第33話


 それからはレオナルドが白兎を先導させつつ、彼自身も先頭に位置取ることとなった。

 道中、ラザールは納得してないようで。

 カサブランカの件で、レオナルドに責めていた。


「てことはお前、あの女が俺に攻撃すんの分かってたのかよ!」


「そうだけど、ラザールに攻撃が当たりそうなら俺が鎌で羊を防いでたから」


「はぁあぁああ? んな事できんのかぁ??!」


「出来るって。だからカサブランカの邪魔はしなかったんだ」


 竜司は呑気に「凄いな」と関心して、ラザールを宥めているが、ホノカとカサブランカは違った。

 ホノカもレオナルドの実力が分かっている筈。

 なのに、不穏な様子で彼を眺めていた。カサブランカのMPKを見逃そうとしたのを快く思っていないのか。


 カサブランカは指を口元に当て続け、妙な形相でレオナルドに視線を注いでいる。

 周囲の警戒とラザールたちの対応に追われ、レオナルドは彼女に反応出来ないようだった。

 発言や動向から、カサブランカは自身の行動をレオナルドに読まれていた。

 彼に改めて関心を抱き始めているのは、僕の立場としては勘弁して欲しいところ。


 ムサシが沈黙を保っていると。

 小川を抜け、再び鏡の世界を再現したかのような森の奥から、子供の歌声が聞こえた。

 多分、男子のものだと分かる。

 僕らが白兎に付いて行き、到着した場所は横に延々と長く続く塀。


 厳重な作りで簡単に崩されない塀の強固さは、破壊不可を風貌で体現され。

 塀の上にある支離滅裂に編み込まれた鉄線が、乗り越えられない雰囲気を漂わす。

 そんな塀の一部だけ、ご丁寧に少し崩れ、登れる形になっていた。

 塀の上では一人の少年が腰かけ、足を揺らしながら歌をうたう。


 僕らは薄水色髪と黄金色の瞳を持つ、真っ白な貴族服の少年に見覚えしかない。

 レオナルドは声ですぐに分かったのだろう。

 迷いなく、少年の名を呼ぶ。


「ジャバウォック!」


 名を呼ばれた少年――ジャバウォックは歌うのを中断。僕らの方へ振り返る。

 マザーグース関連のイベントとは言え、こういう形で戦う事になるとは。

 だが……

 僕たちはある意味、幸運だ。ジャバウォックのキャラをある程度、把握している。


 ジャバウォックを妖怪の一種と判断したうえで、竜司は気まずそうに訴えた。


「あれも妖怪なのか? 流石に子供と戦うのは……」


 アイドルとしての心象が悪くなるよりか、竜司本人の良心が抵抗感を覚えているんだろう。

 僕は「大丈夫です」と彼に告げ。レオナルドに白兎を差して言う。


「白兎を使おう」


「ああ、そうだよな」


 ジャバウォックは兎が好きだ。

 僕らがやったレシピイベントを経験してなくとも、ここまで無事に兎を連れて来ればジャバウォックが反応を示す。そんな形式だ。

 レオナルドが兎に手を差し伸べると、すっかり懐いた白兎は自ら進んで、彼の手に収まる。

 楽に事を済ませようとした矢先、カサブランカが割り込んできた。


「アレは強いんですか」


 ジョブ武器の大鋏を取り出す奴の臨戦態勢を、ジャバウォックはマジマジと観察していた。

 僕は咳払いして答える。


「体を変化させる能力を持っています。性格も貴方と違って好戦的ではありません」


 半ば皮肉込めて伝えたものを、カサブランカはどう受け止めているのか。

 カサブランカの視線と、ジャバウォックの眼光は双方睨み合っている風に感じる。

 そこに、レオナルドがフォローの言葉を付け加えた。


「体小さくして、人間の腹の中入ってぶち破るとかやるらしいぜ。図鑑の情報だけどさ」


 なんでここで嘘をつかないんだ。

 いや、付かなくていいのか? 混乱する僕を差し置いて、ラザールは「ヤベー奴じゃねえか!」と突っ込んでいる。ホノカも驚き混じりに聞き返す。


「あれ、座敷童子じゃねえのかよ!?」


 レオナルドも目を丸くさせて「座敷童子だけど」と告げ、困惑気味に話を続ける。


「ホノカは妖怪図鑑みてなかったんだな」


「ウチとマーティンの図鑑は更新されてねー。イベント条件満たしてるお前とルイスだけが、アイツの情報手に入るんだよ」


「ああ、そうなんだ」


 竜司も話を聞いて不安になったのか「本当に大丈夫か?」と僕に尋ねた。

 僕は落ち着いて「危害を食わなければ平気ですよ」と答える。

 今まで、そういう傾向だった。

 野次馬たちを恐怖させた時も、連中が攻撃的だったのが要因。害をなさない相手には何もしない。


 カサブランカは納得したよりかは、張り詰めた空気から退屈な態度に変化させた。


「ああ、やっぱり春の妖怪はそういう傾向ですか。特殊系統、純粋な真っ向勝負をしないだろうとは『オーエン』で薄々感じていましたが」


 確かに……

 奴の指摘通り、春エリアはバンダースナッチ以外は妖怪ごとの特殊能力に苦戦させられる。

 戦闘狂のカサブランカからすれば、面倒でまどろっこしい相手なんだろう。


 改めて、レオナルドが白兎を抱えてジャバウォックに見せると。

 ジャバウォックは無垢な表情でハッと息を飲む。

 ひょいっと効果音が聞こえそうな降り方。無事に着地をして謎の圧を放ちながらレオナルド、が抱える兎に向かう。


「うさうさ!」


「ほら、撫でるか?」


 レオナルドが兎の小さな頭を指で撫でてやる。

 ジャバウォックは黄金色の瞳でじろじろ白兎を観察しているが、撫でる動作ではない動作をするものだから、兎も「ぶっ!」と音を鳴らす。

 ジャバウォックは「わっ」と一旦、手を引っ込めて無垢な瞳で鼻を小刻みにヒクヒクさせる兎と睨み合う。

 竜司も気づいて「持ってみたいんじゃないか?」とレオナルドに言う。


 多分、レオナルドのように抱きかかえてみたいんだろうが。

 それもそれで、白兎をどこかに持っていかれる可能性が高い。否、確実そうなる。

 レオナルドもジャバウォックの動向から、意図を探っているようだが、恐らくイベントの形式上、ジャバウォックに兎を持っていかれる展開は避けられない。


 すると、ジャバウォックは無垢な表情で訴えるのが常だったが、珍しく喋った。


「レオナルドだけ持ってて、ずるい」


「……ん!?」


 これにはレオナルドも驚いている。

 イベント用の個体と、特別訪問する個体は全くの別種かと思ったが同じだったのか?

 少なくとも、この場に来てから誰もレオナルドの名前を挙げていない。


 レオナルドは意を決して、ジャバウォックに尋ねる。


「持ち方、わかるか? こうするんだ」


 簡潔に持ち方を教えたレオナルドは、白兎をジャバウォックに託す。

 「おお~」とジャバウォックは本物の生きた兎に感動している様子で、両腕で白兎を持って満足気だった。


 ………………………………。


 何も、起きない?

 ジャバウォックが兎を持ち出す素振りもなければ、立ち去る気配もない。

 僕らが全員困惑する中、ムサシは無言で塀を越えてしまっていた。

 ラザールも躊躇して「行っていいのか?」と僕らに聞く。ホノカが提案する。


「試しに行ってみるしかねーだろ」


 レオナルドも同意して「そうだな」と呟き、念の為、ジャバウォックに尋ねた。


「一緒に行くか?」


「あっちで、マングルが駄々こねてるんだ」


 唐突に喋るジャバウォックは、塀の先を顎で示していた。

 マングルという妖怪は初出の存在だが、どうやらジャバウォックを煩わせるものらしい。

 レオナルドが「わかった」と納得してから、カサブランカに頼む。


「カサブランカ。その、ジャバウォックなんだけど――」


「ああ、はい」


 レオナルドが説明する前に、彼の心を読んだようにカサブランカは、ジャバウォックを白兎をごと太い紐で巻きつけ、それを塀の向こう側へ移動した。

 僕らもそれに続いて、全員が塀を無事に越えていき。

 紐が解かれたジャバウォックは、兎を抱えたまま、先走り出した。

 ラザールが「駄目じゃねーか!」と早とちりするところ。僕は冷静に指摘する。


「見てください。ちゃんと僕達を待ってくれてますよ」


 ジャバウォックは兎を撫でるついでに、僕らの方に振り返っている様子が遠目で分かった。 

 最悪、レオナルドや竜司の『ソウルサーチ』で捕捉する手もある。

 取り合えずのところ、ジャバウォックは問題ない筈だ。


 僕らがジャバウォックに案内されて、次の場所へ向かう途中。

 またもやパーティ再結成のアナウンスが流れた。

 しかし、僕らのパーティに追加はなかった。

 恐らくだが、兎を失ったり、人数が減り過ぎたパーティが出るには出るが、少ない割合だろう。


 下手にこれ以上人数が増えたら、レオナルドがまとめ切れるか怪しいギリギリかつ丁度いい現状。

 ただでさえ、ムサシやカサブランカ、ラザールといった癖の強いメンバーばかりだ。

 奇跡的にまとまっているだけ、十分過ぎる。


 そんな僕らの前に立ちはだかるのは、格闘場。

 白兎を抱えながらジャバウォックが立ち止まったのは、闘技場入り口にある看板。

 ライオンとユニコーンが争う絵が描かれていた。

 これはマザーグースの一つ『ライオンとユニコーン』の唄を引用した『鏡の国のアリス』に準えている。


 そして、入る前から闘技場で待ち構える巨体のライオンとユニコーンの姿が。

 並の妖怪どころか。

 マルチエリアの最深部にいるレイドボスよりも巨体過ぎるあまり、ホノカも「でけぇな、ありゃ」と驚きを漏らしている。


 獣たちの奥が七色の光沢のバリアで塞がれている。

 あの二体を倒さなければ、先に進めない仕様なんだろう。

 僕を観察し、察したのかレオナルドが尋ねた。


「ルイス。どうすればいい? 『鏡の国』だっけ? そっちの話は詳しくねーんだ」


「ああ。上手く誘導して、ライオンとユニコーン同士争わせるんだ。元ネタを知らなくても、この絵で大体勘付けるよう工夫されているね」


 僕がそう語って、看板に触れると、その傍らにいたジャバウォックがじいっと僕を見上げる。

 竜司は包み隠さず、正直に申し出た。


「誘導……とはどうすればいい? 俺の攻撃でも出来るなら、やってみるが」


 すると、ホノカは即座に言う。


「駄目だ。慣れてねぇなら、無理にするんじゃねぇ」


「そうか、すまない。俺はルイスと共にジャバウォックを見張っていればいいだろうか」


 僕は視線を向けて来るジャバウォックを眺め「そうですね」と同意しておく。

 サポートに回る僕や竜司を除いて。

 レオナルドとラザール、ホノカとムサシ、最後にカサブランカで二体を倒すべく誘導を行う。

 一つ、レオナルドは確認した。


「ラザール。魔石の残りは大丈夫か?」


「ん? ……あー、やべぇ。残ってるっちゃ残ってるけどよぉ、こいつはラストスパート用の魔石だから使いたくねえ」


 雑魚妖怪をラザールが片付けてくれたはいいものの。

 さっきの『ホワイト・レディ』相手で使った魔石を除外しても、かなり消費していたのは僕も感じていた。

 あの巨体を動かすには拳闘士のホノカの力が必須。魔法で動かすのが厳しいくらいなのが、幸いだった。

 彼女も役割を理解して、切り出す。


「じゃあ、ラザールはいい。レオナルドが『挑発香水』使ってヘイト役。ウチとムサシ……それとカサブランカ。さっきみたいなの余裕で出来んだろ?」


 皮肉込めた言葉と共に、ホノカはカサブランカを睨む。

 当のカサブランカは悠長にメニュー画面を開き、手持ちを確認している。

 彼女は、僕らに視線を合わせず告げた。



 と、カサブランカは先程とは異なる七色の光沢を持つ大鋏に装備を変更。

 あの感じ……『季節石』を使ったオリジナル武器だ。

 本気でやるつもりなんだろう。

 取りあえず、殺す前提で。倒せない仕様だったら止める。そんなところか。

 カサブランカは、不自然な主張をしていないかのような振る舞いを見せつけて来た。


「そこの彼が仰っているのは、楽に倒せる方法です。普通に殺せないかは、まだ分かりませんよ」


 我慢していたホノカも、傍若無人なカサブランカに吠える。


「あのなぁ! 少しは周りに合わせろ!!」


 ムサシは分かり切っていたかのように、さっさと闘技場に足を踏み入れていた。

 レオナルドも、カサブランカが平坦な足取りで進むのを見守る。

 彼らが入った事で、待機していたライオンとユニコーンは起動する。


 僕もパーティ全員に身体強化の薬品を使用してから、レオナルドに『挑発香水』を使用。

 ユニコーンが額の角でレオナルドに突進してくる。

 『ソウルオペレーション』で浮遊操作する逆刃鎌に乗ったレオナルドは、余裕で回避。


 しかし、ユニコーンが闘技場の観客席に突っ込むと派手に破壊され、まだ闘技場内に入っていない僕達に建物の破片が降り注ぐ。これは予想外だった。

 僕はジャバウォック(と白兎)を思い切り抱え、駆けだしていた。


 上手い具合に、竜司も逆刃鎌の浮遊移動で僕らについて行きながら、回避。

 ラザールが僕らより先へ箒で駆け抜け、即席の魔法で降り注ぐ破片を対処してくれる。


 ライオンは吠え声を衝撃波にする攻撃を放つ。

 衝撃波攻撃は、ユニコーンと同じく全体に影響を及ぼす。壁を貫通し、僕達に襲い掛かる。

 僕は『火炎瓶』で貫通する衝撃波を相殺。


 途端。

 ユニコーンが派手に飛び上がった。正確には誰かに吹き飛ばされた。

 その犯人は直ぐに判明する。

 ユニコーンを追って、白い何かが地面から真っ直ぐ跳躍する。鳥のような自在な方向転換は、実に機敏。

 白きものから、無数の透き通った糸が伸び、瞬く間にユニコーンを拘束。


 遠目だから詳細ではないが……あれはカサブランカ?

 勢いよく拘束されたユニコーンは、糸を手繰り寄せられて背負い投げされるような形で地面に叩きつけらた。

 下では、ライオンの吠え声が響く。

 かと思えば、凄まじい斬撃が飛び交う。ムサシの攻撃なのだろうが、やはり闘技場内に入らなければ状況は掴めない。

 レオナルドに至っては……無事なんだろうか。





 一方。

 実況生中継が行われている広場は、色々と騒ぎの波風が酷かった。

 アイドルファン達を動揺させた一番の要因は『クインテット・ローズ』の動向。


 翔太が勝手に先行してしまい。どうして勝手にとファンの中でも賛否あり、翔太のファンが複雑な心情の中。

 睦や直人の脱落は、ファンにとってはショッキングな光景で非難怒声が飛び交った。

 唯一、ブレがないというか。

 巡り巡って安定している竜司に関しても、レオナルド達と親しくしている様子や穏やかな表情で兎を撫でている姿は、ファンが抱くイメージと異なり過ぎ。

 一人逃げた心にも失望してしまったファンもいれば、参加してるメンバーは本物じゃないと暴論を述べるファンまで。


 そして、プレイヤー達の動向を見守っていた中田とキャサリンも神妙な様子だった。

 気まずい雰囲気でキャサリンが口を開く。


「い、いや~~それにしても、妖怪を使った……あれは何と言うんですかねぇ?」


 中田も唸って答える。


「MPKと呼ばれているものですね。まさか妖怪を利用してパーティメンバーを脱落させようとは……協力型のイベントは、逆効果でしたかね?」


「普通に協力型の方が、いいに決まってるじゃないですか! い、いい筈なんですけどね~?」


「えー、こちらの措置は絶賛検討中ということでして。実況に戻りましょうか。おおっと、またこれは」


 中田が思わず頭抱えてしまったのは、通常戦闘してしまうとレベル100クラスの強さに設定してある『ライオンとユニコーン』の二体が。

 カサブランカとムサシの猛攻で薙ぎ払われ、遊ばれてる映像がモニターに映し出された。

 啞然とするキャサリンを差し置いて、中田は苦笑いする。


「あのお二人はジョブ3獲得しているとは言え、うーん。普通に倒しにくい設定してあるはずなんですけどね?」


 運営側が渾身の強敵として用意した『ライオンとユニコーン』が、普通に倒され。

 レオナルド達が無事に次へ進む映像が流れる。

 キャサリンは慌てて実況に戻った。


「こ、この次は、例のチェス盤のところです! さあ、どうクリアするのでしょうか!?」

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