第42話


 ミナトの件は一段落済んだが、これで終わりじゃない。

 出店枠で参加するメンバーは

 料理人の僕。

 ホールスタッフのレオナルドとミナト。

 そして、店内で使用するテーブル席、レジカウンター、食器、テーブルクロス、カーテン、スタッフの制服、装飾品……挙げるだけでキリがない必須品を製作してくれる生産職たち。


 いつも武器で世話になっている『鉄人』の茜にはテーブル席を。

 無論、他の鍛冶師系のプレイヤーにも食器類、装飾品、レジカウンターなどを。

 ミナトには制服、他の刺繡師系のプレイヤーにはテーブルクロスやナプキンなどを依頼している。


 彼らは全員、『ワンダーラビット』の紹介制会員のメンバーだ。

 人脈柄、信用できるプレイヤーたちにのみ依頼をしている。

 ワンダーラビットに直接赴いた連中は、残念ではあるが全てお断りの対応をした。


 中でも食器類……『茶碗』は重要だ。

 この界隈のプレイヤーが茶道の心得があるか分からないが、茶道を知る僕にとっては生半可な茶碗で妥協したくない。

 茜の知人に茶道を知る『鉄人』の男性プレイヤーがいたのが幸いだった。

 彼に『茶碗』を依頼すると「若い人なのに茶道に関心があるなんて」と感動された。


 こうして、西洋風の内装と雰囲気に似合った洒落た『茶碗』と『皿』が完成。

 皿は『アリス』をモチーフにした模様の一種類のみ。

 茶碗も同じく『アリス』をモチーフにした模様だが、トランプや薔薇、色違いなど様々な種類がある。


 さて、問題は運営からの返答。

 整理券の有無をハッキリしてくれないと次に進めない。

 最悪、店の方針を急遽切り替える必要がある。


 ……と思った矢先。

 『マギア・シーズン・オンライン』のマスコットキャラ、妖精の『しき』とは異なるが、似た雰囲気の妖精が試作品を作っている僕のもとに出現する。

 これは、運営からの使い。

 不具合等の報告を行った際、無機質な返信ではなく、ある程度の質疑応答が可能なAI搭載の妖精を寄越す。


「この度はお問い合わせ頂きありがとうございます。本イベントでの整理券の配布の有無ですが、可能となりました。のちほど、イベント概要にも追記いたします」


 やはり、想定外の問い合わせだったのか、概要追記までときた。

 僕以外のプレイヤーも整理券の配布が可能でなければ、不公平ではあるし、それを早急に記載しなければならない。

 妖精が整理券の発行機のモデリングを表示しながら、説明する。


「こちらが整理券の発行機です。整理券の設定はチームの代表者……今回の場合は、ルイス様のみが設定可能となります」


「発行機はいくつまで設置可能ですか?」


「五機までとさせて頂きます」


「発行機と整理券のデザインは変更できますか?」


「はい。発行機は鍛冶師系のプレイヤーのみ改造可能。整理券のデザインはジョブ関係なくデザイン可能です。発行機の設定一覧にあります『整理券』の項目からデザイン設定を行えます」


 などなど。

 幾つか確認をして、妖精には帰って貰う。

 僕は手の空いてそうな鍛冶師系に発行機のデザイン変更を依頼する。

 整理券のデザインは後で考えるとして……


「よし。完成だ」


 僕はコンテストで販売するセットの試作品を完成させた。

 夏のマルチエリアで採取可能な『茶葉』。マルチエリアごとに風味が異なる『茶葉』をブレンドし、茶碗に茶を点てる。

 今回は『生菓子』を出したいので濃茶だ。

 『生菓子』は練り切りの白兎と白薔薇、赤薔薇の三種類。


 調理場兼工房からセットを運び出す僕を、興味津々で追跡する影が一つ。

 やれやれ。

 僕は笑みを浮かべながら、それに呼び掛けた。


「君のご飯じゃないよ。キャロル」


 足にすり寄る形で迫る白兎・キャロルは、鼻をヒクつかせながら、僕の持つお盆に何があるかと探っている。

 飼い主レオナルドがログインしていなくとも、飼い主のマイルームもしくは店舗にペットは留まる仕様のようだ。

 キャロルは僕たちがログインしてない間も妖怪達に撫でられている。


 僕はそのまま、キャロルと共に庭へ出る。

 ようやく落ち着きを取り戻した外は、春の陽気に包まれた穏やかそのものが広がっていた。

 更に、赤と白の薔薇の生垣に囲われた庭に置かれたテーブル席。


 そこに座する真っ白な人物。否、人間に化けた妖怪――マザーグースの姿がある。

 マザーグースの傍らに意気揚々とメイドっぽさを振る舞うブライド・スティンクに、不気味な人形のメリー、最後に顔を包帯で覆った女・リジー。

 今日、訪問しているメンバーは、常時いるジャバウォックを除いて、これだけだ。


 いつも通り、兎の仮面を頭に装備したジャバウォックは、キャロルと戯れながら歌っている。

 彼らを傍らに、僕は彼らの前にセットを置く。


「お待たせしました。こちら『不思議の国セット』になります」


 メリーは「かわいい~!」と早速、兎の練り切りに手をかけようとした。

 その様子にスティンクが愚痴る。


「いきなりお菓子から手を出すなんて、見ているこっちが恥ずかしい」


 またコイツは。

 メリーが躊躇してしまい、リジーも途方に暮れているので、僕は咳払いする。


「いえ、今回に限ってはお菓子から先に食べて下さい。お菓子を切る時はこれを使って」


 僕がメリーとリジーに、備え付けてある『和菓子切り』を教えた。

 メリーがどこか自慢げに「なによ、あってたじゃない!」と結果論でスティンクにマウントを取っている。

 凄まじい形相でスティンクは僕を睨んでいるが、それが基本なんだ。メリーの味方になった訳じゃない。

 もどかしく、不安げなリジーは僕に尋ねる。


「お茶は一緒に飲まなくていいの?」


「ああ、今回の主役はお茶なんだ。お菓子はお茶の味を引き立てる役割がある」


「紅茶の時とは違うのね? 変な感じ」


「ふふ、そうだね」


 とは言え。

 コンテスト当日にお客様であるプレイヤー全員にマナーを強制させる訳にはいかない。

 どうせ、彼らは美味い味を求めちゃいない。

 僕やレオナルド、ムサシの応援目的だ。真っ当な味の良し悪しを判断するつもりはないだろう。


 僕がメリーとリジーに説明する間、マザーグースは手順よく食べ終えてくれている。

 一応、スティンクにも味見して貰おうとしたが「私は仕事中なので」と嫌味ったらしく断られた。

 ……まあ、一番重要なのはマザーグースの意見だ。


 味が分からない連中を相手するとは言え、味に妥協はしない。

 しかし、真っ当な味の評価をしてくれる存在は、この界隈では居るか怪しいもの。

 AIの判断であっても、マザーグースなら真っ当な評価を下してくれるだろう。

 リジーと同じ耳まで裂けた口を隠す為、金属製のマスクを付け直したマザーグースが、感想を述べる。


「まずは良い点から挙げる。菓子から濃茶の味の引き立てに違和感がない。この茶碗も職人を選んでいると見える。素晴らしい出来だ」


「ありがとうございます」


「ただ……菓子は三種類もいらない。人間によっては甘味の濃さに意識を取られる」


「……やはり、そこですか」


 マザーグースの指摘通り、基本的に生菓子は一つで十分だ。

 だが、茶道の心得ない人間にとっては、生菓子一つだけと感じてしまうだろう。

 難しいな。

 菓子ごとにセットを分けてもいいが、それならお茶の味も変化させたい。

 手間がかかってしまうな。


「ふぉんふぉんふぉん」


 と、珍しくジャバウォックのサイレン音が聞こえた。

 僕が顔をあげて、ジャバウォックを探すと。奴はキャロルと一緒に薔薇の生垣越しに、他プレイヤーと面合わせている。


 ジャバウォックにちょっかい出してるプレイヤーは、黒髪短髪に栄える赤い瞳の男性アバター。不敵な笑みをニヤニヤ浮かべる人相は、典型的な『女が騙される男』を彷彿させた。

 服装はタンクトップと、ポケットが沢山ついている『カーゴパンツ』と呼ばれるズボン。

 所謂、『盗賊』の初期衣装だった。


 初見で関わりたくないと思わせる輩に、僕は話しかける気力すら湧かない。

 だが、盗賊の男は僕に気づいて声かける。


「あ。どーもどーも、ルイス君。俺の『相棒』が世話になってます。大変だろ? 相棒とやっていくのは」


「……………」


「うっははは! そんな怖い顔すんなって! ん? あれ、相棒から俺の話聞いてない??」


「…………聞いてますよ」


「なーんだ。すんごい形相してたもんだから、ビックリしちまったよ」


 ヘラヘラ笑って、人を小馬鹿にしているつもりなのか。

 それとも、生粋の煽り補正でも効いているのか。

 一体どうして、こんな奴とレオナルドが一緒にいるのか。僕には理解できなかった。


 ハッキリしているのは、コイツが僕らの日常を侵しに来た侵略者である事だった。


 僕どころか、妖怪達まで不審な視線を送っている。

 中でもジャバウォックはキャロルを抱きかかえ、唐突に「ぷしゅ~」と効果音を口で鳴らす。

 何事かと盗賊の男が様子を伺った。


「キャロルロケット、発射! どしゅ~~」


 文字通り、キャロルをロケットに見立てて盗賊の男へ突撃するように持ち上げる。

 キャロルも状況を理解しているか定かではないが、盗賊の男に向かい、激しく匂いを嗅ぐように顔を接近させていた。

 ジャバウォックとキャロルのコンビ技(?)に目を丸くさせていた盗賊の男は、顔を近づけるキャロルを片手の掌で防ぐような動作をする。


 庭との間には見えない壁に阻まれているので、キャロルが奴に突撃(?)する恐れはない。

 ただ、男も「あ~~~~」と攻撃を受けている様なわざとらしい演技をした。

 見かねたマザーグースが「ジャバウォック」と呼び掛ける。


 ジャバウォックは不完全燃焼を意思表示しているが、キャロルを持ち上げるのに疲れたらしく、完全に地面へ降ろしている。

 メリーは怪訝そうな表情を浮かべ、僕に尋ねた。


「誰なの? あいつ」


「レオナルドの知り合いだよ。無視して大丈夫。君たちは食事を続けて」


 僕はジャバウォックをテーブル席に誘導する為、胡散臭い男に近づく。

 じぃっと無垢な瞳で、僕の方を見つめるジャバウォック。

 思わず、溜息ついた僕はジャバウォックに告げる。


「君の分もテーブル席に置いてあるよ」


「怒ってる」


「……ほら、向こうに行って」


 ジャバウォックは、じろじろ僕に振り返りながら、マザーグースたちのいるテーブル席へ移動した。

 一方、胡散臭い盗賊の男は一連の流れを観察し続けている。

 僕がなるべく平静に「レオナルドはまだ来てません」と教えた。

 奴は、真顔で話しかけて来る。


「ちょいとばかし、誤解してる? 相棒の奴、俺の事なんて説明した??」


「……友人だと話を聞いてますが」


「ははは! 。さっきから言ってる通り、だよ。俺としては、逆に君が相棒をどう思ってるか確認しておきたいんだけどな」


 意味が分からない。

 笑い事も忘れた僕に対し、盗賊の男は饒舌に語る。


「俺も長い事、相棒と付き合ってるから大体のパターンは分かるんだよ。相棒が関わる人間は、大体二種類だけ。一つは都合のいい奴として利用する。もう一つは知り合ったけど、適度な距離感取りたい。後者は相棒に付いて行けないパターンの奴な」


 ああ、分かる気がするな。

 共感できるのが腹立たしいこと、この上ないが、僕は鼻先で笑ってやる。


「そうでしょうか? ムサシさんは、どちらにも当てはまらないと思いますよ」


「いやぁ、宮本武蔵は一般人と一緒にしちゃ駄目だろ。頭のネジ、外れちまってるんだからさ。比喩とかじゃないぜ?」


 面白い映画の感想を述べるような男は、改めて僕に尋ねる。


「それで君はどうなの」


「聞いてどうするんですか」


「警戒するか、しないかの判断材料? あー……うん。俺は相棒とは『お友達』の関係じゃない。自分の為に一緒にいるだけ」


「……」


「相棒と一緒にいると、平凡な人生じゃ起こりえない事ばっか巻き込まれる。トラブルメイカーとか疫病神っつー奴もいるけど、俺はそうは思わない。これから先の人生、気の遠くなるような平凡な日常を生き続けるより、刺激的な死に方する方が最高だろ?」


 ……成程。コイツは本気らしい。

 付き合いが悪いとレオナルドの話を聞いて、僕は感じていたが、そこらの屑よりも面倒臭い奴に絡まれてるじゃないか。

 僕は微笑を作って答えた。


「レオナルドとは『フレンド』ですよ。彼も僕の方針に賛同してくれています」


「ふーん?」


 奴は、僕の本心を探ろうとしているようだ。赤色の瞳を細めてくる。

 そんな時に、僕の背後からスティンクの苛立った声が聞こえた。


「随分と遅かったじゃないですか。アレ、貴方の知人と名乗っているのですが、事実なら目障りなので追い払ってくださいません?」


 つられて僕は振り返る。

 慌てた様子でログインしたレオナルドの姿が、そこにはあった。

 唖然とする顔を作った彼に、キャロルが嬉しそうに駆け寄っていった。


 生垣越しに盗賊の男が呑気に手を振ると、レオナルドはキャロルを無視して僕を盗賊の男から遠ざける。

 何やら、ただならぬ様子だった。

 レオナルドも我に返り、僕に話す。


「悪い! ルイス。ちょ、ちょっと、コイツとリアルの話すっから。待ってて!」


「ああ、うん」


 僕以外のマザーグース達にキャロルも、レオナルドの動向を見守っている。

 残念なことに、僕の距離からだとレオナルドの決死な小声は聞こえた。


「何やってんだよ、遠藤! 顔リアルのまんまじゃねーか!! 特定されんぞ!?」


「え~? 相棒もまんまじゃん」


「お前は目立つだろ!? なんか、こう……特徴的じゃん!」


「平気平気。それより、フレンド登録しようぜ。あ、そーだ。ルイス君も一緒にさ」


「フレンド登録は駄目っていっただろ!」


「違うって。俺のマイルームに来て欲しいんだよ。マイルームのコード、二人に送るから」


 レオナルドの制止を聞かず、盗賊の男が僕らにマイルームへの招待コードを送り付けてきた。

 が……

 僕も、レオナルドもあまりの事に言葉を失い。

 ふと顔をあげれば、レオナルドは僕の顔を伺っている。僕もレオナルドの様子を伺おうとしていた。


 これは、どうもこうもない。

 盗賊の男――招待コードに記載されたプレイヤーネームは『アルセーヌ』とある奴は、面白おかしく僕らに促す。


「なあ、どうよ? 少しだけでも遊びに来ない??」


 コイツは相当の愉快犯だと分かる。

 そして、呆然とするレオナルドもまた、ある意味でアルセーヌに翻弄させられているようだ。

 悪い意味で、罠じゃない。

 罠ではないのだが……僕の代わりにレオナルドが困惑気味な声色で言う。


「お前、これ……」


 僕らの反応に満足したアルセーヌは上機嫌に呼び掛けた。


「ほら。詳しい話は向こうでしようぜ」





 僕とレオナルド、それとキャロルがアルセーヌのマイルームに転移して目にした最初の光景は――暖炉。爛々と炎が薪を燃やしている。

 暖色系の絨毯が敷かれ、豪勢なシャンデリアがぶら下がる、煉瓦造りの一軒家に僕らはいる。


 暖かい熱気が立ち込める室内。

 これが春や夏の気候なら、暑苦しいだろう。そうは感じない。

 何故なら、ここは春でも夏でもない。


 窓の景色は一面の白銀世界。

 その一部に、クリスマスツリーが幾つも植わる森があった。

 家周囲は似たような煉瓦造りで寒さを防ぐ一軒家や、NPCの販売店が立ち並んでいる。

 紛れもない――ここは『冬エリア』なのだ。


 僕とレオナルド――加えてキャロル――が光景に圧巻されている傍ら、アルセーヌは意気揚々と喋る。


「外で雪合戦でもする? つっても、雪合戦しかできねぇけどな。相棒たちは、俺の敷地内にはいられるけど、冬エリアに入る資格取ってないから、店とか探索は無理だぜ」


 まあ、それは分かってる。

 基本的にプレイヤーは条件を満たされない限り、春エリア以降の層に移動、施設の利用は不可能。

 しかし。

 例えば……秋エリアに建てたマイルームにまだジョブ1のプレイヤーを招待できるという。

 条件が満たされてなくても、先のエリアの光景が見られるちょっとした裏技だ。

 ただし、敷地内から出る事は叶わない。敷地から景色を眺めるだけ。


 それでも、だ。

 アルセーヌが目論んでいた僕達に対するサプライズは、こうして実現したのだろう。

 レオナルドはようやく突っ込む。


「お前、ゲームやってたのかよ!?」


「そこ突っ込むの遅いって、相棒。いや~、ほんと参っちまったぜ? 最初は俺が最速でジョブ3になって、秋エリアの景色見せてビックリさせようと思ったら。相棒、すぐジョブ2になったもん」


 アルセーヌは画面を開いて、何か操作する。

 どうやら倉庫から何か取り出そうとしているようだ。

 操作しつつ話し続けるアルセーヌ。


「だったらジョブ3になるのも速いだろ? ビックリさせるんだったら冬エリアの景色、見せる事からな~って。あそこのクリスマスツリーん所。『サンタクロース』が住んでるぜ」


「え、妖怪のサンタ?」


 レオナルドが素っ頓狂な声で聞き返すのを、アルセーヌは面白そうに「そうそう」と言う。


「それで、相棒の季節が全季だろ? これ完成させるの苦労したぜ、ホント」


「なんだこれ!?」


 季節石……いや、違う素材か?

 とにかく恐ろしいまでの七色の光沢を放つ大鎌を手元に出現させるアルセーヌは、その高価そうな代物を平然とレオナルドに渡す。

 戸惑いながら受け取るレオナルドを他所に、アルセーヌはもう一つ取り出す。

 レオナルドの大鎌と同じ素材で作られたスーツケースだ。


「これ、ルイス君の分な。スキル内容が気に入らなかったら、自分でいじって全然いいぜ」


「―――」


 この時の僕は、どんな表情をしていたか。

 もののついでに扱われた事ではなく。

 コイツ……アルセーヌの腹立つ無償は、レオナルドの無償と何が違うのだろうと真剣に思ってしまう。

 どちらも同じ事をしているのに、レオナルドで感じた温かみは一切ない。


 ただ、腹が立つ。

 辛うじて「ありがとうございます」と僕は礼を告げる。

 現実でも繰り広げているであろう他愛ない会話を交わすレオナルドとアルセーヌを、僕は黙って見ていた。


 暖炉の前に置かれたソファでくつろぎながら、アルセーヌが僕らに問いかける。


「今回のイベントで狙ってるのは、アレだろ? 『浅葱色の薄衣』」


 レオナルドが高価な大鎌をしまいつつ「ああ、うん」と肯定する。

 僕はアルセーヌの様子を伺いながら、レオナルドはキャロルを抱きかかえながらソファに腰かけた。

 あの衣装は、僕ら以外のプレイヤーも狙っている代物。

 ただ、物が物だけに交換ポイントは……


~イベント限定アイテム一覧~


 ★イチオシ交換商品★

     『浅葱色の薄衣』 必要ポイント:150,000



 このポイント数は審査枠で獲得するには無謀だ。

 ただ料理を完食、店に評価をつけて合計900。簡単な作業とは言え、審査枠の場合、店の移動や料理ができるまでの時間などなど考慮すると、到底10万どころか1万稼げるか怪しい。

 これが露店のように簡素な一品――例えば、かき氷やチョコバナナ――を提供するならともかく。

 料理店で料理を提供しなければならない。


 アルセーヌは面白そうに、それでいて真剣に語った。


「真面目な話。厳しいかもな」


 僕は渋々口を開く。


「そうでもありませんよ? 確かに、ギルド関係者はレオナルドの『浅葱色の薄衣』獲得を阻止したいでしょうね。次のバトルロイヤルで、ギルドに所属していない、一個人プレイヤーに上位を取られるのは快くありません」


 当のレオナルドは自分如きで、と言いたげな表情を浮かべ。

 彼に抱きかかえられているキャロルは、すました顔で鼻をヒクつかせていた。

 話を聞き流しているのか定かではないアルセーヌが、キャロルを撫でようと手を伸ばしている。

 僕は、淡々と話を続けた。


「ムサシとカサブランカ、両名共にMP依存のジョブではありません。自然とレオナルドがターゲットになる。ギルド関係者が整理券を取り占めて、料理も注文しないで営業妨害だけ行い、他プレイヤーの客足を遠ざける……残念ですが、そのシナリオは愚かが過ぎますね」


 レオナルドの戦力を欠けさせる。

 一見、嫌らしい作戦に思えるが意味はない。

 何故なら、ギルド連中もまた『浅葱色の薄衣』を獲得しなければならないからだ。


「ギルド側も『浅葱色の薄衣』の獲得を狙っている筈です。ある程度、営業妨害に人員をさく余裕があるギルドは限られています。最悪、起こりえる営業妨害を加味しても、その都度、対応は考えてあります」


「そう! それ!!」


 キャロルに掌を舐め回されているアルセーヌが、間髪を入れずに割り込む。

 まるで、そのくだりを待ち構えていたよう。僕からすれば、話を中断されて気分が良くない。

 アルセーヌは、キャロルに舐め尽くされた掌を観察し「うっわ」と声漏らす。

 改めて、奴が語った。


「ギルド関係なく、大体のプレイヤーが『浅葱色の薄衣』を狙ってる。必然的に、審査枠より出店枠の参加が圧倒的に多いワケ。さてさて? だったら、どうするよ??」


 レオナルドはサッパリなようで首を傾げている。

 僕が、少し間を開けて返事をした。


「…………審査枠の水増し。『偽客サクラ』でも用意するんでしょうか」


「ただの偽客サクラじゃないかもしれないんだな、これが」


 上機嫌に不敵な笑み浮かべるアルセーヌが、ある画像を僕とレオナルドに見せる。

 複数のSNSのスクリーンショットだ。

 内容は『本日からマギシズ始めます! 楽しみ!!』等、よく見る、流行に便乗しようとするアピールに見えるが、評価コメントやポイントが自棄に多い。


 いや……どこかで見覚えがあると思ったら、テレビに良く出る有名人のSNSばかりだ。

 レオナルドも不思議そうに「これがどうした?」とアルセーヌに問いかける。

 奴は笑いを溢しながら、答えた。


「コイツら全員、料理番組とかグルメ雑誌に出る連中ばっかりなんだよ。このタイミングでこれって、ちょ~~っと怪しくない?」


「……彼らが覆面審査の為にマギシズを始めていると?」


「ん~。つっても、一次予選じゃなくて二次予選とか決勝戦で登場するかもな? 他にも有名な料理店のシェフに審査員の依頼が来たとか。あくまで噂は噂。でも、他の連中はここらの動きを不審がって、料理に精通してる連中が偽客サクラで来るんじゃないかって焦ってるぜ」


「…………」


「流石に生身の偽客サクラを用意しまくるのは無理があるから、NPCも混じるだろうけど……とにかく、他の連中はガチの審査がされる想定で挑むみたいだぜ。ギルドランキング一位の『太古の揺り籠』さんは、プロ雇ったってよ」


 レオナルドは素っ頓狂な声で「プロォ!?」と叫ぶ。

 『太古の揺り籠』……異常な信念でギルドランキング一位に君臨し続ける異様集団、か。

 奴らがプロを雇おうが、どうしようが構わない。

 むしろ……もし本当に料理の良し悪しで白熱する展開なら、僕の方が有利だ。

 思わず、僕は笑っていた。


「最初から味に関して妥協せずにいて正解だった。厳しい? 勝ち戦の間違いだね」


 アルセーヌは目を丸くさせている。

 奴に対し、レオナルドが教えてやっていた。


「ルイスは、本気で料理作ってるからさ」


 レオナルドは僕の調理を目で見て理解しているので、いいとして。アルセーヌは僕の実力を知る由もない。

 奴の「ふうん?」と期待半分な反応は、僕にも分かる。

 状況を教えたアルセーヌは、本題というか、レオナルドに協力したいが為に話を持ち出す。


「じゃあ~……秋エリアの食材は俺が取って来てやろうか? 『鑑定』ないと判別つかない食材ばっかりだろ??」


 確かに、秋エリアは『変化』が特徴の妖怪や素材の宝庫だ。

 盗賊系の鑑定スキルを重宝する。

 言い分は理解できるが……秋エリアはもうすぐ、ジョブ3になるレオナルドが攻略してくれるからいい。

 僕は、それより重要なものを要求してみることにした。


「食材ではなく、冬エリアにあるという『雪厳石せつげんせき』の採取をお願いしてもよろしいでしょうか」


「ん~? それって重要??」


「夏エリアなので重要です。一応、運営に問い合わせたところ、仮設店舗に雪厳石は設置されないみたいです。各自設置するよう言われました」


「あー……一応、夏エリアでNPCが売ってるけど、クッソ高い設定だもんな。幾ついる?」


「小規模なので十個……いえ。十五個必要ですね」


 話に置いてきぼりになったレオナルドが尋ねてくる。


「ルイス。雪厳石って何?」


「夏エリアで、販売店とかでクーラー代わりに使ってる冷たい石が置いてあるだろう? あれだよ」


「おお、あれか。……え。あれなかったら、店内もクソ暑い?」


「うん」


 レオナルドが「マジかよ」と絶句しているのを、アルセーヌが笑う。

 だが、雪厳石もなかなか採取が難しいと聞く。

 冷気がどの程度、長持ちするか『鑑定』が必須。これはムサシではなくアルセーヌに頼むべきではある。

 最後に僕は付け加えておく。


「仮に間に合わなくても、最悪、足りない分を夏エリアで購入すればいいだけだからね」


 アルセーヌも面白おかしく笑いながら「言ってくれるじゃないの」と茶化す。

 僕がレオナルドに敵意があるか否か。

 それを気にしているようだが、僕からすれば奴は他人へ依存する鬱陶しい小蠅だ。

 美しい関係には、到底見えなかった。

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