第29話


 イベント当日。

 『ワンダーラビット』前は静かだった。

 野次馬は皆、前回のバトルロイヤル同様、イベントの実況中継をする広場へ移動したか。

 イベント参加の為、既に入場しているかだろう。


 そして、ジャバウォックを含めた妖怪達の姿がなかった。

 イベントでのアクセス集中とサーバーダウンを警戒し、イベント中のメインクエストやマルチエリアを一時閉鎖。一部機能も停止するらしい。

 ジャバウォック達も、イベントの影響で現れていないのだろう。


 店の庭には『青薔薇』の苗が育っている。

 生垣に使えるほど高くはない。葉の形も、他の薔薇とは違う。

 花咲かせるのは、僕らがイベントを終えて帰ってくる頃だ。


 店内でアイテムと装備を整える僕とレオナルド。

 一応、イベント情報を確認しよう。



<不思議の春の神隠し>

 ・制限時間2時間(予定)

  ※全プレイヤーの進行度により変動する場合があります。


 ・全プレイヤー協力型イベントになります。

  ダンジョン内の謎解きや特殊な妖怪の討伐を協力し合いながら頑張りましょう!

  無事、ダンジョンから脱出に成功しますとイベントクリアです。


 ・プレイヤー同士の攻撃、スキル等は無効化されます。

  攻撃を受けてもダメージは受けません。

  状態異常などの相手の妨害行為になるスキルは無効となります。

  ただし、攻撃の反動や吹き飛ばし、巻き込みは無効化されていません。ご注意下さい。


 ・ダンジョン内には限定家具、限定装備、限定アイテムの入手権があります。

  これらはJP《ジョブポイント》で交換する事が可能となります。


 ・参加賞は10000マニー、JP《ジョブポイント》50000です。

  更にイベントクリア報酬もあります。内容はクリアしてからのお楽しみです!


 ※今回のイベントでは新薬の効力は無効となります。ご注意下さい。



 ……とのことだ。

 重要なのはプレイヤー同士の攻撃等の無効化。

 これなら、盗賊系のプレイヤーによる『窃盗』や『すり替え』のスキルでの被害は抑えられる。

 が、吹き飛ばし等が無力化されていないだけ十分な妨害行為が可能だ。


 これが普通のイベントだったら、警戒する必要はなかっただろうに。

 僕は思わず一息ついてしまう。

 青アクセントのある『白金の鎧』とライトブルーのフード付きのコートと白ズボン……イベント衣装に身を包んだレオナルドが、僕の様子を伺った。


「結構、持っていくんだな?」


「……ああ。これかい? ちょっとした準備だよ」


 レオナルドは僕のアイテム欄に驚いていた。

 強化アイテム以外にも『合成』で作製した薬品を相当量だ。

 今日までに作り置きしておいた薬品を最大スタック数99個詰め込む。


 一体、何に使うのか。レオナルドは分からないようだった。

 僕は装備していくダイヤの鞄に触れながら言う。


「薬剤師専用のジョブスキルを購入しておいて正解だったよ。『運び屋の心得』。薬品類の重量を軽減するんだ」


 最後にレオナルドの大鎌で使用する『砥石』を持ち物に加えて、僕もイベント衣装に着替える。

 レオナルドと対照的に、赤コートに赤のアクセントがある『白金の鎧』と白ズボン。

 武器の確認をレオナルドにしておく。


「レオナルド。武器は?」


「ん? ああ、ルイスが乗る木製の逆刃鎌と、青薔薇の奴とジョブ武器だけ。ドロップアイテム拾わないスキルも装備していあるぜ」


「うん。準備はできたね。そろそろ移動しようか」


「おう。バトルロイヤルの時と違って、受付みたいなところ行かなくていいんだな」

 

「バトルロイヤルは全プレイヤーがレベル100で参加していたんだよ。レベル100に到達してなかったプレイヤーは、ステータスポイントを特別に割り振れる。その調整に受付が必要だったんだ」


「あー、そっか。全員平等にしてたんだな」


 しかし、今回のイベントは協力型。そういうものは必要ない。

 僕はレオナルドと一緒のパーティを組み。

 メニュー画面のイベント概要から移動を選択すると、僕らは店内からイベント会場に転移された。





 僕らが転移された会場は、川辺の土手だった。

 春エリアのどこかにありそうな菜の花が咲き誇り、遠くには満開の桜の木々が、空はそこそこ雲が流れる青空。長閑で陽気な雰囲気が漂う。

 会場には、既に多くのプレイヤーでごった返していた。

 そして、僕らが転移されている前から流れていた運営からのアナウンスが聞こえる。


『―――アクセス集中が予想されます。誠にお手数ですが、生中継の実況配信の停止等、サーバー負担軽減にご協力をお願いします』


 レオナルドが落ち着きないの子供のように周囲を見渡している。

 参加プレイヤーのほとんどは、アイドルファンの連中に違いない。

 断言してもいい位に女性プレイヤーしかいない。男の僕らが不自然に浮いていた。


 貢献度が関与しないイベントの為、ギルド重視のプレイヤーが少ないのもそうだが。

 本当の意味での、一般プレイヤーはどれだけ参加している事か。

 少なくとも、大鎌を装備した墓守系プレイヤーは女性すらいない状況だ。


 ふと、レオナルドが何かを見つけたようで「あっ」と声を漏らす。

 彼の視線を追ってみれば、人混みを避けるように木陰で佇み、手元の爪をいじっているカサブランカの姿がある。

 全体的に真っ白な容姿は、際立っている。

 アイドル目当ての連中にとって、カサブランカはたかが女一人にしか映らないのだろう。

 誰も彼女に絡む様子がない。


 躊躇なくレオナルドが奴に駆け寄ろうとするのを、僕が制しようとしていたが――


「ちょっと! チート野郎がいるわよ!!」


「誰かコイツ通報しなさいよ!」


「何で普通に参加してんの!? おかしいでしょ!」


 案の定、女共が僕らを取り囲みだす。

 レオナルドが、いつもと異なり「通してくれ」と感情的に訴えるが、夏エリアの時と同じ「参加するな」「出ていけ」と罵倒が飛び交い。

 僕らの事情なんてお構いなしだった。

 流石にカサブランカも、視線を僕らに向けているようだが遠すぎて奴の表情は伺えない。


 すると、野次馬から悲鳴があがる。

 女共の罵詈雑言など関係なく、女性の尊厳すらどうでもよく、とんでもな勢いで次々に誰かが押しのけて来る。

 ムサシだった。


 酷い時は女性の髪を掴んで後ろに無理矢理引っ張るなど、マナーやモラルの欠片ない行動に「最低!」と被害者ヅラした怒声が飛び交うが、相変わらず彼の鉄仮面は微動だにしない。

 傍若無人の振る舞いに、レオナルドも言葉を失うが。

 最後の最後まで暴力を振る舞って女性を押しのけて来たムサシは、短く告げた。


「パーティ」


「お、おう。申請するな。あと、ムサシは初対面だから紹介するけど――」


 周囲の騒音をかき消す大声でレオナルドが僕をムサシに教えた。


「ルイスだ。いつも俺のことサポートしてくれるフレンドな」


 僕もなるべく大声で喋りつつ、分かりやすいように頭も下げた。


「ムサシさん、今日はよろしくお願いします」


 僕が顔を上げてもムサシは返事一つしない。僕の顔を見ず、明後日の方向を眺めていた。

 薄々分かってはいたが、ムサシはこういうところに問題がある。

 社会的に馴染めないのは仕方がないレベルだ。


 動画内のレオナルドとのやり取りでも、レオナルドはムサシがちゃんと話を聞いていると信じて会話を続けているが。

 普通はロクに返事がないとメッセージに目を通しているか怪しくなり、疑心感を抱く。

 ムサシのファンは、レオナルドが一方的に喋っていて不快だとか言うが……


 第三者の立場でイキっているだけだ。

 実際にコイツの相手をして同じ事が言えるか試したい。

 僕が一刻も早く、イベント開始して欲しい苛立ちを抱える中。


「オラァ! 突っ立ってんじゃねぇぞ、テメェ!! どけっつってんのが聞こえねぇのか、ああ!?」


 またもや別の怒声が響き渡る。

 というか、僕にも聞き覚えない男の声だった。

 無言で暴力を振るっていたムサシと違い、女共はその威圧感に押されて、強きの姿勢を崩していた。


 そいつは派手な刺繡をしまくったコートを靡かせ、アニメ毛色と違った派手さを狙った紫髪のショートヘアという。不良を通り越した暴走族の風貌。

 喋り口調も、その界隈の人間ではないかと連想させる為。

 誰もコイツの横暴さを前に委縮していた。


 ムサシは静まりつつある場で「なんだアレは」と除け者相手に言うような台詞を吐く。

 僕も奴には見覚えなかったが、レオナルドには――あった。


「あ! あの時の魔法使いだ!!」



 心当たりない僕に、レオナルドが必死に伝える。


「ほら、なんちゃら弥生ってところで魔法使いに追いかけ回されたって話しただろ?」


 ……ああ。『ネモフィラ弥生山』だ。

 レオナルドが未だに素材一つ回収できずに行くのを躊躇していたマルチエリア。

 障害物ないエリアなので、魔法使い系のプレイヤーが箒の飛行を楽しむ場所。

 なのだが。

 よく分からない仕様で加速する魔法使い系プレイヤーが陣取っていると噂になっている。


 アイツが件の魔法使いらしいが……何で、イベントに参加しているんだ?

 僕が疑問を抱いていると。

 女共を押しのけ、暴走族野郎は僕たちに近づいている。

 レオナルドが「えっと」と面と向かいあった暴走族相手に言葉を迷っていると、ジロジロ容姿を確認した暴走族の方は眉間にしわ寄せ吠えた。


「おい、テメェ。あん時の『農家』かぁ?」


 『農家』という墓守系を指すネットスラングを理解したレオナルドは「まぁ」と頭をかく。

 まさかと思うが、コイツ。レオナルド狙いで参加したのか……?

 何でこうも次から次へと……暴走族野郎は僕らにお構いなく告げた。


「おい、今日決着つけんぞ。俺とテメェ、どっちが先にゴールするか」


「え? このイベントってゴールみたいなもん、あるのかな??」


「知るかよ! 俺が勝ったら二度と俺のシマ入って来んじゃねぇぞ!!」


「う、うーん……」


 レオナルドは複雑そうだった。

 彼が、今日まで逆刃鎌の速度を追求してきたのは、僕が一番知っている。

 それでも、ジョブスキル構成や重量を限界まで削いでも、満足してない様子だったので、現状コイツを追い越せる自信がないのだろう。

 唐突に勝負を持ち掛けられ、困惑しているレオナルドと暴走族に割って入ってくる奴がいた。


「悪いけどソイツ、ウチより遅いよ。勝負つけるなら、ウチとつけな」


 黒のタンクトップに炎が描かれたワイドパンツの容姿。

 縛ってない黒のロングヘアーの少女・ホノカだ。

 どういう訳か、彼女一人だけでギルドメンバーは一緒じゃない。

 彼女と因縁あるようだが、肝心の暴走族は顔をしかめて鼻先で笑う。


「あん時の餓鬼かよ。何度も言わせんじゃねーよ! ゴール決めて、先にゴールしたのは俺だろうが!! 負けた癖にイキるな、ゲーマーが!!」


「粘ったもん勝ちだろ。ウチから逃げたのはそっちだ」


「はぁあぁっ!!?」


 僕らの前で喧嘩を始める二人に、周囲の女共も最早割り込むどころか、無関係を装い出す。

 ムサシは他人事のように「仲がいいな」と呟き、レオナルドが苦笑していた。

 遠くにいるカサブランカは、僕らの様子を伺うのを止めていた。周囲を観察している。

 すると、モラルが欠けたアイドルファン達に動きがあった。


「早く早く、あっちにいるって!」


「心く~ん!」


「白崎様ー!!!」


 どうやら『クインテット・ローズ』のメンバーが会場に現れたようだ。

 これでファンの意識が彼らに向けられ、僕らはゆっくりイベントを楽しめる筈。

 気づいた頃には、アナウンスも終わっていた。


 そろそろ、イベントが開始するかと僕が『薬品一式』の準備を整え。

 ムサシもカタナを鞘から引き抜いている。

 レオナルドは……カサブランカに意識を奪われていた。アイドルファン達も『クインテット・ローズ』を取り囲んで、僕ら周りが手薄。

 僕が不穏を感じ、レオナルドに声かける。


「駄目だよ、レオナルド。もうすぐ、イベント開始のアナウンスが流れるだろうね」


 レオナルドは僕の言葉に驚き、我に返って目をぱちくりさせる。


「お、おお……悪い。カサブランカに声かけたかったんだけど、無理そうだな」


 やれやれと僕が溜息ついた矢先。

 また、レオナルドは妙な動きをしていた。

 今度は何だと視線を追うと―――レオナルドは子供っぽく、しゃがみ込んで、足元にいたあるものをまじまじと観察している。


 兎だ。


 四足歩行の真っ白な兎。

 首回りに奇妙な装飾がつけられている以外は、顔を洗うような動作、小刻みにヒクつかせる鼻、無表情ですました顔と、現実の兎に忠実だった。

 間違いない。これはイベントの――………


「兎だ!」


 興奮気味に大声出したのは、レオナルドだった。

 僕は制する事ができなかったのは、彼の行動の読めなさが原因だ。

 恐らく、レオナルドは周囲の人間が『クインテット・ローズ』に意識を奪われているのを理解して、あえて大声で兎の存在を教えたのだろう。


「みんな! 兎がいる!!」


 更に大声を張り上げると、ホノカや暴走族、アイドルファン達もレオナルドに振り向いている。

 仕方ないか……

 僕が準備しておいたAGI強化の『薬品一式』を使用しようとしたが。

 突如、僕らの足場に穴がぽっかりと開かれて真っ逆さまに落ちた。



「う、わああぁああぁぁあぁぁあぁぁあああぁぁっ!!?!?!?!!」



 もうイベントが始まったのか!? 合図もなしに!!?

 しかも、落ちているのは僕とレオナルド、ムサシだけじゃない。

 近くにいたホノカと暴走族まで巻き込まれている。


 一時、急降下していたが、途中からゆったりとした速度で降下するようになった。

 僕らの周囲を、すました顔の白兎が浮遊している。

 レオナルドは兎に触れたいのか、兎に手を差し伸べるがなかなか届かない。


 そうこうしているうちに、到着地点である広間に衝撃もなく着地する僕ら。

 ムサシは不満一つなく。

 突然の始まりに驚いたらしいホノカは、疲労感ある表情を浮かべ。

 暴走族に至っては、レオナルドとの決着をイベントでやりたかっただけに、共に行動するのには不満があるようだった。


 当のレオナルドは、広間の中央にあるテーブルにちょこんと居る白兎に興味を注いでいた。

 逃げないか警戒してジリジリと距離詰めていた彼を差し置いて。

 ホノカとムサシが躊躇なく白兎に近づいた。

 イベント慣れしている彼らは、まどろっこしいイベントを一刻も早く処理したいのだろう。


「この兎、追いかければいいんだろ? さっさと次、行くぞ」


 せっかちのホノカに、僕が咳払いしてから言う。


「いえ。原作の『アリス』に準えているなら、次は僕らの大きさを変える展開になるかと」


 すると。

 妙なノイズ音が聞こえる。

 最初はイベント専用のアナウンスに不具合があったのかと様子見する。


 音は……俄かには信じがたいが、白兎の首回りに装着されている装飾から聞こえていた。

 やがて、ノイズが若干晴れて青年の声が届く。



『―――せん………ますか? ……の任務を受けた方々で間違いないでしょうか? 僕はトム。「祓魔師エクソシスト」のトムです。まず、皆様の状況をご説明します。皆様はマザーグースの落とし子が一人『オーエン』の神域にいます……つまり「」です』



 ……?

 僕が喋ったつもりの声は出て来なかった。

 暴走族やレオナルドも静かだ。要はイベント会話だから、僕たちは口出しできない仕様になっている。

 『祓魔師エクソシスト』のトムは、不慣れだと分かる口ぶりで喋り続けた。


『えっと、が現実世界へ案内してくれます。まだ任務に慣れていないので、皆様にご迷惑おかけするかもしれませんが……あ、いえ! 僕はまだ新人なので、その子もまだって感じで………っ……声が………』


 何等かの理由で声が遠ざかり、トムの声は完全に聞こえなくなり、ノイズ音すらなくなった。

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