第28話
僕がレオナルドを見送ってしばらく経った。
最初は余裕があったが、今ではこの場にいる全員がハラハラしていた。
理由はこの――恐ろしいほど集結したプレイヤーの数。
一か所に情報が集中すると負荷がかかりやすい。
オンラインゲームで警戒されるサーバーダウンが発生するか否か。
一種のチキンレース状態だった。
サーバーダウンが発生すると、折角レオナルドが『マザーグース』との対話を試みているのが水の泡になる可能性がある。
だからこそ、一刻も早いレオナルドの帰還を期待されている。
まあ、対話だから時間は掛かるし、上手くいかない。
少なくとも――ボス戦の制限時間内には戻ってくる……筈。
さて。
何故、これほどプレイヤーが集中しているか。
最初は、アイドルファンとムサシファン相手の攻防が繰り広げられていた。
マーティンと彼のギルドメンバーが協力して妖怪達のいる庭を守るように防いでくれ。
物のついでか、ホノカも協力してくれた。
次に騒がれるのは妖怪達の存在。
チートでも使って出現させているのか。
僕ら周辺の状況に関する問い合わせが殺到し、ゲームのホームページがサーバーダウンした報告が即座にネットを駆け巡る。
当の本人もとい妖怪達は、何故か庭が気に入っており、人間に嫌気を差して店に戻る様子はない。
だが、僕がバンダースナッチに与えるスープと他複数の料理を完成させた頃。
手際よく料理を運び出そうと僕が庭に出ると、新たな第三の勢力が現れていた。
ネットに晒す為か撮影機能を起動させているプレイヤーが酷く目立つ。アレは仕方ないと割り切ろうとしたものの。
彼らの会話に耳を傾けてみると……どうやら事情が異なると判明する。
「迷惑かけないから、もうちょっと近づいていいだろ!?」
「ああああああ! ヤバイ、どうしよう。いるいるいる!!」
「私からだと全然見えないよ~~!」
「プレゼントとかできるの!? ウッソ!!?」
……ああ。妖怪ファンの連中だ。
アイドルとムサシのファンを押しのけて、今はコイツらが野次馬の大半を占めているようだ。
マーティン達は、レオナルドとの約束を守って、妖怪達に刺激しないよう抑えてくれているが。
次から次へと、どうなっているんだ。
これじゃあ、まるで動物園と変わらない。僕は飼育員になった気分だ。
妖怪達も不思議そうな様子で、スティンクは先程まで皮肉込めて笑っていたが、あの人間たちには怪訝そうな表情を浮かべている。
だが、妖怪ファンが犇めいている一番の理由は恐らく……
『おやおやおや! これはどうもどうも先日ぶりです。ジャバウォック兄さんがお世話になっていると小耳に挟んだものですから、私もお邪魔しました』
と、饒舌に語り口を並べるロンロンが原因。
現れなかったのは単純にランダム配分で登場時間が決められているんだろう。
いや、それよりコイツ、ジャバウォックより年下なのか……
半透明の霊体で浮かぶロンロンの傍らにいるジャバウォックは、応援にかけつけたホノカのギルドメンバーたちから貰った兎の人形を満足そうに抱き抱えている。
僕が一息漏らしながら、料理をテーブルに並べ、ロンロンに返事をする。
「てっきり来ないとばかり思ってました」
御冗談を、と笑顔を前面にしつつ皮肉の籠った言葉を述べるロンロン。
『他とは違って、私は簡単に霊体を移動できないのですから、時間がかかって仕方ありません。それよりも他の方々が人間のところにお邪魔してるのが、私には意外なんですがね? とくにスティンク』
スティンクは嫌味ったらしく言う。
「貴方に一番言われたくないですね。私は『
『何もできない、何も教えられない癖に偉そうな態度が取れるなんて信じられません! バンダースナッチ兄さんからもご指摘して頂けません?』
舞台役者のようなオーバーリアクションをかますロンロンに、面倒そうにバンダースナッチが欠伸をかく。
「食事中なんだから静かにしろよ……」
『ああっ!? なんてことでしょう! 兄さんが食事なんて!! 明日は矢が降るという奴でしょうか? 私が適当に降らして差し上げてもいいですよ』
「静かにしろって……」
兄弟同士で騒がしく会話を繰り広げていると、妖怪ファン達も口々に騒ぎ出す。
「公式が大手じゃん!」
「尊い……」
「薬剤師に転職しよ」
アイツらは(色んな意味合いで)なんなんだ。
僕が黙々と空いた皿を片付ける中。ボーデンが小声で尋ねて来た。
「レオナルドの奴、まだ帰ってこねーのかよ」
一応、時間を確認しながら僕は「もう少ししたら帰ってくるよ」と答える。
メリーも不満そうな顔で話す。
「レオナルドがいたらね、スティンクの奴、大人しいのよ! 何でかは分からないけど」
リジーは人間がいるからか、大人しい口調で喋った。
「多分……彼が、お父さんに似てるからよ。全部は似てないけど……優し過ぎる、ところとか………」
こんなところでファザコンの効果があるのか。
まあ、レオナルドが『マザーグース』と似た性格なのは、ちょっとした想定外だろう。
彼のような人格者は、早々いない。
……そんな具合で色々な野次馬と妖怪達、そして僕がレオナルドの帰還を待たされていると。
唐突に、レオナルドは庭に転移してきた。
前触れのなさに、僕も即座に反応できずに妖怪達の方が反応が速かった。
ジャバウォックが兎の人形でレオナルドにパンチを繰り出したり。ロンロンがいるのをレオナルドが驚いて。
僕は漸く、レオナルドに告げた。
「お帰り。大丈夫だったようだね」
「おう。なんかさ、クリアしてこっちに転移する前に春の女神から、これ貰ったぜ」
レオナルドが特別クリア報酬で貰ったらしいそれは『種』。
奇跡の象徴『青薔薇』の種だった。
◆
『クインテット・ローズ』に協力している件のギルドにて。
ギルドマスターである淡い黄緑髪の青年も、SNSから現状を把握していた。
レオナルドにヘイトを向けようと、逆刃鎌を広めた大役者が彼であることを突き止め。同時にムサシのフレンドでもある大スクープを、今日広めたばっかりだというのに。
妖怪達を庭に呼べる隠し要素が公になり、話題がヘイト方面からズレてしまっている。
そこへ、無事に今日のイベント前夜祭パフォーマンスを終えた『クインテット・ローズ』達とスタッフ。護衛のギルドメンバーが戻って来た。
ギルドマスターの友人たる浅黄直人が、真剣に情報収集していた淡い黄緑髪の青年に声かける。
「『エビ』ちゃん、今日もありがとうね! あ、でも、今日はなんかPK集団は現れなかったよ。イベント前だから、そっちの準備してるのかな?」
直人が今日を振り返って、そう首を傾げていた。
PK集団もイベント準備だけでなく、レオナルドの話題に意識が奪われていたと考えるべきだろう。
ギルドマスターの青年がしばし思案した後、ケラケラ笑みを作る。
「それなら良かった! ……なおっち。明日はどうする? イベントは実況中継するから、逆に俺達が取り囲んでいたら邪魔になるよね??」
話を聞いていた『クインテット・ローズ』のマネージャーが「あの……」と割り込んできた。
「事務所の方からも、イベント当日は『クインテット・ローズ』のメンバーのみのパーティで挑むようお願いされました」
「ふーん? 大丈夫ならいいんだけど」
「大丈夫も何も。明日のイベントは協力型ですから他プレイヤーに攻撃などされませんよね?」
「そうなんだけどね~……ま、俺は、なおっちの友達として協力してるだけだから。邪魔になるようじゃ、参加は控えるよ。イベント装備にも興味ないしね~~」
「すみません。ありがとうございます」
マネージャーが深々と頭を下げている。
『クインテット・ローズ』とその関係者たちは知る由もないだろう。
最早、ギルドマスターの青年……『海老沢』が、使えなくなったからどうでもいい。と彼らを切り捨てた事を。
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