第44話


 何故、僕があえて挑発的とも思える動画宣伝を行ったのか。


 理由は幾つもあるが、一つは『不思議の国セット』の自分で茶を点てる――点前てまえの手法にを付けられたくない。


 運営にも確認済みであり、了承された事。


 こういう手もあるんだと認知されて欲しいからだ。




 ジャバウォックの隠しイベントで、チートだと何だの荒れ放題な通報で運営が迷惑被ったのは、つい最近のことだ。

 アイドルファンとムサシファンが、僕らにヘイトを向けて騒ぎ立てていたのも原因の一つ。

 だが、奴らに便乗して、本来のゲームユーザーも僕らにヘイトを向けていた筈。

 じゃなければ、あれほど馬鹿騒ぎにならない。

 要するに、僕は『マギア・シーズン・オンライン』の民度を信頼していない。


 これはいいのか。

 ズルではないのか。

 あーだこーだと騒がれ客足が遠のいては、折角の準備が全て台無しになる。

 流石に『神隠し』イベントの二の舞を踏みたくない。


 だったら先に情報を公開するまでだ。

 炎上被害はあれど、イベント当日に騒がれるより、今から騒がれてイベント当日には落ち着き出す方が大分マシだ。

 僕は、イベント当日でも、店内等で繰り返し説明するであろうものを述べていく。


 珍しい『全季』の料理を提供する為に、従業員全てが全季のプレイヤーのみ。その為、どうしても人数制限を設けないと、対応しきれない事。

 滞在時間を制限するのは、店の回転率を重視しているので、食事を終えたら、なるべく早く退出して欲しい事。

 『不思議の国セット』の季節は調理場の状態で固定されるので、プレイヤーが茶を点てることで季節の混じりは発生しない事。


 一通り、宣伝を終えてから僕はムサシに確認する。


「反応はどうですか」


「自分で見ろ」


 ムサシが生配信中の動画サイトのページを開き、コメントを僕に見せてくれる。


[了解です!楽しみにしてます!!]

[ルイスニキ心配性過ぎだろwwwwww]

[把握しました~]

[冷静に考えると、全店舗制覇とか無理だよな]

[こんなんで荒れたらマギシズの民度が疑われるわ]


 という。

 騒動が鎮火したのもあってか、好意的な反応が多い。

 いや、視聴者の大半がムサシファンなので、否定的な意見を書き込んだりしないだけだろう。

 残念そうにメリーが言う。


「沢山、おいしいものが食べられるお祭りってことでしょ? いいなぁ~」


 鋭くスティンクが睨みを利かせ、彼女を叱る。


「お父様の話を聞いていなかったのですか。私達が夏の層に踏み込んではならないと」


「分かってるわよ! 言っただけじゃない!!」


 眼球の無い瞼を怒りの形に変化させ、拗ねたメリーは、別れも告げずに電流と化して、消えてしまう。

 マザーグースもマスクで口元を覆い、目元だけしか見えないが、どこか申し訳ない様子なのは僕にも感じられた。

 恐らくこれは、春エリアしか出現できない制限を設けられたゲームの仕様上の問題だ。

 残念だが、仕方ない。


 すると、リジーが僕の服のすそを引っ張り、教えてくれる。


「あそこ。誰か来てるわ……レオナルドが話しているけど」


 僕は宣伝に集中していたから気づけなかった。

 レオナルドがジャバウォック(ついでにキャロル)と共に生垣越しから、一人のプレイヤーと対話している。

 これまた見覚えないプレイヤー、どころじゃない。

 質素な薄茶の長袖に、厚めの生地で作られたズボン……それと腰にぶら下げた剣。剣士の初期装備状態だった。


 今時、新規のプレイヤーか。

 容姿は癖毛ある茶色のセミロングヘア、細目で瞳の色が分からない陽気な男性が、僕の視線に気づいて声かけた。


「あ、すんません! お取込み中かと思うて、声かけませんでしたわ」


 彼と話をしていたレオナルドは、僕に振り返ると少々興奮気味に話す。


「ルイス! この人、なんだよ。店の手伝いしてもいいかもって」


「……え」


 突然の話に、僕も変な声を出してしまう。

 全季? コイツが全季だって? 

 そんな都合のいい話……僕が疑念を向ける細目の男は「いやぁ」とケラケラ笑いながら答えた。


「違います。自分、協力しますって言うたんです。料理の基礎もなってない味なら論外ですわ」


「………」


 さらっと、ムサシの生配信が続く中、平然と言って置けるこの態度。

 人によっては何様と言わんばかりな言葉。

 レオナルドが「あ、すみません」と謝罪するが、コイツの方が謝罪するべきだろう状況。


 嗚呼、なんだろうか。

 カサブランカと似た系統の全季か、コイツは。

 脳波で判別している噂を信じる訳ではないが、こればっかりは合っている気がしてならない。


 とは言え。僕が咳払いして、細目の剣士に告げた。


「申し訳ございません。ここは紹介制なんです。貴方だけ例外という訳にはいかないんです」


「なんや。味、自信ない?」


 わざと挑発して来てるな、コイツ。

 美味かろうか不味かろうか、どうだっていい。一先ず料理だけ。

 変に探り入れる訳ではないが……覆面審査のプレイヤー? いや、こんな目立つ真似はしないか。


 僕は無理に笑顔を作り「すみません」と謝罪から話を展開させる。


「料理目的でゲームを始めた方、でよろしいでしょうか」


「まあまあ、そんなところです。いやぁ、ビックリしましたわぁ。適当なもんを高値で売り付けてくるもんだから。自分、笑いが止まりません」


「……ええ。そうなんですよ。ここでは味ではなく、。いい効果の組み合わせを重視した結果、大した味にならないケースが多いんです」


 それを聞いて、細目の剣士の笑みも消えた。

 残念そうに奴は尋ねる。


「ホンマに?」


「だってゲームですから、料理を楽しめますが、あくまで主軸は戦闘です。戦闘に有益な効力を求めるのが普通ですよ」


「……メニューにも効力の一覧強調してましたし、そんな気ぃしましたけど。そんな味はどうでもいいんです?」


「流石に不味い料理は不評を受けるので、最低限食べられるものを作るのがマナーになってますね」


「ははぁ、マナーねえ」


 しばし間を取ってから細目の剣士は「参考になりましたわ」とそそくさ立ち去る。

 希少な全季の人間を逃すなんて、と他プレイヤーは思うだろう。

 レオナルドも不思議そうに僕へ聞いた。


「いいのか? 確かに紹介制のルールを捻じ曲げのは良くないけど、人手が増えた方がいいんじゃ……」


「奴は……恐らく、誰かに寄生する魂胆だろうね」


「寄生って」


 マシな表現しろと嫌悪の表情浮かべるレオナルドを、僕は笑う。


「聞こえ良く言えば『パトロン』。素材集めをする代わりに、自分に料理を提供して貰う。そんなところかな。でも、僕達は現状で一杯一杯だろう?」


「うーん、まあ」


「それに生配信中だよ」


 僕の指摘に「あっ」とレオナルドも口を噤んだ。


 ムサシの動画を通して、さっきの剣士の申し出を承諾した場面を見せれば、だったら自分もと誰かが押しかけて来るのが目に見える。


 レオナルドは「悪い」と謝罪するが、今回は生配信中なので穏便に済ませておく。


 さて、これでどんな影響が出るか……





 翌日、6月30日。この日は木曜日である。

 木曜日はレオナルドの休日。

 彼の現実リアルでは、午前中から何も予定は入っていないが家事・買い物などやっておくことは色々ある。


 本格的にログインした時刻は、午後一時。

 ルイス達と夏エリアメインクエストの攻略に挑むのは、午後八時以降になる。

 時間に余裕がある中、レオナルドもやっておく事が幾つかあった。


 ワンダーラビットの店内で、ジャバウォックがカウンター越しから顔を覗かせ、言う。


「いらっしゃいませ~いらっしゃいませ~」


 お店ごっこを始めようとする彼に、レオナルドは申し訳なく頼んだ。


「ジャバウォック。今日はお客さん役をやって欲しいんだ」


「……いらっしゃいませ~」


「頑なだな……じゃあ」


 レオナルドは、ちょこちょこと付いてくる白兎・キャロルを抱きかかえた。

 店内には、イベントで使用するテーブル席が幾つか配置されており。

 リジーとボーデン、バンダースナッチが各々、席についていた。

 クックロビン隊たちも、体格故、席に座る事はできないが、椅子の辺りで裂け目から顔を出す。


 ジャバウォックの代理として、レオナルドは適当な席にキャロルを座らせた。

 当のキャロルは「なんだ?」と言わんばかりの顔で鼻をヒクヒクさせる。

 今日は珍しく、メリーの姿がない。

 昨日拗ねたのを引きずっているのだろうか。


 最後にレオナルドは、常に突っ立っているスティンクに頼む。


「悪い。練習に付き合ってくれるか?」


 相変わらずの鋭い眼光だが、彼女は素直に引き下がった態度をする。


「お父様から頼まれましたので、貴方のお遊戯にお付き合いします。感謝して下さい」


「あ、ありがとう……」


「私ではなく、です」


「今度伝えるよ。えっと、好きな席に座っていいぞ」


 ズガズガと移動するスティンクの姿を、心配で見届けているのはレオナルドではなくバンダースナッチだった。

 店内だろうとお構いなしに、頭に被った中折れ帽と前髪の隙間から、彼女を目で追っている。

 気を改めて、レオナルドが倉庫から移動させて来たのは『』。

 鍛冶師のプレイヤーに作製して貰った代物だ。


 『不思議の国セット』の手間を極限まで省いたその次は、運搬方法。

 いきなり、両手以外の腕や頭に載せて、一気に運ぶような真似は……レオナルドなら練習すれば、出来るかもしれない。なんて、ルイスは言うが冒険はしない。

 安全かつ確実に多く運ぶには『ワゴン』と導き出された。


 茶碗などの高さを考慮した三段式で、一度に六つ運べる。

 ワゴン台の試運転も兼ねた予行練習が始まった。

 頑なに従業員役を譲らなかったジャバウォックは早速、ワゴンに『不思議の国セット』を載せて動かそうとしている。


 あれはあれで良しとするレオナルド。

 何故なら、ワゴンはもう一台ある。

 ホールスタッフのレオナルドとミナト、それぞれ一台使うのだ。


「ぎゅい~ん」


 ジャバウォックは独特の効果音を口で鳴らしながら、勢いよくワゴンを押そうとする。

 が、『不思議の国セット』が六つ載せられているだけあって、重い。

 子供体型のジャバウォックは押すのも苦労する……ことは無かった。


 効果音通りに、なかなかのスピードでワゴンを押す。

 ガタガタと『不思議の国セット』が音鳴らし、席の合間を掻い潜るジャバウォック。

 レオナルドも驚いて「ジャバウォック!?」と呼び掛けるが、彼の勢いは止まらない。


「見よ! このハンドル捌き」


 ノリノリなジャバウォックが華麗にカーブを成功させ、最終的にキャロルの席に停車した。

 ワゴンは無事だが『不思議の国セット』は当然、ぐちゃぐちゃ状態。

 お構いなしに「ど~ぞ」とジャバウォックがキャロルの前に、セットを置いた。

 呆然とするレオナルドの傍ら、バンダースナッチが呆れながらぼやく。


「遊んでるだけだろうな。ありゃ」


 ジャバウォックの運転(?)を見たボーデンが面白そうに「俺にもやらせろ」と言ってきたり。

 案の定、ボーデンがワゴンを横転させ、リジーが怒声をまき散らす。

 という件がありつつ、レオナルドは普通に運ぶ練習を行った。


 ちなみにワゴンや食器類は無事。破損などはしない。

 武器とは違って家具類も衣服と同じ耐久度はないので、拘る人にとっては安心設定だろう。

 レオナルドは実際にワゴンを動かしたジャバウォック達にも、感想を聞き。


 ワゴンの性能に関しては問題ないと、レオナルドはメッセージでルイスに報告する。

 だが、ワゴンを動かすにはスペースを確保しなければならない。

 その辺りの感想も、レオナルドは事細かに送った。


 一段落済んだところで、片付けを始めるレオナルド。

 ふと、いつになく落ち着かない様子の『クックロビン隊』達に「どうした?」とレオナルドは尋ねる。

 単語程度は喋れる彼らも、上手く言語化できない事態のようで、返事に戸惑う様子が分かる。


 リジー達も気まずい雰囲気で誰も喋ろうとはしない。

 彼らの代わりに、スティンクが喋った。


「早く話してください」


 彼女が告げた相手はバンダースナッチ。

 深々と溜息を吐いてから、彼はレオナルドに告げる。


「……しばらく、俺はこっちに顔出さない。それだけだ」


 突然の話に驚きもあったが、バンダースナッチの性格を考えて理由があるんだろうと、レオナルドも察する。

 だから、レオナルドは深く追求せず返事をした。


「そっか。ルイスにも伝えておく」


 そんなレオナルドの態度に舌打ちするのがスティンク。彼女は嫌々、バンダースナッチへ促した。


「ちゃんと理由を話しなさい。貴方のそういうところを、お父様が散々注意したでしょう」


「人間に話していい内容じゃないだろ」


「お父様が許可してますが」


「はぁ~……ったく。アレだよ、スパロウの奴を探しに行く」


 以前、そんな事をバンダースナッチ自身が述べていたとレオナルドは思い出す。


 スパロウ。

 クックロビン隊の生みの親で、マザーグースの子供の一人。

 どこかで出現した噂も、レオナルドは聞かないが、こうして話題が挙がったということは、出現する条件があるかもしれない。


 レオナルドは、ただ自然に尋ねる。


「探すって、アテはあるのか?」


「ねーよ。悪いが、俺が春から居なくなったって話。広めるんじゃねえぞ。調子乗った連中が攻撃しかけるだろうからな」


 強大な妖怪の一角、バンダースナッチがいなくなったと聞けば、一部の人間が調子に乗る。

 典型的だが、彼が不安抱き警戒心を見せるのは仕方ない。

 結局、父親が死ねばいいと宣っても、心配してしまう。

 妖怪には似合わない良心があるバンダースナッチの心情を理解して、レオナルドは真っ直ぐ見つめ頷いた。


「おう。わかった」


 そんな彼の視線に見届けられながら、満更でもない様子でバンダースナッチが消えると。

 メッセージの着信音がレオナルドに届く。

 どうやら、レシピイベント同様、新たなイベントが発生した。


 内容は『スパロウはどこに消えた?』。

 今回のバンダースナッチの件がイベント開始になるものだったのだろう。

 リジーが不安そうに言う。


「大丈夫かしら……バンダー兄さんはともかく、スパロウ。あの子……おっちょこちょいなところあるから……無事だといいのだけど」


 クックロビン隊たちも、不安そうなのは仕方ない事だった。

 ボーデンも何とも思っていない訳ではない。

 不安を煽るようなリジー達が嫌で「んな事、一々言うなよ!」と威勢控えめに吠える。

 スティンクはバンダースナッチが立ち去ったのを見届け、マザーグースへ報告するのか時空間の通り道を作って姿を消す。


 暇な時期であれば、レオナルドも協力してやりたい。

 しかし……残念だが、今は料理店コンテストに集中しなくてはならなかった。

 席に留まっていたキャロルを抱きかかえながら、レオナルドが気合を入れて言う。


「よし。俺達もジョブ3目指さないとな」


 レオナルドの想いに応じるようにキャロルも「う~」と体から音を鳴らして返事をした。



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