第22話 放課後にてかき鳴らす




 「綾音にとって音楽って何?」


 「自己表現」


 「さすがに即答されるとは思わなかったわ…」


 駅前の喧騒に囲まれながら機材を下ろしていく。アキの家から持ち出されたそれらは、どれも結構な値段がする。間違えて落とし壊れたら大変だ、慎重に運んでいく。


 アキの分、私の分、遅れてやって来るというアキのバンドメンバーの分や音響機器…。機材を置き終えるとアキの無軌道ぶりには慣れているのか、彼女と数言交わしただけで運転手さんはさっさと車ごとどこかへ行ってしまった。


 「ふーっ」


 4月上旬だというのに日差しは強く汗がにじむ。少し疲れたような気がするが、練習はこれからなのでそんなことは言っていられない。


 結局私たちが演奏するのは応援団としては極めて珍しいバンドモドキという構成になった。いや、なってしまった。


 普通の演奏団と応援団とで明確に違う点は、場の主役であるか引き立て役であるかという点にある。選手たちの応援をしに行くのに、協調性の無い音を後ろでジャカジャカやっても無駄どころか集中力を乱すことに繋がり有害ですらある。


 そして応援団とは通常、金管楽器を主体としたブラスバンドによって構成される。腹の底から力がこみ上げるような、あの独自に響く音が聴く者の気分を高揚させてくれるのだ。だが、五十八校中等部に純粋な吹奏楽部は無い。


 私が籍を置く器楽部には楽器数はともかく、金管楽器の奏者が殆ど居ない。ウチの部には幼い頃から続けている習いごとの延長で部に居る子が多いので、一芸に長けている者が多くても扱える楽器のバリエーションは少ないということが多い。―――もっとも、それが当たり前なのだが。


 セオリー通りに金管楽器で応援するならある程度まとまった人数が必要なのだが、一応部員に聞いてみて希望者も集まらなかったのでこの路線はすっぱり諦めることにした。永田会長は私が器楽部の部長だから部員達の楽器を転向させることも可能だろうと思い頼んだのだろうが、一か月やそこらの付け焼刃で思う音が出せるほどこの世界は甘く無い。


 そもそも私は部長として器楽部のみんなをこの応援に使いたくなかった。私一人が忙しくなる分には構わないが、別の大会の調整もあるのにどうしてみんなへ迷惑がかけられようか。3年生の先輩たちも残る部活で貴重な練習時間を奪うことに気が引けたのだ。


 ではどうするか?私個人を誘うために会長が偶然を装い会わせたアキと、彼女のバンドメンバーとでやるしかない。それもとびっきりの方法で。半端は嫌いだ、むしろ少人数であることを裏手に取った奇策を使うことにする。


 「…頼んでいるワタクシが言えた立場じゃないですけど、正気じゃないですわ」


 考えた案の許可を取るために会長へ伝えたところドン引きされた。奇策といってもベースとなったやり方は昔からあるし、そこまで変じゃないと思ったのだが。


 「…ていう感じでね、会長に反対こそされなかったけどいい反応じゃなかったな。でも正気じゃないなんて失礼しちゃうよね、アキはどう思う?」


 「狂ってるわね」


 「……」


 でも面白いじゃない。そう言ってギターとスピーカーを繋げるアキ。そこに怖気づいた様子は無く、ただギターと触れ合い人前で弾けるということに純粋な喜びを見出しているようだ。


 「やっぱボーカルも一緒にやっちゃ駄目?」


 「駄目、私たちは応援の練習をするんだから声が入ると不味い」


 「ちぇ」


 準備が終わり私もベースに繋いだスピーカーの電源を入れる。反響音が漏れてなんだなんだと周囲の人が反応する。ここで怖気ずいては意味が無い。


 突然辺りに爆音が響く。アキがイントロを奏でたのだ。


 度胸試しを兼ねた路上ライブ。このロックじみた行為は練習と呼ぶにはあまりに無軌道。だが、これからのことを考えれば、これくらいのことは簡単にできないといけない。


 本番の球場には大勢の観戦者が集まる。生徒達は勿論、子供を見に来る親御さん、近所の野球好きの人や先生達。数十人単位で演奏できる吹奏楽部は多少のミスや緊張を人数で分散できるが、少数で演奏するとなるとそうも言っていられない。だからここで慣れておく必要がある。


 迷惑そうに顔をしかめる人。無関心に目の前を通り過ぎる人。音を好んで時折足を止める人もいるが、そんな人は稀で基本的にこちらへ好印象を持つ人間は居ない。


 それもそのはず。ただでさえ路上ライブは嫌われるのに、その演奏法が無茶苦茶だからだ。


 サビ前、転調、別の曲。サビ前、転調、別の曲。一つの曲を最初から最後まで演奏せずに直ぐに別の曲へ移り続けていく。知っている曲を聴いて近づいてくる人たちも、ころころと曲が変わるものだから訳が分からないといわんばかりに離れていく。


 奏者としてはなんとも辛い光景だが、この程度でたじろいでは奇策は成らない。深い海の中に飛び込むような思いで演奏に没入していく。




………

……




 「んんぅ~!流石に疲れたわね」


 「ふぅ…」


 伸びをするアキへタオルを渡す。流石に2時間もぶっ続けで演奏するのは疲れた。


 とある事情から私は余裕が無く、曲調の主導権を握るリードギターはアキに任せてある。演奏中私はそれについていけばいいだけなのだが、やはり色々やりながら演奏するというのは疲れる。


 「お疲れ、綾音が居なかったら絶対こんなの無理だったよ」


 「それは私のセリフだよ、よく慣れないやり方で何順も弾き切ったね」


 演奏内容自体は予めまとめて手渡していたのだが、彼女がそれを受け取ったのは今朝だ。授業中に読みでもしていたのだろうか?数度止まることはあっても同じ個所を間違えたことは一度も無かった。


 「ま、あたしは天才だから」


 得意げにそう言ったかと思うとくっくっくっと笑いだす彼女。夕に照らされた顔に汗で髪がへばりついている。そんな彼女がどこか眩しい気がした。


 「そういえばもう一人来るって言ってたけど、その子全然来ないね」


 「…そういえばそうね、どこで油売ってんのかしら」


 事前の話ではキーボードを担当するアキのバンド仲間が来るはずだったのだが、とうとう最後まで姿を現さなかった。その時、アキのポケットから携帯が鳴る。


 「はい、もしもし…あぁ美代子のお母さんですか、はい、はい……え?」


 電話に出て話をするうちにやがて深刻そうな顔になるアキ。通話が終わった後どうしたのかと聞けば、帰ってきた答えは練習終わりの充実感を吹き飛ばすような言葉だった。


 「今日来る予定だった子が…学校から家に戻る途中に事故に遭ったんだって…。それも全治数か月って…」

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