第21話

 九条玲央。13歳。僕は死んだんだ。




 僕の父親は青い眼の外国人だった。クマみたいにおっきな人で、闊達な人だった。いつも朗らかな笑顔で、僕は肩車をしてもらうのが大好きだった。母親は日本人の小さな人でおっとりしていたけど、しっかり者だった。

 家の中はいつも笑い声で満たされていた。


 僕は両親が大好きだった。


 父親は料理人で、各国を料理修業をしながら渡り歩いていた。何ヵ国目かで日本料理を学びに入国した時、たまたま入った喫茶店でウェイトレスをしていた母親を見た時、ハートを撃ち抜かれたみたいな事を言っていたと思う。


 そして父は安住の地を日本に決め、2人は結婚してレストランを始めた。各国の創作料理が楽しめる人気店となって、とても繁盛していた。


 母親の親族には困った叔父さんがいた。ギャンブル好きで、お金を借りに何度か家にも来ていて、僕が生まれる前には何度か貸していた様だ。悪い所との繋がりも知られていた。

 僕が小学校1・2年頃に叔父がまた家に来た。僕は叔父が苦手だった。とても怖かった。


 僕が生まれて、今後悪い影響を与えかねないと考え、母は今回の叔父の借金の申し出を断った。


 それから3日後の事だ、いつもの様に両親揃ってお世話になっている農家の方に、新しい食材のお願いをしに出かけた。極々いつもの日常だった。いつもの日常のはずだったのに、計らずもそのまま両親は無言の帰宅となった。

 二人が僕の前から忽然と消えてしまった。僕は受け入れる事ができなかった。


 その日は午後から嵐がひどくなり、学校から帰って来た僕は、雷と窓に叩きつける雨音に怯え、暗くなってもいつまでも帰らない両親を、布団の中で震えて待っていた。

 おかしい。いつもなら、僕が学校から帰って来る頃には両親も戻って来ていたのに。


 夜遅くに玄関の呼び出し音が鳴った。やっと帰ってきた!と喜んでドアを開けたが、そこに居たのは知らないおじさんだった。警察が両親の事故を知らせに来た。そして2人が死んだ事を告げられた。


 呆然と信じられないでいる間に、いつの間にか両親はもうお墓の中に納められていた。


 警察の人が言っていた。山道をスピードの出しすぎでカーブを曲がりきれずに谷底へ落ちたと。二人とも即死だったと。


 そんなのおかしい!絶対そんなはずはないんだ!だって父は母をとても大切にしていて、いつも母を車に乗せるときは特に安全運転だった。スピードを出して運転する姿なんて一度も見た事がない。


 突然一人ぼっちになった僕を、父の両親が引き取りたいと申し出た。だが、なぜかわからないが、叔父が僕の後見人に据えられ、その上僕の家に一緒に住む事が決められていた。


 叔父は両親が残していた財産、保険、そしてレストランも勝手に売却し、有り金全てをギャンブルで使い果たしていった。もちろん僕の面倒などみるはずが無い、1日一個のコンビニ弁当をあてがわれるだけだ。それでも、かろうじて僕は生きてきた。


 ギャンブルに負ければ僕に暴力を振るう、お腹空いたとか、何か気にさわる事を言えば暴力、そのうちに、叔父さんを見るだけで暴力を振るわれる様になった。


 だから、僕は自然と学校に救いを求めた、学校で友達と過ごす時間が何よりも楽しみだった。かろうじて生きてこられた僕は、いつの間にか中学2年生になった、その頃になると、周りの仲の良い友達が高校受験の話をし始めるようになってきた。僕には何も夢なんてなかったけれど、仲の良い友達が目指すという高校に僕も行きたいな。と思うようになっていた。


 ある日。意を決して、叔父に言ったのだ。高校を受験したい。塾にも通いたいと。


 殴られ、すごい力で胸ぐらを掴まれ、家の中の二階へと続く階段の一番上まで引きずられ連れて行かれた、何が起きているのか分からないが、また怒らせてしまった事だけは分かった。階段の一番上に立たされた僕の背中を、次の瞬間、叔父さんは力いっぱい押した。


 多分首の骨が折れたんだと思う、薄れゆく意識の中で


「もーとっくにそんな金なんてねーんだよ!バカが!あとはお前の保険金待ちだ!」


 叔父の嘲笑う声が聞こえた。


 僕は、叔父に殺されたんだ。僕の両親も、きっと叔父に何かされたんだと思っている。当時の僕は子どもすぎて何もできなかった、警察も僕の話を真剣に取り合ってはくれなかった。

 父と、母に会いたい。大好きな二人に会いたい!幸せになりたい!次こそ大好きな人とずっとずっと一緒に居たい……何の心配も無く過ごしたい……

 そう思いながら僕は死んでいったんだ。

 

 そして、僕が死んだ日も雷鳴が激しく鳴り響いていた。


 思い出した。全部。はっきりと思い出した……。

 




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