第30話

 それにしても色々と情報が得られた。

 神隠しをしたのがマザーグースの子供が一人『オーエン』

 オーエン……

 彼のアガサ・クリスティーを連想するが、もしかしなくても、間違いないだろう。


 クローズドサークル兼見立て殺人の推理小説の代名詞『そして誰もいなくなった』。

 登場人物であり謎めいた主犯者と思しき、オーエン夫妻。

 見立て殺人で用いられる『十人のインディアン』はマザーグースの童謡。

 『誰もいなくなる』を『神隠し』と結びつけるなんて、随分と捻くれている。


 やがて、どこからともなく女性的な機械音声が響き渡る。


『これより「不思議の春の神隠し」スタートです。現時点でこちらにいらっしゃいますプレイヤーの皆様、強制的にパーティを結成させて頂きました。パーティは最深部に到達するまで解除されません。ご注意下さい』


 漸く自由に動けるようになった瞬間、暴走族の怒声が放たれた。


「勝手にやってんじゃねー! パーティ組んだら勝負になんねーだろうが!!」


 レオナルドが落ち着いた様子で宥める。


「協力型のイベントだから勝負できないんだって。今度、あそこで決着つけようぜ」


「あぁ? やる気あんのか、テメェ」


 暴走族がレオナルドに睨みを利かせている間。

 僕はある薬品を使う。

 今日まで使用する機会すらなかったものだ。他プレイヤーが上手く活用している噂も聞かない。

 ホノカが尋ねて来た。


「なにやってんだ?」


「『マーキング液』だよ。一定時間、振りかけた対象の位置が分かるんだ」


 一見、便利そうだが長時間追跡し続ける必要がある妖怪などがいない。

 需要があるとすれば、今回のようなイベントだろうと用意しておいて正解だった。

 僕が薬品を、テーブルに陣取る白兎に振りかければ、白兎は目をつむってプルプル体を震わせる。


 すると、体を伏せたままの白兎から「ぶっ」「ぶぶぶっ」と聞こえる。

 現実リアル基準で考えると、兎には声帯がない。

 これは鳴き声ではなく、鼻や喉を使って音を鳴らしているのだ。

 無知な暴走族が、白兎に対し顔をしかめる。


「んだぁ? こいつ。屁でもこいてんのか??」


 下品な発言にホノカも「あのさ……」と呆れた表情だ。

 レオナルドは兎の音に興味津々で、膝を曲げて兎と視線を合わせて観察する。


 最初、僕は『マーキング液』をかけられて不機嫌になったから音を鳴らしていると予想していたが。

 全くの見当違いだった。

 「ぶっ!」と大きめに音を鳴らすと、白兎の前に扇子が出現。

 どうやら、扇子を出す為にやっていたらしい。


 白兎が器用に扇子を持ち上げると、僕らに対して扇ぎ始めた。

 元ネタの『アリス』で登場した扇子の効果を思い出し、僕は全員に呼び掛ける。


「皆さん、テーブルに寄りかかってください!」


 僕らの体は瞬く間に縮む。

 何とか、兎が陣取るテーブルに乗る事に成功した僕ら。相当の小ささになっていて、白兎の方が馬鹿でかく感じるくらいだ。

 レオナルドは状況に興奮気味で。大きくみえる兎に触れようと近づく。

 冷静にムサシが言った。


「それで?」


 ムサシは冷淡に告げ、僕に尋ねた。言葉通り、次の指示を急かしている。

 しかし……これからどうするか分からない。

 確か『アリス』の話では……僕が思案していると、暴走族が下を見て叫んだ。


「水!! 水が入って来てんぞ!!?」


 耳を澄ますと、ハッキリ水の音が聞こえる。どこからともなく、空間に水が侵入。

 徐々に嵩が増えていくのが分かった。

 レオナルドは周囲を見回し、素朴に疑問をぶつける。


「え? これどうすんだ。本当に。逃げ場がねえぞ??」


 逃げ場――僕がふと頭上を見上げると、いつの間にか天井が設けられていた。

 イベントに意識を奪われている中、この空間に閉じ込められてしまったという訳か。

 考え無しで「空間を破壊しよう」な発想をしかねないが………簡単にいかないだろう。

 暴走族が一人、自棄に騒ぎ始めた。


「おいおいおいおいおい! 冗談じゃねぇ。泳げねえんだよ、俺!! こっから泳ぐとか無理だからな!?」


 焦る奴にムサシが「知らん」と一蹴する。

 ホノカも黙ってはいない。彼女が白兎に「元に戻せって!」と訴えると、兎の方は広げた扇子をテーブルに置き、そこの上に箱座りする。

 扇子が白兎を乗せたまま、浮遊を始めた。僕は咄嗟に叫ぶ。


「ホノカさんは扇子に乗ってください!」


「あ、ああ?!」


 彼女も咄嗟に扇子の端を掴んだ。

 兎とホノカを乗せた扇子はぐんぐん浮上し、天井の隅に到着する。

 レオナルドも察して、逆刃鎌の二本を『ソウルオペレーション』で装備。

 彼自身はジョブ武器の『死霊の鎌』の檻の装飾を足場にして浮遊した。

 迫り来る水に恐怖する暴走族に、レオナルドは落ち着いて話す。


「あそこから外に出られるみたいだ。箒で乗って行けば余裕だろ?」


「な、何で分かるんだよ」


「多分だけど……ジョブによっちゃ空飛べない奴もいるだろ? 飛べないジョブは水嵩増えるのを利用して、あそこから出る。ってことだよな?」


 レオナルドが僕に話を振る。

 自然と笑みを溢し、僕は頷いた。


「そうだろうね。ムサシさん、逆刃鎌使ってください」


「いらない」


 また、こいつ……と思ったが。レオナルドが『ソウルシールド』を発動させる。

 水中から鳥獣の形をした妖怪が飛び出し攻撃を仕掛けた。

 ムサシは問答無用に、次々飛び出す妖怪を斬っていく。


 一筋縄ではいかないようだ。

 先に脱出場所へ向かったホノカと白兎の方へ、妖怪が飛んでいくのが見える。

 僕は逆刃鎌に乗ったが、レオナルドはムサシ同様に妖怪の処理に追われた。

 水嵩が増すごとに敵も増えていく。


 ここで痺れを切らしたのは暴走族の方で。

 木製じゃない歪な柄に、煌びやかに光る穂、気合の入った造形の箒に立ち乗りしながら、水中に何かを放り投げ込む。

 ムサシとレオナルドは、一旦手を止めた。


 瞬間。

 水中で激しい電流と共に、渦が複数発生。水中の妖怪共を一網打尽にしたようだ。

 レオナルドが驚いて聞いてみる。


「今の、魔法か?」


「魔法っつーか、魔石に決まってんだろ。雑魚の掃除終わったからさっさと行くぞ、オラ!」


 魔石?

 いや、魔石は素材の一種で攻撃用ではない筈……最早指摘する時間も惜しいか。

 僕はいつも通り逆刃鎌に腰かけ、ムサシは柄にぶら下がった形で浮遊する。

 全員が無事に白兎が潜り込んだ天井隅にある穴から脱出。


 外に出れば、不思議な形状をした木々、大小様々なキノコや薔薇が咲いたダンジョンが広がっていた。

 僕らが通って来た穴は、建物の天井というより兎の穴に見える。

 奇妙な状況だが、これも『アリス』らしいと言えばらしい。


 一段落したところでレオナルドが白兎に触れようと手を伸ばせば、白兎の方から鼻をヒクつかせ、嬉しそうに寄って来たのだ。

 驚きながらも、レオナルドが撫でてやると心地よさそうに目を伏せる兎。

 流れを無駄にしない為に、僕は暴走族に礼を告げる。


「助けて頂いて、ありがとうございます。えっと、自己紹介がまだでしたね。僕はルイスです」


「ん? ああ」


 僕が丁寧に喋ったのに押されたのか、向こうも名乗ってくれる。


「俺は……ラザール」


「ラザールさんですか。偶然かもしれませんが、父が乗っているバイクと同じ名前ですね」


 ちょっとした賭けだ。

 普通、バイクと一緒にされたくないと文句垂れる輩がいるだろう。

 だが……伊達に暴走族の外見はしてなかったらしい。僕の言葉にラザールは目の色を変えた。


「え、お前『ラザール』知ってる? つーか『ラザール』持ってんのか!? あのクッソ高いの!」


「僕は父のものを乗らせて貰っているだけですが……父がアレを買った時は、母に怒られていましたよ」


「そりゃそーだろ! てか、お前ツーリングとかしてんのか! んだよ、早く言えよな、そういうの!!」


 人が変わったようにベラベラ喋り出すラザールに。

 「バイクの話はわかんねー」とホノカは呆然としていた。






 春エリアの広場に期間限定で設置されたイベント用の特設装置。

 前回のバトルロイヤル同様、中央に運営関係者が座る実況席、そこを取り囲むように観客席があり、巨大なモニターが宇宙に浮かび上がっている。

 NPCがバーチャル飲食や限定グッズを販売しに、観客席を巡回している。


「さて! 始まりました!! 全プレイヤー協力型ダンジョンイベント『不思議の春の神隠し』!! 実況解説役としてわたくし、キャサリンと開発部ディレクターの中田に来ていただきました。本日はよろしくお願いしま~す!」


「はい、お願いします」


 前回と同じ、キャサリンと中田の実況も始まっている。

 観客席はある意味で満員状態。

 ほとんどが女性プレイヤーばかりで、彼女たち自作の応援グッズを手に喋りまくっていた。

 というのも――今、画面には『クインテット・ローズ』が映し出されていないからだ。

 「えー」と中田は動じる事無く、今回のイベントに関しての報告をする。


「今回からユーザーのご意見を参考にし、実況中継は各プレイヤーのマイルーム、ギルド、経営店でも視聴可能となっております。気になるプレイヤーだけを視聴できるよう切り替えもできるようになりました」


 キャサリンもアイドルファンの会話の音量にかき消されないよう、大声で喋る。


「お~! それはありがたいですね!! 今回のように、観客席は満員状態でも各々視聴できると!」


「はい。また、現在この中継はネット生配信中です。SNSでも宣伝表示されており、注目されていること間違いなしです」


 彼らが解説し続けている間にも、モニターは幾度も切り替わっている。

 ほとんとが、アイドルファンの女性プレイヤーばかり。

 最初の部屋から脱出後に進む森に登場する、体の模様が人の顔に見える不気味で巨大な芋虫に苦戦している様子が多い。


 だが、女性プレイヤーばかりじゃない。

 普通に男性プレイヤーの姿もある。

 彼らは彼らでパーティを結成しており、着実に兎を追跡しながらダンジョンを攻略していく。


 アイドルに関心がない意味で場違いなプレイヤー達の中、ギルド単位でパーティを結成している『騎射』の少年の姿があった。

 彼もまた、レオナルド目当てというべきか。

 以前、PKKされた逆恨みもあり、レオナルドがイベント参加をする噂を聞きつけた。


 そして、中継モニターにレオナルド達のパーティが映し出される。

 ムサシとホノカが巨大芋虫の相手をしている。

 ルイス達は邪魔にならないよう、離れた位置で見守っていた。


 中でも、可愛らしい仕草をし、ちょこちょこと自らレオナルドに近づく白兎の姿は、他の兎達とは全く異なる。

 兎に触れようとするプレイヤーはいるが、誰もレオナルドのように撫でる事ができない。

 重要な特徴を、キャサリンは露骨に触れた。


「わ~! あの兎ちゃん、随分と人懐っこいですね!!」


 中田が合わせるように言う。


「いえいえ。どの兎も個体差はありません。あの兎だけが特別、人懐っこい訳じゃないんですね」


「むむ? という事は、兎ちゃんに接してあげてる彼に何か……」


 折角、他プレイヤーにも向けた情報を出している最中、観客席から酷いブーイングが始まった。


「早く画面切り替えてよ!」


「そいつ、ブサイクだし嫌い! 視界に入って気分最悪なんだけど!!」


「あのプレイヤー、チート使ってるのに何でアク禁になってないんですかー!」


 動物園染みた広場で、中田が咳払いする。


「皆様、お静かにお願いします。この際、触れますが先日より問い合わせが殺到しております、妖怪の件に関しては隠し要素であり、チート行為ではありません。詳細はイベント終了後に――」


 ギャーギャー騒がしい中、挑発的に「全然聞こえませ~ん!」と糞ったれな罵倒が飛ぶ。

 はぁ、と溜息をついて。

 中田は耳鳴りするほど音声の最大まで上げ、話す。


「詳細に関しましては後程、公式ホームページで載せます。問い合わせがありました件に関しては、隠し要素であって不正行為ではありません!」


 あまりの大きさに、誰もが耳を塞ぐ。

 またも不満が爆発するかと思った矢先、観客席から歓声が上がった。

 モニターに『クインテット・ローズ』が映し出されたからだ。

 しかし、歓声は直ぐに落ち着いてしまう。それは……





 『クインテット・ローズ』は元から五人でパーティを結成してイベント会場に現れた事もあり、無事、五人一緒に落ちる事に成功した。

 周囲を取り囲んでいたファンも、空気を読んで、兎が現れた時『クインテット・ローズ』から離れ。

 彼らだけが落ちるよう気使ってくれた。

 不思議な国を再現した道中。ベリーショートのオレンジ髪の青年・直人が恐る恐る言う。


「むっちゃん。落ち着きなって~」


「これが落ち着けるかよ!」


 苛立った末、感情を爆発させている薄紫髪のミディアムヘアに中性的な顔立ちの少年・睦の怒声が、イベントダンジョン内で響き渡る。

 リーダーである、赤髪のショートカットヘアのこころも表情に嫌気を浮かべ、溜息つく。

 最初から気だるい態度をする深緑のセミロングの青年・翔太は、何とも言わない。

 一人、場違いなほど穏やかな様子の金髪の二枚目・竜司が睦に告げる。


「イベントが終わった後に、握手しに行こうじゃないか。睦。さっきは仕方なかったさ」


「ムサシは俺らみたいなファンサービスとかしないんだよ! あああ~~~~もおぉおぉ! あの糞マネージャー!! 混雑になるからってギリギリに会場行けとか変な指示しやがって!!」


 ファンが抱く睦のキャラ像とは別人レベルの崩壊っぷりに、心が指摘した。


「実況に映ってたらどうする! 個人の趣味を仕事に持ち込むなとマネージャーからも注意されているのが、まだ分からないのか」


「映ったって音声はカットされてるから平気だ! バーカ!!」


「っ……この………!」


 餓鬼臭い睦の態度に心もキレそうだったが、直人が「どうどう」と彼を抑える。

 そう。

 あのムサシがイベントに参加していたのだ。

 実の所、今までの傾向からムサシがストーリー重視のイベントに参加する事は少ない。

 今回が初めてじゃないかと思われる。


 何であれ、彼のファンたる睦にとってムサシに近づけるチャンスだったのに。

 ファンの相手を少ししている内に、イベントは開始。

 真っ先にムサシを含めた、彼の周囲にいたプレイヤー達と共にダンジョンに送り込まれてしまった。


 これもマネージャーの指示だとか、空気を読めないファンのせいだとか。

 根の葉も無い責任転嫁を口ずさんでいる睦。

 直人が話題を逸らそうと、全員に呼び掛けた。


「あ! ホラ、この辺で写真撮ろう!! SNS用の写真、楽しんでる感じでって頼まれたじゃん?」


 心が気持ちを改めて「そうだな」と同意する。

 流石、この日の為に用意された限定ダンジョンだけあって、『不思議の国のアリス』らしいセットが要所に散りばめられている。

 運営側もSNSで載せられるのを前提に設計したのだろう。


 露骨な媚び売りが好きではない翔太は、一人気乗りではなかった。

 ふと、周囲を見渡すと『クインテット・ローズ』たちを案内してくれている黒兎が、鼻をヒクつかせながら真っ直ぐ翔太を捉え、大小さまざまなキノコが生える森の奥へ駆ける。

 流石に翔太は、他のメンバーに言った。


「おい、兎がいっちまうぞ」


 対して、ゲーマーの睦が馬鹿馬鹿しく答える。


「先に行ってるだけで途中で止まるに決まってんだろ。少しは考えてみろよ」


 折角教えてたのを馬鹿にされ、翔太も舌打ちした。

 再度、振り返ると黒兎が最後のチャンスとばかりに奥の手前で立ち止まっている。

 気分が悪くなったのも要因の一つだが、翔太は黒兎の動向に不穏を感じたので逆刃鎌に乗って、兎と距離を縮めようとした。

 心はそれに気づいて、怒声を上げる。


「先に行くな! 翔太!!」


 うざったらしい彼らから離れられ、スッキリした様子で翔太は笑う。


「先に行ってるだけだ。SNS映え狙った媚び売り写真撮ったら、追って来いよ」


 翔太が近づいてきたのを確認し、黒兎が改めて奥へ駆けていく。

 その光景を目にし、竜司は思案してから心たちに問う。


「どうする? 俺は翔太を一人にするのは危険だと思うが……」


 心が苛立ったように頭をかいて答えた。


「写真を取ってからだ! どうせ、パーティを結成している状態だ。チャットでやり取りが出来る」


「ああ、そうか。チャットがあるなら問題ないな」


 竜司は納得したうえで安堵しているが。

 心はとにかくファンサービスの為、マネージャーの注文に応える為に写真を優先した。

 他にも、睦が指摘した通り。

 兎を追い続けなければ不利となる理不尽さはないと考えた結果の判断であった。

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