第8話
俺は燃え尽きた灰の残骸に、再び火が熾るように目覚めた。
あたりは花畑ではなかったけど、頭は懐かしい感触に包まれている。
ぽたり、と涙の雫が頬に当たった。
ぐしゃぐしゃに濡れた顔の、セレブロが覗き込んでいる。
彼女は泣いていたが、俺は笑っていた。
「また、キミに命を救われたみたいだな」
セレブロはふるふると首を左右に振る。
「い……いいえ! ミカエル様の『光速レベルアップ』のスキルがあったからです!
でなければレベルが足りなくて、ミカエル様もわたくしも、本当に死んじゃうところでした!」
俺はセレブロの膝枕をもうちょっと堪能していたかったが、雨みたいに涙がボタボタ降っきてそれどころではなかった。
やむなく起き上がり、周囲を見回す。
一帯は瓦礫の山で、蜂たちの魂がホタルのように漂っていた。
ダークゾーンの暗闇が消し飛んでいたのは、おそらくここいらのボスである女帝蜂を倒したからだろう。
壁や床の輝石が光を取り戻し、あたりはほの明るい。
俺はさっそく、魂を『アブソーブ』で回収した。
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ミカエル・イネプト
LV 10
HP 105
MP 98
●ルシファー
ビギニング
アブソーブ
ブレイン
マインドリーダー
ロストパワー
シャドースライム、キャノタウロス、イフリート、フローズン
NEW:女帝蜂
●光速レベルアップ
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レベルはマイナス2990から3000レベルアップしたことにより、10レベルとなっていた。
魂をたくさん吸収したのだが、レベルアップの足しにはならないようだ。
俺とセレブロは生き延びた喜びを噛みしめていたが、すぐにレベル10という現実がのしかかってくる。
「レベル、10かぁ~」
「ちょっと、心許ないですね……」
万年レベル1だった俺にとっては贅沢な悩みだが、いまの俺は魔王だ。
魔王は生きているだけでレベルを消費するので、早くなんとかしないと今度こそ本当にオダブツになる。
「なんにしてもここでじっとしててもしょうがない。先に進もう」
「はい、かしこまりました、ミカエル様」
俺たちは自然と手を繋いで歩き出す。
ダークゾーンを抜けるとそこは、広大な広間だった。
黄金の湖のように、あたり一面に金貨が敷き詰められている。
部屋の中央は積み上げられた金貨によって丘のように高くなっていて、そこには山のように巨大なドラゴンが鎮座していた。
俺とセレブロは同時にハモる。
「「あれは、『ブレイン・イーター』……!」」
『ブレイン・イーター』。
この『竜の堕とし子』の支配者にして、邪竜と呼ばれる最悪のドラゴン。
脳を好物とし、脳を食すことにより狡猾な知識を持っているという。
脳が好き過ぎるあまり身体まで脳になったみたいに、ピンクでぶよぶよで、気持ち悪いシワが刻まれている。
デカいばかりで弱そうに見えるが、敵対する者を不思議な力で操り、無力化する力があるという。
周囲には小間使いであろうゴブリンたちがわらわらいる。
ハシゴを使ってドラゴンの身体に登り、マッサージしたり、食べ物を口に運んだりしていた。
俺たちの進んできたルートは一本道だったが、この部屋には同じような通路がたくさんあり、ゴブリンたちがひっきりなしに出入りしているようだ。
通路からそっと広間を覗き込んでいたセレブロがつぶやく。
「ゴブリンさんたちはこっちの通路にはやって来られませんね? なぜでしょう?」
「おそらく、今まではダークゾーンがあったからだろう」
「なるほど。ではこの先に進むためには、あのブレイン・イーターさんをなんとかしないといけないみたいですね」
「ああ、そうだな。残りがゴブリンだけになればどうとでもなる。
でもレベル10じゃ、邪竜とまともにやりあっても勝ち目はないだろうな」
「なにか、よい手はおありなのですか?」
「いや、今のところは全くない。こうやって観察して、なにかないか探してるところだ」
俺たちはしばらくのあいだ、ドラゴンとゴブリンたちの様子を伺う。
すると、群れからはぐれたように1匹のゴブリンがこっちにやってきた。
『マインドリーダー』の効果が発動し、そのゴブリンの考えていることが頭に浮かび上がる。
『ああ……魔王の娘の脳を持ってこいだなんて、ブレイン・イーター様はなんてムチャなことを……。
しかも俺ひとりで行けだなんて、死にに行くようなもんじゃないか……。
行きたくないなぁ……でも、行かなきゃ殺されるし……』
俺たちは通路の奥に引っ込む。
物陰に隠れて、そのゴブリンを待ち伏せた。
『おや? ダークゾーンがなくなってる? いったい何があったんだろう?
これならまわりが見えるから、うまくやれば女帝蜂をかわせるかもしれない!
運が向いて来たぞ!』
嬉々として飛び込んできたゴブリンを、俺は不意討ち気味に一刀両断する。
「ギギッ……!?」
目を剥いて倒れるゴブリン。
俺とセレブロはレベルアップウインドウが出ないかと期待したが、出なかった。
『光速レベルアップ』があったとしても、さすがにこんな雑魚1匹ではレベルアップはしないようだ。
『アブソーブ』でゴブリンの魂を吸い取っていると、セレブロが名案を思いついたようにポンと手を打ち鳴らす。
「そうです! こうやって少しずつゴブリンさんたちをやっつけていくというのはどうでしょう!?
そしたらいずれレベルが上がるかも……!?」
「そんなことをしても、たぶん焼け石に水だ。
それに俺たちがここにいることがバレでもしたら、ブレイン・イーターが襲ってくるだろう。
魔王の娘がいるとわかったら、大変なことになるだろうな」
「ひええ……!」と震えあがるセレブロ。
そんな彼女を見て、俺にある考えがよぎった。
「セレブロ、いまのレベルでブレイン・イーターを倒す方法を思いついたぞ!」
「えっ!? さすがはミカエル様! それはいったい、どんな方法なのですか?」
しかし俺は、はたと思い直す。
「あ、いや……。これは俺だけじゃなく、キミにとってもすごく危険な方法だ。
やっぱりナシで……」
「そんな! そこまでおっしゃってナイショだなんて意地悪です! どうかお教えください! お願いします!」
ハートを浮かべながら俺にずずいと迫ってくるセレブロ。
俺は彼女の熱意に根負けして、禁断の作戦をつい口にしてしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから、俺とセレブロは堂々と通路を出て、広間に降り立つ。
俺はゴブリンの姿に変化していて、セレブロは元の姿まま。
彼女の腰にはゴブリンから奪ったロープが巻かれていて、俺の手で犬のように引き綱をされている。
俺はなるべく大仕事をなしとげた後のごとく、偉そうに仲間たちの元へと戻っていく。
「ギャギャッ!? ギュルピンのヤツ、魔王の娘を捕まえてきたぞ!」
「ギュギュッ!? 信じらんねぇ! いっつもヘマばっかりしてたヤツが!」
普段はただのわめき声のようにしか聞こえないゴブリンの言葉も、今はハッキリと聞き取れる。
セレブロ曰く、吸収したモンスターが独自の言語を持っている場合、魔王はそれを理解できるようになるそうだ。
俺はドキドキを悟られないように、丘の上を登る。
ブレイン・イーターの前まで行くと、うやうやしく膝を折った。
「ギョギョッ! ブレイン・イーター様、魔王の娘をお持ちいたしました!」
するとブレイン・イーターは、陸に打ち上げられたクジラのように鈍重な身体を揺さぶり、俺を見下ろした。
「ぶにょお……! そこにいるのはまさに、セレたんではないか……!」
ブレイン・イーターの声は、その身体にふさわしいぶよぶよっぷりだった。
顔はピンク色の蛭のような贅肉にまみれていて、それが生きているかのようにウネウネと蠢いている。
隙間からときおり覗く瞳は、巨大な黒飴のようで実に不気味だった。
セレブロは変質者に睨まれたように、ぞわぞわと背筋を震わせている。
俺もいっしょにぞわぞわしかけたが、ブルッと背筋を正して振り払った。
「ギョギョッ! それではブレイン・イーター様、さっそくこの娘を口にお運びいたしましょう!」
「ぶにょにょにょ……! ギュルピンよ、そなたも我が
苦しうない、苦しうないぞ……!」
あーん、と大口をあけるブレイン・イーター。
俺は心の中でセレブロに謝りながら、彼女の尻を蹴飛ばした。
「きゃんっ!?」と仔犬のように飛び上がるセレブロ。
「ギョギョッ! おらっ、さっさとハシゴを登るんだ! キレイな姿のまま食べられるのだから、有り難く思え!」
俺はさっさとハシゴの上にあがり、まさに仔犬を躾けるようにセレブロの腰縄を引っ張った。
セレブロは苦悶に顔を歪めながら、俺に続いてハシゴをあがる。
俺は心の中で彼女に土下座しながら、必死になって視線を巡らせ、あるものを探した。
そしてそれは、思いのほか早く見つかった。
ブレイン・イーターのアゴの下にある、蠢く贅肉のなかで、ひとつだけ流れに逆らうような形のソレ。
俺はハシゴを駆け上がりながら叫んだ。
「い……いくぞつ! セレブロ!」
俺はブレイン・イーターの舌の上に飛び乗る。
その下には、腰紐で吊り下げられたセレブロが、空飛ぶ妖精のように浮いていた。
妖精は光とともに変化し、女帝蜂になる。
俺は腰紐を振り回して、女帝蜂をスウイングさせる。
「い……いまだっ! やれっ!」
「えっ……ええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!!」
両目をきつく閉じていたセレブロは、俺の合図にあわせ、渾身の力を込めてお尻の毒針を射出する。
……ジャキィィィィィィーーーーーーーーーーーーンッ!!
撃ち出された槍のようなそれは、見事なタイミングで貫いていた。
ブレイン・イーターの、『逆鱗』を……!
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