第5話 目覚め
白い天井を見ていた。
窓から日の光が照らされる。小鳥のさえずり。病床の上で横たわっている彼女、『糸口神奈子』はぼんやりと聞き、眺めていた。
「....夢」
今まで、見聞きしたことを全て片付ける言葉としては最適だった。
「全部....夢だったら、よかったのに」
そうであってほしい願望。決して変わることはない現実。目が覚めても尚、彼女はこの壁に阻まれていた。
交通事故。それが、西條正紀の最期だった。
それはあまりにも、唐突で突然で、彼女の心を打ち破っていた。
(あぁ、結局、生き残っちゃったんだ)
その知らせが伝えられた時、彼女が見る世界は暗闇に包まれた。生きる気力も無くした。
自決を決めたのは、彼女の本心からだった。それが今では病院にいるということは、未遂で終わったということだった。
世間では幸運だったというだろうか。しかしながら、彼女にとっては不幸そのものですらあった。
死にたいと願ったのに死ねなかった。その事実が延々と続くだけだった。
神奈子はふと、横に目線を移すと、木造りの台の上にスマホが置いてあるのに気づく。
手を伸ばし、掴み取ると電源を入れる。
一件のメールが届いてるのがわかった。
その中身は、夢で見たメールと完全に同じだったことを確信する。
(正紀はどうして、最後にこんなメールを送ったんだろう)
死の淵にいたはずだ。痛かっただろうし、泣き叫びたかったのかもしれない。それでも...
「『生きててほしい』...か」
涙が出てくる。神奈子は自分の腕で眼元を覆う。
「それは、こっちのセリフだよ」
病室の中で彼女のすすり泣く声だけが響き渡る。
「神奈子さん」
頭の中で彼の声がする。
「ぼ、僕と付き合って下さい」
頬を赤らめながら、彼はそう言った。
返す言葉に困ることはなかった。
「はい。よろしくお願いします。正紀さん」
あの時、あの場所で、ちゃんと言えなかったけど。
「私も、愛してるよ。正紀」
神奈子は誰もいない部屋で、笑顔でそう言った。
不思議と正紀が笑みを浮かべたように、神奈子は感じた。
窓の外、木の上で、黒い猫は彼女の笑みを見ると、用事を済ませたかのように、何処かへと歩み始めた。
欠けた心 ジャンルは縛らず、私が書きたいように @tohatowa
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