第60話 会談

 将軍を含めた主だった者と今後の対策についての話をしていると、一人の兵士に声を掛けられた。


「陛下」

「後にしろ」


 そちらに視線を移すこともなくそう応えると、今度は違う声がした。


「お忙しそうですけれど、私に少しお時間をくださる?」


 この声は。

 慌てて振り向くと、サーリアがそこに立っていた。

 その後ろには、何人かのエルフィの民たちが控えている。


「なぜ、いる」

「来たからです」


 彼女は当たり前の答えを返してきた。

 言葉に棘はあるし、こちらを見る目も冷たい。

 どうやらなにごとかに怒っているように見える。

 最初の頃のような、憎しみの眼差しとはまた違う。

 怒っているらしい彼女には申し訳ないが、少々、新鮮だ。


「なにか足りないものでもあったか? 要望があれば聞くようにと使者に言っていたはずなのだが」


 さきほど、こちらから使者を出した。輿や路銀の手配をしなければならないからだ。なにか不都合でもあったのか。


 レーヴィスの言葉に、サーリアはこれみよがしに大きくため息をつく。

 いったいなんなのだろう。


「ひとまず、今後について話し合いを」

「今?」

「ええ」

「一旦帰城してから、日取りを決めてエルフィに向かうつもりだったのだが」

「早急に決めたいこともありますし、言いたいこともございます」


 言いたいこと。

 心当たりがありすぎて、見当もつかない。


「代表者同士の会談、ということでいいか?」

「ええ」


 訳がわからないが、ひとまず彼女の話を聞くしかなさそうだ。


 従者に指示を出すと、机と椅子が用意された。

 書記官を置いて、記録もさせる。

 簡易ではあるが、会談場所として十分だろう。


 彼女は外套を脱ぐと、後方に控えていた民に手渡す。

 濡れた髪に慌てたのか、兵士たちが手拭いなどを持って来る。


 とりあえず落ち着くと、レーヴィスは椅子に腰かけた。彼女も目の前の椅子に腰かける。


「ではエルフィ国女王陛下。ご要望をお聞きしよう」


 指を揃えた手で指し示すと、彼女は一度深呼吸してから、言った。


「エルフィの完全な返還。復興に対する最大限の支援。アダルベラスから私を正式にエルフィ女王として認めること。その際、軍事同盟も。最低でもこれだけは」

「いいだろう。詳細については後々詰めていこう。状況把握も完全ではない」

「ええ。とにかくお約束をいただきたかったものですから。すべて整った際には、独立宣言を行います」

「了承した」


 それから、少しばかりの沈黙が訪れた。

 雨が天幕を叩く音と、書記官がペンを走らせる音が響く。


 それだけか。

 今、彼女が言ったことは、終戦後の行政整理として当然しなければならないことだけだ。

 こうなってしまっては、異議を唱える者などいるはずがないのに。


 それからサーリアは珍しく落ち着かなく辺りを見回した。

 なにか、と言おうとしたとき、彼女のほうが先に口を開く。


「それと私、陛下に……」


 サーリアがそう言いかけたのとほぼ同時に、彼女の後ろから声が飛んできた。


「姫さま、もういいですか?」

「早く帰りましょう」

「あの、ちょっと待っ……」

「さあ、お早く」


 彼らは、レーヴィスの近くに彼女を置いておきたくないらしい。一分一秒でも早くここから立ち去りたいようだ。


 そのときふと、彼女の頬の傷が目に入った。

 今まで雨に濡れていたから、血が目立たなかったのだ。今はじんわりと血がにじんできている。


「頬に矢傷があるな。医師を呼ぼう」


 その言葉に、エルフィの民たちは動きを止めた。

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