第06話 異世界転生選抜トーナメント
ぐにゃぐにゃと歪む視界が収まると、そこは――闘技場の上だった。
先程までのバトル中とは違い、あたりは暗い。わざと照明が落とされているのかと思ったが、確かここは屋外で太陽が見えていたような……。時間という概念があやふやだったり、この【オルデュール】とかいう世界は、どういう仕組みなんだかまったくわからん。
円形の闘技場の周囲、等間隔に、俺を含めて八つの影が立っている。
それぞれの姿はよく見えない。ただ、明らかに人間じゃないシルエットが混じっているような……。
《さあ、ベストエイトが出揃ッたァァ!》
またどこからか、あの実況の声が響く。
《本大会に出場する闘技者は計十六名。ここにいる八名は、既に初戦を勝ち進んだ強者たち!》
なるほど。俺と同じように、ここに集められた連中は最初の戦いを終えた後ということか。
《ちなみに初戦だけは何の説明もなくいきなり戦いに突入してもらうのが通例だが、これは我々が見てて面白いからだッッ!》
「悪趣味か!」
ミモザの言う「決まり」ってのはそういうことかよ。本当にクソみたいな趣向の大会だな。
実況は俺のツッコミをスルーして続ける。
《というわけで、トーナメント戦はこれからが本番。さあ、戦って頂くのは……この組み合わせ!》
空中にでかでかとトーナメント表が映し出された。俺は、暗闇の中に突然浮かびあがったディスプレイの光に眼を細める。眼が慣れてくるうちに、俺の名前が一番左上に記されていることに気が付いた。
《Aブロックが第一、第四回戦!Bブロックが第二、第三回戦だ!》
トーナメント表は、左右にそれぞれ四個ずつ名前が記されている。A,Bブロックそれぞれで二回勝ち進んだ者同士が中央の決勝戦でぶつかる形か。
A ブロック
・ソウタ vs ゴロウ・イワサキ (一回戦)
・<魔王>スウィーティー vs <雷神>トールヴィッヒ (四回戦)
B ブロック
・バハムート百式 vs <悪役令嬢>クレア・エル・リヒテンシュタイン (二回戦)
・カミカゼ vs 皇女テセウス (三回戦)
……なんとも、胸焼けしそうな名前だらけだ。何、てか俺最初に戦うの?
実況が対戦者の組み合わせを読み上げる。
◆
《第一回戦を戦うのは、
ソウタ――スキル【空気が読める】、
VS、
ゴロウ・イワサキ――スキル【
こんなスキルでまさか初戦突破するとは思わなかったソウタ!植物を操るゴロウ!さぁどんな戦いを見せてくれるのか!》
うるせえよ。
心の中で悪態をついていると、突然、俺の立っている周りが白い光で照らされた。どこかからスポットライトが当てられているらしい。
ということは……。
俺は、八人の中でもうひとりスポットライトが当てられている男を見つけた。
ゴロウ・イワサキ。体格のがっちりした細目の男で、何故か白衣を着ている。ゴロウは細い目をさらに細めて俺のことを凝視している。その表情には緊張が見て取れた。
――これから、有無を言わさず命のやり取りをやらされるのだ。それも当然だろう。
スキルは植物を操る……【
森の中なんかでは無敵だろうが、この何もない闘技場で何かできるのか……?いや、少なくとも初戦は突破しているんだから、油断は禁物だ。
考えているうちに、スポットライトが消えた。
《続く第二回戦!
バハムート百式――スキル【
VS、
<悪役令嬢>クレア・エル・リヒテンシュタイン――スキル【
デカァァァァァイッ!説明不要ッッ!!対するは、初戦は相手が自滅したため底が見えていない――<悪役令嬢>!》
再び、第二回戦の出場者と思われる二つの影がスポットライトで照らされる。どよめく会場。シルエットから予想されていたことではあるが――そのひとつを見て、俺は目を見開いた。
ドラゴンだ。
どこからどう見てもドラゴンだ。
「バハムート百式」と呼ばれたそれは、十メートルに達するかという巨体を折りたたみ、スポットライトに照らされる「竜」だった。その身体は、金色に輝くいかにも強固そうな鱗でびっしりと覆われている。
その口元からはグルルルルル……と獰猛な唸りと共に、赤い炎が漏れ出している。
というか……バハムート百式ってなんだよ。バハムート「零」式って、何かのゲームで出てこなかったか?あと「百式」とか言う金ピカのモビルスーツがあったような。
なんか色々と心配になるな。
(心配と言えば……こっちの方か)
俺は、もうひとつのスポットライトに照らされる女に目を向ける。「バハムート」の巨体と比べて、対戦相手の悪役令嬢は――ひどく頼りなく見えた。
その女――クレア・エル・リヒテンシュタインは、金髪縦ロールで豪華なドレスを身に纏っている。高慢そうな表情は周囲からの視線を受け止めてなお怯むところなく、対戦相手のバハムート百式を睨みつけていた。
ずいぶんと自信がありそうだが……見た目といい乙女チックなスキル名といい、対戦相手が完全な人外であることを差し引いても、とても戦闘向きとは思えない。
(初戦は相手が自滅、か……。そいつは突然戦わされてスキルを扱いきれなかったのか、そもそも戦う意志がなかったのか、それとも……)
いや、それよりも、勝ち進んだら俺もあのデカいドラゴンと戦うことになるのか。悪役令嬢の身の心配をしてる場合じゃないな。
俺の思考を断ち切るように、スポットライトがふっと消える。
《第三回戦!
カミカゼ――スキル【
VS、
皇女テセウス――スキル【
一回戦を大いに沸かせた二人!不滅の肉体を持つカミカゼと、何でも創造してしまうテセウス!コイツはまさにチート同士のぶつかり合いだァァァ!!》
スポットライトに照らされた二人は、ちゃんと人間の形をしていた。……そんなことに安堵する俺自身にちょっとうんざりする。
片方、カミカゼと呼ばれた男は――空手の道着を着た青年である。
黒鉄色の短髪。好戦的な笑みを浮かべている。その身体は鍛え上げられているが、筋骨隆々というよりも、引き絞られた凶器のような鋭さを持っていた。
(不滅の肉体……か。初戦みたいな、俺のフィジカルに頼ったゴリ押しは通用しなさそうだ)
もう一方の女――皇女テセウスは、蒼い眼にプラチナシルバーの髪をなびかせ、瞳と同じ色のティアラをつけている。
テセウスの気品のある佇まいからは、先程の<悪役令嬢>とは違った種類の芯の強さが見て取れる。まさに<皇女>という存在感。彼女を照らすスポットライトがまるで柔らかな月光であるかのように錯覚する。
能力は、何でも創造してしまう……と言っていたか。そのとおりであれば、確かにチート以外の何物でもないスキルだ。
(……ん?何だ?)
と、その「テセウス」が対戦相手の「カミカゼ」ではなく、俺の方を見ているような気がした。……だがその冷たい視線からは、何の情報も読み取ることができない。
スポットライトが消え、俺の違和感は暗闇へと葬り去られる。
《さあそして第四回戦!
<魔王>スウィーティー――スキル【
VS、
<雷神>トールヴィッヒ――スキル【
かつて雷がヒトに火をもたらしたと言うッッ!人類に叡智を授けた神と、世界を終わらせる魔王!我々は神話の戦いをこの眼で見ることになるのかッッッ!?》
<魔王>と呼ばれ、照らされたスポットライト。俺は最初、その光の中に誰も居ないのかと思った。だが、違う。そこに居たのは、他の誰よりも背丈が小さい人物であった。
――女の子だ。
年の頃は六、七歳といったところか。赤みがかった茶色の髪をツインテールに結んで、真っ黒なローブで全身を覆っている。その眼にはハイライトがなく、暗く沈んだ瞳で虚空に視線を彷徨わせている。
(何が<魔王>だ……クソ)
こんな小さな子が、こんな意味のわからん場に引きずり出されている事実に――何と言うべきか、俺はやり場のない憤りが湧いてくるのを感じていた。
波打つ心から目をそらすようにして、もうひとりの出場者に目を向ける。そちらも、別の意味で異様な光景であった。
もう一方のスポットライトに照らされたその男が<雷神>トールヴィッヒ、なのだろう。不機嫌そうな表情。顔立ちそのものはどちらかといえば平凡の部類に入る。だがその男は――宙に浮いていた。
トールヴィッヒは苛立ちの表情を浮かべてどこかを睨みつけている。視線は宙空に向けられ……苛立ちの先は、実況の、どこかから聞こえてくる声に対するものか?
(……流石に【空気が読める】スキルでも、遠くに見える相手の思考を読みとるってのは無理か)
それにしても。
ドラゴン。不滅の肉体に万物創造、そして神やら魔王やら。
どんどんインフレしてるような気がするのは気のせいか?つーか俺のスキル厳しくね?
そしてスポットライトが消え、またしても暗闇が訪れる。
一拍置いたあと、照明がバッと点灯した。いや、照明ではない。気が付くと、もうそこは太陽の照らす屋外の闘技場だった。相変わらず不思議な空間だ。
◆
――日光の下で、八名の出場者が揃い立つ。
闘技場は割れるような歓声で満たされた。
歓声をさらに煽るように、実況は高々と宣言する。
《以上八名、雌雄を決する時は近い!期待して待てッッッッ!!》
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