第32話


 僕らは『ハートの女王の庭』を通り抜け、グリフォンとウミガメのボスを倒し終えると、『アリス』の物語最後のシーンになる裁判所に到着。

 内部は不思議に歪んだ証人台や傍聴席があり。

 人並みに大きいトランプ兵と、ハートの女王を形取った巨大な人形が座していた。


 ハートの女王が奥に続く扉の前を陣取っていて、あれを倒さなければ進めないのは明白。

 無数にトランプ兵が飛び交う中。

 トランプ兵が執拗に白兎を狙ってくるので、レオナルドがまず兎を確保。『ソウルオペレーション』による浮遊操作した逆刃鎌に足をかけ、片腕は柄を掴み、もう片方は兎を抱える。


 ハートの女王が持つ猟奇的な大鎌も、盛大にレオナルドを追い回す。

 どうやら、コイツらは白兎だけを狙っているらしい。

 レオナルドが回避に徹底すればいいが……僕はまずレオナルドにSTR強化の薬品を使用。


 僕の傍らでラザールが魔石を取り出し、ホノカやムサシも臨戦態勢を取るが。

 咄嗟に、僕は彼らを制した。


「すみません。ちょっと待ってもらえますか」


 ホノカが「なんだよ!?」と邪魔されたのに気分を害している。

 僕が再度、トランプ兵の動きを観察した。


 クローバーのトランプ兵だけが連携を取って長方形の壁を形成。

 ダイヤのトランプ兵は、横一列に隊列を組み進路妨害。

 スペードのトランプ兵は、どこにいようがレオナルドの周りを取り囲むように追跡し続け。

 最後にハートのトランプ兵は、ハートの女王の周囲に浮遊し。接近しようものなら手裏剣の如く体を回転させながら接近攻撃……


 パッと見、クローバーとハートのトランプ兵で違和感を覚える。

 ラザールも回避し続けるレオナルドを見かねたのか、苛立って僕に訴えた。


「俺が全部ぶっ飛ばせば終わるだろうが! 何、ビビってんだよ!!」


「いえ。トランプ兵が一種類ごとに一枚欠けているみたいなんです」


「欠けぇ?」


「はい。クローバーのトランプ兵が長方形に壁を作っていますが、妙ですよね。トランプは各種13枚のはず。一種類だけで長方形は形成できません。奇数ですから」


「ん……?」


「ハートのトランプ兵は、女王を除けばハートのAがありません」


 そう、不自然だ。

 念の為、欠けていると思しきカードがどこかに隠れてないか周囲を確認してもない。

 ラザールは顔をしかめ、ホノカも察して観察してくれる。

 レオナルドが、欠けているスペードのカードを教えてくれれば……


「クローバーは8」


 だが、真っ先に対応したのはムサシだった。奴は最初から分かっていたように、スラスラと喋る。


「ダイヤは6。スペードは10。もういいな。雑魚掃除をしろ」


 あまりの速さにホノカが「おい!?」と驚くしかない。

 彼女も反射神経は良い方だが、カードの柄を全て把握しきれなかったようだった。


 ラザールは鼻鳴らし、魔石を数個放り投げれば、魔石から魔力の線らしいものが伸びて魔石同士を空中で繋ぎとめる。まるで星座の形だ。

 形取った魔石が旋回しながら魔法を解放。花火に似たエフェクトをした火魔法の広範囲攻撃を展開。


 レオナルドは周囲を巡るトランプ兵の一部に割り込んで、薙ぎ払い、脱出。

 『ソウルターゲット』を活用し、ラザールの魔石攻撃の巻き込みを回避していた。

 トランプ兵が片付けられる中、魔石攻撃の合間を縫うようにすり抜けていく、気持ち悪い動きをするムサシ。

 ホノカも自棄になって、ムサシの後に続いた。


 ラザールの魔石攻撃を受けても倒れない、最後に残ったハートの女王にムサシとホノカの攻撃が入れば。女王は消滅。

 扉が開かれると同時に、イベント開始時に聞こえた女性的な機械音声のアナウンスが流れる。


『このエリアの敵は一定時間経過すると復活します。なるべくお早めに進んでください。繰り返します……』


 復活……やはりか。

 僕の考え通りなら、何等かの意味合いがあるトランプ兵の欠けた数字。暗号だろうと予想する。

 暗号のヒントとして復活する仕様な筈。


 案の定、僕らが扉を開けた先は最初の集合場所・川辺の土手。

 裁判所に通ずる扉は残されたまま。最悪、戻れる仕様になっている。

 そして……もう一つ、別の扉があった。扉にはトランプのマークと共に数字を合わせる装置が。


 白兎を抱えているレオナルドが「おお」と感心した。


「ルイス! やっぱりパスワードが必要だってさ」


「よし、入力しよう」


 ムサシが見切った数字だが……大丈夫だろう。僕は意を決して入力。

 カチリと音が鳴ると共に、扉が勝手に開かれる……が、中はこれまた暖炉がある西洋の一室となっていて。どうやらゴールではない。

 この内装……僕が念の為、目を通した『不思議の国のアリス』の続編にあたる『鏡の国のアリス』の世界じゃないだろうか。


 ラザールもそれを目にし「まだ続くのかよ!」疲れを露わにする。

 その時だった。

 突如、僕たち全員の動きが止まる。

 レオナルドも抱えていた白兎を落としてしまい。兎も驚いたように立ち上がり、鼻をヒクヒクしながら周囲を見渡す。


 喋ろうと思っても喋れない。

 イベントが発生するのかと思えば、再び機械音声のアナウンスが入った。


『イベントをお楽しみの皆様にお知らせします』


『現在、脱落者及び、兎の追跡に遅れたプレイヤーが多数発生しております』


『その為、パーティを再結成させていただきます』


『パーティ人数が既に12人のチームは、再結成から除外されます』


 ……また余計な真似を。完全に水差すようなものだ。

 ホノカやラザールとパーティ結成は想定外だが、まだ許容範囲内だった。

 だが、ここに他のプレイヤーが加入してくる。

 高確率でアイドルファン連中しかいない状況。最悪極まりない。どうしてこうも人の楽しみを邪魔するんだ……!


 アナウンスが終わり、身動きできるようになる僕ら。

 ムサシやレオナルドは何も言わないが、ホノカは不愉快そうな表情でぼやいた。


「ここに知らねー奴が来るって事かよ」


 ラザールも「調子狂うな」と不満を述べている。

 運営側は下手にプレイヤーが詰まないように工夫したつもりなんだろうが、完全に蛇足過ぎる。

 恐らく、ダンジョンが残り半分差し掛かったところ。誰が来ても場違い極まりない。


 悪寒は嫌でも的中するようで、僕らの元に現れた青年は。

 白を基調とした制服に、金髪の二枚目、よりにもよって敵対関係にある『クインテット・ローズ』の白崎竜司だった。





 僕が知っている――世間一般的な『白崎竜司』のイメージは、少女漫画に登場しそうな俺様系王子様キャラで、アイドルとしての立ち振る舞いもそれに似合ったもの。

 なのだが……

 僕らが白崎竜司に声かけようとしない中、真っ先にレオナルドが話しかけた。


「俺はレオナルド。えっと、こっちからルイスにホノカ、ラザールとムサシな」


 手短に僕たちの紹介までやってくれるレオナルド。

 すると、竜司は間の抜けた雰囲気で言う。


「俺は白崎竜司だ。そこの彼――ムサシは、噂に聞く凄腕のプレイヤーなのか?」


 興味ない様子のムサシの代わりに、レオナルドが頷く。


「ムサシは凄い強いぜ。ああでも、ホノカ達もみんな強いぞ。俺は大したことないけどな」


「ああ、そうなのか! すみません。実は俺の知り合いの睦が、貴方のファンで。彼と握手をして貰えませんか」


 キャラに似合わない対応に僕も驚きを隠せなかったが。

 対するムサシは変わらない仏頂面で「ここに睦とやらはいないのか」と返事をする。

 竜司は申し訳ない様子で「もう脱落してしまったんです」と告げた。

 最初、僕らを油断させようと似合わない態度を取っているのでは。

 そう警戒心はあったが……


 扉の先に広がっていた暖炉の部屋。

 そこに置かれている鏡を通り抜けて、僕らは鏡の世界に入っていく。

 道中、ラザールと竜司は、こんな会話を繰り広げる。


「実は、睦がジョブを変えたいと訴えているから、俺も変えようと思っている。盾で滑るのと箒で飛ぶのとは、どちらが早いんだ?」


「あぁ!? 箒に決まってんだろ、舐めてんのか! こちとら魔法で加速ブーストかけられるんだからよ!!」


「それを聞くと、魔法使いも良さそうだな」


「ハイスピードに浸りたきゃ絶対魔法使いにしとけ!」


 『鏡の国のアリス』に登場する『名無しの森』をモチーフにしたエリアでは、拾うアイテム全てが識別不明の状態になっている。

 ここでは頻繁に妖怪が湧いて出て来る為、戦闘をムサシ達に任せ、レオナルドが白兎を抱え保護する。

 鼻をヒクつかせ、レオナルドの腕の中で大人しくする白兎。

 竜司は、それに関心を抱いた。


「凄いな。俺も触ろうとしたんだが、無理だったんだ。撫でても大丈夫か? レオナルド」


「おう。平気だろ」


「動物に触れあうのは小学生以来だな。俺は飼育委員だったんだ」


「へ~……俺は飼育委員じゃなかったけど。飼育委員の奴が面倒くさくなったの、俺に押し付けて、俺がずっと世話してたぜ」


 平然と変な事を抜かすレオナルドを心配そうに見つめる竜司は、白兎を撫でている。

 なんだか、アホっぽい。

 初対面相手に抱く感想ではないが、本当に王子様キャラが崩壊した穏やかな人格だった。

 ギャップの格差に、妖怪を片付け終えたホノカも突っ込む。


「なんか、アイドルやってる時と違くねえか? お前」


 竜司は「ああ」と顔を上げて答えた。


「マネージャーから、ああいう演技をした方が人気が出ると指示されたからやっているだけだ。今回のような初対面の人と協力し合う状況だと、あの演技で上手く交流できる自信がないんだ」


 微笑んで弁解する竜司。この姿をファンが見たら、なんと反応するだろうか。

 僕らの反応に、竜司が申し訳なく謝罪した。


「俺があのキャラで対応するのを期待していたなら、すまなかった。だが、あれは俺のキャラを理解しているファン相手に許されるだけであって、初対面の相手にするべき態度ではないと思う。いや、これも俺の勝手な解釈に過ぎないが……」


 変にズレているのは、なんだか……レオナルドと似ているな、コイツ。

 要は、根は善人という事か。

 僕がフォローするように、竜司に告げた。


「いえ、こちらこそ気を遣って下さってありがとうございます。僕達も有名人相手に緊張してしまっていたんです」


「そうか……今は一緒のパーティを組んでいる仲間だ。遠慮はしなくて構わない」


 そこを抜けると、マザーグースの一つに当てはまる『トゥイードルダムとトゥイードルディー』の兄弟らしき二人が登場するのだが。

 白兎が立ち止まり、木々から飛び出してきたのは――


 奇抜な赤ドレスを着た赤の長髪を持つ女性。彼女はこれまた派手な赤で塗装されたバイクを立ち乗り。

 もう一人、全身が純白そのもの、白ドレスを着た白のショートボブヘアの女性。彼女は荷車に腰かけているが、荷車は地面から突如生えた腕で運ばれていた。


 赤と白。

 『鏡の国のアリス』に登場する二人の女王をモチーフにしたと思しき存在は、各々の乗り物に騎乗し、僕らの前を駆けて行った。

 彼女らは攻撃せず、向かい側にある小川を機体をジャンプさせ、越える。


 これに反応したのは暴走族のラザールだった。


「んだぁ、アイツら! 俺に喧嘩売ってんだな、あの走り!!」


 だが、ラザールが追跡しようとした矢先。僕たち全員の身動きは止まった。


『イベントをお楽しみの皆様にお知らせします』


『脱落者が多数発生した為、パーティを再結成させていただきます』


 また?

 最初の再結成から、まだ十分も経過していない……まさか。いや、そのまさかはありえる。

 新たにメンバーが加わる。今度は誰だと警戒すると。

 竜司とは別の意味で、白さを際立てる女性――カサブランカが現れた。


「カサブランカ!?」


 これにはレオナルドが声をあげて、ホノカとムサシは露骨に眉間をしわ寄せた。

 ラザールは、個人プレイヤーに興味ないのだろう。彼女に対するリアクションは薄い。むしろ、レオナルドが歓喜あげたのに、驚いた様子だった。

 竜司も、カサブランカというプレイヤーを知らないのだろう。普通に話しかける。


「俺は白崎竜司と言います。貴方、お一人ですか?」


 カサブランカは興味深く周囲を見渡し、僕やレオナルド達を把握した後。

 大した感情もない微笑を浮かべ、素っ気なく答える。


「ええ。一緒にいた方々は全員殺しました」


 ………………。


「あ、間違えました。全員死んでしまいました。あれは事故です。不運な事故でした。私が夢中になっていたら、兎もどこかに行ってしまって……困っていた所なんです」


 コイツ……

 ああ、わかったぞ。僕らの知らない、別パーティで何が起きているのか。

 間違いなく、この女と同じ事をする奴らが何人もいるんだ。

 僕らが沈黙する中。レオナルドは「そっか」とカサブランカの言い分を信じる。


「事故なら仕方ないな。それより、お前が無事で良かったよ」


「………」


「ほら。兎もちゃんといる。俺が兎を見守ってるから、存分に戦っていいぞ」


 純粋無垢なレオナルドの態度と、彼の腕に抱かれて澄ました顔をする白兎。

 双方を眺めて、カサブランカは異様な沈黙をしていた。

 彼女は、レオナルドを弱者と判断し関心を失ったようだが、これで判断が間違っていたと理解したのだろうか。


 改めて、白と赤の女王が駆けていった小川に向かう僕ら。

 彼女たちの姿は、すっかり見えなくなるのが普通なのだが、小川の向かい側に荷車に腰かけている白ドレスを着た白のショートボブヘアの女性――白の女王と思しき存在が待ち構えていた。


 走りを争う気、満々のラザールが、白の女王がやんわりとした微笑を浮かべたままなので、それを挑発と受け止めたラザールは吠えた。


「上等だ! ぶっ飛ばしてやんぞ!!」


 しかし、あれは明らか様に怪しい。

 罠だと僕が警告する寸前、白の女王の霧立ち込める背後から、暖かそうなモコモコの毛が生えた骸骨羊の群れが、どやどやと雪崩れて来る。


 羊はまるで、僕らの進路を邪魔するような陣形を取っていた。

 更に、羊の毛から放電されているエフェクトまで見える。

 あの羊……春エリア四面ボス・メリーの羊だ。彼女から借りてきたのだろうか。


 メリーの羊も警戒するべきだが、最も異常なのは地面から生えて来る無数の腕と足。

 あれを使って荷車を動かしていたのだ。

 厄介な能力を、どう対処するか。


 僕の考える間なく、白の女王の傍ら側から腕が一本生える。

 その腕から腕が生え、どんどんと生え繋がり、相当の長さまで繋がったものは、鞭の如く僕らに振るわれた。

 攻撃を回避しようと僕は動く。

 だが、不思議な事に体がビクともしない。レオナルドたちも微動だにしなかった。

 これはまさか……イベントだ。


 白の女王による腕の鞭は、僕らの脇をかすめるように振るい続け。

 最終的に攻撃が僕らに衝突する寸前。


「うー!」


 白兎が鳴く。

 突如、白兎がレオナルドの腕から飛び出したかと思えば、そのまま宙を浮いた。自在に浮遊移動をしている。

 そして――白兎の体が変化した。


 赤と白を基調とした大刃に柄、小さなトランプとシルクハットの装飾が柄込みから付けられてある――

 大鎌に変貌を遂げた白兎は、弧を描いて腕の鞭を両断。

 再び、大鎌から可愛らしい白兎に戻りながら、白兎の首元にある装飾から青年の声が聞こえる。


『大丈夫ですか!? すみません! 神隠しの神域内なので僕と兎のリンクが途切れてしまって!! ああっ、他の方とも合流したんですね!』


 そのまま、浮遊移動し続ける白兎は相変わらず澄ました顔だが。

 成程……白兎の動き。これは『ソウルオペレーション』に違いない。

 鎌に魂を付与させ遠隔操作する能力だが、これはプレイヤーの魂をペットに付与している。

 そして、ペットを通して遠隔サポートを行える訳だ。


 『祓魔師エクソシスト』のトムが、白兎を通して、カサブランカと竜司が合流したのを確認したように。

 やんわり微笑む白の女王を捕捉し、僕らに伝わるように喋り出す。

 

『あれは「ホワイト・レディ」……相手にするのは危険です! 皆様、今は脱出を優先してください!! 僕とこの子が先導しますので、付いて来て下さい!!』


 白兎も同意を示すように、再び「う~!」と音を鳴らした。


『「荒魂アラミタマ」!』


 トムがスキルを発動したようで、地面の砂利がトランプに変化していき道を作り上げる。


『飛べない皆様はこちらを使ってください!』


 すると、漸く僕らは動き出せるようになり、ラザールが真っ先に複数の魔石を魔力の線で繋ぎ合わせ、鳥のような形状を作り出す。

 魔石攻撃を躊躇なく、向かい側で佇む白の女王へぶつけた。


「ヘラヘラしてんじゃねえぞ! くらえやぁ!!」


 大規模攻撃に有効打はないようで白の女王は、荷車に腕足を生やして、勢いよく跳躍。

 攻撃を回避しつつ、小川の水面に着水。上手くカーブしながら、水面を駆けると蓄電状態の羊たちも進軍を開始。

 白の女王は、羊から伝わった電気が帯びる水面を、荷車のカーブで波立たせ、僕らに攻撃してくる。


 竜司は逆刃鎌に乗りながら「早く飛ぶんだ!」と僕らを促す。

 レオナルドは既に『ソウルオペレーション』で逆刃鎌を浮遊させ、僕も彼が操作する木製の逆刃鎌に足をかけた。

 最初の頃とは違い、僕も座らずに立ってバランスを取れるように練習し終えている。こういう時に、練習の成果が発揮できるのは、気分がいい。

 ホノカとムサシはスキルを使わず、無難にトランプの道に足を踏み入れる。


 だが、レオナルドはカサブランカの様子を観察している。

 地面から離れつつも、まだ動かない為、僕もレオナルドの傍らで彼らの様子を伺うハメになった。

 ラザールは、機敏な挙動で白の女王を追いかけようとするが、何か見えない壁に阻まれ、彼女を追い越せない。


「くそ! ざけんな、おい!! 逃げんじゃねぇ! テメェより俺の方が速いんだからよぉ~! 追い越させろやぁ!!」


『だ、駄目です! 近づかないで下さい!!』


 トムがラザールに警告しているが――『ホワイト・レディ』と呼ばれた白の女王が危険というよりもイベント上、これ以上の追跡ができない仕様なんだろう。

 彼の様子と飛び交う放電羊を眺め、カサブランカは飛んでくる羊をゴム紐で縛り上げ、動きと電気を封じる。

 毛玉状態の羊の塊をゴム紐で回し始める。


 あっとレオナルドが声を漏らす。

 彼もカサブランカの狙いが分かったらしい。そう、コイツはこういう腐った人間だ。


 『MPK』……『モンスタープレイヤーキル』という行為がある。

 モンスターを他プレイヤーに誘導し間接的にダメージを与え、殺す行為。

 奴が殺した、と表現したのはコレだ。同じパーティのプレイヤーに妖怪を衝突させたり、巧に誘導したりで、間接的に殺害。


 恐らく、コイツは二度くらい同じ事をやっている。

 最初のパーティと、次のパーティで二度。そして、他プレイヤーも同じ事をしている。

 だが、MPKはアイドルファン連中を始末する目的で使われているだろう。


 僕はレオナルドが彼女を止めに入るかと、彼の表情を伺ったが。

 レオナルドは普通に、カサブランカの動向を見守って、周囲に集ってくる羊を『死霊の鎌』を浮遊操作して倒している。

 不穏に思って「レオナルド」と僕が声かける。

 そしたら、彼は「大丈夫だ」と即座に返事をしてから頼む。


「ルイスもラザールを説得して欲しい」


 散々振り回した羊の塊を解き放った相手は――白の女王を追跡し続けるラザールだった。

 相当の速度ながら、上手く羊を回避するラザールだが。

 カサブランカが間接的に攻撃してきたのを見過ごす訳がない。

 白の女王の追跡を中断し、僕らの元に急速度で駆けつけるラザールは、カサブランカを睨む。


「あぁ!? てめぇ、今なにしたか分かってんだろうなぁ!」


 すると、カサブランカは初対面のラザール相手に平然と言い放つ。


「貴方、馬鹿なんですか? ああいえ。馬鹿でしたか、馬鹿ですね、馬鹿でしたね。すみませんでした」


「はぁ!!?」


「アレは倒せない仕様なんですから、無駄な労力を使わないで下さい。それとも私達が貴方の気が済むまで待たなければならないんですか? 冗談はやめて下さい」


 途中からカサブランカは、ラザールに見向きもしないで手元に視線を逸らし、爪を弄っている。

 ああ……てっきり殺すかと思えば。

 単純にラザールを止める為だったのか……

 穏便な方法はないのかと突っ込みたいが、頭に血が昇ったラザールを強引に止めるにはこんな方法ぐらいしかないか。

 僕が理解した上で、ラザールに言う。


「これでも彼女は悪い気はないんです。やり方は良くないとは思いますが……」


「おいおいおい! マジで言ってんのか!?」


 続けるようにレオナルドが割り込んで、ラザールに促す。


「今回のイベント、皆と離れ離れになっちまったら、最後まで進めなくなっちまう感じだろ? 気持ちは分かるけど、ほら。皆もう向こうに行って、待ってるんだ」


 レオナルドが指示した先、小川の向かい側では白兎と一緒に竜司とホノカ、ムサシが待つ姿があった。

 彼らの姿に、ラザールもうんともすんとも反論できずに。

 「ったく!」と悔し文句を吐き捨てながら、白の女王を無視して箒で飛んでいく。


 一段落済んで、僕らもようやく移動できる。

 レオナルドがカサブランカの様子をまだ見守っているが、彼女は電流が帯びる小川の水面に平然と立つ。

 原理は不明だが……奴はレベル100越えの刺繡師系のジョブ3『』だ。

 そのスキルで、水面に立てるし、電流も無力化しているんだろう。


 時間をかけ到着した僕らに竜司は安堵した様子で「全員無事だな」と間の抜けた反応を示す。

 ホノカは頭かかえて言う。


「見てるコッチは冷や冷やしたからな」


 レオナルドが「悪い」と謝罪するのに白兎を通してトムも述べた。


『で、出口まであともう少しです。……ん………』


 装飾から聞こえるトムの声にノイズが混じり、再び聞こえなくなると白兎の耳がシュンと垂れる。

 レオナルドが再び白兎を抱え、撫でてやる。

 ムサシは前々から思っていたんだろう。レオナルドに告げる。


「レオナルド。飼育委員じゃなく学級委員をやれ」


「学級委員って……どういう?」


「小学生レベルの連中をまとめろ。お前がやれ」


「え、ええ……」


 僕も含めて小学生呼ばわりは心外だが……困惑するレオナルドの様子を、カサブランカはじっと観察していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る