第5話 無垢なお嬢様

 永流との出会いは五年前。

 俺が好奇心の餓鬼だった十歳の頃だ。

 肌の色のこともあり周りの子供達に馴染めず、よく一人でスパイごっこをしていた。

 ミッションと称して他人の庭へ入り込み、家主に見つかるかどうかのきわを攻めるスリルを味わっていた。


 その時、迷子にならないよう親に渡された、格安スマホに向って独り言をつぶやきエージェントになりきっていた。


「こちらイナバウアー。これより潜入する。俺が任務に失敗したら爆撃してくれ、大統領」


 近場の任務に飽きると家から遠い、大豪邸へ足を伸ばしテロリストに誘拐されたお嬢様の救出任務という設定で、忍び込む。

 当然のごとく不法侵入。


 草むらに隠れていると背後から声をかけられた。


「アナタ、誰と話てるの?」


「うわぁ!?」


 飛び退いた俺の目の前には長い髪に白いドレス。

 フランスかイギリスの蝋人形のようにツルリとキレイな顔。

 満月のようにまん丸の瞳。

 神様の仕事を手伝う天使にしか見えない。

 妄想で描いたお嬢様ではなく、本物のお嬢様が目の前に現れたのだ。


 まだ無垢な少女だった永流との出会い。

 十歳の俺は言葉をつなぐ。


「大統領、敵に見つかった! 今すぐ爆撃してくれ!」


「スマホに向って何言ってるの?」


「うるさい! 俺はスパイだ。今、大統領と話してる!」


「はぁ? スパイ? 大統領? 絶対ウソでしょ?」


「ウソだという証拠があるのか?」


「だってスパイは自分のことスパイだって言わないもん」


「し、しまった! クロベェぇぇえええ〜!!」


 膝を付き頭を抱える俺に、永流は素朴な疑問を投げる。


「アナタ、どこの国の人?」


「俺は日本人だ」


「ウソよ! だってお肌が真っ黒だもん。髪の毛チリチリだもん。もーがん・ふりーまんだもん!」


「大統領! 今すぐコイツを爆撃してくれぇ!」


「アナタ、面白い! 私も仲間に入れて?」


「ん〜しょうがねぇな。じゃぁ、お前は天才ハッカーたけど実はテロリストで裏切ってオレに銃で撃たれる役だからな」


「わかった!」


 我ながら思い出すと顔から火がでそうなくらい恥ずかしくなる。

 ガキのイタい妄想に乗っかるイタい令嬢。

 それから俺は永流の屋敷へ頻繁に行き、二人でスパイごっこをしていた。


「オレは、この屋敷で誘拐されたお嬢様を助けに来たんだ」


「えぇ〜!? 何ソレ? 意味わらない!」


「ふん! 女にはわからないさ。スパイは男がやるもんだからな。だからスパイ映画は男ばっかりが主人公なんだぜ」


「そんなの差別よ!」


「お前が言うな! 女はスパイに助けられる側なんだ!」


「だったら、ワタシを助けてくれる?」


「なんで?」


「ワタシが女だからよ! アナタ自分で言ったんだからね?」


「…………はい」


 十歳の頃から永流は人の揚げ足の取り方がうまかった。

 好奇心の餓鬼は喋ることに必死で、会話がチグハグだ。


「アナタが探してる誘拐されたお嬢様は、ワタシよ」


「は? ウソだね。証拠を見せろよ?」


「ワタシのうち、すご〜いお金もちなんだよ!」


「お金だけじゃ、お嬢様なんてわからないぜ?」


 思い返すと十分な証明だが、その時の俺は完全にイキっていたのでズケズケ物を言う。

 そんなヤツの話にお嬢様は乗っかってくれた。


「パパが有名人をワタシの誕生日に呼んでくれるの!」


「どんな有名人?」


「アメリカの会社の偉い人。一緒にカードで遊んだよ! ババ抜きとか七並べとか大富豪で遊んでくれたのよ!」


「トランプばっかりだね」


「その人、アメリカの大統領になるんだって」


「えぇ!? 大統領? その人……爆撃してくれる?」


「うん!」


「マジかよぉお!?」


 よく解らないテンションでお嬢様だと認めた俺は、爛漫とした瞳の少女と約束を交わした。


「解った! オレが必ず助けてやるから待ってろよ!」


「待ってる! そうだ。これワタシのメルアドね」


「じゃぁ、俺も」


「ワタシ達、メル友!」


「おぅ! メル友だ!」


 誰も知らないが俺と永流はメルアドを交換する仲だった。

 その時に永流が持ってたスマホは月々五万円かかるスマホ。

 十歳の子供にそこまでするなんて金持ちの頭はどうかしてるぜ?


 その反対に十歳のガキだった俺が持つスマホは、親父のお下がりのSIMフリーで、一ギガ五百円のスマホ。

 動画を一〜二時間見たらあっという間に通信制限がかかる。


 互いの持つスマホだけで、天と地程の差があった。


 その後、夜は二人にしか通じない暗号を送り合うようにメールで会話を重ねた。


 永流の父親が仕事で一週間も帰ってこないとか、母親は教育委員会の会長だから家にいてもかまってくれないなど。

 家庭教師がテストの点が悪いと部屋に閉じ込めてずっと勉強させられたり、使用人が食事のマナーにうるさくてメシがマズいなど、お嬢様の愚痴や不満、そして寂しさがメッセージに載せられる。


 俺とアイツだけの秘密のやり取り。

 メールの会話で永流がどれだけ息苦しい世界にいるか知った。

 そんなアイツを、いつか救いたいと思い始めた。


 だが、二人の仲は唐突に崩れる。

 永流の父親にして大手家具メーカーの飯嶋社長が過労により他界したのだ。

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