第23話


 少し時間は遡る。


 昨晩、ミナトが漏らした一言は意外性も含めて、僕には予想だにしない意見。

 『戦闘の才』。所謂――天才なんて誉め言葉。

 僕ら客相手に対して、過剰に煽ててるだけだろう。最初はそう思った。


 ミナトが、僕の心を読んだように話を切り出す。


「あの逆に刃がついた大鎌を上手く扱うのもそうですが、ルイス様とお二人でメインクエストをクリアしたのは、中々ではないでしょうか」


「はぁ。そうですかね」


 僕は釈然としない態度で相槌を打つ。


「他の墓守系のお客様から聞いたところによると『ソウルオペレーション』の操作は、大雑把に動かすだけなら簡単ですが、複数の鎌を繊細にコントロールするには、プレイヤーのセンスに問われると聞きましたので」


「……確かにレオナルドは、『ソウルオペレーション』の操作は得意みたいですね」


?」


 練習……してはいた。

 『ソウルターゲット』や『ソウルオペレーション』を試行錯誤していた時。

 しかし、あれも数える程度で実際は、どう使えば手探りしていただけで、バランスは元から良く。


 逆刃鎌の練習で三面ボスのロンロンに挑んだ時もあったが。

 それも数十回。たかが数十回で逆刃鎌のコントロール感覚を完成させた訳でもある。

 ミナトは、不思議なくらいに淡々と話を続けた。


「アレを見て、私は何故イベントに参加されなかったのか疑問に思いました。彼ほどの実力者なら、終盤まで生き残れるレベルだった」


 一旦、話題を中断して「すみません」とミナトが謝罪する。


「少々、熱くなってしまいました。……迷惑を承知で私の考えをお伝えしますが、レオナルド様の実力は信頼してもよろしいのではないでしょうか」





 時は戻り、逆刃鎌に腰かける僕は地上で盾兵系の防御エフェクトを目にする。

 ここから姿は見えないが、PK集団が僕らに攻撃を仕掛けてきた。

 魔法攻撃や弓兵系の攻撃が防御壁をすり抜ける。

 盾兵系のプレイヤーと同じパーティを組んでいるプレイヤーの攻撃は、ああなるのだ。


 しかし、これでは敵に攻撃できない。

 レオナルドは、レベルアップにより最大数である五本分の鎌を操作している。

 僕たちが乗る逆刃鎌の二本以外の三本が、地上のプレイヤーに向かう。


 途中、僕とレオナルドの双方が青白い光に包まれる。『ソウルシールド』だ。

 複数同時に対処できないよう、相手は連携していた。


 まず、地上の盾兵系のプレイヤーが『挑発』を使用。

 これで『ソウルオペレーション』で操作されるレオナルドの鎌を惹きつける。

 僕が乗る逆刃鎌も『挑発』で引き寄せられる対象に含まれていた。


 その傍ら、上空から攻撃を仕掛ける算段だったらしい忍具で飛行する忍者のプレイヤーが二人。

 一人が何かに追われながら、僕に接近する。


 。妖怪を他プレイヤーに誘導し、間接的なPKを狙う魂胆だ。

 もう一人は着色された煙幕を放ち、僕に状態異常を与えるようだ。着色から『睡眠』の状態異常を狙っている。

 『睡眠』になると、僕自身がレオナルドにボイスチャットなど助けを求められなくなる。


 ただ、レオナルドは『ソウルシールド』で対処していた。

 少なくとも、盾兵系の『挑発』を無力化出来ている。


 最初に展開された防御エフェクトは盾の前方のみに展開されるものだ。

 『ソウルターゲット』の急接近で上手く回り込んだレオナルドは、盾兵系のプレイヤーを片付けたようでエフェクトが消失する。

 続けて、地上で駆け巡るレオナルドを収めようと、敵の攻撃が飛び交っていた。


 問題は僕の方だ。

 『ソウルシールド』で状態異常を防げても、忍者二人と力な天狗が相手。

 非常用として所持していたが……僕は調合薬品の一つを放り投げる。

 それは僕の手から離れた数秒後――


 僕の体は爆風によって鎌ごと吹き飛ぶ。


 これはアイテムによるダメージに加算されるうえ、爆発による火の粉が僕が乗る逆刃鎌に降りかかり、燃え上がってしまった。

 茜の助言を聞いて、焼失するのは覚悟の上だったが、こうも簡単に壊れてしまうとは。


 当然、僕の体は落下していく。

 そして、爆発に巻き込まれた忍者二人と天狗も落下した。

 ただ落下するのではなく、彼らは麻痺状態に陥って、無抵抗で落下していったのだ。


「お、おい! アイテム盗んだか!?」


「変なイベントアイテム持ってたんだよ! でもイベントアイテムだから盗めねぇって――」


 そんな会話を繰り広げる二人と天狗を他所に、僕の体は浮かび上がる。

 レオナルドが戻って来た。

 僕の体をキャッチする前に、脇を通り抜けた瞬間。レオナルドがジョブ武器の『死霊の鎌』で二人と天狗を切り倒す。急所の頭部を狙い、完璧に成功させた。


 一息ついてから、レオナルドが言う。


「ったく……ビックリしたぜ。なんだ? 今の」


「君に言われたくないよ」


 レオナルドが最初に作った鉄の逆刃鎌を呼び寄せ、そちらに乗り移ると、彼が乗っていた木の逆刃鎌を僕に譲る。

 僕は、さっきと同じように腰かけるスタイルに戻った。

 落ち着いたところで、僕は説明する。


「君の前では『火炎瓶』を使わなかったからね。知らなくて当然かな。攻撃系の薬品だよ。ちょっとした爆弾みたいなものだから、敵味方関係なく巻き込んでしまうのが欠点だね」


「じゃあ、さっきのは『火炎瓶』となんか調合した奴?」


「うん。『火炎瓶』と『麻痺粉末』、状態異常成功率を上げる類など調合したものさ……ああ、でも君の武器まで壊れるとは思わなかった。ごめんね」


「いや、いいよ」


 最深部に移動するまで、敵の攻撃は一切なかった。

 PK集団も、レオナルドが全員片付けてしまったので心配する必要すらない。

 穏やかな時間が流れる中、レオナルドが僕に話を持ち出す。


「ルイス。そのー……俺もちょっと勘違いしてたんだけどさ。PKする奴ってフツーにいるっていうか……ここにいる連中って、やっぱりPKを楽しむ為に居るんだよ」


「…………」


「あっ、いや。楽しむって語弊があるけど、なんつーのかなぁ」


「君の言いたい事は分かるよ」


 僕もレオナルドに言う。


「僕も勘違いしていたよ。君は単に飲み込みが早いんじゃない。『天性の才能』があるんだね」


「褒めても何も出てこねーぞ」


「褒めてないよ」


「?」


 エリア内で太陽の光が一筋差し込むと、春の美しい風景がくっきり見えるようになり。

 妖怪の姿は一つもなかった。




 メインクエスト五面ボスエリア。

 夜空に星々が輝く中。僕とレオナルドは貧相で古びた一軒家の前に転移される。

 周囲にはボロボロの桶や農具。どれも穴が開いてたり、使えない状態で壊れていた。


 いつも通り、妖精『しき』が登場と共に助言を与える。


「ここにいるのは『マザーグース』の右腕『ブライド・スティンク』だヨン。……貴方達はってするヨン? 私は妖精だから、そういう症状はないヨン。人間って大変ヨン」


 なんだか、珍しく普通の会話をしてきたように感じるが、この先で起きる事態を予期した助言でもある。

 二面の『リジー・ボーデン』よろしく、『ブライド・スティンク』も小屋に入るまでボス戦は開始しない。

 レオナルドが、二本の木製逆刃鎌とジョブ武器『死霊の鎌』の三本を装備。

 マルチエリアの時と同じように、木製逆刃鎌の峰に腰かける僕。


 強化枠も確認した。

 クエスト前にレオナルドが食した新薬の効力は以下の通り。


[春エリア内でのSTR急上昇&持続]

[春エリア内でのATK急上昇&持続]

[春エリア内でのATKとSTR上昇&持続]

[春エリア内での全ステータスが上昇&持続]

[春エリア内でのみMP無限状態]


 『ブライド・スティンク』――スティンクは形態変化が三段階ある。

 レオナルドは第一、第二形態時はSTR強化の薬品を、最終形態時はATK強化系の薬品を使用する。


 僕は『サクラのフロート』による[春エリア内での全ステータスが上昇&持続]以外は、[STR上昇&持続]系の新薬効力で四枠埋めている。

 どの形態時も僕はSTR強化薬品だけ使用。レオナルドを信じて、全力で逆刃鎌にしがみ続け、生き残る。


 以上を同時使用する為にセットした『薬品一式』の内容を最終確認する僕。

 レオナルドと僕は、スティンク攻略の手順を覚えているか復習。

 木製逆刃鎌に乗った僕らは、小さな家の戸を開け、スティンクの家内部に侵入する。


 内装は至って平凡。

 玄関は、人間の一般家庭の一軒家と大差ない狭さで、絵画や置物のような特別変わった代物は一切ない。


 僕たちが玄関に入ると、背後で乱雑に扉が閉まった。

 咄嗟に、背後を振り返った僕。

 レオナルドは冷静に逆刃鎌をコントロールし、玄関から続く廊下のすぐ脇にある扉を開く。


 そこにはリビングダイニングがある。

 ソファーなどが配置された、くつろぐ空間と食事を行う為の質素なテーブル席。奥にはキッチンが。

 他にも、家には洗面所や客室、二階には倉庫とスティンクの自室がある。


 僕らが、わざわざリビングに移動したのも理由がある。

 いよいよだ。

 急に室内が暗くなる。レオナルドが事前に分かっていたにも関わらず、声を漏らす。


 


 正確に言えば――僕らが小さくなり、ミニチュアの家に閉じ込められているのだ。


 家全体が外にいる女性・スティンクに持ち上げられる。

 あくまで、僕達が小さくなってミニチュアの家にいるだけで、周囲の重力などは普通の状態。


 家内部もそう。

 スティンクの動作に合わせ、レオナルドも逆刃鎌をコントロールして浮上。

 こうしないと、単に浮かんだ状態の逆刃鎌は、家の床と衝突する。


 ミニチュアの家を高々と掲げたスティンク。

 そこから、ミニチュアの家を激しく弄び始めた。上下左右、クルクルと回転、床へ派手に叩きつけ。

 内部にいる僕らは、グチャグチャ状態の内部で家具などにぶつかって、ダメージを受けないよう回避する。


 これが数々のプレイヤーを苦しめる『ブライド・スティンク』が糞たる所以。

 普通なら、天井や床に叩きつけられて、家具などが衝突しダメージを受ける。

 防御を高めてダメージを抑えても、こんな状態の内部で酔ったり、目を回して、戦闘どころではなくなる。


 激しい猛襲も、しばらくすれば止み、内部にいる僕らを引きずり出そうと、スティンクが窓を開け、指を入れる。

 レオナルドが、攻撃用の『死霊の鎌』を『ソウルオペレーション』で回転し指に攻撃。

 痛みでスティンクが家を手放した一瞬を狙い、僕達は窓から外へ飛び出す。


 ミニチュアの家から脱出すると、僕らの大きさは元に戻る。

 既にスティンクは姿を消していて、どこからか「バタン」と扉が閉まる音だけ響く。

 脱出した僕らが到着したのは『本来のスティンクの一軒家』。

 ミニチュアの家と構造になっていて、僕らがいるのは二階にあるスティンクの自室。


 レオナルドが『ソウルサーチ』を発動。

 外で巨大化したスティンクが一軒家を持ち上げ、家を弄び始めた。

 今度は家具の量が増える他に、空間が一部裂け、ボウガンを持った人間の手がヌウッと這い出る。

 的確にレオナルドが回転移動する鎌でソレを攻撃。えげつない鳥の悲鳴が響き渡った。


 そう、あれは一面で出現した『クックロビン隊』。

 一面と同じく、空間の裂け目から攻撃を仕掛けてくる以外にも、虫や魚の小動物が裂け目から溢れ出す。

 長く空間の裂け目を開かせない為にも、素早く『クックロビン隊』を片付ける必要がある。


 最終的に、スティンクが僕らを引きずり出す為、窓から手腕を突っ込む下りは同じで。

 レオナルドがそれを狙って、鎌で攻撃。


 スティンクが窓から腕を引っ込めた隙に、やっとのことで脱出した僕ら。

 先ほど巨大化していたスティンクは、普通の人間女性の大きさに戻っていた。

 能力の原理はよく分からない。


 人前や直接見られている最中以外で自在に大きさを変化させる能力だろうか。


 漸くお目にかかれたスティンクは、灰色のショートカットで金目、清楚なメイド服を着ているが容姿に似合わず荒くれもののような険しい目つきをしていた。

 スティンクが攻撃モーションを取る前に、僕は一息ついてレオナルドにATK強化の調合薬品『特製破壊薬』と『破壊薬』の派生品を使用。


 最初に使用した薬品の効力が消えるタイミングも狙っていた。


「ルイス! 大丈夫か?」


 無我夢中で鎌にしがみ付いていただけの僕に、心配するレオナルド。

 僕がまともな返事をする前に、スティンクが両手を掲げた。

 返事の代わりに、僕はレオナルドに教える。


「レオナルド! 次の攻撃が始まる!!」


 レオナルドは即座に集中し直す。

 夜空で煌めいていた星々の中から、幾つかが眩い光を放ち、レーザーや光弾を発射しながら僕達に接近。

 僕が逆刃鎌から降りたのを確認したレオナルドは、鉄の逆刃鎌に装備を切り替えつつ。

 レーザーと弾幕状になった光弾の合間を潜り抜けた。

 地上に降りた僕は、鞄を盾にして攻撃を防いだり、自力でなるべく回避する。


 これ以降は、レオナルドが戦闘を行う。

 僕が出しゃばって足を引っ張るより、彼だけで戦った方がマシだ。

 実際に、レオナルドはレーザーや光弾を放つ星々を操作するスティンクの攻撃を容易く掻い潜って、彼女に接近し攻撃を当てる。


「……」


 マルチエリアでの一件の後。

 僕はレオナルドの実力を理解し、彼に伝えた。


――イベントに参加する時は、絶対に容姿を隠した方が良い。


――そうでなくても、君の実力は無暗に明かしてはならないよ。


 彼は不思議そうに「なんで?」と聞き返したが、彼は未だに実感を得ていないのだろう。


――僕は、君の実力が上手かろうが下手だろうが、何とも思わないけど……


――他人にとって、君の実力は普通ではないのさ。


――ムサシやカサブランカが、周りからどう言われているか。君も知っているだろう?


 レオナルドは怪訝そうに「あれ誉め言葉だろ」と好意的な捉え方をして反論する。

 多分、どこかで自分は普通じゃないとレオナルドは気づく。

 自覚した時、一体彼はどうするのか。僕は不安がありながら、その時が来るのを楽しみにしていた。


 レオナルドが、スティンクにトドメの一撃を与え、ステージクリアのメッセージが表示された。

 厄介な序盤中盤を経た勝利だったからだろう。

 レオナルドは自棄に嬉しそうに喜んで、僕の元にかけつけ、色々と話を発展させていった。

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