第3話 迷い

神奈子は届いたメールを最後まで見た。一語一語確実に。

「正紀...」

メールには自決をほのめかすようなことは書いてなかった。もちろん、これが正紀のなりすましで、実は全然違う人が書いたものかもしれないが、神奈子にはどことなく信じたくなるようなものだった。

『幸せになってほしい』

「無理だよ、私には...もう、どうやって笑っていたのかもわからないもん」

涙が溢れてくる。手で拭いても、留めなく流れ続ける。

ニャー

猫の鳴き声。驚き思わず振り返るが、ただ木々が覆い茂ってるだけで、猫も、鳥も、夕方なのに虫の声すらしなかった。

ふと、目の前に誰かが立っているように感じた。いや...

振り返って見ると確かにいる。そこには、誰かがいる。

太陽の逆光でよく見えないが、その後ろ姿には見覚えがある。

その誰かは、こっちにゆっくりと振り返る。

「あ...」

感嘆な声が漏れた。

見覚えがあるどころじゃない。あれは正しく、彼だ。彼自身だ。正紀だ。

「正紀?」

そう言うと、彼はニッコリと笑みを返した。

太陽が眩しくて、自分の涙が止まらなくて、彼の顔をちゃんと見れない。

「正紀なの? 私だよ、神奈子だよ」

彼は笑顔を崩さずに、そっと手を差し伸べてきた。

「正紀...会いたかったよ。ずっとずっと、会いたかった」

辺りが全て白く染まっていくように感じる。まるで、ここにいるのは私と正紀だけみたいな感じ...

「正紀。今そっちに行くよ」

差し伸べられた手を掴みに私は一歩を踏み...

出せなかった。

どこからか表れた猫が、猫とは思えない力で私を突き飛ばす。わっ、と体勢を崩した私は後ろに倒れる。

「な、なに?」

石が転がっている地面に思いっきり打ち付けたものの、不思議と痛みはたいして感じなかった。

「やあ、初めましてだね。人間」

黒い猫は私の顔を見てそう言った。

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