第3話

『シャドースライムを倒して、10レベルアップ!

 「光速レベルアップ」のスキルで10倍され、100レベルアップしました!』



 俺たちの目の前に現れていたのは、レベルアップウインドウと呼ばれるもの。

 万年レベル1だった俺にとっては、生まれて初めて見るシロモノだった。


 この世界におけるレベルというのは勉学や鍛錬、人生の経験を積むことにより上昇する。

 その平均的な速さとしては、1年につきレベル1。


 だからほとんどの人間は、年齢イコールレベルとされている。


 命懸けの実戦経験を積むともっと上がりやすいという。

 しかし傭兵や剣闘士のように、戦いに毎日を捧げているような人種でも1年で2レベルが精一杯。


 シャドースライムは強敵なので、倒したときに得られる経験も多い。

 レベルが10上がったということは、戦いのプロが少なくとも5年はかけて上げるレベルを、たったの1回の実戦でなし得たことになる。


 しかも『光速レベルアップ』のスキルによって、さらに10倍。

 100歳の大賢者と同じレベルになってしまった。


 まさに、光のような速さで……!


 俺は信じられないあまり、つい口に出してしまう。


「なぜだ……? なぜ今になって、『光速レベルアップ』のスキルが発動したんだ……?」


 「きっとミカエル様が、純粋で真っ白なお心の持ち主だったからでしょう」とセレブロ。


 美少女から急に褒められたので、俺は照れてしまう。

 彼女の顔も見ずに、「なんだ、藪から棒に」と答える。


 俺はひとりドギマギしていたが、セレブロの口調は平坦なものに戻っていた。


「『光速レベルアップ』は文字どおり、光のスキルです。

 しかし光というものは、白き心の中では輝きません。

 今は『ルシファー』という暗き力を得ているので、輝きだしたのでしょう」


「『ルシファー』だと?」


 その言葉が気になって、俺はステータスウインドウを開いてみる。

 そして、目頭が熱くなった。


-------------------


ハイデル・イネプト

 LV 1 ⇒ 151

 HP 10 ⇒ 302

 MP 10 ⇒ 255


 ●ルシファー

   ビギニング

    NEW:アブソーブ


 ●光速レベルアップ


-------------------


 こみあげてくるものが止まらない。


 本当にレベルが、レベルが上がってる……!

 ずっと1のままだった、レベルが……!


 上がったのは100なのに151になっているのは、おそらくセレブロが分け与えてくれたレベルの分だろう。


 そして今まではカラッポだったスキル欄に、ふたつのスキルが増えている。

 いままで未発動だった『光速レベルアップ』と、さっきセレブロが言っていた『ルシファー』のスキル。


 『ルシファー』のほうはツリー状になっていて、『アブソーブ』というスキルが末端にある。


「このアブソーブっていうのは、どうやって使うものなんだ?」


 俺はここで、久しぶりにセレブロのほうを向いた。


 そしてようやく気付く。

 俺たちはいま抱き合うようにして倒れていることに。


 吐息がかかるほどの近くに美しい顔がある。

 彼女もビックリしたのか、驚いたように見開いた瞳には、俺の顔が映っていた。


 新雪のようだった頬が、ほんのりと血色を帯びたかと思うと、


「すっ、すみません、ミカエル様。こんなに近くに来てしまって」


 セレブロはしゅるりと俺の手から離れ、花畑にちょこんと正座する。

 俺はそんな彼女の仕草を見て、「かわいい」と思ってしまう。


 今までのハッと息を呑むほどの美しさではなく、ほっこりするような可愛さ。

 彼女は居住まいを正しながら、もじもじと言った。


「あ、アブソーブのスキルというのは、魂を吸収して力を得るスキルです。

 そこに漂っている『シャドースライム』の魂を、お口で吸い込んでみてください」


 セレブロの白い指先を目で追うと、黒いススのようなものが浮いていた。

 言われるままに、すうっと口で息を吸い込むと、そのススは俺の口の中に吸い込まれていった。



『シャドースライムの力を取り戻しました!』



 とウインドウが表示される。


「力を取り戻した……? ということは、元々はシャドースライムは魔王のものだったのか?」


「はい、そうです。魔王はすべてのモンスターさんの力を持っていたのですが、今はすべて失っていました。

 ミカエル様は、そのひとつ取り戻したのです。

 ステータスウインドウには、取り戻したモンスターさんがスキルとして登録されているはずです」


-------------------


ミカエル・イネプト

 LV 151

 HP 302

 MP 255


 ●ルシファー

   ビギニング

    アブソーブ


   ロストパワー

    NEW:シャドースライム


 ●光速レベルアップ


-------------------


「本当だ。スキルになったということは、この力を俺が使えるということか?」


「はい、頭の中でシャドースライムさんのことを思い浮かべてみてください」


 俺は言われるがままに、さっきの黒い油だまりを思い出す。

 すると、


 ……どろりっ。


 指先がグズグズに溶け、真っ黒になっていることに気付いた。


「お、おい、なんだこれは!?」


「落ち着いてください。いまミカエル様のお身体は、シャドースライムさんになっているのです」


 そう言い終えると同時に俺の身体は完全に形を失い、どしゃりっ! と崩れ去る。

 セレブロはどこからともなく手鏡を取り出すと、俺に向けた。


 そこにはコーヒーゼリーみたい真っ黒で、ぷるぷるのカタマリが。

 目と口だけが人間のときのままで、福笑いみたいにくっついている。


「うわあっ!? ほ、本当だ! 本当にシャドースライムになっちまった! これは元に戻れるんだよな!?」


「はい、もちろんです。戻りたいとは元のお姿を思い浮かべてみてください。

 それとシャドースライムは、液状になったりゼリー状になったりできますよ」


「ホントだ、すげえっ!? 俺の身体が泥水みたいになってる!? すげぇーーーーっ!」


 それは固体だった人間のときには感じることのできない、不思議な感覚だった。

 まるで水の上をたゆたい、そのままひとつになったような心地良さ。


 ゲル状になってぷるぷる震えると、全身マッサージをされているみたいでなんだかくすぐったい。

 俺は笑いながらあたりを飛び回った。


「こりゃいいや! あははっ! あはははははっ!」


 はしゃいでいると、花畑のほうにはもう1匹のシャドースライムが。

 長い睫毛と大きな瞳で、それがセレブロだとすぐにわかった。


 目が合うと、彼女は申し訳なさそうに目を伏せた。


「す、すみません……。ミカエル様があまりにも楽しそうにされているので、わたくしも、つい……」


「そっか、レベルを共有しているから、スキルも共有なのか!」


「はい。『ルシファー』の一部のスキルだけですけど、ミカエル様がお使いになれるスキルは、わたくしも使えます」


「そりゃいいや! せっかくだから、いっしょにぷるぷるしようぜ! ほら、こうやって!」


「こ、こう、ですか?」


「違う違う! もっと身体を激しくゆさぶって! こんな風に!」


「えっ、えいっ! ぷるぷるっ、ぷるぷるっ!」


「口で言ってどうするんだよ! なら、こうだっ!」


 俺がセレブロめがけて体当たりをかますと、俺たちの身体は共鳴するみたいに激しく波打った。


「きゃっ!? あっ、で、できました! ぷるぷるしてます! ぷるぷるしてますっ!」


「どうだ、ぷるぷるするの楽しいだろ!?」


「はいっ! なんだか心までぷるぷるして、とっても楽しいですっ! うふふふっ!」


 初めて見たセレブロの笑顔。

 それはスライムだというのに、思わず見とれてしまうくらいまぶしかった。

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