第09話 ソウタ vs ゴロウ・イワサキ #3

「……幼馴染が死んだ。自殺だった」


俺の言葉に、ゴロウは身を強張こわばらせる。


「ソウタ君が……事故で死ぬ前にか?」


俺は頷こうとして、既に首が動かせそうなほど回復していることに気付いたが、あえて首は動かさずに言葉で「ああ」と答えるに留めた。


「そいつとは家が隣だった。生まれたときから中学まで一緒で、高校は別。というか、向こうが進学校の女子校に行った。中学の時は、あいつら夫婦だぜ、ってからかわれてたから……距離が取れて丁度いい、なんて思ってた」

「……」

「高校に入ってからも、朝、たまに玄関先で挨拶はしてたんだ。最近どう?みたいにさ。でも――あいつは、高校でいじめられていたらしい」

「それで自殺を?」

「あいつは耐えてた。でも、応援してたアイドルが死んで、それで――数日後に」

「そのアイドルって……もしかして『MEI』?」

「そうだよ」


ゴロウが言い当てたのも、不思議はない。最近この世を去ったアイドルと言えば、誰でも【千年に一人のアイドル】とまで称された『MEI』が一番に浮かぶだろう。


トップアイドルとして人々を魅了し、世間の期待に答え続けていた MEI。幼馴染――りんは、高校でいじめられるようになってから MEI のファンとなり、その姿を見て辛い日々を生き延びるための活力を得ていたのだと、彼女の死後に知った。


「俺が【空気が読める】ようになりたかったのは、すぐ側にいたのに、そいつの辛さに気付いてあげられなかったからだと思う」

「……そうか」


忘れるな。俺は、自分自身に言い聞かせる。


目的は、ゴロウとの会話を長引かせることだ。死後に、癒えない傷を舐めることじゃない。


「だから――」


全身の筋肉を密かに動かして、俺は確信する。

俺の身体は、十分に回復した。いつでも反撃に出られる。


「――こんなとこで負けねぇんだよッッ!!」


俺は地面を蹴り、全身をバネにしてゴロウの顎にアッパーカットを入れる。


クリーンヒット。


ゴロウの大柄な身体はよろめくが、辛うじて倒れずに踏みとどまる。


急な反撃に実況が沸き上がった。


《動いたッッ!ついに動きがあったぞッッ!心理戦も本トーナメントの醍醐味ではありますが、我々としては――つまらないッッッ!!》

「知るかボケ」


実況の戯言ざれごとを切り捨てながら、俺は身体の調子を確認する。

……うん。だいたい普段どおりに動けそうだ。

ゴロウは、本当に俺を殺す気はなかったらしい。


顎を押さえて、ゴロウが苦々しい口調で呟く。


「……お喋りが過ぎたね」

「俺としちゃもっと話したかったけど――な!」


応えながら、追撃を加えるため俺はゴロウの懐に踏み込もうとする。


だが、ゴロウがその場で手を振り上げると――地面から一本の巨木が生え、みるみるうちに伸びていく。ゴロウは俺の追撃を逃れ、太い木の枝に飛び乗る。彼の身体はぐんぐん地面から遠ざかり、どう見ても俺の手が届かない高さにまで到達した。


《【森林夏草グリーンデイズ】、トリックの幅が広ォォイ!スローライフ侮りがたしッッッ!》


煽る実況。


だが俺は、上空のゴロウを見据えて不敵な笑みを浮かべる。……木の上に登った程度で、逃れられるとでも?


「そんなんで逃げたつもりか?……子供のころから、木登りは得意なんだ」


そう呟いて俺が木の幹に手をかけた瞬間、頭上から、ゴロウの静かな声が響いた。


「させないよ」


と、何かが落下する音。

上を仰ぎ見た俺は、椰子の実のような――かなりの重量がありそうな木の実が、俺の頭を目掛けて落ちて来ている光景を目にする。


「――うお……ッ!?」


木の幹から手を離して飛び退き、辛うじて回避する。

地面に激突した木の実は「ゴズッ」と低い音を立てて、闘技場の床にめり込んだ。


……いやいや、どんだけ硬いんだよ。ボーリングの球か?


「あっぶねぇな!殺す気か!?」

「……気は進まないけどね」

「卑怯だぞこの野郎!正々堂々と――」


頭上に向かって喚く俺を遮るように。次々と――あの物騒な木の実が俺をめがけて落下してきた。

それは、ただの重力に従う自由落下ではない。大砲が砲弾を射出するように、俺をめがけて、猛烈な速度で打ち出されてくる。


「うおおおおお!?」


避ける。

必死で避ける。


上空からの一方的な攻撃を、【空気を読んで】いるのか本能的な反射神経しか使っていないのか、俺自身もわけがわからなくなりながら、ひたすらに回避し続けた。


降り注ぐ木の実は鉄球のごとく、闘技場の床に突き刺さる。地に落ちた木の実が、あたり一面を埋め尽くしていった。


と、その時。


(ん……?何だ?)


俺は、自分でも「それどころじゃない」と理解しながら――観客の様子が気になった。何と表現すればいいかわからないが、そう――



そんな気がする。


そして観客と、俺たち以外の闘技者たちの様子に、何か違和感――ぼんやりとした差異があるように感じた。様子が違う――いや、が違う。


俺は、最前列に陣取る他の六人の闘技者たち、その表情を順番に観察した。俺の眼が、彼らの発する【空気を読む】ために要した時間は――わずかコンマ2秒ほど。



<悪役令嬢>クレア・エル・リヒテンシュタイン。昼下がりのテレビに流れるドラマを惰性で見ているような、興味のなさそうな視線。


皇女テセウス。ちょうど俺の方に眼を向けていた彼女と、視線が絡み合う。その冷たい無表情からは、考えていることが読み取れない。


バハムート百式。こいつは――さっきの「テセウス」以上に表情わかんねえ。ドラゴンだし。


<雷神>トールヴィッヒ。宙に浮かんだそいつは、真剣な眼差しでじっと俺たちの戦いを凝視している。


カミカゼ。座席にあぐらをかいて、こいつも前のめりに試合を観戦している。その口元に楽しそうな笑みを浮かべているのが「トールヴィッヒ」と違うところか。


<魔王>スウィーティー。その暗い瞳は試合を映しているのかどうか、ぼんやりと宙空を彷徨っている。



――どの闘技者からも、その他大勢の観客のように空気は感じ取れない。


何故か?


俺たちの戦いを見るのが初めてだからだ。


だが観客はそうではない。俺たち二人それぞれの――ゴロウの戦いを既に見ている。実況は、ゴロウが大木を生み出して俺に向かって倒すとき「アレが来るか!?」と言っていた。あれと同じで、ゴロウの戦略をもう知っているから、のだ。


つまり、ゴロウのこの攻撃は――


「――フェイクかッ!!」

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