第22話

 やはり今日は出立せず、様子を見てたら良かったか。しかし、それでは崖崩れに気付かず、自ずと救助が遅れる事になる。ならば出立して良かったのか……。


 答えは出ない。崖崩れを間一髪免れたは良いが、それからハニーが明らかにおかしい。呼吸が早く浅い。突然息苦しそうにし始めたのだ。


 どうした。どうしたと言うのだ。


 俺の呼び掛けに反応がない、ハニー!ハニー!いったい何が起きているのだ!


 俺はただ呼びかける事しか出来ないのか!




 呼吸を苦し気にし続け、そのままハニーが気を失ってしまった。

強い雨が身体を打ちつけ、雷鳴が響く中マントの下で俺はただハニーを強く抱きしめるしか出来ない。昨日の地点まで戻った方がいいのか。


 俺のたった1人の愛しい番。ハニー。ハニー。急にどうしたと言うのだ。

呼吸はしている。良かった。ハニー。頼む目を開けてくれ……頼む……

ハニーを失うのではとの恐怖心から、生きた心地がしない。


 血の気の引いたハニーの顔から目を離すことが出来なかった故に、実際の時間は定かではないが、僅かな時間だったのだろうか。


 ゆっくりと、黒い瞳が再び瞼の奥から覗き、俺を捉えた。


 良かった。気がついたか!大事には至らなかったのか?


 俺に柔らかい笑顔を見せてくれた。もう大丈夫なのだろうか、身体は?


 ハニーを失う恐怖から漸く解放された俺は、腕の中のハニーを強く強く抱きしめ、愛しいハニーの感触を身体中で味わった。


 その時、ハニーが言った。


 クジョウレオだと。記憶が戻ったと。


ん?クジョウレオとはなんだ?人の名なのか?それが、ハニーの名だと言うことか?


 記憶が戻ったのは、果たして良かったのだろうか。ハニーが辛そうな顔をしてぎゅっと俺の服を掴んで離さない。俺は嬉しいのだが、ハニーの表情が暗く沈んでいるのがひどく気に掛かる。


 とにかく、騎士団に連絡だな。早急に対応せねば。


 「ギルベルトだ、早急に何隊か出動を頼みたい。イリジモンド渓谷で崖崩れだ。バスティオの爺さんと息子が巻き込まれてる。早急だ」




 はっ!そうだ!助けなきゃ!


 「ギルベルト!早く助けなきゃ!僕たちで先におじいさん達を探そう!」


 「だが、この雨ではまた崖崩れが起きかねない。騎士団の到着を待とう」


 「ダメダメダメ!時間の問題なんだよ!遅くなったらそれだけ助かる命も助からなくなっちゃうんだから!」


 とても気が焦る。何でか分からないんだけど、今すぐ助けなきゃいけないって気持ちがどんどん身体の奥から湧いてきて、とにかく今すぐ!今すぐに!ってしか考えられなくなっちゃって、すごく焦ってくる。自分で、自分が抑えられない


 「こんな雨なんてどうってこと無いよ!!こんな雨なんて!!」


 焦る僕がそんな事を口走った。すると信じられない事が起こった。急に雨が上がったんだ!それどころか、今までの悪天候がウソのような快晴だ。


 だけど今は驚いている暇はない


 「ジェネシス、あそこ、あの辺に下りてくれる?あの大きい岩の所。ジェネシスここ掘って、やっぱり!もう少し掘って、ギルベルト引っ張れる?お願い」


 おじさんが岩とつぶれた荷車の隙間に挟まれてる。ジェネシスが掘ってくれた穴から助けられそう。良かった。

 おじいさんも探さなきゃ、放り出された荷物が散乱し、岩がゴロゴロ転がっている。ジェネシスに土砂に埋もれて少しだけ角が出ている荷物がある場所を掘ってもらう、土が崩れてなかなか掘り進められない、僕も掘った土をどかす手伝いをする。何かの布が見える、足かな?もう少し掘らないと分からない。


 騎士団の人達が到着した。やっと助けられる。


 そこからは早かった、まずみんなとても大きいし、力持ちって感じ。そして、救助作業など何度も行なっているんだろうな。役割分担から、何から、あっという間におじいさんも助け出してくれた。


 2人とも怪我はしているだろうけど、無事なのかな?あとは二匹のヴォールクを助けなきゃ!

 隊員みんなで掘りながら探しているがまだ見つからない


 「ジェネシス、この岩大きいけど動かせる?」


 ジェネシスにも重いらしく中々動かない、騎士団のヴォールク達がそれに気づき近寄ってきて手伝い始めた。

 やっと岩が動いた!岩の下に探していた二匹のヴォールクが居た。変わり果てた姿で……。


 助けられなかった……やっぱり……助けられなかったよ……僕は無力だ……もっと早く探せていれば良かったのに……でもこんな大きな岩じゃきっと……きっとって何だよ!助からなかったって思ってるのか!僕が無力だから!全部僕のせいだ!いつだって僕は無力だ!


 涙が次から次にポロポロ溢れる。ギルベルトが僕の頭にキスをしてくれている、僕を抱きしめながら何度も何度も。


 僕は二匹のヴォールクに触れた。一晩だけだったけど、とても懐いてくれてかわいいわんこ達だった。ごめんね僕は無力だ、ごめんね……


 二匹に触ったら、身体の中から何かを吸い取られる感覚がした。な…ん…だ……こ…れ……。


 信じられないことが起きてる!二匹が昨日と変わらない姿で僕の顔を舐めてる!夢?じゃない?!すごいすごい!なんで?


 ギルベルトを見上げたらギルベルトも驚いた顔をしてる。初めて見たそんな顔、あははっ。


 突然強い睡魔に襲われた。

 

すごく眠い。どうしたんだろう。もう目を開けていられないよ僕…ギルベルト、お願い僕を離さないでね……


 僕はギルベルトの服をしっかり握りしめて目を閉じた。


 

 

 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る