルを糧にして生き、女の魔王は愛を糧にして生きる、って」
するとセレブロは顔をあげ、泣きはらした瞳を上目遣いにして俺を見る。
「はい。おっしゃる通りです。急に、どうされたのですか……?」
俺は悟られないように横目をやり、高度を確認する。
足元にあった花畑は、もう色とりどりのゴマ粒のように小さくなっていた。
すでにドーム状の天井は越え、光の降り注ぐ風穴の中をゆっくりと上昇している。
「いや、ちょっと気になることがあって。
男の魔王だとレベルが上がると強くなるっていうメリットがあるが、女の魔王にもいいことがあったりするのか?」
「はい。わたくしはそうなったことがないので、知識として知っているだけとなりますが……。
女の魔王は愛に満たされると、元気になるのはもちろんのこと、天にも昇る気持ちになるそうです。
その気持ちが昂じて、翼が生えて空を飛べるようになるそうです」
「ふ、ふーん。そうなんだ」
「なにか、おありになったのですか?」
セレブロは不審に思い、さらに顔を上げようとする。
俺はセレブロよりも30センチ以上背が高い。
俺はその身長差を利用して、セレブロの頭にアゴをのせ、上空の視界を遮った。
「な、なんでもない! それよりも、ふたりの時を楽しもう!」
「うふふ、それもそうですね」
頭の上にアゴを乗せられてもセレブロは嫌な顔ひとつしない。
むしろ甘える子猫のように、俺の首筋にスリスリと頭をこすりつけてくる。
彼女は高所恐怖症だ。
もし空を飛んでいることに気付いたら、こんなにうまく上昇できなくなるだろう。
それどころか、パニックになって大暴れするに違いない。
そしたらたちまち墜落し、せっかく地上に出られるチャンスもフイになってしまう。
なんとかこのまま気付かせないように、地上まで浮かび上がらせるんだ……!
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