第36話


 一人の宣言により兎たちは一斉に浮遊移動を開始する。それぞれNPCの『祓魔師エクソシスト』が兎を通して操作しているとは言え、謎の壮大さがあった、

 中でも、僕達を先導してくれた白兎は他の兎たちとは異なり、隊列からはぐれてでもレオナルドに近づこうとしている。

 彼に懐いているのを察したのか、白兎の主『トム』は兎の首元にある装飾を通して言う。


『ぼ、僕達が先導しますので、付いて来てください! オーエンに接近するなんて、無謀に等しいですが……オーエンを弱らせれば神域に歪みが発生し、脱出できる可能性があります!! 行きましょう!』


 レオナルドが木製の逆刃鎌を僕に差し向け、僕はレオナルドと同じように峰を足場に、柄を握り立ってバランスを保つ。

 ホノカもAGIの高さを生かして、僕らと平行する速さで白兎を追跡。

 すると、レオナルドは『ソウルサーチ』を発動した。

 遠方にはプレイヤーも妖怪も含めた魂が、有象無象に蠢いている。


 漸く、大広間から脱出をした僕達を待ち受けていたのは、またもやアイドルファン連中の群衆。

 奴らはメリーの不気味な羊の毛から放たれる放電に苦戦している。

 正確には、電流に侵入するメリー本体に翻弄されていた。

 公衆電話越しから移動する原理と同じ。しかし、メインクエストでは披露しなかった攻撃パターン。

 

 メリーが武器として用いているのはレース付きの洒落た日傘だった。

 人間の体を日傘の先端から貫いて、傘を広げる事で人間の胴体を八つ裂きにする。

 女共も必死に魔法などで大量に増殖する羊を処理するが、増殖していくスピードに対処できず。完全に羊たちに押しつぶされそうだ。

 羊が発する電流に侵入し、攻撃をしかけてくるメリーに対し女共は苛立っていた。


「このキモ人形! メインクエの時と同じ、後ろにだけにいなさいよ!!」


 すると、羊たちが一斉に高圧電流を発生させた。まるで一種の雷撃。

 メリーの甲高い笑い声が響き渡った。


「バッカみたい! 妖怪は人間の恐怖だとかの負の感情エネルギーを吸収すれば強くなるのよ! キモイと思いほど私は強くなっちゃう訳! そんな事も知らないのぉ?」


 彼女らの生理的嫌悪をパワーに変換している……という設定なのだろう。

 しかし、あれはあまりにも僕達の手に負えない。

 メリーが奴らに注意を向けている間、僕とレオナルドは逆刃鎌でそこの上空を通過。地上から伸びる雷撃もレオナルドが巧に躱す。ホノカも拳闘士のスキル『大気蹴』で空中を駆けていく。


 足場のある道のりでは、他プレイヤーがリジーとボーデンに苦戦していた。

 通常通り、リジーは40回、ボーデンは41回攻撃しなければ無敵状態が解除されない仕様に加え。彼らが受けたダメージを、プレイヤーを鉈で攻撃すると同時にプレイヤーに移しているのが分かる。

 メインクエスト時は、こんな行動パターンはなく。

 ダメージを移すのは建物や物体にのみ限定されていたのだ。


「くそ! コイツら、イベント仕様でAIとかも強化されてるんじゃねーか!?」


「や、やべぇ!! 避けろ!」


 道のりにいるプレイヤーが焦り出したのと同時に、レオナルドも僕に呼び掛けた。

 

「ルイス! 鎌にしがみついててくれ!!」


 僕も向こうより迫り来る攻撃を目にし「あ、ああ」と遅れて返事をする。

 ロンロンの石橋からオルゴールの音色と共に金・銀製の大砲から石灰や泥といった援護射撃が放たれ。

 クックロビン隊の弓矢も、メインクエストよりも多い……どころではない。にわか雨のような勢いで大量に降り注いでくる。

 加えて、天井からブライド・スティンクの星レーザービーム。

 攻撃の猛襲を精密な動きですり抜けて来るバンダースナッチの増産兵器……


 一般プレイヤーすら諦めたくなる攻撃の嵐に、僕達は突っ込もうとしていた。

 僕らと同行していた兎たちも身を震わせながら『ソウルオペレーション』による浮遊移動やトランプなどのスキルで切り抜けようとする。

 ホノカも「マジかよ」と呟きAGIを急上昇させる『疾風迅雷』を発動。


「悪いけど、こっからは自力で避けな! ウチも手助けはできねぇ!!」


 僕は移動中にセットしおえた『薬品一式』をホノカに使用し、礼を伝えた。


「ありがとうございました! MP回復とAGI上昇の薬品です!! つまらないものですが、どうぞ!」


 ホノカが僕らに別れを告げたのかは分からない。

 敵の攻撃音のせいで聞き取れなかった。僕はレオナルドを信じ、逆刃鎌の柄を掴み続けるだけ。脇を弓矢や砲撃、銃弾、泥やレーザービーム……

 目まぐるしいスピードで上下左右、あちこちから飛び交う。


 レオナルドと僕は、一回転したり急斜をつけたカーブ。

 急上昇から急降下まで。ジェットコースターを体感しているに近い状態だった。

 ホノカの姿もすっかり見えなくなって。周囲を飛んでいた兎たちも減っている。

 トムが僕らに見せてくれたトランプを操作するものから、水を操作する兎、体を小さくして攻撃を躱す兎など様々。

 しかし、限界もある。茶色の兎の装飾品から女性の絶望的な声が聞こえた。


『ま、間に合わな……ごめんなさい!』


 無論、彼女も兎をコントロールし攻撃を躱し、受け流してきたが、長くは続かないものだ。

 正面から攻撃を受けた兎は、甲高い絶叫と共に一体化していた大鎌ごと消滅。

 やはり、体の小さな動物だ。体力や耐久度は無い。

 機敏な動きと回避能力で生き延びる型なんだろう。


 これを目にしたレオナルドも息を飲んだ。

 僕らを先導する白兎は、危うい動きをしている。

 白兎の主・トムも新入りだからと名乗っていた。こんな猛攻を切り抜けられる保証はない。


 案の定、トランプで防ぎきれなかった攻撃が白兎に衝突しそうになる。

 レオナルドが咄嗟にジョブ武器の『死霊の鎌』をソウルオペレーションで浮遊操作。

 『死霊の鎌』を高速回転することで白兎に迫った弾丸などを防ぐ。

 だが、瞬く間に『死霊の鎌』の耐久度がなくなり、一時的にだが消滅・レオナルドの手持ちからも消えた。


 これにはトムも声を上げてしまう。


『ぶ、武器が! 僕達のことは気にしないで下さい!! この子も覚悟して、ここに来てますから!』


 レオナルドに庇われても、白兎は真っ直ぐ前進しながら攻撃をどうにか躱したり、受け流したりする。

 まあ、そうだろう。

 妖怪相手の潜入捜査は危険が付き物。

 従える動物たちも決意を胸に、ここへ来たに違いない。

 レオナルドは素直に言う。


「ここまで来れた礼みたいなもんだよ。兎がいなかったら、詰んでたところが幾つかあったもんな」


 最初の部屋やジャバウォック相手の場面。

 他にも、兎に道中案内されていなかったら、何かあったかもしれない。

 レオナルドの言葉に返事したらしく、白兎が「う~」と体から音を鳴らした。


 遠距離攻撃の嵐を切り抜けた先。

 そこでは、イベント内で出くわした『マングル』と『ホワイト・レディ』が道のりや水面を、それぞれ深紅のバイクと荷車で疾走。

 彼女……じゃなかった。彼らを追跡し攻撃しかけているのはラザールだった。


 ラザールは、星座のように魔力の線で繋ぎ合わせたブースト用の魔石を箒に繋ぎ合わせ、魔力の線を介して魔石の位置を自在に変える事で、カーブを描きながら方向転換を実現させていた。

 流石、奴がブースト用で温存していた魔石。

 吹き飛ばされそうな風圧が、遠方にいる僕らにも襲い掛かる。


 すると、マングルはバイクの一部を変形させる。

 そこから砲弾・マシンガンが出現、バイクの運転機能を保ったまま。距離を詰めて来たラザールに攻撃しかける。

 思わぬ攻撃に、ラザールは緊急回避を行ったため。再びマングルとの距離が開いて、代わりにホワイト・レディが地面に生えた腕たちによって荷車ごと遠心力つけて、投げ飛んだ。


 ラザールだけではなく、魔法使い系の箒は、速度が出るがコントロールに安定感はない。

 対して、墓守系の逆刃鎌は安定感がある代わりに、速度は出ない。一応の差別化が出来ている。

 レオナルドは、ラザールが二人の妖怪に苦戦しているのを気にかけている。

 僕は彼に告げた。


「レオナルド。僕達でオーエンを攻撃しないと駄目だ。今、他のプレイヤーが妖怪達を足止めしている。イベント用に強化された妖怪達について行けるプレイヤーも、ほんの一握りだ。時間稼ぎも長続きしない。今は行くしかないんだよ」


 だが、彼の視線はラザールではなく、遠方から迫る白き影。

 真っ白なロングウェーブに、灰色のレギンスと長袖の白シャツという、シンプル過ぎるが故に際立った風貌の女性。

 そう、カサブランカだ。


 カサブランカが、複数の糸を一気に放出するとマングルのバイクに攻撃を仕掛けた。


 「邪魔するんじゃねえ!」とラザールの怒声が響き渡るが。

 カサブランカに意識を奪われたせいで、ホワイト・レディの荷車から生えた腕足による跳躍攻撃を回避できず、無様に荷車もろとも水面に叩き落される。

 一方のカサブランカは、糸で捉えたバイクを、あえて自分の方に引き寄せ、バイクに乗るマングルを攻撃しようと鋭利な刃のあるルレットを手元に出現。

 ルレットの歯車をチェインソーの如く回転させながら、彼女は言う。


「早い者勝ちですよ、こういうのは」


 誰かに先を越されないよう、自分から積極的に殺す。

 マングルを追撃するカサブランカの動向が見えたのを確認し、レオナルドは逆刃鎌の速度を上げた。


 マングルは芯のある男声で舌打ちすると、バイクをバラバラに分裂させ、カサブランカの拘束から逃れる。

 分裂したバイクのパーツにも銃口が幾つも備わっていて、マシンガンほどの弾数ではないが、カサブランカを撃つ。


 僕とレオナルド、白兎に追いつく勢いでカサブランカとマングルは攻防で移動してきた。

 常に僕らの足元で奴らは戦闘を繰り広げる。

 僕は思わず、大声でトムに尋ねた。


「すみません! もう少し、兎の速度は上げられませんか!? 兎に『ソウルターゲット』は使えないですか!!?」


 予想外の僕の提案に、トムも戸惑っていた。


『え、ええ!? 速度はこれが全力で……そ、ソウルターゲットですか!!?』


「無理ならいいです!」


 上手くマングルの銃弾を躱しているから、問題はないが…… 

 僕らの足元では、不思議なことにカサブランカは呆れた表情で細かい糸の塊を、銃口のあるパーツに投げ入れた。


「駄目ですね。簡単に止められますよ。バンダースナッチと同じ作りでしょう?」


「な、何!?」


 マングルが驚愕したのは、糸が絡まった事で機械に火花が散っている光景。

 先程、連射していたマシンガンも、糸の絡まりで上手く回転せず、妙な効果音を立てていた。

 しかも、パーツそれぞれに糸が絡まって、再び元のバイクの形状に戻れない様子。


 カサブランカが問答無用にマングルへ二つの刃に分けた大鋏を振りかざすべく、バイクの残骸から地面に転がり墜ちたマングルへ接近。

 ホワイト・レディは、ラザールに衝突した反動で、直ぐに荷車を動かせないようだ。

 万事休すの状況。

 凄まじい風圧が僕らとカサブランカ達を襲う。


 発光の一筋を靡いて現れたのは、バンダースナッチだった。

 マングルとカサブランカを割って入る形で襲撃するバンダースナッチ。

 彼の登場に、カサブランカは満更でもない表情で温存していたボビンやボタンを取り出し、宙に浮かせ、怒涛の連続攻撃を開始。


 カサブランカは、バンダースナッチ相手に余裕で対応しているようだが、最早、僕達の視点では動きが捉えられない。

 白兎を通してトムも震え声で『バンダースナッチだ……』と呟いていた。

 バンダースナッチの性格から考えるに、あれはマングルを助けに入ったのだろう。


 上手い具合にカサブランカがヘイト稼ぎしてくれたこともあり、バンダースナッチの増産兵器もカサブランカの方へ自然と移動を開始している。

 あとは、ロンロンの遠距離攻撃だけ……と思いきや。

 向かい側に空間の裂け目が現れ、そこから頭出したクックロビン隊による絶叫が響き渡った。


 『ああ、不味い!』とトムが悲鳴をあげる。レオナルドが急加速し白兎に接近し、キャッチ。

 クックロビン隊の絶叫で白兎が気絶した。

 トムとの魂のリンクが途切れ、彼の声は聞こえなくなる。

 ふと、気づけばレオナルドが『ソウルシールド』を展開している。僕も気絶の異常状態から逃れていた訳だ。


 レオナルドは片腕で白兎を抱え、片腕で大鎌の柄を握る。

 このままではレオナルドの負担が大きい。

 僕も白兎の状態異常回復が出来るか試みたが、選択肢に白兎は表示されなかった。

 幸いな事にクックロビン隊は僕らに遠距離攻撃はせず、すぐさま頭を引っ込める。


 こまめにレオナルドのMPを回復するのを、僕は忘れなかった。

 彼の薬品によるステータス強化が切れるのを見越し、タイミングよくレオナルドのSTRとVIT強化の薬品を使用。

 ここまで来ると、いよいよ奴らが見えて来る。

 僕らを差し置いて先陣きったアイドル連中。派手なカラーリングだから遠目でも分かる。赤髪はリーダーの心、金髪は竜司、深緑は翔太。


 どうやら、結構な満身創痍状態。明らかな疲労が伺える。

 僕らが奴らに追いついた要因は、やはりあの遠距離攻撃の猛襲。

 あれを無傷で切り抜けられたのは、流石の運動神経と評価したいが、回避に手一杯でオーエンが待ち受ける最深部になかなか到達できなかったようだ。

 奴らの会話も聞こえて来る。リーダーの心と思しき少年の声だ。


「機械人間が向こうへ行った! チャンスは今しかない!!」


 次に聞こえた不機嫌そうな声色は、恐らく翔太だ。


「おい、だったら俺がやる。テメェらは戦闘得意じゃねーだろ」


「無断行動していて、なんだその態度は!? それに最後を決めるのはリーダーの僕、最悪でも竜司だ! お前は出しゃばるポジションじゃないとマネージャーにも注意されているだろう!!」


「バックでチマチマやってろってか!? 俺はテメェと違って金がいるんだよ!」


 馬鹿らしい。こんな時に仲間割れ。

 しかも、自分たちがボスを倒す前提の話……オーエンを前にしてから口論して欲しいものだ。

 段々と僕らとアイドル連中の距離が無くなろうとした矢先。

 レオナルドが「なんだあれ」と俄かに信じ難い反応で、後方を確認していた。


 僕も柄をしっかり握ったまま、振り返る。

 背後から、自棄に素早い動きをする。泥や石灰による悪趣味な生命体らしい塊が、じわじわと近づこうとしていた。

 金以外にも鉄や銀の人型が、各々の武器を手に唄をブツブツ唱えながら接近。


『金と銀で建てよう』

                  『鉄と木で建てよう』


        『銀と鉄で建てよう』

                              『泥と石灰で建てよう』


 あれはロンロンの呪いを受け、奴の支配下に置かれた人間……プレイヤー達か!

 面倒な。

 所持する武器の形状や、個体別で速度に変化もあることから、ステータスはプレイヤー基準になっている。これでは一種のバトルロイヤル状態だ。

 スライムのような液状の塊と化したプレイヤー達は、ステータスの低い連中を固め合わせたものだろう。


「ルイス! ヤベェ!! 絶対に離すな!」


 突如、レオナルドが大声を上げた瞬間。

 いつの間にか、ぽっかり開いていた空間の壁にある。そこから黄金色の瞳が覗き込んでいる。

 まさか。ブライド・スティンク――!!!


 僕が大鎌の柄を握りしめると共に。重力の方向が狂う。

 空間そのものが傾き出し、僕らは前のめりになった。

 僕らの背後にあった水面の水が傾れ込む。

 そう、背後でぐずっていたスライム状のプレイヤーの塊も、重力に従って、僕らがいる方向へ落ちていく。


 レオナルドは余裕で僕と共に、プレイヤーの塊を回避。

 だが、僕らの前方にいたアイドル連中は違う。急な重力方向の変化に戸惑っていて、プレイヤーの塊にぶつかりそうになる。

 翔太は『ソウルターゲット』を駆使して切り抜け。

 心が出遅れたのを察し、竜司が『ソウルターゲット』を思い切り、心を押し出す。

 プレイヤーの塊に竜司が押しつぶされる形で衝突した。


 他にもメリーの羊やリジー・ボーデン、他にも複数あったプレイヤーの塊が僕らに向かって降り注ぐ。

 まだ、無事に切り抜けていたプレイヤーたちが色々と叫びながら、僕らの脇を通り過ぎる。

 ブライド・スティンクは攻撃を止めず。

 様々な方向へ空間を傾ける。


 プレイヤーの塊はピンボールの玉のように、ゴロゴロと僕らの脇を通り抜ける。

 これを回避しているレオナルドは、メリーの羊や生存するプレイヤーをも回避し、どうにかオーエンがいる最深部へ進もうと前進。

 すれ違うプレイヤー達が、現状に対し叫んだ。


「クリアさせる気あんのか!? このクソイベェ!!!」


 僕らの後方から轟音が響き渡った。

 喧しく奏でていたロンロンの石橋オルゴールが崩壊。僕らの方向へ落下してくる。

 運がいい事に空間が左に傾いた事で石橋もそちらに引っ張られ、僕達は事なきを得る。


 ブライド・スティンクの攻撃は収まった。

 後方の水面に留まった石橋オルゴールは再び不協和音を響かせ、新たな呪いを帯びた産物を産み出そうとしている。

 他にも、ロンロンの呪いに感染したプレイヤーたち、もしくは呪いで固められたプレイヤーの塊が更に肥大化した産物の姿形が見えた。


 それを打ち消す救世主は、突如降臨する。

 長い黒髪を靡かせるムサシだ。

 あの猛襲を切り抜けた彼が、ロンロンの呪いの産物に接近してからカタナを引き抜き、告げた。


「『無季―――三千世界・昇華』」


 すると、瞬く間にプレイヤーの塊から石橋オルゴールまで、ムサシを中心とした一定の範囲内にある異物が白の粒子化。

 呪いを受けたプレイヤー達も、ムサシの刃で刻まれる部分から粒子化。

 本来、ロンロンの呪いを受けたプレイヤーに接触すれば、呪いは伝染する。

 武器で受けたとしてもだ。

 どうやら無季特有のスキルなのは分かるが……待てよ? 僕は自然と口にした。


「『』……? 妖怪の能力は『季節』の――いや、違う。それなら幾つか矛盾がある……」


 憶測に過ぎない話はいい。

 今は、オーエンの討伐を目指さなければ――。

 ムサシは瞬く間にロンロンの遺物を処理してしまうと、段々上空の僕らと距離を詰めた。

 前方を確認すると、忌まわしいアイドルが二人。生き残った心と翔太の姿がある。


 そこで気絶状態だった白兎が覚醒。

 レオナルドの腕で蠢き、鼻をヒクつかせ、お礼を告げるようにレオナルドの顔を舐めようとしていた。

 困り半分ながら「んだよぉ」と満更でもない態度で、レオナルドが言う。

 白兎からトムの声が聞こえた。


『す、すみません! 助けて貰って……僕の方から兎に「ソウルシールド」を付与します!! あと』


 話の途中でレオナルドは、彼が乗る青薔薇の逆刃鎌を180度近く傾け、何かを回避。

 僕は間近だったから何かの正体を知っている。

 だ。僕らの背後から怒声が聞こえた。


「レオナルドォオォォォッ!!」


 僕は思わず振り返る。あれは弓兵のジョブ2『騎射』の馬。

 それに騎乗している少年は弓矢を構えている。

 すると、僕の逆刃鎌が傾き出す。レオナルドが真剣な表情で告げた。


「ルイス! 頭を鞄でガードしろ! あいつ、本気で当てて来るから!!」


 レオナルドが注意を呼び掛けた通り、騎乗状態で体が揺れる状態ながら少年は的確に僕やレオナルドを狙う。

 そういえば……

 以前、サクラを助けた際に、どこかのギルドと鉢合わせたとレオナルドが告白した。

 件のギルドの一員に、腕のいい『騎射』がいると。


 アレが例の『騎射』。わざわざ、レオナルドに借りを返す為にイベント参加したのか。厄介な。

 だから、不用意に敵を増やすなと忠告したのに。

 状況を理解できないトムが話しかけた。


『う、兎を離してください! 僕の方で兎を操作するので!!』


 集中しているレオナルドの代わりに、僕が答える。


「今、敵の集中攻撃を受けています! オーエンに近づくまで兎に『ソウルシールド』を付与しているだけにしててください!!」


『え、ええっ!?』


 トムが動揺している最中、再びレオナルドが僕に注意をかける。


「やっぱり来た。ルイス! 気を付けろ!!」


 今度はなんだ。前方に注目すると薄っすら細かい光が漂っている。

 最初、僕は何か分からなかった。

 レオナルドが「フード被って口元塞げ」と短く言う。彼もまた、イベント中で初めてフードを被る。

 段々と細かい光に近づくと、それがエフェクト的なものではなく。『ソウルサーチ』で感知した細かい魂の光だと理解した。


 意図的にレオナルドは、極小の魂の海を避ける為に逆刃鎌を操作する。

 一方で、僕らの前方を陣取っていた心と翔太も、協力型の為、レオナルドの『ソウルサーチ』の影響下にある。

 前方のアレが危険だと察知し、奴らも回避行動を取った。

 ふんわり漂っている極小の魂の海は、何故か心と翔太の後を追跡し始める。

 奴らが一番に近づいたのが理由だろう。


 極小の魂の海に後方まで下がるしかない奴らに対しレオナルドは、一か八か大声で呼び掛ける。


「魔法使い系の奴に倒して貰わないと駄目だぞ!!!」


 聞こえているか定かではない。

 流石に、墓守系の自分たちには対処できないとは悟っているようで、無理に攻撃を仕掛けなかった。

 心はレオナルドに矢を射る『騎射』にヘイトを擦り付けるべく、移動を開始。

 それだったら構わない。僕はレオナルドと自分に身体強化の薬品を使用。レオナルドにはMP回復も怠らない。


 レオナルドも『騎射』の少年による射撃が中断したのを見計らい。

 抱えていた白兎を解放。トムに「もう大丈夫だ」と言う。

 しかし……あれは、ひょっとして。僕が念の為、レオナルドに確認しようとしたところで。


「ルイス~」


 聞き覚えないの声で僕の名前が呼ばれた。

 周囲を見回すと、小さな魂の粒が突如巨大化――いや、人間の子供ほどに変化。

 真っ白な貴族服を着る、薄水色髪の少年・ジャバウォックだ。

 やはり、あれはジャバウォックの一部だ。

 妖怪図鑑の説明通り、ああやって体を小さくさせ、人間の体内に潜り込む……なかなかエグい仕様だ。


「ルイス~~」


 ……にしても、ふよふよ漂って僕らの周囲を飛ぶのはなんなんだ。

 攻撃を……してないだろう。これは。

 僕とレオナルドも困惑する中、トムがジャバウォックの姿に悲鳴を上げていた。


『ち、「血塗れジャバウォック」……!? は、早く逃げて下さい! でないと―――』


 物騒な異名が聞こえたが、レオナルドが冷静に言う。


「いいや、攻撃して来ないって」


「びゅ~ん」


 ジャバウォックは独特な効果音を口で鳴らし、白兎の周りを巡回し始めた。

 トムが自棄に早口で喋りまくる。


『そ、その、座敷童子は基本攻撃的ではありませんが、ジャバウォックは違います! 野生の妖怪と異なり自我があります!! 攻撃的になった事例があるんです!』


「知ってるよ」


「ぶぅ~ん」


 呑気に飛行しているジャバウォックを見守りながら、レオナルドはオーエンと思しき姿を捉えていた。

 ああ、やっぱり。

 薄々勘付いていたが、そうなのか。僕は胸中に留めていた考察を明かした。


「僕達に攻撃をしていなかったのか……」


 トムは『え!?』と驚愕の反応をする。

 普通はありえない。

 だが、運営のシステムミスと判断すれば大体の合点がつく。


「最初のメリーとリジー、ボーデンは僕らの存在に気づかなかったと思っていたよ。妙に感じたのはクックロビン隊の辺りだ。あれほど至近距離にいたのに、僕らを攻撃しなかった。さっきの、スティンクの攻撃も。プレイヤーの集合体を僕らにぶつけないようにしてたようだった」


 一つ疑問があるとすれば……僕はレオナルドに尋ねた。


「レオナルド。あの遠距離攻撃はどう思う?」


 すると、レオナルドは申し訳なさそうに「ごめん」と謝罪から入る。


「コイツが心配だったから、付いて行ってただけなんだ。俺達に攻撃を当てないようにしてたかは、ちょっと分からない」


 コイツ。即ち、白兎だ。

 あの猛襲をNPCの操作が対応できるか不安に思ったから。

 逆に、僕としては合点がいった。笑いを溢して僕が返事をした。


「そんな事だろうと思った。多分、運営がAIの記憶処理をしなかったせいだろうね」


『い、一体どういうことなんです……?』


 困惑しているトムに対し、レオナルドは素直に答えた。


「俺達は皆と友達になったんだ」

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