第31話
僕がラザールと話を合わせる事ができたのは、皮肉にも父親の趣味のお陰だった。
人生何が役立つか分からないものだとつくづく実感する。
先導する白兎をレオナルドが見守っていると。
道中、異形な肉体形状をしたネズミや鳥類の妖怪が、雑魚敵として登場。
レオナルドが白兎を守る形で『ソウルオペレーション』で鎌の浮遊操作を行う。
雑魚相手には、ラザールが戦ってくれた。
最初の部屋で行ったように、ラザールが魔石を雑魚妖怪の群れに放り投げると。
複数重なりあった魔法陣が展開し、広範囲の新緑が混じった竜巻が発生。
瞬殺に終わった。
ムサシはラザールの攻撃に興味なくレオナルドに視線を送る。
彼はそれに応えて保護していた白兎を解放、先導させてやった。
だが、ホノカはラザールに問いただす。
「さっきから魔石で攻撃してるけどよ――」
「あぁ? 卑怯だとか言いてえのかぁ? 魔石だって地道に作る必要があるんだよ。俺の場合は箒の加速用に水とか火とか、風の魔法に夏の季節加えて~奴! 殴るだけの餓鬼には作る苦労なんざ、わかるか!」
「お、おい!? そうじゃね……おまっ、お前! もしかして、ジョブ3!!?」
「ジョブ?」
ラザールはそれがどうしたと言わんばかりの、淡白な表情だった。
いや、僕の情報網では魔法使い系のジョブ3『賢者』に到達したプレイヤーはいなかった筈。
パーティ一覧で確認すれば、本当に『賢者』の表記がある。
……ちょっと待て。コイツのステータス、おかしいにもほどがあるぞ。
僕は試しに尋ねた。
「あの……DEXを高く取っている理由は?」
普通、絶対に、魔法使い系がDEXを取るなんてことは無い。
攻撃威力を上げる為にも、INT極振りでいいくらいだ。というかDEXは生産職向けのもの。
ラザールは不快感なく、上機嫌に僕の問いを答えてくれる。
「そりゃ、箒のパーツとか自分で作るもんだと思ってよ。ゲーマーの奴に聞いたら、物作る時はDEXに振れって言われたからな。お陰でクッソ速い箒に改造できたぜ」
発想が違う、というより。
コイツの趣味趣向が、魔法使い系の隠し要素を暴いた奇跡か。
ラザールが虚空に魔法陣を無数に展開させる。
それはバトルロイヤルで散々目にした複数の魔法を組み合わせるエフェクト。
通常なら、このまま魔法を発動させる所。
ラザールが繊細に魔力操作的なことをしたのか、魔法陣の中心に魔力が凝縮した魔石が一個、完成した。
ああ、そういう奴だったのか。
陣に魔力を流して、その中心に魔力を集中させることで魔石が精製される……原理は通常の魔石作りと同じ。
僕は納得し、言葉にする。
「魔法使い系は火力重視か、下準備に手間暇かけ臨機応変に対応するか……魔石を活用する事で、更なる魔法を極められる。そんなところでしょうか」
ラザールは意気揚々と頷く。
「わかってんなぁ、ルイス! 俺は箒の馬力あげるのに使ってるけどな」
「魔法使い系がDEX振り推奨となると、また各界が荒れそうな予感しますね」
話を聞いたホノカは頭かかえる。
「攻撃時のモーションで魔石作れるって……分かる訳ねーだろ!」
突っ込みたくなる気持ちは分かるが、ジョブ武器といい随分と捻くれている部分が多いゲームだ。
何を今更、と言うべきか。
そして、無難に考えて複数の魔法を組み合わせて魔石を精製するなどが『賢者』への昇格条件に入るんだろう。詳細はラザールに聞いた方がいいな。
先導していた白兎が飛びあがるように止まって、レオナルドの方へ避難する。
森に入ったところで中間ボスらしき不気味な芋虫が、僕らの前に立ち塞がった。
無言かつ仏頂面で、ムサシが芋虫を叩き切る。
だが、芋虫の不気味な模様の胴体は、バラバラに動けるようで、運悪くムサシが切った部分から分かれて動き出す。
ムサシは躊躇なく、次々と胴体を斬り終えて。カタナを収めてしまう。
「お前が壊せ」
奴がそう告げた相手はホノカ。
乱雑なムサシの態度に苛立ちながらも、彼女は自分の役割を理解していた。
胴体の破壊。
小回りの利く拳闘士のステータスを活かして、バラバラ状態の胴体に次々技を叩き込むホノカ。
「『柘榴裂け』!」
ホノカの拳が入ると、紅の裂け割れるエフェクトが発生した後、芋虫の胴体は消失。
通常なら、複数のプレイヤーがそれぞれ胴体を攻撃していく展開なのだろう。
序盤のボスだけあって、体力は高くない。
瞬く間に彼女とムサシの活躍で、ボスは倒された。
僕は念の為に、パーティ全員に全ての強化を付与する『薬品一式』のセットを使用。
ラザールが「さっさと行こうぜ」と促す。
ここでホノカは指摘した。
「おい、レオナルド! お前、戦えるんだから戦え!!」
「あ、悪い……」
戦闘中、抱えていた白兎を解放するレオナルドが謝る。
僕は反論しようとしたが、僕より先にムサシが珍しい位に喋った。
「全員役割分担している」
「はぁ?」
納得いかない様子のホノカにムサシが指さす。
「私とお前は厄介なのを倒す」
次に、ラザールを指さす。
「コイツは雑魚掃除」
次に僕を指さして。
「コイツは回復」
最後にレオナルドを指さして。
「レオナルドは兎」
無事に済んでいる白兎は、相変わらずのすました顔で鼻をヒクヒクさせている。
ホノカも困惑し「兎ぃ?」と呟いていた。
僕が咳払いをして、言葉足らずのムサシの代わりに話す。
「恐らく、ジョブの関係上、レオナルドが兎をコントロールできるのは間違いないと思います。兎が勝手に先行したり、戦闘に巻き込まれるのを回避する役割を担っています」
「ジョブって………『
「印象で決めつけるのは早いです。もしくは、白兎の飼い主が『祓魔師』だからかもしれません」
レオナルドが状況を把握し、可能性を挙げた。
「協力型のイベントだから、全員役立つポイントがあるんじゃねーか?」
ラザールも察したようで皮肉りながらも、レオナルドに同意する。
「そうみてぇだな? 今んとこ、問題ねぇ。問題あるとしたら、なんだ? 例えばよ~ここにいねぇジョブにしか出来ねぇ事とかよぉ」
ここにいないジョブ……鍛冶師と刺繡師のような生産職は分からない。
剣士、盾兵、弓兵、銃使い……遠距離攻撃に関しては、ラザールが補ってくれるだろう。
なら一つ。
僕は自然とそれを口にする。
「盗賊系の『鑑定』かな」
◆
盗賊系の『鑑定』スキル。
識別不明なアイテムの判定や作製した武器や薬品の詳細情報の分析、ダンジョンのトラップの看破、妖怪の変化を見破るなど、用途は多彩だ。
何故、盗賊系がこのスキルを保有しているかと言うと――盗賊系のジョブ3は『怪盗』。
物を盗みつくしたからこそ、物の良し悪しが分かる。
そう考えれば納得できる理由。
しばらく、僕らがダンジョンを進んでいくと『アリス』の物語でいう『気違いのお茶会』をモチーフにした庭園を発見。
テーブルの上に無数にあるポットやカップの中には、イベントレシピが。
また、ケーキ類が置かれた皿に紅茶が入っているポットも用意されてあった。
レオナルドがテーブルの上に白兎を置いて、セットされたテーブルを観察している。
一つだけ大皿の上に『クロッシュ』という料理の上にかぶせられる銀製のカバーがあった。
彼は、念の為『ソウルサーチ』で周囲やテーブルを確認するが、妖怪の魂は感知できない。
ラザールが菓子を嫌々しく睨んでいた。
「んだよ。次は菓子食えって事か?」
僕は咄嗟にラザールを制した。
「違います。恐らく罠です。無暗に触らないで下さい」
ホノカも菓子の様子を見て、深い溜息一つ吐く。
「チッ。そういうことかよ……アイテム詳細も表示されねぇ。盗賊系の『鑑定』があったら一発で分かるんだけどな」
だが、今回に関しては分かりやすい。
僕は続けて、菓子類に対する考察を披露した。
「確かに詳細を明らかにするには『鑑定』が必須ですが、これが罠だとほとんどのプレイヤーには分かる前提で出しているのでしょう。今回のイベント、新薬の効力は無力となっています。ならばイベントの道中に新薬の一種である菓子類が登場するのは、不自然です」
レオナルドも関心して「なるほど」と納得した反応をみせる。
ホノカとラザールも僕の話を理解し、ラザールが憤った。
「糞罠じゃねぇか! 馬鹿は食ったりしちまうだろ、こんなん!!」
「ジョブ武器のように、捻くれた発想が通用すると運営も調子に乗っているかもしれませんね」
だが、ホノカも分かってきたようで冷静に考察する。
「全ジョブが役立つところはあるけど、特定のジョブがいなくても問題ないようになってる。ってことか?」
「はい。僕たちは比較的バランス良い配分になっていますが、ランダムにパーティを結成する今回の仕様ですと、偏りも出かねません」
「回りくどいな、ホント。詰まないだけマシか」
「取り敢えず、レシピは大丈夫だと思うので僕が回収してみます」
「ああ、ウチもレシピ取らないと。ウチのギルドメンバーの為にな」
僕がレシピを無事回収したのを見届け、ホノカもレシピに触れて回収した。
ふと疑問に思った事を、レオナルドが尋ねる。
「どうして今回、サクラ達はいないんだ? 皆、
「お前……ったく。ウチのアカウント見てねぇんだな。お前も知ってるだろ。ウチのギルドに凪って魂食いがいるの。そのせいでアカ停止食らって、イベントに出たらアイドルファン共に絡まれるからウチだけ参加したんだよ」
「え。そうだったのか……」
申し訳なさそうなレオナルドにホノカも気乗りではない様子で「気にするな」と付け加える。
巻き込まれているのは、ムサシ以外にも。ホノカのような被害が大きい。
イベント参加者も、バトルロイヤルと似た状況で少ない筈。
どうでもいい、と言わんばかりに。
気づけば、僕らの背後を通り抜けてカタナを『クロッシュ』に突き立てるムサシ。
金属音に全員の顔が上がると『クロッシュ』の付近で伏せていた白兎が「ぶっ!?」と驚きの唸りを出す。
ムサシは冷酷に告げる。
「兎から目を離すな、レオナルド」
「え!?」
僕もレオナルドも漸く気付いた。
『クロッシュ』の下から服に袖を通した腕が、白兎を捉えようとしているのを。
警戒する白兎をレオナルドが抱きかかえようと構えれば、兎の方からレオナルドの胸に飛び込む。
完全に謎の腕を警戒していた。
スウッと腕は透明になって消え、ムサシがカタナで突き立てた『クロッシュ』をどかすと。
何か黒い塊が皿の上にある。
人間の頭。
カタナに突き刺さっていても可笑しくなかったのに、無事な人間の頭は。
顔立ちは青年で、ニタニタと笑みを描く表情。ボサボサで癖の付いた黒の長髪。
前髪が長いせいで目が見えにくいが、髪の隙間から瞳孔開いた黄金色の瞳がギョロギョロ動いている。
悠長で間延びした声色で、頭が喋る。
「せっかちだねぇ。生き急いだって何も変わりやしないのに、人間は全く以て話を聞かない」
笑みを絶えないままゴロゴロと回って移動する頭に、ラザールが「気持ち悪りぃ!」と叫ぶ。
即座に、ホノカも攻撃をしかけるが。
テーブルを派手に割っただけで、ゲラゲラと笑い声が庭園に響き渡る。
「喧嘩は御免だね。私はただただ、退屈で仕方ないのだよ。だからこうして、誰かを連れてきて遊んで貰うのさ」
声がする方向に視線を動かせば、木の枝に頭部のない体が横になっている。
服装は、僕の記憶が正しければ裁判官の法服に似通っている。刺繡や装飾で多少アレンジされているが、多分そうだ。
そんな法服を着用した体の傍らに、さっきの頭が移動していた。
「ルールは簡単。吾輩の用意した迷路を無事に脱出できれば、お前たちは元の世界に戻れる。どうだね。不満はあるかな」
瞳孔開いてニタニタ笑う頭を、体の方が持て余している光景が繰り広げられる。
チェシャ猫をモデルにしたらしい妖怪を、ホノカは差して言う。
「コイツが『オーエン』か。ここでぶっ飛ばせればいいけど、無理なんだろうな」
嗚呼、間違いなくそうだ。
よく観察すれば、顔立ちや瞳の色合い。ジャバウォック達の顔立ちと酷似する部分が多々ある。
つまり……マザーグースの血縁者。
ホノカの言う通り、イベントの仕様上ここで倒せないだろう。
プルプル身を震わせている白兎を抱えるレオナルドが、オーエンの名を聞いて反応した。
「えっと、ダウリスの……子供だっけ?」
即座にムサシが動く。
今度はレオナルドの前にカタナを突いた。
いつの間にか、レオナルドの目の前に移動したオーエンの頭にカタナが刺さる。
だが、オーエンは「ほぉ」と感嘆の声をあげ、囁くように喋った。
「どこで我が父上の名を聞いた?」
「えっ!? だ、ダウリスから聞いた」
「ふむ。嘘はついていないね。そうかそうか」
ベラベラ語りつつ、オーエンの頭は再び薄っすら消えていき。
ふと、周囲を見回せば、体の方もいなくなっている。
なのに、オーエンの声は庭園内に響く。
「面白そうな子が来たようだ。面白そうなだけの子が来たのかな。まあでもどうせ。最後まで生き残れなければ、価値は無いね。くっくっくっ」
それきりオーエンの姿も声も、何も起きなくなった。
ムサシは仕方なくカタナを収めて、ホノカは手応えどころかカタナが刺さっても平然としていたオーエンに困惑しているよう。
完全に注目され複雑なレオナルドを他所に、ラザールが混乱気味だった。
「おい!? アレどうやって倒すんだよ! 体か!? 弱点、体の方か!!?」
僕も何とも言えない。
レオナルドは先程、スキルを発動したからこそ知った異様さを伝えた。
「『ソウルサーチ』でもアイツを見つけられなかったぞ。見つけるどころか、魂が感知できなかった」
それだ、違和感があったのは。
レオナルドも『ソウルサーチ』以外にも五感頼りに周囲を警戒しているのに。
オーエンを捕捉できず、珍しく翻弄されていた。
僕は唯一、対処したムサシに尋ねる。
「ムサシさん。どうやってオーエンを捕捉したのですか?」
奴はたった一言、口にした。
「勘」
駄目だ、僕はムサシと相性が悪すぎる。
なんでレオナルドはコイツと付き合い続けられるんだ……
◆
一方、先走った翔太を除いた『クインテット・ローズ』の面々もルイス達と同じ『気違いのお茶会』のセットがある庭園に到着。
アピールとしてレシピも回収。
用意されてある菓子と紅茶を見て、直人は提案する。
「お! ここでも写真取っておこうよ。あとこれで回復も出来そうじゃない?」
単純に、菓子類を休憩兼回復アイテムと解釈しているのは、他のメンバーも同じだった。
直人が席付いたので、睦も仕方なく座る。
竜司はまだ座っておらず、チャットで翔太とやり取りしていた。
どうやら、翔太は既に庭園を通り過ぎ、その先に向かったらしい。
直人が竜司に気づいて頼む。
「しろっち、俺達の写真撮ってくれる?」
「ん? ああ、わかった」
睦と直人は菓子を食しながらポーズを取り、心は紅茶を飲む。
竜司が撮り終えた事を伝えると、直人が「じゃあ次、俺がしろっち撮るね」と撮影機能を立ち上げる。
その様子を見かね、心が「翔太がいれば……」と呟く。
こういった撮影はほとんど、翔太が担当していた。
彼は決してファンが少ない訳ではないが、メンバーの中ではファンが少ない。
だから、テレビ出演や雑誌撮影も翔太以外のメンバーが選ばれる。
翔太の芸能界入りが難しい雰囲気が、確かにあった。
竜司以外は、自然と彼にそういう役回りを押し付けている。
尤も、翔太本人の気持ちなど考えもしないで……
するとテーブルにあった『クロッシュ』が持ち上がり、黒の長髪が溢れ、オーエンの頭部が露わとなる。
完全に油断していた心達は、瞳孔開きニタニタ笑み作るオーエンに恐怖の声を漏らす。
唯一、視線を逸らしてオーエンに気づくのが遅れた竜司は、冷静だった。
「『ソウルサーチ』で魂を感知できない。作り物じゃないか?」
声を震わせながら睦が言う。
「あ、あああ、そ、そそ、そうみたいだな!? へ、変なところでホラー要素入れてくんなよ……」
だが、ギョロリと瞳が動いて、粘っこい声色でオーエンが喋った。
「さぁ。それはどうかな?」
再度、気味悪さを感じた睦は叫び。
心と直人は、顔面蒼白にしつつ自然とオーエンから距離を取る為、後ずさる。
竜司は何故『ソウルサーチ』が感知しないのか不思議で、ある意味驚いていた。
ゴロゴロとテーブルの上を回り移動するオーエンの頭は、いつの間にか席の一つに座っているオーエンの体の手元に収まった。
オーエンは移動する最中、真面に返事をしてくれそうな竜司に、囁くように尋ねた。
「吾輩が作った一品は頂いてくれたかね?」
「お前が作ってくれたのか。残念だが、これから頂くところだ。すまない」
「んふふふ。それはそれは良かったじゃないか」
心はハッとする。
普通にプレイヤーが喋れるなら、今はイベントのように行動は制限されていないのだ。
『ソウルオペレーション』で鎌をオーエンに飛ばす。
心が攻撃を仕掛けたのを見て、直人と睦も『ソウルオペレーション』で鎌を複数飛ばし追撃。
竜司は悪寒を感じ、周囲を見渡す。
木の枝で自らの頭部をボールのように持て遊ぶオーエンの体を発見し。
竜司が鎌を構えようとしたが、遮るようにオーエンが語る。
「そぉら、ハツカネズミがやって来るぞ。お前たちの
異変が起きたのは睦だった。
「うぐっ」と、くぐもった声と共に胸を抑える。
彼の異変に他のメンバーが気づくや否や、彼の胸からホログラム状に変化・変換、段々と頭部が真っ白なネズミに変化し、やがて肉体も人並みのでかさを誇るネズミと化してしまった。
服を着用し、二足歩行のネズミと化した睦だったものは、テーブル席に座ってケーキを貪り出す。
次に、直人も異変が起きる。彼は辛うじて言葉を発した。
「かっ……は、ヤバ、い。は……く、に」
逃げろと訴えているのが聞こえる。
彼の末路を見届ける前に、心は恐怖を隠せないまま絶叫しながら逃げていった。
竜司は必死に心を呼ぶ。
「待て! 心!!」
ゲラゲラとオーエンの笑い声だけが庭園内に響き渡り、オーエンの姿はない。
すっかり、直人も白ネズミに変貌を遂げ、ケーキを貪るのに夢中。
パーティ表記で二人は『消息不明』の状態だった。
いくら、グロデスク表現が抑えられているとは言え、エグい光景である。
心は、自分も同じ目に合うと恐怖したのだろう。
竜司は不味いと判断し、心を追いかけつつ翔太にメッセージを送った。
◆
アイドルファンにも様々いる。
バーチャルゲームに興味ないファンが大多数を占めるが、中にはイベントで『クインテット・ローズ』のフォローをする気満々でゲームを熟知する者もいた。
その辺りのプレイヤーは、同士でパーティを結成して、着実にイベントを進んでいる。
だが、予期せぬ『気違いのお茶会』でのトラップを含めた苦戦する場所では、脱落者が見られていた。
ただアイドルに会いたいが為にイベント参加したファンもいる。
彼女達は場合によっては、足を引っ張りかねないのだが、彼女ら自身は迷惑になるとも想像していない。
悠々と推しアイドルを語り合いながら、ダンジョンを進むファンのパーティがここにも一組。
彼女達が何ら努力をせずに、ここまで到達できた理由は……
「ねえ、ちょっと。貴方……さっきから黙ってるけど」
唐突に、ファングループの一人が、同じパーティを組む事になった女性に声かけた。
問題の女性は、純白のロングウェーブに銀目。
服装も灰色のレギンス、長袖の白シャツと際立った白さを醸し出している。
そう――問題の女性こそ、カサブランカである。
カサブランカは、周囲の警戒ばかりで話しかけられても無視していた。
「ちょっと!」とファンが彼女の肩を掴もうとしたが、寸前にカサブランカから針を顔に突きつけられる。
殺気を剝き出しに不敵な笑みを浮かべているカサブランカ。
だが、ファンは悲鳴を上げて呆然とするので、我に返って退屈そうに溜息漏らす。
「ああ、すみません。パーティを組んでいたの忘れてました」
「は、はぁ!? アンタ馬鹿じゃないの! さっきパーティ組んだってアナウンス流れてたでしょ!?」
「ええ。ですから忘れてました。申し訳ございません」
「本気で謝ってんの? 全然誠意が伝わって来ないんだけど」
「バーチャルゲームのアバター越しなんですから、表情も感情も、現実の臨場感を完全に再現できません。誠意が伝わらないのは、仕方ない事だと思いますよ」
と。
適当に喋って、カサブランカ達を案内する茶色の兎を追跡し続ける。
彼女の倫理観欠ける態度に、ファン達も不愉快な気分になった。
「なんなの、ちょームカつく!」
「敵、倒してばっかりだしゲーマーじゃない?」
「女でゲーマーとかキッモ!!」
「ねえ……どうにか。アイツ、引き離せないかな。一緒にいるだけで嫌だし………」
コソコソ話も、カサブランカの耳には届いている。
感度設定を高めにしている彼女は、僅かな物音も聞き逃さないよう神経を研ぎ澄ませている。
会話を盗み聞きする程度、造作もなかった。
「パーティって解除できないんだっけ」
「パーティ解除しても、協力型だから攻撃とかもできないよ」
「はぁ!? 何それ最悪!」
「じゃあ、上手く誤魔化して置いてくとか……」
カサブランカはジョブ武器の大鋏を出現させ、分解し、二刀流状態と化した。
回転タックルをかまそうと草むらから飛び出すハリネズミを叩き切る。
だが、彼女は退屈そうだった。
次々と出て来る速度あるハリネズミのタックルを、順序良く対処していく。
先導している茶色の兎に被害が及ばないよう、兎に向かうハリネズミを優先して倒す。
それでも、彼女は退屈で溜息漏らしている。
あまりに生温い攻撃、生温い環境。
面白みのない協力戦。
せめて骨のあるボスがいれば妥協点だと彼女は判断していた。
敵の強さも他プレイヤー基準に合わせた弱いものばかり、他プレイヤー同士争えない仕様は緊迫感を台無しにしている。人間が分かり合える訳でもないのに、赤の他人と協力戦。
実に馬鹿げていて、愚かしい。
件のファン達はカサブランカの戦いっぷりを目の当たりにし、一人がこう切り出す。
「嫌な奴だけど、勝手に敵倒してくれるんだから我慢しようよ……」
「は? 冗談じゃないんだけど」
「わ、私だって正直嫌よ。でも私、戦えないし、レベル低いもん」
「うっわ、あいつレベル100越えてるじゃん! マジキモ……」
「ウチもぶっちゃけ無理。竜司様を守る為だけに盾兵のスキル使うつもりだから」
彼女達は結局、戦えないしカサブランカは放っておくしかないと判断。
それでも嫌味な陰口を叩き続け。
わざとカサブランカに聞こえるように喋っているようだった。
しかし、彼女は無視ではなく興味を持たない。
強いていうなら、参加していると判明したムサシにしか意識がなかった。
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