第24話


 新薬騒動から一週間経過すると、様々な変化がゲーム全体に見られる。

 初期より薬剤師のプレイヤー層が増えた。

 イベント後から増加の傾向にあった薬剤師だが、お菓子作りが気軽に楽しめると女子層が興味を持ち、始めているようだ。

 新薬中心の店が多くなり、今も情報戦が続く。


 喫茶店を開業するにあたって、他にも準備が必要になる。

 店の内装、テーブル席、従業員、喫茶店らしく独自の制服などなど………

 アンティーク雑貨や制服、カーテンにテーブルクロス等の作製は刺繡師系。

 テーブル席などの家具や食器類の作製は鍛冶師系が受け持つ。

 つまり、新たな需要が増えた事で生産職全体が活気づいていた。


 勿論、他ジョブも無視してはおけない。

 とくに貢献度狙いのギルド連中は、新薬作製可能な薬剤師確保に必死らしい。

 そうなると、新薬作製に必要な素材集めも激化。

 最近までレア鉱石確保と妨害で勤しんでいたギルド連中も、今では花畑等に居座り、新薬作製妨害を行っている。


 裏を返せば、今ならレア鉱石を確保するチャンスでもある。

 そして、僕達も変化した。

 『ワンダーラビット』の二号店建設と店内拡張の為、ランクアップするべく、真っ当な商売を始めた。


 スタイルは、完全紹介制予約形式にした。

 手始めに小雪と茜、ミナトの三人。彼らから信用できるプレイヤーに紹介して貰って……

 現時点の顧客は、小雪たちを含め十数人。


 売上もほどよく、ランクが8に到達。

 店と庭を拡張。

 工房が基礎薬品製造や新薬作製キットなど器具でごった返してきたので、仕切りを作って見栄えよくする。

 仕切りの一部に取り入れたカウンターテーブル越しで作業したり、レオナルドと対話できるようにした。

 地下も広くなり、以前より多く素材が備蓄可能になった。


 僕は注文された新薬の作製を行っていた。

 あれから、最後の作製キットも入手。


 全季属性の僕は気にせず作製していたが。

 どうやら、薬剤師の属性次第で完成する新薬の効力にも影響があるらしい。

 最後の作製キットで全季特有の特殊器具があった。


 簡単に説明すると、季節を繊細に調合し合う事で、あらゆる季節属性のプレイヤーが効力を得る、夢の様な高級品が完成する代物。

 春なら秋、夏なら冬で中和し、バランスを保てる仕組みだ。

 当然だが食すプレイヤーの季節属性次第で、配合は全く異なる。

 僕も注文客の属性に合わせ、素材を配合、新薬を作製する。手間暇かかるので、大量生産は難しい。


 カウンターテーブルで行っていたラッピング作業を終えたレオナルドが、メニュー画面を開き、転移の準備を行う。


「じゃあ、これ。ミナトさん達に届けてくる」


「うん、よろしく」


 レオナルドが転移したのを見届けて、僕はもうひと頑張りだと言い聞かせる。

 残るは、小雪の分だけ。

 彼女は決まった時間、無人販売所に現れるので、そこで手渡せばいい。


 作業を行っていたカウンターテーブルに視線を向け、僕は一瞬だけフリーズしてしまう。

 複数作製し終えた練り切りが収められた箱。

 そこに入っていた筈の繊細な一品『はさみ菊』ない。

 あった場所がポッカリと空洞化している。


「………」


 チラチラと視界の端に映る薄水色髪。

 僕が目を伏せ、憤りを抑えてから、作業に戻る動作を見せると、カウンターテーブル越しからひょこっと顔半分が現れる。

 じっとお互いに見つめ合う。


 長い一息を漏らして、僕が練り切り作製に取り掛かる。

 すると、僕の向かい側にあったレオナルド用の椅子には腰かけてきた。

 ジャバウォックだ。


 身丈に合ったファーのついた白マント、白の貴族服の恰好をしている。

 もう一週間経過しているが、未だ立ち去る気配がないどころか。こうして、僕達の前に姿を見せるようになった。

 鼻歌を口ずさみながら、僕の作業を眺めるジャバウォック。

 ここから見えないが足を揺らしているようで、体も小刻みに揺れていた。


 一定時間、獲得する素材をコモンのみにする任意発動の『フィーバータイム』を一回得られる練り切りが完成。

 小雪の様な銃使い系で最も大変な素材集め。

 銃弾には集めやすいコモンを大量に求められるので、人によってはありがたい効力。

 ジャバウォックを警戒しながら、箱に練り切りを収めたが、奴は無反応。

 しげしげと練り切りを観察していた。


「………」


 次は同じ効力でレア、Sレア、SSレアのみに限定する練り切りを作っていく。

 僕が順序良く作り、完成し、箱に収めるのを目で追うジャバウォック。

 最後に……これだ。


 一定時間、プラチナのみ出現する『はさみ菊』の練り切り。(もしかしなくても)先ほど、ジャバウォックに食べられてなくなった奴だ。

 素材の一つ『月下美人』は夜、花開いた状態でなければならない。


 加えて、この練り切りの『フィーバータイム』はたった十秒だけ。

 試行錯誤しても、僕の技術ではこれ以上延長は難しい。

 だが、たった十秒だけでも、プラチナの素材を入手可能とする夢の時間を追い求めるプレイヤーは数多くいる。


 丁寧に花びらを揃え完成した高級品質の『はさみ菊』。僕は完成したそれを箱へ収めた。

 瞬間。狙っていたようにジャバウォックが『はさみ菊』に手を伸ばす。

 僕が即座に、箱を自分の所持品に移動させた。

 無事、ジャバウォックの魔の手から『はさみ菊』は逃れた。


「あっ」


 真顔で声を漏らすジャバウォック。訴えるように、真顔のまま僕をじーっと見つめ続けた。

 何が「あっ」だ。希少なものばかり狙って。

 代わりに、僕は様々な果物とクリームを巻いたホール状態のロールケーキを出した。

 僕とレオナルドの分をカットし、皿に乗せる。


「食べていいよ」


「わーい」


 ジャバウォックは、残ったロールの方を素手で掴んで丸齧り始めた。

 口の周りがクリームだらけのジャバウォックを、配達を終えて戻って来たレオナルドが驚く。

 慣れた僕は、紅茶の用意をしながらレオナルドに告げる。


「僕と君の分はそこにあるから、紅茶を淹れるまで食べてていいよ」


「お、おお……ロールケーキかぁ」


「ロールケーキの効力はドロップ率上昇だよ。今日は基礎薬品の素材集めから始めよう。備蓄が少なくなってきたんだ」


「わかった。あー……茜さんからお前の武器預かって来たぞ。あと、新しい棚とか家具。ミナトさんからはカーテンとかテーブルクロス」


「そこの空きスペースに全部置いておいてくれ。ああ、君の武器も完成してた?」


「おう、一応見るか?」


「うん」


 レオナルドが品々を置くのを眺めていたジャバウォック。

 奴は、ロールケーキを口一杯に頬張りながら喋った。


「んふんふ」


「あ?」


 反応を示したレオナルドが思わず顔を上げると、ジャバウォックがもごもご喋り続ける。


「ふんふふ、うんふふんうふんふふふ?」


「食べてから喋れよな……」


 やれやれ呆れながらレオナルドは、ジャバウォックの隣に置かれた椅子に腰かけ、ケーキを手に取る。

 漸く飲み込んだジャバウォックが改めて尋ねた。


「お店に誰もいれないの、どうして?」


「え。えーと……」


 唐突に真面目な質問をされたものだから、レオナルドは返事が遅れる。

 僕が紅茶を淹れたカップをカウンターテーブルに置き、答えた。


「誰にも邪魔されないで、ゆっくりできるからだよ。こうして、僕達でお茶を楽しむ事ができる」


「ふーん」


 感心あるのか分からない反応のジャバウォックだったが、こう付け加えた。


「パパもこうすれば良かったのに」





 お茶の時間を終えると、茜たちに依頼していた品々を確認する僕ら。


 中でも、茜に作って貰ったジャバウォックに悪戯されない為の『妖怪避けの守り』を付与した棚。

 ここに下準備の加工を終えた素材を収納すれば、一安心だ。


 ……しかし、悪戯し甲斐のない環境だと、逆にジャバウォックの不服を買う。

 まず、僕はレオナルドにラッピングし終えた箱を渡した。


「レオナルド。薬草の収穫と、柵の取り付け、あとインテリアを配置してくれ。その間に僕は店内を整理整頓するよ。全部終わったら、花畑エリアに向かおう」


「これ、小雪に渡す奴か。わかった」


 レオナルドが庭に移動するのを見届け、僕は手疑惑よく店内全てを整理整頓し始めた。


 最初に購入した『妖怪避けの守り』が付与されてない棚は、工房に配置。

 そこには新薬作製キットを収納。

 工房内部に配置する作業台なども、特殊家具で初期よりも広い台を作製して貰った。

 基礎薬品の製造する器具・タンクの数も増え、スペースを食っていたが、余裕を持って置ける広さまで店全体は拡張している。


 店内に配置したら見栄えが悪い倉庫も、工房に移動。倉庫には貴重品である装備品を保管する。

 地下室の扉も店内ではなく、工房側に移動させて……当初配置していた小物とテーブル席だけある、スッキリした店内を取り戻した。


 テーブル席も、僕とレオナルドが座るだけのものだったが。

 新たに作って貰ったテーブル席は、四人分の椅子と円形で大き目なテーブル。同じものを三組配置。

 僕はそこに、テーブルクロスを敷き、兎の小物を置いた。

 残った店内のスペースに『不思議の国のアリス』をモチーフにした小物や、薬草などが入った瓶を並べた棚を配置。


 ああ、忘れるところだった。

 ミナトに依頼した壁かけのインテリアを取り出す。

 他にも依頼した壁紙・カーテンを新調し、天井にぶら下げる控えめなシャンデリアを配置。


 扉から窓、店全体を『ワンダーラビット』に似合った『不思議の国のアリス』らしい風貌に変更する。

 実際の工事なら恐ろしく手間暇かかるが、そこはバーチャル。

 手軽な操作で、誰でも簡単に変更可能な訳だ。


 お客を招く訳ではないが、店内の小さな喫茶店らしい雰囲気作りは完成した。

 残るは庭だが、もう少し広くなってからで問題ない。

 変貌を遂げた空間をキョロキョロ見回すジャバウォックを他所に、次は地下へ移動する僕。


 地下にあった素材入りの瓶は全て『妖怪避けの守り』を付与した棚に収納。

 さて……備蓄していた基礎薬品用の薬草。

 これをあえて麻袋に詰める。何がどれか分かりやすいように麻袋に印をつけた。


 次に水。種類別に分け、樽に保管。

 木材はそのままの状態で山積み。

 鉱物類や繊維類はそのままの状態で『妖怪避けの守り』を付与してない棚に。


「えいえい」


 すると、いつの間に移動したのか。

 ジャバウォックが、僕の傍らで麻袋をサンドバッグのように殴ったり蹴ったりし始めた。

 僕と目が合ったジャバウォックは、構う事なく色んな麻袋をサンドバッグ代わりにしていく。

 それに飽きると、木材で水樽を太鼓のように叩き始める。自棄にリズミカルなのが腹立たしい。

 僕は最後に、邪魔にならない程度の小道具を幾つか地下に置いた。


 こんな具合で、座敷童子を飽きさせないような悪戯し甲斐要素を残しておけば、不服は生じない筈。

 作業を完了した僕は、やっとレオナルドがいる庭へ転移する。


 無人販売所前に小雪が来ており、レオナルドは庭の外側に移動していた。

 庭は外との間に見えない壁がある。ああやって品を渡すには、一旦庭から出るしかない。

 近頃、口が回るようになった小雪の話が聞こえる。


「レオさん。知ってます? 『ソウルオペレーションソルオペ』で逆刃の鎌に乗る奴」


「え? あ、あー……まあ」


「あれ、凄いっすよね~。見つけた人、神じゃないすか? てか、レオさんやってます?? 鎌バイク」


「う、うーん。結構、バランス取るの大変なんだよな。俺には無理だ」


「やっぱ難しいんすか。自分は楽そうに見えるんすけど……」


 ベラベラ喋っていた小雪が、庭にいる僕の存在に気づくと、慌ててレオナルドに別れを告げ、立ち去った。

 レオナルドも僕に気づき、庭に移動する。

 彼はなんだか複雑そうな表情だ。


「逆刃鎌が広まったら、俺も人目を気にしないで練習とかできるかな~って思ったんだけどさ……」


 僕は彼の言い分が面白くて、吹き出してしまった。

 「何で笑うんだよ」とレオナルドが怪訝そうな表情をするので、僕も笑いを落ち着かせ、返事をする。


「アレを直ぐに乗りこなせるのは、君だけだよ。少しは自身の力量を自覚できたんじゃないかな?」


 レオナルドは珍しくムスっとした表情を浮かべる。

 新薬が注目ばかりされているが、時を同じくして逆刃鎌の噂も墓守系プレイヤーに伝わっていた。

 だが、逆刃鎌のコントロールは『ソウルターゲット』と同じバランス感覚を求められる。


 『ソウルターゲット』を自在に扱えるプレイヤーは、レオナルド程ではないが逆刃鎌を乗りこなしている噂を聞くが、それ以外は練習を続けていたり、センスがないので止めるなど様々。


 影ながら、墓守系の界隈も活気づいた。

 薬剤師とコンビを組むうえでも相性良いことがあり、僅かにプレイヤーは増加傾向にあるようだ。

 庭の作業も終え、僕はレオナルドに提案する。


「よし。じゃあ、そろそろ花畑エリアに行こうか」


「おー。そういや最近、行ってねぇや。花畑。薬剤師増えたから、混んでんのかな?」


「どうだろう。新薬作製に着手するようになったら、足を運びにくくなると思うけど」


 なるべく多くの素材を採取し、店に置いたら再び花畑に向かう。

 何往復かする予定で、僕達は花畑エリアに向かった訳だが…………

 そこには、予想外の光景が広まっていた。







「「「「「「キャ~~~~~~~~!!!!」」」」」」


 無数の女性の絶叫。

 これは悲鳴ではなく歓喜の叫びだった。

 赤や白、黄、紫、緑の衣服やアクセサリを身に着けた女性プレイヤーの群れ、群れ、群れ……


 転移した僕とレオナルドの前には、おぞましい群衆の光景が広がる。

 彼女たちが熱帯びる原因は、スポーン位置付近の花畑をステージにして演技をしている五人組の男性プレイヤー。


 しかも彼らは、を自在に乗りこなして、空中ターンや高速スピンなどの演技を披露。

 女性たちに媚び売るように、手を振ったり、投げキッスしたり。

 その度に女性たちが狂喜乱舞。猿のように黄色い声を上げていた。


「心く~ん!」


「竜司様ー! こっち見てー!!」


「今、直人くんが私に手振った! 絶対、私に!!」


「むっちゃん、可愛いー!」


「翔太スゴ! やっぱり体育会系だから、ああいうの得意なのよ!!」


 あの五人組の誰か名を呼んでいるのだろう。

 僕達は誰一人知らない。

 しかし、彼らが何者か。大体の予想はついた。そして、ここからの悪い展開も。


「ちょっと! ここで立ち止まらないで!! 奥にいけないんだけど!!!」


 僕ら以外にも、スポーン位置で足止めを食らっているプレイヤーが数多くいた。

 皆、目の前の光景に呆気取られているが、素材集めの為、奥に移動しようにも女性たちが邪魔になって通れず。

 空を飛ぼうにも、魔法使いの女性プレイヤーが沢山、箒に乗って五人組を観賞している始末。

 プレイヤーの何人かが大声で、女性たちに注意を始めた。


「おい! 俺達が通れないだろ! 道を開けてくれよ!」


 しかし、彼女達はまるで自分たちが正しいかのように冷たい態度をする。


「はあ? 何なの、アンタ達」


「折角、盛り上がってたのにテンションがた落ち……最ッ悪」


「それはこっちの台詞だ! クソアマ!! ゲームと無関係なアイドルコンサートを開いてる方が場違いなんだよ! 現実リアルでやれよ!!」


「コンサート開く金もない売れないアイドルだから、ここでアピールしてるんだろ? 悲しいねー」


「キモオタだから、CDランキングとか見てないのぉ? 今週もオリコン一位ですよーだ!!」


「だったら、何でこんなところで集客活動なんかしてるんでしょーね? どうせ売上とか誤魔化してるに決まってんじゃん」


「なによ! このゲーム、自分勝手やりたい放題して良いんでしょ!? ゲームだからって平気で人殺してる連中に説教されたくないだけど!!」


 民度の悪いアイドルファンと仮想世界でしかマウント取れないゲームオタク共。

 双方による醜い罵り合いが加速して、不安を感じた者は潔く離脱を行い始めた。

 レオナルドは周囲の状況に困惑した様子。

 騒音で声がかき消される為、僕はレオナルドの腕を直接引っ張り、無言でメニュー画面を開き、彼に離脱を促した。

 納得いかない不満気な態度だが、仕方なくレオナルドも今回ばかりは離脱を行った。


 この騒動が始まりに過ぎないと、僕はまだ知らなかった。

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