第38話


 臨戦態勢に入ったオーエンは、大鎌の刃を分離させた。

 意思を持ったように柄から離れた刃は、プレイヤーに襲い掛かってくる。

 刃のみの為、意外と攻撃を当てて弾くのは難しい。


 そうでなくとも、柄のみとなったオーエンが接近攻撃を仕掛けた。

 奴が接近してきたのは、僕達。厳密にはカサブランカ。あれほど挑発されたのだから、当然。

 僕も白兎の動向を伺う。兎はレオナルドの方へ真っ直ぐ接近。

 他プレイヤー全員、僕らの方へ向かう。誰もが快くない表情をしていた。


 厳密には余計な挑発をしたカサブランカが原因。まあ、僕らも奴に加担した形にはなる。

 恨まれても仕方ないか。

 ただ、レオナルドは浮かない表情をしていた。


「急にどうしたんだ? アイツ」


 僕は妙に感じ、レオナルドに問う。


「レオナルド?」


「俺、アイツが挑発に乗る性格には感じなかったんだよ」


「それは……オーエンのことをかい?」


 僕らが会話を繰り広げる最中。

 カサブランカがドレスを靡かせるごとに、ドレスと同化した刺繡道具がオーエンを襲う。

 針やボビンなど細かな遠距離攻撃を、蜂やニシンなどの使い魔で防ぎ。

 柄をバトンのように回転させ、カサブランカと渡り合う。


 そうこうしているうちに、白兎が待ってましたと言わんばかりにレオナルドへ衝突。

 鼻を激しくひつくかせ。撫でて欲しいようで。わざわざ、レオナルドの手元に収まる形で浮遊移動する。

 白兎の装飾にから『すみません』と申し訳ないトムの声が聞こえた。

 レオナルドが白兎を片手で収まる形に撫でつつ、話を戻す。


「あんま会話してねぇし、確証ある訳でもねぇけど。変だよな」


「僕は変に感じなかったかな」


「そうか?」


「大体、マザーグースの血縁には二種類の性格がいる。一つはお人好し。良くも悪くも『善良』な精神の持ち主。君と似てる部分だね」


 僕に指摘され、レオナルドは気恥ずかしそうに頭をかいた。僕は話を続ける。


「もう一つは『邪悪』な精神。分かりやすく言えば『独善的』な部分。ロンロンやジャバウォックが分かりやすいかな。自身の利益を優先する。ただ、ああいう性格は自身の思い通りにならないと、不快で苛立つ」


「……利益?」


「なっ、なんで、突っ立ってるんだ!? お前!」


 僕らの行動に動揺を隠せず、指摘してきたのは僕らに攻撃しかけた『騎射』の少年だ。

 オーエンを狙わず、喋っている僕らに。

 弓矢を引くことも忘れた様子。奴が騎乗した馬の鼻息や匂いが漂う。

 レオナルドは「久しぶり」と普通に挨拶するものだから、怒りや困惑のせいで言葉を失う少年。


 その脇を、生き残った心が通過。

 不愉快そうな視線で僕らを一瞥したが、レオナルドは眼中にもない。

 他にもホノカが「ウチは先に行くぞ!」と先行。ラザールは魔力が尽きたようで「回復してくれ!」と僕を頼って来た。


 結局、もどかしい様子で『騎射』の少年はオーエンの討伐へ駆けた。

 カサブランカ以外にも、二人の死闘にムサシが割り込む。

 彼は、邪魔と言わんばかりにカサブランカが腕を振るい、ドレスの袖から伸びる糸を目に見えぬ速さで両断していき。距離を詰める。あれでは、カサブランカの攻撃でムサシがオーエンに近づけない。


 カサブランカも、自分がオーエンを殺さんと言わんばかりに。

 聴覚を頼り、背からボビンやボタンなどの遠距離攻撃を他プレイヤーに与える。

 完全な妨害行為でしかない。

 単純に、カサブランカやムサシにオーエンを任せれば問題ないが。簡単にはいかない。

 心も、ホノカたちも、全員がオーエンを狙っている。流れを止めることは出来ない。


 ラザールが魔石を精製しながら、未だに動かないレオナルドに文句を言う。


「ボケーっと突っ立ってるんじゃねぇ! あの生首野郎ぶっ倒すぞ!!」


「うーん……」


「なにが。うーん、だ!」


「悪りぃ、ちょっと……ルイス。運営がどうたらって話、してたよな」


 運営? ペナルティ云々の話か。それとイベント内容は関係ないと思うが……

 オーエンが召喚した熊を相手していたホノカが、熊の腹から飛び出してきた偽オーエンにやられた。

 蜂の大群が個々で爆発を起こす。

 先程と異なる攻撃パターンに対処できないプレイヤーがちらほら。

 『騎射』の少年も、爆発に驚いた馬が前足をかかげて急停止したせいで、落馬していた。


 そんな最中。

 レオナルドは冷静に考察し続ける。


「あれが適応されたらさ。俺達全員利敵行為で脱落。オーエンが宣言していた通り、全員死ぬって訳だ」


 それは……確かにそうだが。穿ち過ぎる発想ではないかと思う。

 ラザールは顔をしかめて、鼻先で笑う。


「あ~~~そういうことかよぉ~~~ ルイスを止めなかったとかで、俺達も脱落するし。大体、他プレイヤーの邪魔してんだろ?」


 心は、続々と倒れるプレイヤーを他所にカサブランカとムサシ、オーエンの三すくみを離れた距離から見守っている。

 隙をついてオーエンを倒そうと試みているのか。

 最早、カサブランカとムサシ相手に挑もうとはしていない。


 レオナルドは考察を述べる。


「大体さ。アイドルのファンって初心者が多そうってくらい、運営も予想できてた筈だろ? それなのに相手にするのが難しいロンロンとか、スティンクとか。バンダースナッチも、普通出さないよな」


「………」


「色々考えたんだけどさ。多分、俺達を全員殺すか。カサブランカとムサシが生き残っても、他プレイヤーを妨害したとかで脱落させる」


 ああ、漸く分かってきた。成程。

 確かにバンダースナッチが出てきたのは度肝を抜いたが。説明を裏付ける証拠でもあった。

 僕はレオナルドに賛同した。


「今回のイベント。状況が状況だ。MPKをやったプレイヤーに制裁を与えなければならない。だが、アイドルファンの民度だ。これで処罰が下れば、迷惑行為の通報が通用すると調子に乗る。故に奴らの満足する結果にはしてはならない」


 なら、どうするか?

 協力型イベントにも関わらず、協力しなかったことでイベントクリアどころか。

 誰か生き残って得する結果にしない事。


「最終的に誰もいなくなる、か」


 笑えるくらい滑稽な話だ。

 運営は全プレイヤーの平均レベル想定のイベントで、高難易度になってしまった謝罪と詫び品を配布すればいいだけのこと。

 二度と協力型イベントは開催しないと抱負を掲げる事だろう。


 しかし、これには一つ難点が。

 僕はレオナルドとラザールに伝えた。


「恐らく……心は利敵行為をしていないだろうね。アイドルだからこそ、やましい行為を避けて来ている筈。ほら、オーエンが奴に近づいている」


 カサブランカとムサシのおぞましい速度の斬撃と攻撃を、体を透かしたり、バラバラになったり、空中で漂うなど。

 挑発に乗った割に、呑気に翻弄させる動きをするオーエンは、バックステップと共に心へ接近していた。

 やる事は一つ。

 僕は逆刃鎌から降りた。


 レオナルドとラザール、僕自身に身体強化の薬品を使用。

 僕は最後にレオナルドへ告げた。


「あとは任せるよ。レオナルド、重量を少しでも軽くするなら僕の逆刃鎌は捨てた方がいい」


「ルイス」


 レオナルドが僕の名を呼び、真っ直ぐな瞳で駆け出す僕を見届けてくれる。

 「どこ行くんだよ!?」とラザールの声が聞こえるが関係ない。

 二人から大分距離を取った。僕はまず所持してある『火炎瓶』を捨てていく。

 捨てるといっても、瓶に入れられた『火炎瓶』だ。

 地面にバラまかれても、しばらくは消滅しない。

 だが、これは捨てた『火炎瓶』が消滅するまでの時間との勝負。失敗は許されない。


 僕は広範囲に『火炎瓶』を捨てながら、オーエンから遠ざかろうとする心が見えた所で、捨てるの中断。少ない動作で『火炎瓶』を捨てた一帯の反対側に回り込み。

 その位置から、上空にいる心へ目掛け跳躍。

 これだけでは到底届かない。『火炎瓶』の爆風を使って奴を捉えた。


 馬鹿に体力がある自分のステータスを信じ、自爆上等で『薬品一式』で準備した『火炎瓶』のコンボを後方に放ち。

 爆風により僕は心へ急接近。逆刃鎌の刃を掴むハメになったが捕まえた。

 奴は苛立った口調で叫ぶ。


「邪魔をするな! お前たちの行動を運営が無視すると思うか!? 最悪、法で訴えてやるぞ!」


「へえ。じゃあ、先に僕の方が訴えてあげるよ。父親の知り合いに裁判長がいるんだ。いい判決を下してくれる」


「この―――」


 心が僕を振り払おうと逆刃鎌を大きく揺らす。

 僕は片手で必死に刃を掴み、ダメージを受けながら背負った鞄で心の足を狙った。

 バランスを崩した隙に。

 ありったけの『火炎瓶』をぶつけた。絶え間なく、僕の体力が尽きるまで。

 心を逃がさない為、地面に向けて『火炎瓶』を放り投げる。


 当然、地面に捨てられた『火炎瓶』が連鎖的に大爆発を起こしていく。

 全てを捨てきれる余裕はなかった。累計500個近い『火炎瓶』を使用しただけだろう。

 それでも、空前絶後の大爆発を巻き起こした。


 僕の前に初めて『ゲームオーバー』のメッセージが流れる。よりもよって、自爆という形だった。




 残されたレオナルドとラザール(あと白兎)、戦闘中のオーエンやカサブランカとムサシにも、ルイスが発動させた『火炎瓶』の大爆発、その爆風が襲い掛かっていた。

 地面に捨てた『火炎瓶』が全て連鎖的に爆発した結果。風圧だけで、レオナルドとラザールは吹き飛ばされそうになる。


 ラザールが「ヤベェ!」と大声あげるのは仕方なかった。

 レオナルドは『ソウルターゲット』を用いて、強引に留まろうと抵抗。ラザールは今、必死にレオナルドの体を掴む他ない。


 一方、オーエンは体が吹き飛んだ矢先、カサブランカの糸が絡まる。

 オーエンの体がカサブランカを引きずるような形となった。

 オーエンが行動に移る寸前、爆風の吹き飛びを利用して急接近したムサシ。


「死を届けに来たぞ。印鑑を押せ首を出せ


 ムサシがオーエンの首に振り下ろしたカタナの刃。

 刹那。

 カサブランカも体勢を整え、オーエンの拘束を解いた。単に解いたのではない。糸とオーエンの体がすれあうような形で、引っ張り、解いたのだ。


 双方、ほぼ同時に首を裂いたよう。

 ゆったりと消滅していくオーエンの体。一体、どちらがトドメを刺したのか。

 風圧が収まったところで。

 レオナルドは『ソウルサーチ』で周囲を確認してみる。


 レオナルドとラザール、ムサシに、カサブランカ。ついでに白兎。

 これらの魂だけが残されている。

 幾度、待ってもオーエンらしい攻撃や魂も現れなければ。

 空間の向こう側に、一筋の光が差し込む。もしかしなくても脱出口……ゴールだ。


 釈然としない様子でラザールが尋ねた。


「……終わったぁ? ゲームクリア??」


 あまりの呆気なさに拍子抜けているのだろう。レオナルドも「うん」と頷く。

 臨戦態勢から気力を抜けたようで、白兎は浮遊状態から地面に降り立つ。それから顔を洗うような仕草をした。

 カサブランカは、ドレスから元のシンプルな姿恰好に戻る。満足気に彼女は語った。


「無事、殺せたので良しとしましょうか。今の、貴方は寸前のところで間に合っていませんでしたよね」


 カサブランカに尋ねられたムサシは「知らん」と素っ気ない返事。

 ただ、一人。

 レオナルドを除いては。


 真っ直ぐな視線を向けながら、レオナルドは『ソウルターゲット』で急接近。

 カサブランカを大鎌で斬った。

 これには、ムサシも目を見開いた。ラザールも、白兎ごしに見ていたトムも。


 『カサブランカ』は本気でレオナルドが攻撃をしてくるとは思わなかったのだろう。

 振り返った表情が驚きを隠せないもので。

 だけど、満更でもない、不気味に笑みを浮かべ。

 姿が一変したら、本物のオーエンがニタニタ笑って本性を現す。


「ふっくっくっくっくっ! おやおや、どこで吾輩だと気づいたのかね。我ながら即興にしては上出来な演技だと自信あったのだがね?」



「んん?」


「あー……じゃあ、別の視点から説明するよ。カサブランカは弱い奴には興味ないんだ。殺さない。ジャバウォックの時にも、言ってたんだ」


――ああ、やっぱり春の妖怪はそういう傾向ですか。特殊系統で、純粋な真っ向勝負をしないだろうとは『オーエン』で薄々感じていましたが


 カサブランカは戦闘狂だが、単純に殺したいだけの殺人者ではない。

 散々、オーエンに挑発したカサブランカが、オーエンを弱いと判断しながらも積極的に殺そうとしてたのに、レオナルドは違和感を覚えた。

 無論、挑発に乗ったオーエンにも疑念を抱いていたが。一番の決め手は弱いオーエンをカサブランカが殺そうとした事。


 オーエンが粒子化して消失する中、レオナルドが語り続ける。


「確証は最後までなかった。ほら『本物のお前』と偽物のカサブランカに魂があったり、ルイスの『火炎瓶』の爆風でカサブランカが吹き飛んだ事とか。でも落ち着いて考えたら、答えは分かった」


 冷静を取り戻し、仏頂面でムサシが言う。


「そいつは元から魂が見えない。最初、私達と会った時がそうだ。あれは再現でも何でもない。本体だ。レオナルドの言葉に反応した」


 ラザールも思い出し「あ!」を大声上げる。

 思わず、レオナルドが口にした『ダウリス』の名に反応したアレは、紛れもなく本物のオーエンだったと。

 オーエンに関しては、魂の有り無しの判別は無意味だったのだ。

 レオナルドは最後の謎も解き明かす。


「最初、偽物のカサブランカは『本物のお前』じゃなかった。だから、ルイスの『火炎瓶』食らっても、ゲームクリアにならなかった。入れ替わったのは、さっき大爆発のどさくさ。ムサシの目も誤魔化すには、そこしかない」


 真剣に語り終えたレオナルドを、ゲラゲラと嘲笑うオーエン。

 体が消失し、ふと見渡せば周囲の空間も崩落していく。

 頭部だけ残ったオーエンは、かつてないほど大爆笑しながらレオナルドに言い放った。


「それで惚れている女を斬れるかね! 本気か? ふっははははは!!!」


 目と口だけ残しつつ、オーエンは言い残す。


「まるで、吾輩の父上のようだ。似た者同士で気が合った訳か! あっははははっは!!」


 神隠しの妖怪が消え去った。

 レオナルド達の周囲は、暖色系に染まった葉をつける森となっている。

 彼らがいる気候は、肌寒さを感じる『秋』。

 そう、神隠しから解放されて移動した場所は、レオナルドやルイスがまだ知らない『秋の層』だった。


「ここ、どこだ……?」


 トムが「あっ」と声を上げた。


『良かった! ここ、「本山」の近くです!!』


 レオナルドが素っ頓狂な声で「本山ほんざん?」と聞き返したのを、トムは元気よく答える。


『はい! 僕が所属している「祓魔師エクソシスト機関」。その中でも、秋の層にある「祓魔師潜入捜査本山」です』


 レオナルドの足元で休憩していた白兎が再び先導する。

 イベント当初と同じ、レオナルド達が付いて来ているのを確認。一定の距離を取って、まずは下山を目指す。

 少し開けた場所に出る。

 「いつもの街が見えるな」ムサシは左側に広がる芸術性溢れた造形群を顎で示した。


 そう、あれは今後多くのプレイヤーが訪れる居住区。

 ムサシのようなジョブ3に昇格した者だけが、足を運べる場所。

 レオナルド達が向かっているのは、その反対側。

 ふもとに近づくにつれ、木々の合間からトムが言う『祓魔師潜入捜査本山』が見える。


 広大な敷地に、石造りの重厚な壁、小さな窓に半円アーチが特徴のシンプルな修道院があった。

 一方で、厳格さ漂う修道院には似つかわしくない、生き物が飼育されているスペースが敷地内の七、八割を占めている。

 和むような羊や山羊の鳴き声。馬や牛、犬が動いているのが見える。

 動物園以上に、動物に溢れている光景を目にしレオナルドは感心していた。


 道中、ラザールは気になった事を言う。


「じゃあよぉ。本物はどうなった? えーと、カサブランカってぇ奴」


 憶測に過ぎないがレオナルドは、カサブランカがただで死ぬ訳ないと信じている。

 確信を持って、話す。


「外に出たと思う。この辺りにいるかは分からねーけど」


「あぁ!? 何か方法あって、外に出られたって事かよ!」


「いや。カサブランカを追い出したのは、バンダースナッチだよ」


 実際に相手した経験あるムサシは「あれか」と納得していた。

 バンダースナッチの第三段階で、プレイヤーを強制的に別空間へ送り込む能力を発動させた。

 カサブランカが相手した敵が、バンダースナッチなのを踏まえると納得しかない。

 だが、ラザールは怪訝そうな表情で言う。


「……誰だよ」


「え。あ、あー……ラザールも少し見てなかったか? カサブランカがマングル達の次に相手してた……」


「クッソ速い動きしてたアレか! アレなんだよ?!」


「妖怪だけど、無茶苦茶速いから止めた方が――ん? 煙??」


 敷地の一角から、長閑な風景と対照的な黒煙が立ち上っている。

 白兎を通してトムが話した。


『動物たちが暴れていると先輩たちが仰っていました。あはは……よくあるんです。山羊や熊などが暴れると大変ですよ……』


 彼も苦労している風な口ぶりで語っている内に、レオナルド達はついに敷地の正門を目にする。

 女性が一人、出迎えで待ち構えており。

 レオナルド達の到着と共に、軽快なBGMが鳴り響いた。

 厳格な衣装を身に纏ったウェーブのかかった金髪の女性がのんびりと告げる。


「皆様、お疲れ様でしたぁ~! わたくし、間宮と申しますぅ。これにて、全プレイヤー協力型ダンジョンイベント『不思議の春の神隠し』クリアとなりまぁ~す!!」


 はっきり宣言されると、レオナルドとラザールは緊張感が解けて、盛大な溜息と共に体がだらける。

 心配そうに、白兎がレオナルドに鼻ヒクつかせ、すり寄って来た。

 間宮がマイペースで三人を見渡す。


「クリアされた方は、う~ん。これだけなんて……あ、ちょっと待っててくださいねぇ~。もう一人、いらっしゃいますからぁ」


 まさか。

 レオナルド達全員が予想した通り、敷地内から誰かの怒声が近づいてくる。


「どういう神経してるんですか! 動物を敵と勘違いしたなら、まだ分かりますけど。ペットの一種と理解したうえで攻撃するなんて!!」


 敷地内にいた他の祓魔師たち(NPC)も、快くない表情で怒声をかけられている相手を視線向け、ひそひそ何かを喋っている。

 澄ました表情と早歩きで、レオナルド達に向かっていた女性――カサブランカが感情なく返事した。


「何度も言ってるじゃないですか。どういう性能か把握したかったんですよ。一応、彼らにも許可貰いました」


 カサブランカが目で示した方には、気まずい表情の祓魔師たちの姿が。

 彼らは、きっと悪ノリもなく。カサブランカにペットに関する知識を教えたのだ。

 こんな結果になるとは、想像つかずに。

 先程から、カサブランカに注意している黒髪ツインテールの女性は、間宮と同じ、NPCではない運営側の人間だろう。


 ツインテールの女性が、現実リアルならツバ吐く勢いで喋る。


「いいですか!? もし、貴方がペットの性能だとか、ペットに攻撃をしかけずに、NPCへ事情を説明していたら! 偽物の貴方の存在を彼らに伝えられたんですよ!!? 協力型イベントなんですから、自分中心の行動は控えて下さい!」


「不都合なら、強制的にプレイヤーを誘導するなりすればいいじゃないですか」


「そ、そういう水差すようなことを、運営側がするのはね……!」


 憤り抑えようと必死なツインテールの女性を差し置いて、正門に到着したカサブランカはレオナルド達に視線を向ける。

 レオナルドは自然に、満足気な笑みを浮かべて彼女に声かけた。


「無事でよかった、カサブランカ」


 だが、彼女は微笑みや退屈さでもない、不機嫌そうな表情を貼り付けている。

 ラザールが「怒ってねえか?」とレオナルドに耳打ちした。

 レオナルドは否定し「バンダースナッチを倒せなかったからだと思う」と彼なりの考察を言う。

 恐らく、バンダースナッチは厄介なカサブランカを追い出すだけ。

 彼女と本気で渡り合わなかったのだろう、と。


 一応、脱出クリアを遂げた全プレイヤー……たった四人だけが揃ったところで。

 間宮から、にこやかに話をされる。


「早速、クリア報酬を~……と行きたいですがぁ。皆さんに重要なお知らせがあります」


「!」


 やっぱり。

 レオナルドは覚悟をしていたが、ルイスの考え通りかと見構える。

 ラザールは率直に「ペナルティの話かぁ」と口に漏らし、面倒な態度を取っていた。

 すると、間宮はクスクス笑って答えた。


「違いますよぉ。罰則なんて今更、つけられませんってばぁ。イベント概要に記載されてない事、やったらやったで批判殺到しちゃいますよぉ? むしろ、不備ですよ、不備。ペナルティを設けなかった方が駄目なんです。ね?」


 なんて答えたから、レオナルドとラザールはポカンとしてしまい。

 運営関係者のツインテールの女性が「ちょっと、間宮さん!」と小声で呼び掛けていた。

 彼女にお構いなしに、間宮は続けた。


「今回、ボスキャラのAIに不具合があり、プレイヤー側が有利になってしまう仕様になってたことですねぇ。プレイヤー全員に平等なイベントではなくなってました。なので、参加いただいたプレイヤー全員にクリア報酬を配布することにしました! クリアした皆様は、他の方々と違う補填を配布いたしますぅ」


 だが、間宮は「今回は、ですからね?」と付け加える。

 取り合えず、今回ばかりは罰則なし。普通に報酬が貰えると聞いて、レオナルドは複雑だった。

 変に深読みしたせいで、ルイスは無駄死に。ルイスも、特別な報酬だって貰えたかもしれない。

 お構いなしに、間宮は全員に呼び掛けた。


「ではでは、クリア報酬配布タイムです~。皆さん、こちらにどうぞ~」


 ゾロゾロと間宮の後をついて行くレオナルド達。

 道中、ムサシが珍しく口を開いた。


「付いて来てるが」


 彼が言うのは、レオナルド達にピッタリ付いて来ている白兎のこと。

 レオナルドも気づいていたようで、どうしようかと間宮を伺う。

 間宮は「あらあら」とニコニコ笑っているだけ。白兎をどうこうせず、案内を優先させた。


 クリア報酬はルイスが予想した通り、ペットだった。

 ただし、普通のペットではない。

 動物の飼育エリアに入ったところで様々な動物たちが柵越しに、レオナルド達――正確にはレオナルドを注目する形で集結。

 彼らに囲われている状況で、間宮が説明する。


「今回、皆さんに配布しますのはイベント仕様のペットちゃん達です~。通常では入手できない個体ですので、後悔ないよう慎重に選んでくださいねぇ」


 のほほん口調かつ丁寧に案内してくれた間宮。

 彼女の対応とは裏腹に、ムサシとカサブランカは即答した。


「いらない」 「私も邪魔に感じるので、貰わなくていいですか」


 同行していたツインテールの女性が「こいつら……」と呟いた。

 間宮は態度を変えず、穏やかに告げる。


「適当でもいいですので、報酬はちゃんと受け取ってくださいねぇ」


 レオナルドは、柵越しに集まっている動物たちを見て困っていた。

 種類が豊富で迷ってしまう。飼育エリアを散策すると、予想外な生物にレオナルドが驚く。


「うわ!? ペンギンだ! ペンギン!! ムサシ、ペンギンがいる!!」


 興奮気味のレオナルドに、ムサシが「はしゃぐな」と言う。

 柵にトコトコ近づいてくるペンギン以外にも、水槽から亀やイルカの姿を確認できた。

 ペンギンという見慣れない生物に興味津々のレオナルド。

 カサブランカは相変わらずの姿勢で言う。


「別にいいんじゃないですか。ペンギンでも」


 レオナルドは意外に感じつつ「なんで?」と聞いた。カサブランカは平静に答える。


「強いからですよ。その、ペンギンの翼。人間の腕足を骨折させるほど威力ありますから」


 えっ。

 レオナルド以外にも、ラザールとツインテールの女性までも驚愕を隠せずにいた。

 間宮は「そうですよ~」と解説する。


「ペンギンちゃんは、陸での移動がしにくいですが、そこはジョブ3になって『ソウルオペレーション』でサポートしてあげれば、相当戦えちゃいますよぉ。下級妖怪なら一撃で倒してくれちゃいます! どおしましょう? ペンギンちゃんにします??」


 気まずそうにレオナルドは「ほ、保留で」と答えた。

 次に訪れた建物内で、ラザールがある生き物に反応する。


「猫じゃねぇか。実家に猫いるんだよ、俺。コイツでいいか」


 仲間同士じゃれ合っている幼い獣にラザールは決めたが、ツインテールの女性が「それです」と突っ込む。

 他にも小屋にいた動物を見ていくレオナルド。

 猫でも、犬でも、レオナルドに寄ってくるので困り果てている。それを「ぶぶ!」と音鳴らして蹴散らすのは白兎だった。

 とは言え。

 一体どれにしようか決められないレオナルド。小屋にいる最後の生物を目にする。


「お! 兎だ」


 ちょうど、白兎並に成長している様々な色や模様の兎たちがいる。

 レオナルドが関心あるのを感じ取ったのか。

 同行していた白兎が、他の兎たちが近づく前に「ぶ、ぶぶぶ!」と激しく暴れ、レオナルドから遠ざけてしまう。

 それを注意する青年の声が聞こえた。


「こら! 駄目じゃないか!!」


 暴れ回る白兎を『ソウルオペレーション』で無理矢理引き寄せ、抱きかかえた、こげ茶色のショートヘアの青年の声にレオナルドは聞き覚えあった。

 思わず、尋ねるレオナルド。


「もしかして……トム?」


「はっ、はい! この子を通して案内させて貰ったトムです!! 挨拶が遅れて申し訳ございません。あ、もしかして、兎をお選びに?」


「うーん……そうしようかなって」


 レオナルドが遠くに逃げてしまった兎たちを眺め、唸っている。それに対し。


「止めて下さい。攻撃型じゃない生物を選ぶのは」


 と、注意かけてきたカサブランカ。

 失礼な物言いだが、レオナルドは困惑にカサブランカの様子を伺う。

 彼女は相変わらずの不機嫌な表情のまま、腑抜けたレオナルドに告げた。


「本当……貴方のそういうところが、腹立つんです。いい加減にしてくれませんか」


 カサブランカの表情と発言にレオナルドは戸惑った。

 彼女から腹が立つ、なんて感情をぶつけられるのは予想外だったからだ。

 つらつらとカサブランカは語る。


「イベント中も、私やムサシには技量があるから問題ないと常に判断していたのでしょう」


「それは……うん。そうだけど。俺が無理に出しゃばっても、出来ることが少ないから、邪魔になるだけだろ」


「全て理解してたうえで、何もしなかった」


 不機嫌なカサブランカの態度に変化がないので、レオナルドの隣でラザールも「おい」と咎めて来る。

 ラザールに抱えられている猫、ではなく幼い虎も不思議そうに様子を伺っていた。

 言い方がまずかったか、レオナルドは頭をかきながら言う。


「カサブランカはさ。集中して敵倒すの、好きだろ? だから、邪魔したくなかったんだよ」


「人を不愉快にさせるのが上手なんですね」


「え、えと………ごめん」


 カサブランカの返事にレオナルドが更に戸惑う結果に。

 張り詰めた空気を解消しようと、白兎を抱えているトムが「あの!」と話を切り出す。


「祓魔師だけペットを最大五匹つれていけます! ペットも種類ごとに用途がありますので、将来的に祓魔師は沢山ペットを飼育することになるんです!! だから――」


 必死な対応をしてくれるトムに「知ってます」と素っ気ない返事をするカサブランカ。

 期待されていないのを感じ取った白兎は挑発的に「ぶ! ぶ!!」と音を鳴らす。

 カサブランカは、耳につくような溜息をついて、間宮に尋ねる。


「すみません。楽に育てられる動物はいますか。世話や餌を与えるのは、好きではないんですよ」


「でしたらぁ。オススメのがいますよぉ、『不死鳥フェニックス』ちゃんです♪」


 間宮が虚空から手元にバスケットを出現させる。

 バスケットには柔らかな毛布に包まれた状態の、結構大きいサイズの卵が。

 概要画面を表示したカサブランカが、一通り目を通して納得した。


「ああ、これでいいです」


「はぁい。一応、『不死鳥』ちゃんの季節も全季にしておきました。頑張って孵化させてくださいね♪」


 卵を受け取るなり、カサブランカは別れも告げず、そそくさと立ち去ってしまう。

 嵐のように去った彼女を見届け、レオナルドは落ち込んでいる。

 自然に、胸の内を口にしていた。


「やっぱり、俺のこと嫌いなのかなぁ」


 バトルロイヤルの件があるまでは、的確なアドバイスをしてくれた彼女を思い出すレオナルド。

 あれ以来、態度が一変してしまった。

 カサブランカは言い方に問題あれど、どんな相手にも助言をする気遣いがある。

 と、レオナルドは気づいていた。

 ああいう会話がなくなったのは、自分が弱い人間と判断されているからだろうか。


 すると、間宮がレオナルドに言葉をかけた。


「もぉ~~。乙女心がわかってなぁ~い」


 ラザールは「カサブランカあいつの心は分かりたくねぇよ」と突っ込みを入れる。

 白兎が「う~!」と鳴いているのに我に返ったレオナルドは、改めて兎に関する概要画面を表示。



[ウサギ]

 体力:ふつう

 攻撃:にがて

 防御:にがて

 特殊:とくい


 速度:とくい

 嗅覚:とくい

 聴覚:とくい

 視力:にがて


 サポート型。周囲の警戒心がとっても強い。

 嗅覚で周囲の状況を把握するので悪臭が酷いと、上手く探索できなくなるかも……

 

 

 接近攻撃が苦手。

 なら、カサブランカが好き好まないのは当然か。レオナルドは再度唸った。

 トムが兎に関する解説をした。


「兎は接近攻撃ができませんが、皆さんの前でも披露した特殊攻撃を覚えられます。あと、祓魔師は同行するペットが持つ補正を自身に得られるんです。兎ですと嗅覚や聴覚の補正が効くようになります」


 それに反応したのはレオナルドではなく、ラザール。


「おい!? だったら、空飛ぶの早い動物ペットにすりゃ、飛ぶのも早くなんのかぁ!?」


 トムが戸惑うのに、レオナルドは申し訳なさそうにラザールへ説明した。


「『ソウルオペレーション』は攻撃速度の補正で加速できるんだ」


「どっちにしろよぉ~! 速くなれるんだったら、速くなってから勝負付けた方がいい!!」


「えーと、悪い。祓魔師ジョブ3の条件が分からねぇから、それだと当分先になっちまうぞ?」


「あのよぉ~。速くなれる可能性あるってのに雑魚の段階で勝ったところで、意味あると思ってんのかぁ?」


 ラザールの考えは理解できるが、魂食いから祓魔師ジョブ3になる方法が未だ、解明されていない。

 次のバトルロイヤルまでに間に合うかどうか……

 レオナルドが思案していると、ムサシが割り込む。


「イカレ女と同じだな」


 思わぬ横槍にラザールが「はぁ!?」と過激に反応する。

 レオナルドが不思議そうに顔をあげる。ムサシは淡々と話を続けた。


「あの女が祓魔師の性能を確認してたのは、それだ。レオナルド。お前が強くなったところで、殺したいんだろう」


「………そうか」


 レオナルドはカサブランカの意図を理解し、改めて考え直していると、再びトムに抱えられている白兎が「うー」と音を鳴らす。

 名残惜しく白兎を撫でるレオナルド。


「お前はトムのもんだから、俺は引き取れないよ」


 白兎が連れて行って欲しいとアピールしているのは、レオナルドも薄々気づいた。

 ルイスも可能性に挙げていたが。

 この白兎はNPC用のペットであって報酬で受け取れないだろうと、判断している。

 トムが様子を伺い、口を開く。


「……引き取って頂けるなら、どうぞ」


 突然の提案にレオナルドもNPCが気遣ったのかと探ってしまう。

 ただ、トムは深刻に告げた。


「レオナルドさんも祓魔師の道に向かうので、お伝えしますが……今回のような潜入任務などでペットが命を落とす事は、よくあるんです。『騎射』の方が得られる馬や『不死鳥』のような例外を除いて、


「……死ぬ」


 所謂、ゲーム的に表現するならロスト。

 話を聞いたレオナルドも、虎の子を抱えるラザールも無言になる。

 トムは話を続けた。


「人によってはペットに感情移入してしまうので、ペット育成の祓魔師になる方も珍しくないです。僕も、極力愛着かけないようにしたり……この子にも名前は付けていません」


「え」


 あまりのことにレオナルドは度肝抜いたが、今回のイベントでも白兎はレオナルドが守ったから生き残れただけで、他の兎たちはどれも死んでしまったのを思い出す。

 アレが当たり前なら、仕方ない事なのか。

 イベントじゃなくても。不注意で妖怪の攻撃を受ければ、小動物なんて容易く


 鼻をヒクヒクさせながら、レオナルドを真っ直ぐ見つめる白兎。

 互いに目を合わす。しばしの見つめ合いから、レオナルドは決断した。


「ああ、分かった。俺はこいつにするよ」


 トムから白兎を受け取るレオナルド。

 最後にトムが「よろしくお願いします」と渡してくれた。

 白兎を入手し[『ペット』の項目が増えました!]なるメッセージが表示され、続けてこう表示される。


 [ペットをセットする際、名前を付けられていないペットは選択できません]


 ネーミングセンスには自信ないレオナルドが思いついたのは、ありきたりというか。

 ルイスが聞いたら、なんと反応されるかと不安になる。

 でも、真っ先に浮かんだ名前だ。


「『キャロル』。今日から、お前の名前は『キャロル』だ。よろしくな」


 名前の記入を終えるレオナルド。

 答えるように、白兎――キャロルは「うー!」と音を鳴らした。

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