第08話 ソウタ vs ゴロウ・イワサキ #2
俺はゴロウの操る蔦をしっかり掴み、ぐいっと引っ張った。
他の蔦は、勢いを増して俺に向かってくる。俺は手に持った蔦で、他の蔦を4,5本、一気に絡め取り、ぐるぐる巻きにしてやった。地中に逃げられないように、である。
視界の隅で、かすかに焦りの表情を浮かべているゴロウの顔を確認する。
(今だ――ッ!)
俺はゴロウに向かって全力疾走を再開した。ゴロウは焦ったように蔦を操り俺の足止めを図るが、やはり数が少ない。これだけなら、捌きながら接近することが出来る。
そうして一気に距離を詰めた俺は、ゴロウの腹部に思いっきり蹴りを入れた。
会場が沸き、実況は興奮のままに叫ぶ。
《接近戦ンンンッッッ!無理矢理――殴り合いに持ち込んだァァッッ!》
ゴロウは後ろに吹っ飛んで行く。
(いや……浅い、か?)
キックボクシング部の助っ人はやったことがあるが、正直、俺の蹴り自体にそこまでの威力はないはずだ。初戦で体勢の崩れたユートを転ばせることくらいは出来たが、ゴロウほどの体格を吹っ飛ばすようなチート脚力は持っていない。
そして何より――手応えがない。
よく見ると、ゴロウの身体に蔦が巻き付いている。それが後ろから彼の身体を引っ張って、俺との接近戦を離脱したようだった。そして闘技場の床に突然芝生がモサッと生えたかと思うと、飛んできたゴロウの身体を優しく受け止める。
……うーむ。あいつのスキルは防御にも使えるわけか。
俺から距離を取ったゴロウは、腹をさすって「げほ」と小さく息を吐いたかと思うと、おもむろに片手を高く挙げる。それに呼応するように、闘技場の床が割れた。
割れた床から伸びてきたのは――何本もの大木だった。樹齢百年とか、そういうレベルのぶっといやつが何本も。
「うわ、うわうわうわ……」
あっけに取られているうちに、その大木は横一列に生え揃って、完全に俺とゴロウの間を遮断する「壁」になってしまった。
◆
ゴロウがスキル【
てっきり一度に植物を十本までしか操れないのかと思ったが、生み出された大森林を見る限り、そういうわけでもないようだ。細かい操作を必要としなければ、こういった派手な使い方も可能らしい。
会場は沸き立った。いちいちテンションの高い奴らだ。
《出たァッ!木の壁だァァッッ!これはアレが来るかッッッ!?》
アレ?……アレって何だよ。
疑問を浮かべたのも束の間。
その木の壁が、一斉にこちらに倒れてくる。メキメキと音を立てて――いったい総重量が何百キロに上るのかわからない圧倒的な物量が、俺を地面と一体化させようとするように天を覆い尽くした。
「ちょっ……!」
あー、やばい。これは地味に死ぬ。何かスーパー破壊力で即死する系のやつじゃなくて、物理的にめっちゃ痛いやつ。
焦ってあたりを見回すと、びっしりと横に並ぶ木々に、わずかな隙間があることを発見した。
(おっ、ギリギリ通れそうだ……!)
迷っているヒマはない。俺はその隙間に向かって駆け、何とか滑り込む。
――そのとき、俺は不思議な匂いを嗅いだ。
「うっ……!?」
隙間を縫って「木の壁」を突破した瞬間、俺の身体はびくんと撥ねた。
その不思議な香りは俺の鼻孔から脳天まで突き抜けるような衝撃をもたらし、衝撃が去った瞬間、俺の身体はピリピリと痺れて――手足のコントロールが効かなくなっていた。
俺がその場に倒れ込んだのは、俺がすり抜けてきた「木の壁」が轟音を立てて地を揺らすのと、ほぼ同時だった。
《――これは効いたァァッ!逃げ道を開けて誘い込んだ先に、毒を散布したようだ!【
……なるほどな。実況の親切な解説を聞いて、俺は地に伏せたまま心のなかで舌打ちをする。
倒れ込む大木を破壊する能力を持たない俺は、用意された逃げ道に飛び込む以外、他にやり方がなかった。ゴロウがどこまで俺のスキルを把握しているのかはわからないが、有効な一手と言えるだろう。
(……ここまで、か?)
ジャリ、と瓦礫を踏む音がする。
ゴロウが、床に伏せる俺のすぐそこまで近付いているらしかった。首の動かない俺は眼球だけをそちらに向けて、逆光になっているゴロウの顔を見上げる。
「ソウタ君……だったかな」
その声と表情は不思議と穏やかであり、そこには、動きを封じた俺に対する敵意をまるで感じなかった。困ったような、あるいは、どこかおどけるような顔。その気配には、優位をひけらかす奢りすら含まれていない。
そして俺は直感する。こいつ――ゴロウは、少なくとも、俺を殺すつもりはないんじゃないか?
俺はその空気を読み、あえて訪ねた。
「俺を……殺すのか?」
案の定、ゴロウは首を横に振った。
「いや、そんなつもりはない。君は話ができるようだからね……」
「話ができないやつが居たのか?」
「初戦の相手がそうだった。君は違う」
「話ができるなら、どうする?」
「……ギブアップしてくれないか」
俺は表情を変えずに心中でほくそ笑み、靴の下で、わずかに足の指を動かしてみる。
――先程よりも動ける。
どうやら、俺が嗅がされた毒に致死性はない。一定時間、身体の自由を奪う効果があるもののようだ。
俺は時間を稼ぐために、さらに対話を続ける。
なるべく遠回りに、不毛な押し問答になるように。
「……俺だって、できればあんたにギブアップして欲しいんだが」
「そんな状態になっちゃ無理だろう。僕は、君をいまから刺し殺すことだってできる。ギブアップの方がマシだろ、と言ってるんだ」
「確かに、俺はもう終わりみたいだ。……だから、聞かせてくれ。この戦いで勝ち残って、あんたはどうするんだ?」
「……」
ゴロウから、戸惑いの空気が漂ってくる。
いい感じだ。
「田舎で植物園、だったかな。異世界でスローライフを送りたいあんたは、本来、優しい人間なんだと思う」
「……そのためには、君を殺さなきゃならない。僕だって嫌に決まってる」
「やっぱり殺すのか?」
「違う。優勝以外は転生できないらしいから、結果的に君は死んじゃうだろ」
「どうせ俺は事故って即死だよ。この戦いも、死ぬ前に見てる長い走馬灯かも知れない。元に戻るだけって考えたら――まぁな」
おっと、これだと俺が死んでもいいみたいになって都合が悪い。
流れを変えようと言葉を探している間に、ゴロウが俺に訪ねた。
「……ソウタ君はどうなんだ?」
「俺?」
「【空気が読める】ようになりたかったのは、どうして?」
「それは……」
俺に与えられた【空気が読める】スキル。
それは、生前の【執着】に
生前の執着。
俺に、そう呼べるものがあるとするならば。
(……)
とっさに嘘をでっち上げるだけの余裕がなかった俺は、絞り出すように、少しずつ自身の心を曝け出していた。
「……幼馴染が死んだ。自殺だった」
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