第5話
『キャノタウロスを倒して、20レベルアップ!
「光速レベルアップ」のスキルで10倍され、200レベルアップしました!』
ウインドウが表示された瞬間、俺はその場にへなへなと崩れ落ちる。
「やっ、た……」
思わず漏れてしまった声は、すっかり枯れていた。
どうやら俺は、大声で喚きながら戦っていたらしい。
両手で握りしめた剣は、指が強ばって離れない。
終わってしまえば夢の跡であるかのように、なにもかもが夢中だった。
ただ生きたいという気持ちでいっぱいだった。
いや、正確には……。
なんとしてもセレブロを守りたいと必死だった。
そのセレブロはというと、スライム状のまま、すっかりぐにゃぐにゃに伸びていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……。こ、こんなに一生懸命になったのは、初めて、ですっ……」
「セレブロ、よくやってくれた。キャノタウロスの動きを封じるとはナイスだったぞ」
「あれは偶然でした。
なんとかしてミカエル様をお守りしたくて、無我夢中でキャノタウロスさんの足にしがみついたんです。
そしたら、動けなくなったみたいで……」
しゅるしゅると人間の姿に戻るセレブロ。
白い額には玉のような汗が浮かんでいた。
「あっ、ミカエル様、すごい汗です」
しかし彼女は自分の汗には気付かない。
どこからともなく灰色のハンカチを取り出すと、俺の額の汗を拭ってくれた。
その姿が俺の初恋の人とダブり、心がズキリと痛む。
「ミカエル様、どうされましたか?」
「いや、なんでもない。それよりも、キミもすごい汗だぞ」
「えっ、本当ですか? あっ、本当ですね。
汗をかくのは久しぶりです。汗をかくと、なんだか気持ちがスッキリしますね」
セレブロは俺の汗を拭いたハンカチで自分の額を拭い、柔らかに微笑んだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから俺は『アブソーブ』のスキルでキャノタウロスの魂を吸い込んだ。
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ミカエル・イネプト
LV 41 ⇒ 241
HP 112 ⇒ 523
MP 89 ⇒ 476
●ルシファー
ビギニング
アブソーブ
ロストパワー
シャドースライム
NEW:キャノタウロス
●光速レベルアップ
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さっそく新しく手に入れたキャノタウロスに変身してみる。
すると、顔はひげもじゃになり、身体はひとまわり大きくなって筋骨隆々となった。
四つ足になって、大地に腰を据えているようにどっしりとする。
セレブロは「わぁ」と目を輝かせ、パチパチと小さく手を打ち合わせていた。
「ミカエル様、とってもかっこいいです」
「セレブロはこういうマッチョが好みなのか?」
「いえ、そういうわけではありません。わたくしは殿方には興味がありませんので」
笑顔でばっさりと言ってのけるセレブロ。
俺は少しだけショックを受けてしまう。
セレブロって、男に興味ないのか……。
ずっとこんな所に閉じ込められてたんだから、無理もないか。
俺は気を取り直して彼女に言う。
「キミもキャノタウロスに変身してみろよ。そしたらふたりで速く移動できるだろ?」
「あ、それもそうですね。かしこまりました」
セレブロは素直に頷いて変化する。
次の瞬間、俺はとんでもないものを目の当たりにしてしまった。
キャノタウロスになったセレブロは今以上のナイスバディに。
それは別にいいんだが、俺と同じで上半身は素っ裸。
まるで白いスライムが胸にくっついているみたいな、ぷるるんとした弾力が、まともに目に飛び込んできて……!
「これは見てはならぬものだ」と俺は瞬時に判断、とっさにあらぬ方向に目を反らす。
セレブロはキョトンとしていたが、俺の反応でようやく気づいたようで、
「キャッ!? キャアアアアアーーーーーーーーーーーッ!? み、見ないでください! 見ないでくださぃぃぃ!」
「み、見ない見ない見ない! 見てないから! は、早く元に戻れ! 早く元に戻ってぇ!」
少しして元の姿に戻ったようなので視線を戻す。
すると、真っ赤なりんごがいた。
裸を見られたのがよほど恥ずかしかったのか、りんごは目を伏せている。
黒い髪をもじもじとした仕草でかきあげると、これまた真っ赤な耳が覗く。
「あ、あの……本当に、すみませんでした……。お見苦しいものを、お見せしてしまって……」
おもむろに、深々と頭を下げるセレブロ。
それは美しい黒髪が地面につくのもお構いなしの最敬礼で、白いつむじまでもが申し訳なさそうにしていた。
こんな時、男はどうすればいいんだ。
俺は必死に頭を巡らせたあと、自分にとっての精一杯の気づかいを見せる。
「い、いや……。お見苦しいだなんてとんでもない。むしろ、結構なお手前で……」
……ビュォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーンッ!!
俺の殺し文句は、唸るような風音によって遮られた。
見ると、先の通路から吹雪が吹き込んできている。
しばらくしてその通路から部屋の中に、灼熱が飛び込んできた。
まるで小さな太陽のような輝きを持つ人型のそれは、部屋の温度を一気に上昇させる。
俺は叫んでいた。
「い……イフリートっ!?」
『イフリート』。またの名を『炎の魔人』。
最上級クラスの炎の精霊だ。
その名のとおり全身を炎に包まれており、その熱は鉄をも溶かすという。
間違いなくキャノタウロス以上の強敵だ。
しかし今回はそれだけではなかった。
イフリートの後を追いかけるように、白い輝きが躍り込んできたのだ。
それは、妖艶で優美なる女性だった。
冷たい色の髪がなびくたび、雪の結晶をあたりに振りまいている。
身にまとっているドレスは一見して裸に見えるほど生地が透けていて、まるで薄氷のよう。
俺の隣にいたセレブロが、その名を呼んだ。
「フローズンさん!? お久しぶりですっ!」
『フローズン』。またの名を『雪の女王』。
イフリートに比肩するほどの水の精霊だ。
セレブロの口ぶりからすると知り合いかに見えたが、イフリートもフローズンも、セレブロを認めるなり明らかに敵対的な視線を向けていた。
俺は直感する。
どうやらこの2匹の精霊は争っていたようだが、それ以上の敵であるセレブロを見つけたので一時休戦したのだろう。
次の瞬間、火の玉と氷の刃が同時にセレブロに降り注いだ。
キャノタウロス状態だった俺は、その俊敏さを活かしてセレブロの身体をかっさらう。
……ドォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーンッ!!
間一髪、壁に大穴を開けるほどの一撃から逃れる。
俺は抱えていたセレブロを馬の背中に乗せると、携えていた弩弓を構えた。
キャノタウロスの矢弾は己の肋骨。
俺は馬の身体に手を突っ込んで、鉄のようなあばら骨を引きずり出す。
雨あられと降り注ぐ炎と氷から、走って逃れつつ弩弓につがえた。
この時の俺はすでに、攻撃に対してレベルを使うという感覚を身に付けていた。
やぶさめのように走りながら弩弓を構え、狙いを定め意識を集中する。
……まずは様子見のため、レベルを10……いや、思い切って50だっ!
構えた爪先から血のようなオーラがたちのぼり、矢弾を包み込む。
人間でいうと、50年分もの
ぜったいに、外すわけには……!
必殺の気合いとともにトリガーを引き絞る。
……ガキィィィーーーーーンッ!
金属音とともに撃ち放たれた矢は、イフリートに避ける暇を一切与えず、見事に心臓を捕らえた。
しかし矢は炎をかき分けるように身体を貫通。
高熱によってドロドロに溶かされながら、後ろの岩壁に当たってパーンと弾けて消えた。
背後から、悲痛なすがり声が。
「ミカエル様! イフリートさんもフローズンさんも精霊さんですので、物理攻撃は効きません!」
「魔王のレベル攻撃ってのは、物理属性だったのかよ!?」
「はい! 精霊さんをやっつけるには、魔法か、苦手な属性の精霊でもないと……!
ああっ、もう、どうしようもありません!」
その声は諦観しきっていたが、俺にとっては女神からの天啓のように響いていた。
俺は2匹の精霊のまわりをグルグル回りながら、次弾を取り出す。
それも、2発も。
「ミカエル様、なにをなさるのですか!? 数を撃ったところで意味はないのですよ!?」
「いいから、黙って見てろっ!」
俺は次弾を装填し、ふたたびイフリートに向かって弩弓を構えた。
今度はさらに倍プッシュして、矢にレベルを100ブチ込む。
これを外したら、今度こそ、終わり……!
俺は神に祈るような気持ちで狙いを定めた。
精霊たちが同一射線上に入ったところで、一気にトリガーを引き絞る。
……ガキィィィーーーーーンッ!
放たれた矢はイフリートのど真ん中に向かう。
これが物理攻撃なのはバレバレだったので、もうイフリートは避けようともしない。
「無駄なことを」と、フローズンとともに笑っている。
しかし、これこそが俺の狙いだった。
……ゴォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーッツ!!
イフリートを貫通した矢弾は炎をまとい、その背後にいたフローズンに襲いかかる。
雪の女王の笑みは、すっかり凍りついていた。
氷塊のような心臓に、レベル100にイフリートの炎を加えた一撃がブッ刺さる。
これにはいくら最上級の精霊でも、ひとたまりもなかった。
「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」
女王は耳をつんざく断末魔とともに、日光に照らされた雪ダルマのように溶けていく。
俺はすでに雪ダルマの背後に回り込みつつあった。
すかさず次の弾丸を装填し、今度は雪ダルマめがけて矢を撃ち放つ。
イフリートは俺の狙いに気付いて逃げだそうとしていたが、もう襲い。
雪ダルマの残骸をくぐらせたことにより、尖った水晶のように氷結した矢弾が、ヤツの背中を貫いた。
「グォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」
炎の魔人はマグマのようにドロドロに溶け、地面で雪の女王と混ざり合い、ジュージューと音をたてる。
やがて魂だけを残して、水蒸気となって消えていった。
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