第43話


 さて、ここからの予定を確認しよう。


 6/29(本日) 提出料理の構想をまとめる

 6/30~7/1 夏エリアメインクエスト六面ボスまでクリア

 7/2~7/5 秋エリアの探索、素材集め

        7/5 23:59に出店枠の参加申請と料理提出、従業員登録が締め切り

 7/6~7/8 全店舗の配置図発表日。仮設店舗の改装が解禁される

        改装期間は7/8 23:59まで

 7/9、7/10 一次予選開始


 夏エリアメインクエストは、僕ら以外にも小雪と茜を引き連れて挑む予定だ。

 というのも。それぞれの層にいるボスは、各季節の効果と同じテーマで統一されている。

 春は『増加』。秋は『変化』。冬は『硬化』。


 そして、夏は『』。

 単純な強さだ。

 ある意味厄介なエリアになる。


 夏エリアは、春エリアのマザーグース達のような面倒な手順を踏む戦闘とは違う。

 戦闘の出来るプレイヤーを複数人で構成したパーティで挑めば、案外、大して難しくない。

 が、ソロ討伐。もしくは僕とレオナルドのような、サポートと主力の最低限構成で挑むと難易度が格段と上がる……


 所謂『火力でゴリ押せば何とかなる』パターンだ。

 故に、遠距離型や戦闘が苦手で生産職になったプレイヤーは苦戦を強いられる。

 レオナルドから聞くに、人見知りのソロプレイヤーである小雪は夏エリアのメインクエストはクリア不可の詰み状態。茜も未だに攻略を躊躇しているようだ。

 この際、世話になっている二人に支援などして貰いながら、クリアしてしまおう。となった。


 尚更、今日中に料理の構想はまとめなくては。

 『雪厳石』を採取にし向かったアルセーヌを除いて、僕らはワンダーラビットに戻り、お互いに意見を出し合う。


 マザーグースの意見も参考にして『不思議の国セット』の練り切りの数を減らすか。

 減らすとしたら、一個か二個か。

 最終的にレオナルドが選んだ『白兎の練り切り』を残した。

 レオナルドが色々不安に思ってか、いつになく確認をしてきた。


「これ、目標ポイントは達成できるのか?」


「ふむ……全ての客が注文のみ、料理を完食せず、評価もせず。という最悪を考慮すると、二日間で1500人。一日750人を対応しなければならないね」


「なな……」


 気が遠くなりそうなレオナルドの反応に対し、僕は話を続ける。


「堅苦しく考えなくていい。その為の整理券配布だよ。人数制限以外に、店内の滞在時間も制限させて貰うからね」


「店の回転率を上げるってことだよな。そこまではいいんだけどさ……お茶はどうするんだ? 時間かかっちまうんだろ?」


「お客様にお茶を点てて貰うよ」


「それ大丈夫なのか?」


「運営にも確認してあるから大丈夫だよ。実際に、そういう体験が出来るのを売りにする店も現実リアルにあるくらいだ」


「へ~」


 実際に提供するセットをレオナルドにも見せる。

 皿に『白兎の練り切り』。

 既にブレンドされた『お抹茶』が入った茶碗と茶筅。

 小さなお湯の入った釜。


 それと、ここには実在しないが当日店内に飾られる予定の『茶の点て方』のイラスト。

 イラストは可愛らしい兎をモデルにしている。

 レオナルドは納得した様子だが、僕も気を引き締めて言う。


「お抹茶のブレンドだけは分量を間違えないようにしないとね」


「そこは俺もフォローしてやれない。ごめん」


「うん。ここらは僕の責任になるからね。気にしなくていいよ……そろそろ準備しようか」


 僕は改めて用意した『不思議の国セット』をマザーグースたちのいる庭に運ぶ。

 庭のテーブル席に並べたが、これは妖怪達に試食させる為のものではない。

 僕らの行動を伺うジャバウォックの視線を無視して、僕はレオナルドに尋ねる。


「そろそろ、ムサシが来る頃かな?」


「なんだかんだ、ちょうどに来るぞ」


 時刻を確認すると、待ち合わせ時間五分前だった。

 普通なら早めに来てもいいだろうが、そうしないのがムサシだ。僕は仕方ないと割り切っている。

 メリーは我慢できずに聞いてきた。


「これ食べちゃ駄目なの?」


「今度、開かれるコンテストの宣伝撮影用で使うんだ。練り切りが食べたいなら、他のものを用意しようか」


 練り切りの件には触れずメリーは「コンテスト?」と首を傾げる。

 ジャバウォックが、撮影の意味を理解したのか。『不思議の国セット』の傍らにキャロルを置いて見せた。

 レオナルドはキャロルが練り切りを食べないかとハラハラしていたが、キャロルは匂いを嗅いで、練り切りに対し「何だこれは」と訴える不思議な顔をする。

 仕様上、ペットは料理を食べたりしないだろう。


 ジャバウォックの眼差しによる圧を受けて、レオナルドはキャロルを押さえつけるだけにして、テーブル席に乗せたままにする。

 マザーグースは、レオナルドを興味深く観察しつつ尋ねる。


「何かの催しでこれを提供するのか」


 レオナルドは明るい表情で「ああ」と話す。


「夏エリア、じゃなかった。夏の層で、どこが一番美味い店かって大会をやるんだ。えっと、まあ、人間が開いてる大会だから。ダウリスは来れないよな」


「いや……夏の層で行われる以上、私は足を運べない」


「そうなのか? 暑いの苦手なんだな」


 絶対、そんな理由じゃないだろうに。

 僕以外の妖怪達も、そんな顔をしている。

 とくにスティンクが酷い形相でレオナルドを睨んでいるのを、レオナルド自身は気づいていない。

 マザーグースは平静に答えた。


「夏の層は私のような下級妖怪を管理する支配者がいない。お前が想像するより曖昧で緊迫している情勢下にある」


「うん? いない……??」


「私が夏の層に現れたと噂になれば、私が夏の層まで支配領域を伸ばしたと誤解が拡散するのは目に見える」


「……そっか。難しいな」


「レオナルド、何か引っかかっているようだが」


 支配者がいない。

 それは僕らプレイヤーにとっては想定外の事実だった。

 マザーグースが虚偽を述べているようには思えない。一応、僕は彼に聞いた。


「すみません。『アーサー』という『ぬらりひょん』はご存知でしょうか」





 夏エリアのメインクエストボスにもマザーグース同様に、ラスボスとなる存在がいる。

 いる、にも関わらず。

 サービス開始から一ヶ月弱。

 今日に至るまで、夏エリアメインクエスト最終ボス『アーサー』は、姿形すら捕捉されていない異例のものだった。

 最低限、公開されているのは『アーサー』は『ぬらりひょん』である事だけ。


 ぬらりひょん。

 百鬼夜行を率いる妖怪の総大将というイメージが強い近年。

 如何にもな存在を、全く捕捉できない異様さに、全プレイヤーは頭をかかえていた。

 最終ボスのステージ自体が特殊だからも理由の一つに含まれるだろうが。

 それ以前の指摘をスティンクがする。

 

「俄かに信じ難いですね。『ぬらりひょん』は群衆に紛れ、支配する妖怪です。人間に噂されるほど目立つ。その時点で『ぬらりひょん』であるか怪しいです」


 さっき、僕も近年はそういうイメージが強いと言ったが、本来の妖怪として『ぬらりひょん』の性質は不明なのだ。

 少なくとも、道中の雑魚妖怪として登場する『ぬらりひょん』は、スティンクが説明する通り。

 周囲の妖怪を引き寄せ、盾にする。

 『ぬらりひょん』本体は大した力もない、化け傘以下の弱さ。


 だが、マザーグースは言う。


「理性のある妖怪であるなら逸脱した行為をするだろうな。だが……私の耳には『アーサー』という妖怪の名は届いていない」


 それもまた、妙な話でもあった。






 『マギア・シーズン・オンライン』現在のプレイヤー進行度。

 最近、運営サイドから公式の進行度発表が行われた。


 ジョブ3到達者は六十名。

 その内、冬エリアに到達したプレイヤーは

 四名の内、一人はアルセーヌ。

 残り三人の内訳にカサブランカの存在が挙げられているが、詳細は不明。


 ただ一人だけ。

 今日も動画サイトで生配信を行っているプレイヤー、宮本武蔵ことムサシが冬エリアに到達したのは周知の事実である。

 アイドル騒動も落ち着きを取り戻し、無事に彼のアカウント停止が解除されてからは、アカウント停止中に撮りためていた分からイベントの録画映像まで、一挙に動画が投稿。

 動画のランキング上位は、全て彼の動画で占領される異例事態が発生していた。


 そして、現在。

 生配信中でムサシが攻略しているのは、冬エリアのメインクエスト。

 周囲に身を隠せる木々など、障害物が一切ない、氷の張った湖の脇を通る道中ステージだ。


 道を駆けるムサシへ歩み寄る、白の毛に覆われた三メートルクラスの巨体である『雪男』。

 攻撃動作は遅い……訳ではない。

 ムサシクラスのプロプレイヤーからすれば遅い、余裕で躱せる。


 だが、彼が長く愛用していたカタナで、雪男の腕を切り落とそうと振り終えた瞬間。

 キレの良い音を立てて、刃が折れてしまった。

 ムサシがそれで動じる訳がない。淡白に「スナック菓子のように折れた」と呟く。

 視聴者による動画コメントの方は


[ぎゃああああああああ]

[ハイハイ! もう撤退!!]

[折れたぁ!?]

[メインクエで武器壊れるとかやってられね~~~~~]

[ムサシ節のコメントすこ]


 という具合に阿鼻叫喚。

 次のカタナで『雪男』を斬るが、幾度かダメージを与えただけで、また折れてしまう。

 仕方なく、ムサシは武器ではなく拳で雪男を攻撃。

 本来、格闘家系の戦術だが、武器がなくなった時の保険で、全てのジョブは拳や足での攻撃判定がある。


 ムサシの季節は『無季』。

 季節が使えない代わりにステータスが急上昇する属性だ。そのステータスの暴力で、解決できるパターンも度々ある。

 ただ、冬の季節の特性『硬化』がメインとなっているだけあり、雪男自体が硬い。

 ムサシの拳で巨体が壮大に吹き飛ぶ代わりに、ムサシ自身に反動ダメージも来る。


 雪男の体力ゲージは……カタナによるダメージの方が削っている。

 拳によるダメージの方は減っているか怪しい位だ。

 流石にムサシも「駄目だな」という独り言と共に、離脱を選択した。

 彼がステージを離脱するのは珍しいので、動画コメントが驚きの反応で埋め尽くされる。


 基本的にメインクエストは、バックストーリーを楽しむ要素の一つでもある為、総じて難易度は低く設定されている。

 しかし、冬エリアは違った。

 秋エリア到達は、大多数のプレイヤーが突破できるが。

 冬エリアは上級者向けのステージであり、そこに到達するには『冬の層入場資格試験』に合格する必要がある。


 故に、メインクエストでも難易度は夜間のマルチエリアに匹敵する。

 妖怪の強さもさることながら、並の装備で誤魔化せない場面に幾つも巡り合う。

 ムサシの場合は、彼自身のプレイスキルでもステータスでもなく、装備が問題という事。


 ムサシが戻って来た場所は、秋エリアに建てたマイルーム。

 壊れてしまった武器を戻す術はない。ジョブ武器のカタナだけは耐久度1の状態で復活している。

 倉庫を確認しながらムサシが言う。


「スナック菓子を三十本用意しても無理だな。ツケが回って来たか」


 倉庫の中身を種類別に表示。

 それで確認していたのは今日まで使い込んだムサシの武器。

 当然、カタナだけしかないのだが、内容を見た視聴者たちは各々コメントを書き込んでいく。


[武器をスナック菓子に見立てるなwwwwww]

[これは酷いwwww]

[武器縛りかな?]

[草]

[低レア武器ばっかりやんけ!!!!!!!!]

[むしろ、強い武器使わないで冬エリアまで行けたのか……(困惑)]

[なんや! カタナぶっ壊れ性能じゃん!! 下方修正はよ]

[↑なお使い方]


 低レアと呼んでいたりするが、他のジョブと比較すれば金銀鉱石で作製されていないものばかりで。

 鍛冶師系のジョブ2『鉄人』クラスで十分に作製できるカタナばかり。

 決して、ムサシも武器を疎かにしてない。

 信頼できる茜が、未だにジョブ2なので、この質のカタナで挑む他なかったのだ。

 無論、作製難易度が高いカタナを満足できる質で完成させる茜の実力は、確かなものである。


 画面を開き、時刻を見たムサシは、マイルームで大人しく寝そべっていた犬を横目にやる。

 犬は『シベリアン・ハスキー』で、凛々しい顔立ちをしていた。

 ペットの項目を選択するムサシ。



 詩織と呼ばれた犬は体を起こして、尾を振りながらムサシに駆け寄る。

 この犬は『神隠し』イベントのクリア報酬で貰ったものだ。

 一人と一匹が転移したのは、妖怪が溢れるバトルフィールドではなく、長閑な春エリアの一角。

 赤と白の薔薇の生垣越しに囲われた庭がある店『ワンダーラビット』。

 庭には、店主のルイス以外にレオナルドと、妖怪達の姿もある。


 動画コメントが湧き上がる中、ムサシの姿に気づいたルイスが「今日は宣伝なので入って来てください」と庭の門を特別に解放した。

 レオナルドが詩織に「元気だったか?」と呼び掛け、手を伸ばすが、何故か詩織は鼻を鳴らしてレオナルドを無視する。

 困惑気味にレオナルドは言う。


「なんで詩織は懐いてくれないんだろ……」


 代わりに、キャロルが詩織と戯れている光景に『癒される』『もふもふ』など動画コメントが流れる中。ムサシは素っ気なく答えた。


「属性が無季だからぐらいしか覚えがない」


「やっぱ、それかぁ」


 ペットにも季節が備わっており、詩織は『無季』。

 キャロルは『春冬』の二季持ちだ。

 折角なのでと、ルイスはムサシに誘導する。


「今日はマザーグーズさんがいらっしゃってますので、一緒に映るように宣伝用の映像をお願いしてもよろしいでしょうか」


「それがマザーグースだ」


 突拍子もないムサシの質問に、全員が停止する中。

 レオナルドは冷静に教える。


「ここにいるのがダウリス。こっちにいるのがスティンクで……えーと、ジャバウォックとメリー、それとリジーだ」


 それぞれ手で示してやりながら、レオナルドが説明する光景は異様だった。

 ムサシは「そうか」と一言だけ。

 カメラ位置を調整しながら、動画のコメントを確認するムサシ。


[スティンクさんが変な顔してるの草]

[ジャバちゃん出現率あげてくだしあ]

[俺も早くジャバウォックちゃんと遭遇するんだ……]

[スティンク攻略むず過ぎぃ!]

[ロンロンで何度も死んでるわ俺]

[ロンロンで死ぬ奴、間抜け過ぎんよ~]

[マザーグースさんが困ってるぞwwwww]

[ルイスニキのペットおらんの?]


 大体が妖怪たちに関するコメントばかりだったので、ムサシは別の話題を口にする。


「お前のペットはまだかと聞かれてるが」


 ルイスが自分のことだと察して、普通に受け答えした。


「まだ、どうしようか悩んでるんです。皆さん、竜をオススメしてくれますが、食費が大変だと聞いて、別の物にしようかと」


[牛か鶏にしちゃえば?(ヤクザ感)]

[牛はいいぞ(ヤクザ感)]

[マジレスすると犬が便利ゾ]

[ギルド建てれば食費は無問題なんですが]

[ルイスニキ、ギルド建てて★]


 レオナルドも「交換期限までには決めた方がいいぜ?」と心配する中。

 いよいよ、ワンダーラビットが料理店コンテストで提供する『不思議の国セット』の宣伝が開始した。

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