第10話 ソウタ vs ゴロウ・イワサキ #4
俺は観客と他の闘技者の空気を読み、
ゴロウの狙いが「木の実による攻撃それ自体」とは別にあることを理解した。
とっさに、全力でその場から離れる。木の実が降り注ぐ地帯を離れて、闘技場の端へと。
《おっとォ!?ソウタが木の根元から離脱!苦手な遠距離に自ら移動ッッ!!これは――》
と、その時。
地面に転がっていた無数の木の実が突然、カッと白く輝いたかと思うと――轟音を立てて一斉に爆発した。
――爆風が闘技場を荒れ狂う。
爆心地から離れていたにも関わらず、俺の身体は爆風で吹き飛ばされる。
闘技場は歓声に包まれた。
《出たァァッ!!初戦でも炸裂したゴロウの木の実爆弾ッッ!しかしソウタはこれを回避!!野生の本能かッッ!?》
「……空気が読めるからだよ」
自虐混じりに呟いて、俺は立ち上がる。認めるのも癪だが、初見殺しのこの攻撃を無傷でやり過ごすことが出来たのは、確かに【空気が読める】スキルのおかげに違いなかった。この「爆弾攻撃」は一種の騙し討ちのようなもので、一度見てしまえば、その戦略的な効果は薄れてしまう。
その事実を誰よりも理解しているのだろう。上空から降ってくるゴロウの声には、色濃い落胆が含まれていた。
「……避けられるとは思わなかった」
「まぁ、残念だったな」俺はゴロウを見上げて応える。
「もしかしてそれ、エスパーみたいな能力なのかな?」
――エスパー、ね。
「……さぁ、どうだか」
突飛な発想だと思いつつも、俺は、意外とゴロウの指摘は的外れでもないのかも知れないと――そう考え始めていた。
考えてみれば俺はこれまで、この【空気が読める】というスキルを真面目に捉えていなかった。自身の生死を左右する相棒として、正面から向き合ってこなかった。
俺は、現世には何も未練がなかった。無力な俺に希望はなかった。無意味な生に執着はなかった。絶対に失敗してはいけないところで失敗した俺は、いっそ異世界に転生して――新しい人生を初めたほうがマシだと、そう考えていた。
失敗。後悔。絶望。
物心付いた頃から一緒に育ってきた、誰よりも大切な
だが。
神様をぶっ殺したいと願って死んだ、あの<神殺し>ユートのように。
俺の【執着】が生み出したという、この【空気が読める】スキルが、真に俺の――俺が生きていた頃の後悔に打ち勝つ力を、与えてくれるのだとしたら。
その力はきっと、こんな風に使えるはずだ。
俺はその場に跪き、片手を地面に置いて、叫ぶ。
「……【
「――ッ!?」
ゴロウが驚愕に息を呑んだ。
瞬間、闘技場の床を割り、俺の足元から大木が出現する。大木は凄まじい速さで俺の身体を乗せ、上空へと一気に伸び上がった。
《な……何だコレはッッッ!??ソウタが【
実況の声は観客のどよめきと同様、戸惑いに彩られていた。
俺を乗せた大木はゴロウをめがけてぐんぐんと伸びていく。捻じれ、曲がりながら俺の身体は上空へと導かれ――ついにゴロウと同じ高さに達すると、大木はその成長を停止させる。再び正面に相まみえたゴロウは、突然の事態に焦りを隠しきれていないようだった。
「ち……チートにも程がないか……?」
「あれぇ?俺なんかやっちゃいましたぁ?」
ニヤニヤして煽る俺に、ぐっ、とゴロウは歯を食いしばる。
体勢を立て直される前にと、俺は、
「よっ……と!」
――ゴロウの木に飛び移る。俺の体重を受け止めた枝が揺れ、その反動を利用して繰り出される俺の蹴りを、ゴロウは木の枝の上であたふたと避ける。
《アクロバティィィィック!!!高い枝の上で猛攻をかけるソウタッッ!コイツぁタマヒュンだ!》
絵的に面白いのだろう。実況の声も観客も、枝の上で暴れる俺の一挙手一投足に興奮して騒ぎ立てた。
《地の利を得たと思いきや、ゴロウ、これは分が悪いかッッ!?》
「……って言ってるぜ」
「く……っ!何でそんなに動け……うわっ」
太い木の枝とはいえ、男二人を乗せて暴れる場としては限界がある。
ゴロウが俺の拳を避けた瞬間、ついに枝は根本からバキッと音を立てて折れてしまった。
《ああーーっとッ!落ちていくゥゥッ!》
俺とゴロウは、絡み合ったまま落下する。
「うわわわわ……!」
「――ッ!」
俺は落下しながらゴロウの頭をアイアンクローの形で鷲掴みにすると、地面に向かってゴロウの頭部を突き出した。
「何とかしないと死ぬぞ」
「き、君もだろ!手を離し――」
と、その時、大木の幹から無数の小枝が生えてくる。落下する俺たち二人はその枝をばきばきと折りながら地面へと突き進んだ。
「いてててて」
視界の中、闘技場の床が接近する。
俺たちの身体を受け止めようと、地面から何本もの蔦が生える。蔦たちは絡み合いドーム状の形を作り上げた。蔦のドームを突き抜けたあと、十分に速度が殺された俺たちの身体は――たっぷり2メートルはあるかという、ふかふかの芝生に受け止められる。
とすん。ゴロウの頭部は俺の手に掴まれたまま、優しい音を立てて芝生のベッドに到着した。
ウオオオオオォォォ、と、歓声が響く。
《上手いッッ!絶望的かと思われた状況を、植物を駆使して乗り切ったァァ!!頭脳派、ゴロウ・イワサキッッ!》
俺は息をついて立ち上がった。
「……だってさ」と、横たわったままのゴロウに語りかける。
「やったのは君だろ。【
「いやぁ、何のことだか」
俺はしらを切って肩をすくめると、踵を返して、ゴロウから距離を取ろうと歩き出す。
「俺が毒で動けなかった時、トドメをささなかったろ?これでおあいこだ。次は――」
「……ギブアップ」
「え?」俺はゴロウを振り返る。
「僕の負けだ。……この試合、ギブアップする」
《なんとッッ!?ここまで来てゴロウがギブアップッッ!!??》
突如もたらされたギブアップ宣言に、実況はクエスチョンマーク多めに叫ぶ。
戦いはこれから、というところで水をさされた観客からも、戸惑いの声が上がっている。その中にはブーイングも含まれているようだった。
「……あんた、どうして」
「いやぁ、何のことだか?」
ゴロウは意趣返しのように、先程の俺の言葉をそのまま返してニヤッと笑った。
どう反応していいのかわからない俺の耳に、実況の声がこだまする。
《兎にも角にも決着だァッッ!!異世界転生トーナメントベストエイト戦、第一回戦ッ!勝者は――ソウタッッ!!!》
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