第21話 霊長目ヒト科お嬢様属




 1月は行く、2月は逃げる、3月は去るとはよく言ったもので、忙しい日々はあっという間に過ぎ去っていく。3年生の卒業式、響達新一年を迎える入学式、歓迎会…季節の変わり目というのはとにかく忙しい。


 「鳴上綾音っ!!」


 「うわでた」


 昼休み2年生の教室にずずいと現れたのは新3年生にして生徒会長である永田白子。突然ふって湧いたようにやってきたこの先輩にクラスメイトは瞬時ギョッとしたが、相手が誰か分かると慣れたもので止まっていた雑談はすぐに再開された。


 「話があるんですのっ!話があるんですわっ!話があるんでござ候!」


 「どうせまた生徒会の勧誘ですよね?嫌ですよ…あと言葉遣いおかしいですよ」


 一言喋るごとにワキワキと近づいてくるが、彼女は1学下の私より背丈が小さいので怖くは無い。ただ鬱陶しいだけで。


 「ちっげーですわ!それとは別の頼み事があるんですの!これ聞いてくれたらもう二度と生徒会入れ何て言わねーですから!!」


 「ハイハイ…何度も言ってるように私忙しいんですよ。最近はゆっくり本を読む時間も…え?」


 去年から熱意だけで説得を試みてきたこの先輩に初めて「生徒会に入れ」以外の意を話されて思わず感動してしまう。ようやく壇上以外でも頭が回るようになったんですね会長…。


 「なに涙ぐんでるんですの!ここじゃ何ですし生徒会で話しませんこと!」


 金髪のロングヘアをもっさもっさと揺らして提案してくる。面倒とも思ったが、彼女が卒業するまで終わりなき勧誘を受けなくて済むというさっきの話は魅力的だった。素直についていく。


 胸を張って堂々と廊下を歩いていく彼女はよく目立っているのか、すれ違うほぼ全ての人々から挨拶されている。


 「会長だ~!ご機嫌よう」


 「ご機嫌よう!また背が伸びましたのね!」


 「そうなんですよ~この前の健康診断見て、もうビックリしちゃいました」


 「あっ、会長だ!先日はありがとうございました!」


 「あれぐらいどうってことねーですわ!ガハハハハハハハ!!」


 足を止めないまま階を上がり、そのまま生徒会室にたどり着く。開かれたドアの中に入ると、パソコンをカタカタと弄る眼鏡の女の子一人と付けっぱなしのテレビだけが存在を放っている。意外と簡素な部屋だ。


 「遠慮せずかけてくださいまし。佐伯~お茶~!」


 「お構いなく」


 私が部屋に入ってから無言でそそくさと動き出した眼鏡の子は佐伯と言うらしい。顔なじみが無いから多分3年生だろう。


 「―ており、車道沿いに鎌田白男氏の車があったことからも警察は引き続き樹海近辺の捜査を続ける模様です」


 「げっ、この行方不明の方ワタクシと名前がそっくりですわね…縁起でもない」


 くわばらくわばらと唱えながらテレビを消す。それを見ても佐伯先輩が眉一つ動かさなかったところを見ると元からニュースを聞き流す程度に点けていたのだろう。静かになった室内ではお茶を入れる音だけが響いている。


 「単刀直入に言いますわ。1か月後の対抗祭に応援として何かしらの演奏をして頂きたいの」


 対抗祭とは六つの他校とリーグ形式で野球を行う恒例行事のことだ。毎年5月に行われ、昔から続く我が校の伝統でもある。学内のみならずこの試合の人気は高く、開催の度に借りる球場は一般の人々も多く来場して満席になるほどだ。だが…


 「会長、対抗祭は大学部の行事です。同じ系列の中等部とはいえ、出しゃばったような真似は出来ませんよ」


 大いに盛り上がる対抗祭だが、その分各校が賭けている熱量は凄まじい。高等部からは毎年専属の応援団が駆けつけるし、チアリーダー部だっている。歓声の中で半端な大きさの音はかき消されるし、年少の中等部が背伸びをする意味があるようには思えなかった。


 「あぁ、ごめんなさい。そちらではなく中等部だけで行う方よ」


 「中等部だけ…なるほど、前哨戦の方ですか」


 通称前哨戦と呼ばれる中等部同士で行う規模の小さな試合がある。だがこちらは対戦相手も一校のみだし、休日に行うといっても前夜祭のようなもので規模も小さかった。


 だが、それだけにわざわざ応援を頼む意味がますます分からない。前哨戦の方は中等部の父兄ぐらいしか観に来ないし、ぶっちゃけ勝とうが負けようが大した影響は無い。去年は知り合いが出場したわけでもなく、興味が無くて観に行かなかったので終わった後で負けたと聞いて「そうなんだそれは残念だったね」と言った会話ぐらいしか思い出が無い。


 「それがね…ほら、ワタクシのお父様ってここの理事長じゃない?どうもここ数年の対抗祭で負け続きなものだから相手校から変な煽られ方したみたいでして、それで…せめて中等部ぐらいはどうしても勝て、と…」


 「えぇ…そんな無茶苦茶な…」


 冗談だと思いたかったが、佐伯先輩から受け取ったお茶をカタカタと揺らす会長の目が死んでいる。恐らく本当の話なのだろう。


 近頃忙しかったり、つい目の前のことに囚われてしまいがちだが、人間とは基本的にうっかり屋さんである。


 これは歴史をひも解けばよく分かる。後世から見れば、影響力の大きさや単純な壮大さによってつい美化しがちであるが、よく見てみればしょうもないことで稀代の英傑が命を落としたり、ひょんなことで一国が亡んでしまうことはままある。鎌倉時代の四条天皇は廊下で女中を転ばせる悪戯を思いつき、自分で試そうとしたところを頭を打ってそのまま崩御なされた。お蔭で皇族の血統が途絶えかけ、鎌倉幕府は滅亡の危機に瀕した。忘れがちだが人間とは案外ガバガバな生き物である。


 だから煽られて悔しい父親がムキになり、生徒会長をしている娘に勝ってくれと頼むのは当たり前のことと言っても過言ではない。


 …たぶん。恐らく。きっと。


 「話は分かりましたけど…屋外で低音なんてロクに出せませんよ。器楽部としてできることは少ないです」


 「勿論出来る限りで構いませんわ、無理は承知の上ですから!」


 そもそも応援一つでそこまで勝敗に影響が出るものなのだろうか?こんないい加減な話に進んで協力したがる部員もいると思えない。それでも藁に縋るような目で会長が頼んでくる。


 「お願いしますわ~ッ!お願いしますわ~ッ!!」


 「うわ!やめてください会長!!」


 どうやってるのかコメツキバッタのような勢いで会長が土下座してくる。迫力満点だが既に見慣れてしまってるそれにそこまでのありがたみは感じなかった。


 「お待たせしました…。あれ?綾音じゃない」


 「アキ…?」


 なんとも絵面が悪いタイミングで来たものだ。アキが土下座している会長と私を交互に見て怪訝そうな顔をしている。ちゃうねん。


 「いいところに来ましたわね高坂!実は今度中等部の対抗祭で演奏の応援を頼みたいのですが人が見つからないのです!!できれば広い場所でも音が響く高音がいいのですけど!あ~ルックスがいい人達が演奏してくれると選手たちのやる気が更に出そうですわね~!そんな都合のいいバンドが我が校にないかな~!!!」


 「えっ本当ですか!?私たちでやろうよ綾音!」


 アキが部屋に入った瞬間一息でそこまでまくしたてる会長。こ、この人最初からこの展開を企んでたな…!


 「助かりますわ~対抗祭で目立てばその貢献を私は生涯忘れません!外部を受験するならともかく、高等部になってもきっとこの恩は忘れませんわ~!!」


 「器楽部…予算…増やします…」


 ここぞとばかりに会長と佐伯先輩が前後から語り掛けてくる。ギターにドはまりしてるアキも大勢の前で演奏する機会が得られて嬉しいのか、何の曲を演奏しようかと考え込んでいる。


 「…やります」


 「えっ!?即決なんてしてよろしいのかしら、別に返事はすぐじゃなくてもよろしくてよっ!」


 よくもまぁいけしゃあしゃあと…。ここまでされて断るのも後が怖いし、一連の流れが偶然とはとても思えなかった。きっと最初から落としどころを見据えて話を聞かされていたのだろう。


 「……こういったことが出来るのでしたら、普段私を生徒会に勧誘する時から似たような手段で誘えばよかったのでは?」


 いいようにされているのが少しだけ癪で、ついそんなことを言ってしまう。だが、それを聞いても会長は気にしていないようでウィンクして答える。


 「あら、ワタクシ友人が欲しい時はできるだけ利害を持ち込まないようにしてますの。友と人脈は違うでしょう?だから貴方を仲間に誘う時に小賢しい真似はしなくってよ」


 自分なりの主義があるのかそう言ってガハハと笑う会長。伊達に2年生から生徒会長の椅子に座っているわけではないようだ。


 「…ちなみに何で私に生徒会へ入って欲しかったんですか?」


 「顔がいいから!!!」


 想像し得る中で最悪の答えが返ってきた。あぁ…仁君は今何をしているのだろう。早く会いたいなぁ。

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