インターミッション v1
第05話 インターミッション: 執着
<神殺し>ユートに勝利して、アナウンスと歓声が響き渡る――だが次の瞬間、俺の身体は強制的に真っ暗な空間へと移動していた。あたりに響き渡っていた声はぴたりと止んで、静寂と暗闇だけが満ちている。
突如、パン!という破裂音が響く。
――攻撃か!?
俺が飛び上がって後ろを振り返ると、ミモザが満面の笑みでクラッカー(使用済)を手にしていた。
「初戦突破おめでとうございま〜す♪
「……セリフが前回と被ってんぞ」
「……は?」真顔になるミモザ。
「ごめんなさいマジトーンやめてください」
こ……怖いよう。
脅かされた仕返しがてら、ちょっとコミュニケーションを取ろうとしただけなのに。
ミモザはすぐ我に返り「んんんっ」と咳払いをして、にっこり笑顔に切り替えた。
「ま、いいでしょう。とにかくお疲れさまでした♪」
「……お疲れだよほんと。んで、終わったと思ったら真っ暗闇ってのはなぁ。毎回毎回ここに戻されんの?」
あたりの暗闇を指で示して、俺は気になっていたことを尋ねる。
が、ミモザはふるふると首を横に振った。
「いえいえ。いまは、他の試合が終わるまで待機タ〜イム、ってやつです。二回戦目からは蒼太さまも観戦して頂きます♪」
「はぁ……なるほど」
トーナメントに参加してんの、十六人とか言ってたっけ。俺の試合がどれだけかかったのかわからないが、それなりに待ちそうだ。
「なぁ、終わるまでヒマなんだけど」
「あー、この空間に時間とかそういうのないんで。適当なタイミングで出ればベストエイトが出揃ってるはずです」
「便利かよ……」
テスト前の一夜漬けとかに欲しい奴じゃん。少年マンガで、強敵と戦う前に無限に修行して能力を底上げするやつ。
(そうだ……能力といえば)
聞いておきたいことがあった。
「……つーか、【空気が読める】?何だよあのスキル。相手と格差ありすぎじゃねーか。何とか勝てたけど」
……勝てたけど、俺の元々のフィジカルでゴリ押しした感が強いんだよな。
ミモザは神妙な顔で「うんうん」と頷く。
「意外と戦えて私もびっくりです」
「びっくりて」
この子、俺の担当官とか言ってなかったか?もうちょっと担当する仕事に責任をだな。
「そういや、あのユートってやつは自分のスキルに自覚ありっぽかったんだけど、俺勝手に決められてたし、何ならアナウンスで初めてスキル知ったんだよね。何で?」
リセマラ失敗?もっかい死亡ガチャ引いてくるべき?
「それはまぁ、最低限のスキル説明ができてなかったから……ですかね」
「できてないというか教えてくれなかったよね?」
「そういう決まりなんですよ」
「ほんとかよ……」
「あとはほら、エントリー期間ギリだったんで」
「エントリー期間って何!」
そろそろこの大会の運営にツッコミ入れんの疲れてきたんだが。
「滑り込み事故死の蒼太様を頑張ってエントリーさせてあげたのは私ですよ?ちょっとは感謝して欲しいです」
ぷう、と頬を膨らませてみせるミモザ。
俺はまだ食い下がる。
「あんたか?あんたが元凶なのか?俺のスキルについて納得行く説明をしてくれ頼む」
「ジャストアイディアでしたが、ASAPにアベイラブルなスキルをコンセンサス前にアサインするスキームでですね」
「ビジネスっぽい横文字で誤魔化すんじゃねぇ!」
「ま、実際の話」
と、ミモザが手にしたペンを顔の前に「ピッ」と立てて、真面目な口調に切り替える。
こいつ、わざとふざけてやがったな……。
「ひとつ言えるのは――あなたの魂が【オルデュール】に運ばれて来た際、生前の【執着】に
「……執着?」
ミモザは頷いて、書類をぱらぱらとめくる。
「ええ。先程の対戦相手――ユートさんでしたっけ?彼がご自身のスキルを何となく理解していたのは、自分の【執着】を自覚されていたからでしょう。彼は生前、自身が若くして
「ちょ、ちょっと待て……癌?」
ミモザは悪びれる様子もなく、ペンを口元に当てながらユートのプロフィールを読み上げる。
「はい、若年性ガンです。何度も手術を繰り返したそうですが、意識がないうちに身体を切り刻まれる恐怖に耐えかねたとかで、途中から放射線治療に移行。身体はどんどん弱っていき老人のように痩せ細りますが、それでも回復の兆しはなし。母親は希望を求めて新興宗教にどっぷり」
「……」
「ユートさんは【神】というあやふやな概念を憎むことで、自身の死の運命と戦いたかったのかも知れませんねぇ」
「……」
剣を向けられた時のあいつの表情。怯えきった顔。手術で切り刻まれた身体は捨てられても、切っ先を突き付けられることで、その心は恐怖をぶり返したのかも知れない。
俺は、あいつの姿を見て何を思った?
陽キャ、とか。自分だけが主人公、とか。クラスのリーダー格、とかとか。……苦手なタイプだと、俺は思った。
だがそれは、あいつ――ユート自身が、死の運命に立ち向かうために想像した姿だったのかも知れない。運命を……神を憎んで、次の
俺は、俯いたままミモザに声をかけた。
「……ミモザ、頼みがある」
「何です?」と、ミモザ。
「二度と、対戦相手が生きてたときの話を俺に聞かせないでくれ」
ミモザはきょとんとする。彼女は眼を
そこには、苦虫を噛み潰したような俺の顔があったことだろう。ミモザはしばらく考え込むように停止したあと――にぱ、と効果音が目に浮かぶような満点の笑顔を浮かべた。
「はぁーい、わかりました♪」
俺の視界の中、ミモザの姿が歪む。涙が溢れてしまったかと焦って顔を覆うが、そうではない。空間自体が、ぐにゃぐにゃと歪んでいるのだ。
ぐにゃぐにゃ視界のどこかから、姿の見えないミモザの明るい声だけが届く。
「さーて、そろそろ顔合わせと行きましょっか。蒼太様と同様に初戦を勝ち抜いたベストエイトのみなさまと、ガッツリ火花、飛ばして来てください♪」
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