第4話 暴かれた秘密

 永流は誰も見ていないと思っていたのか、小さな両手で握りしめたスマホを抱きしめるように、胸に寄せていた。

 屋上の風に震え身を縮めているようにも見えるが、何かが違う気がする。

 ブツブツと独り言を呪文のように唱えている。


 なんとなく、プレッシャーを感じ心を守ろうとしているように思えた。

 別に弱みを握ろうとか寸ミリも思ったりしたわけでは無く無く無く無いが、俺は抜き足指し足で角に隠れて、ヤモリのように壁へ張り付きヤツが何を呟いているか、耳を凝らす。


(大丈夫、大丈夫よ。絶対にバレない、絶対にバレないから)


 いつも風紀の取り締まりと言って絡んでくるアイツを、不意打で脅かしてカマをかけてやろうと考えた。


「何がバレないんだ?」


 驚いた永流は長い髪をなびかせながら振りむく。

 怯えた表情もあるせいか振り向きざま見せたヤツの顔は、まるで流星が一瞬の輝きを見せたような美しさと聡明さがあり、とかく可愛かった。

 

 ダメだ、心奪われるな!

 俺はコイツに虐げられていたんだった。


 永流は震える声で聞く。


「ア、アナタ。なんでここに?」


「ここは俺の隠れ家だからな」


「何よそれ? ヤモリみたいでキモチ悪いわね」


 ぐぬぅ! 痛いトコを突かれた。

 怯んだことを面に出さず理詰めで追い込む。


「お前こそ、何かから隠れてるように見えるぜ? SIMシムフリーは月の代わり始めに差し掛かると、基地局の切り替えで電波が遅延を起こすんだよ」


「な、なんのお話か、皆目検討もつかないわ」


 前は何を言ってんだ?

 焦り過ぎてバグったのか?

 

 俺は令嬢に忖度せず容赦なく切り込んだ。


「お前――――ノンキャリだな?」


「ちちち、ちがががががううううう、わよわよわよわよ……」


 やべぇ!? 想像を絶する動揺の仕方だ!


 お前は吊橋の上に乗ってるのか?

 そう見えるくらい、身体がカタカタと振動している。

 おかげで確信が持てた。

 コイツ、お嬢様のくせに格安スマホを使ってやがる。


 永流はすぐに身構え、こちらを鷹のように鋭く見すえ警戒した。


「わ、私を脅してどうするつもり? 家の財産が目当て?」


「別に俺は……」


「ま、まさか私を無理矢理、自分の女にしようとでも言うの?」


「そんなことしねぇよ」


「最初は嫌いだったけど無理な関係を続けている中でアナタの隠れた魅力に気付いて、いつしか本気の恋愛に発展し、学校を卒業すると同時に結婚を約束するも、身分が違うから私の財閥の実家に反対され親から勘当を言い渡されて、私達は一から出直す為に小さなアパートを借りて貧しいながらも慎ましく朗らかに苦楽を共有していき、愛を育み子宝にも恵まれ互いに年を取る内にふとしたことで幸せを感じるのよぉぉおおお!!!」


「悪くない人生だなぁあ!? お前、想像力がたくましいぞ?」


 永流は後退り屋上の金網に背を着け、編みを掴んで身を構える。


「何が望みなの? ま、まさか? 私を奴隷のように扱い卒業までの学園生活を支配して、強制的な恋愛関係に――――」


「話が進まねぇから、一旦黙ってくれ」


 だが、俺の本心に”強制的な恋愛関係”というのが、こだましたのは確かだ。

 貧乏人でケータイ料金の為にバイトしてる俺が、超絶お嬢様の永流と付き合える。

 そんなシンデレラボーイになれるならなりたい。

 

 でも、それは違うんだ。

 そんなことしても、互いに望むような関係にはならない。


「俺は……」


「許さないわ!」


「はぁ!?」


 自問自答で話の行方を濁していたら、永流に反撃のスキを許してしまった。


「アナタのような下劣な人種に、校内一の美少女風紀委員長にしてイイジマ家具の超絶お嬢様こと、この飯島・永流を侮辱したことを後悔させるわ!」


「ドン引きするくらい自意識過剰だ」


「風紀委員としてアナタを徹底的に排除するから覚悟しなさい!!」


「それは権力を笠にしたイジメだぞ?」


 そう叫ぶと永流は勢いよく駆け出し、こっちの肩へラグビー選手並にぶつかりながら、屋上の階段を駆け下りた。


 俺は強風に煽られた風見鶏のごとく目を回した。


「アレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレ!!」


 何故だ? 話がとつてもなく面倒なことになってる。


 ###


 そして今現在、永流は取り巻きを連れて一週間前の出来事に対して、報復したわけだ。


 令嬢である永流の腰巾着ブス二人の通信料は、高校生にしては高額だ。

 だがノンキャリアの永流の利用額は月々、三千円前後。


 アイツがまるで高価な花に囲まれた便所虫に思えてくる。

 見ていて不憫でならない。


 お嬢様が格安スマホを使う理由。

 単に罰ゲームでやらされている訳でも、カーストの下層に位置する庶民の暮らしに、イタズラな好奇心を持ったからではない。


 それは、さかのぼ――――今度は真面目にさかのぼるからな?



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