幕間2 八十二校生徒会最後の12日間

※注意! 幕間でパロディネタです。





 球場地下の控室、そこには多くの者が肩を寄せ合うようにして佇んでいる。だが楽し気に口を開く者なぞ誰も居ない。灰色のコンクリートに敷き詰められながら沈黙する様は、まるで戦時中の地下壕を思わせた。異様、非常の光景である。


 部屋の中央では青い顔をした眼鏡の男が呆然と椅子に座り、他の者と卓を囲んでいた。唯一アルカイックスマイルだけは崩さなかったが、内心ショックで何も考えることができない。


 圧倒的優勢かと思っていた試合展開が、後半へ進むにつれてあれよあれよという間に逆転。途中から見るのが怖くなって慌てて控室へと逃げ込んだのだった。


 ガチャリと音を立ててドアが開く。最後まで試合を見るために上で残っていた副生徒会長だ。


 「生徒会長、たった今試合が終わりました。我々の敗北です」


 「……」


 「我が校は8回で逆転され、そのまま点を取れず9回表を終えました。いやぁ、途中我が校のエースがスタミナ切れで降板したのが痛かったですね。まさかやっこさんがあそこまで粘るとは思いませんでした」


 「…なぁ、僕さ、野球のことよく分からないけど、野球は9回裏のツーアウトからって言うじゃん。まだ何とか逆転できないかな」


 突然のセリフに周囲はギョッとする。この試合の勝ち負けに異様と言える程こだわっていたは知っていたが、この期に及んでまだそんなことを言うとは思わなかったのだ。


 「生徒会長、それは―」


 気まずそうな副会長に代わり書記が言葉を引き継ぐ。


 「会長、我が校は先攻ですので、リードを許してる状態で9回表を逆転できなきゃ終わりです。そして9回目で我々の攻撃は成功しませんでした」


 そうハッキリと伝えられるやいなや、会長と呼ばれた男はプルプルとした手で眼鏡を外す。彼を知るもの達は最悪の事態に恐怖した、これは彼がブチ切れる時に見せる前兆なのだ。


 「…以下の者は部屋に残れ。副会長、書記、会計、そして広報だ」


 生徒会と一緒に応援へ来ていた学生達は慌てて廊下へ逃げる。人生において他人のヒステリーに付き合うことほどストレスを感じることは無い。


 最後の一人が部屋を出て扉を閉めた瞬間、部屋中に怒声が響き渡った。


 「命令したんだぞ!必ず勝てと!!我が校の勝利は命令だったのだ!!」


 細い体のどこからこんな声が出ているのか。大音量の罵声は外で待つ学生達にもハッキリと届いている。普段にこやかな生徒会長の豹変ぶりに、彼のファンを自称する女子生徒などは涙を流していた。


 「野球部は私を欺いていたのだ!誰もが私を欺いていた。ここにいる大会委員共もだ!!」


 顔を真っ赤にした生徒会長が椅子を蹴り飛ばし、全員に指を突き付ける。


 「我が校の全体が、卑劣で、愛校心の無い、卑怯者の塊以下の存在だ!」


 もう大っ嫌いだ!と叫ぶ生徒会長。流石に耐えかねて副会長が応じる。


 「生徒会長、我々はともかく汗を流して戦った選手たちにそのように言うことは…」


 「大っ嫌いだ!裏切者だ!バーカ!!」


 「会長!会長の仰ってることはとんでもないことです!!」


 「選手共は生徒の中のカスだ!!」


 そう叫ぶや生徒会長は手にあるペンを机の上に叩きつける。


 「チキショーメェェェ!!!」


 興奮した彼の口からは数えきれない程の罵声が次々と飛び出していく。曰く、奴らは球児などと特別扱いされているが、所詮玉転がしの大馬鹿者。曰く、野球部は長年予算を貪り続けてきた割には成果を出せない、行く道を阻む邪魔な連中。曰く、根回ししてやったのに試合一つに勝つことが出来ない無能な奴ら。生徒会長によるスポーツマンシップの欠片も無い、非合法行為の告白を聞いて、生徒会役員や外の生徒達は次第に青ざめていく。この場が終われば警察に連絡せねば。


 「僕がこの大会を振り返ってみて思うことは、皆に裏切られ続けてきたということばかりだ!貴様らは自分の血で溺れろ!!」


 あまりにあんまりないい様に、外の女の子達はとうとうこらえきれず泣き崩れてしまう。しかし、それでもまだ彼への盲目的な恋心はギリギリの所で残っている。初めて声をかけてもらった時のこと…。普段の彼は温厚で紳士的な振舞いをすること…。実は絵画が好きで、将来は美大を志望している教養ある人だということ…。


 「裏切り者め…あと、憶えていることと言えば、対戦校の応援団が可愛かったことぐらいだ!特に黒髪ロングで巨乳の子が可愛かった!!オッパイプルーンだッ!!」


 ドン引きである。100年の恋も冷めた。


 その後、通報を受けて八十二校中等部の生徒会長はあえなく御用となった。こんな人間と一緒くたに扱われることを嫌った、生徒達皆の総意であった。




………

……




 「うおおおおッ!!」


 ガバリとベッドから飛び上がる。全身に滝のような汗をかいており、べっとりと服が体に張り付いていて気持ちが悪い。


 (ゆ、夢か…何の夢だったかは思い出せないけど、酷くうなされていた気がする…)


 曖昧な記憶を呼び覚ます為に必死に思い出そうとするが、上手く思い出せない。何だか自分がベジタリアンであることや、ヒステリー持ちであることも関係ある気がする。


 (…いや、夢のことなんてどうだっていいか。明日は我が八十二校中等部の対抗祭試合、必ず勝たなければ)


 日付が変わっていることに気がつき、もう今日のことかと思いなおす。色々と手を尽くしたのだ、今日はきっといい日になる。


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