第6話

 「顔色が先程よりも良くなったね。良かった」


 あれこれ一通りお世話をし尽くされ、温かいお茶に一息ついてると、またのチュッチュ攻撃だ。頭を撫でられキスをされている。


 「やっと落ち着いた所、直ぐにで悪いんだが、君の事をおしえてくれないかい?」


 ベッドに腰掛け、ごく自然な動きで肩に腕をまわし、抱き込んでくる深碧の瞳に問いかけられ、流され過ぎて自分の事を何も話して無い事に今更ながら気がついた。うっかりにも程がある。


「あ、ごめんなさい。僕は……」


 自分の名前を言おうとしたが出来なかった。


「あれ……僕は……僕は……ぼ…く……は……」


 縋る様に見つめ返すしか出来ない。

 自分が誰なのか、名前すら、手掛かりになりそうな事が何も出てこない。

 何も思い出せない……。


 側に置いても危険な男じゃ無いでしょ。と、いつもよりも数倍甘い笑顔で、こうする事がさも当然の事の様に肩を抱いてベッドに腰を下ろしたギルベルトは、腕の中の温もりに満足してから問いかけた、だが様子がおかしい。

 

 (どうした?そんな目で見つめて。もしかして)


 あまりにも心細げな瞳が見ていられず、思わずぎゅっと強く抱きしめた。

そのまま

 「もしかすると記憶が無いのかい?」

 との問いかけに、腕の中の愛おしい温もりがこくっと頷く。


 「大丈夫だ、何も心配いらないよ。俺に全てを任せて欲しい。お願いだ君のそばに居させて欲しいんだ。構わないだろうか。一緒に居させて?ね?お願い。大丈夫、俺がいるよ。心配する事なんて何も無いさ。ずっと一緒だよ」


 腕をほどき、小さな顔を両手で包み、又潤んでしまった神秘的な黒い瞳を見つめ、フワッと笑ってから顔中に溢れるほどのキスをする、そして艶やかな黒髪にもキスを落とし指で遊びながら、優しく優しく静かに語りかけた、了承するのが正しい事なんだよ。と言わんばかりの甘いやり取りで、すんなりとこれからも一緒にいる事を、きっちり取り付ける事に成功した。

 ギルベルトの、流して流して頷かせよう作戦功を奏す。




 

 (何も思い出せないけど……でも……大丈夫なのか…な……)

 

 キスをされる毎に、胸の奥に渦巻いていた不安が、嘘の様に消えていく。

そして優しい声が安心をもたらした。再び頷く事に何の躊躇いも無かった。



 ギルベルトは、今度は優しく抱き締め、腕の中の感触をしっかりと堪能していた。


 (よし!もうこれでずっと一緒にいることを約束してくれたぞ!今日はなんて良い日だ!はぁぁ、それにしてもこの香り、良い匂いだ。堪らん。はぁぁ堪らんな)


 抱きしめては頭にキスをして、頬にキスをしては抱きしめて。ギルベルトは時間を忘れてしばらく繰り返していたのだが、ハッと気づいた。


(なにっ!そうか!この愛おしい人を、愛おしい人の名で呼べないのか……それは、どうしたものか……)


 


 (何でかな。この人にされる事が何も嫌じゃないんだよなぁ。不思議な人だな。ふはっ。キスがくすぐったいよぉ)

 されるがままに身を委ねていたら、ふわふわと眠気に誘われ、病み上がりなのも相まってもう今にも眠ってしまいそうだ。


 そんな時ふと温もりが離れた。


(……あれ?……もう終わり?な…の……)

 頭は全く働いていない。目も開いているのか怪しい所だ。


 「気づいたのだが、名前が分からないとなると君を呼ぶのに困るだろう?だからハニーと呼んで良いだろうか」


 ふにゃ。っと笑って、もう限界をむかえたのであろう、愛しのハニーはギルベルトの腕の中にぽすっと収まり、可愛く寝息を立て始めた。


 (ハニー。愛しいハニー。)


 起こさないよう慎重に寝かせ、優しく布団をかけた。もちろんおでこへのキスも忘れない。 

 呼び名は、もうハニーで決定されたようだ。

 

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