第22話
翌日、午前三時。
僕は予定通りログインをする。
レオナルドと決めた時間は午前四時だが、一足先に準備と深夜にかけて出回った情報を収集していた。
新薬の情報は、ホノカのSNSアカウントを通じて広がっていた。
カサブランカ相手に敗北したせいで、嫌な注目を浴びたお陰だろう。
攻略班の一人が、深夜から出動するハメになったと愚痴を漏らし。
薬剤師でアバターを作り直したプレイヤーの何人かは、INT極振りで最前線に立ち、率先して情報提供を続けている。
他のジョブプレイヤーも協力する旨があった。
流石、この時間帯は賑わいが収まっている。
「……ふむ」
その中で、幾つか目に付くのが『新薬で隠し属性が分かる』『ひょっとしたら、薬剤師系はINT極振りが正解かもしれない』『アルケミストになったら攻撃スキルが覚えられる』……
情報が錯綜して信憑性は危うい。
発端は隠し属性――『季節』の発見から始まったようだ。
まず、僕は新たなNPCイベントのメッセージが届いていたのを開き、実行した。
以前は老婆が登場したが、今度は中年女性の錬金術師アルケミストが訪問する。
「まだ
新たな製造キットと共に渡されたのは特殊な陣『四季陣』。分類上は家具扱いされている。
女性が話を続ける。
「その陣の上に立った人間の『季節』が分かるようになるわ。これで依頼人に合わせたものを作りなさい」
合わせたもの、か。
イベント終了と共に女性の姿は消えた。
僕は店内にスペースを作って、四つのクリスタルに囲われた『四季陣』を設置。
同時に『四季陣』の解説画面が表示された。
<四季陣について>
〇陣の中央に立ったプレイヤーの『季節』を鑑定できます。
※『季節』が解禁されるのはジョブ3ですが、ジョブ1・ジョブ2の状態でも鑑定可能です。
〇鑑定終了後、プレイヤーのステータスに季節の項目が追加され、表示されます。
<季節について>
〇ジョブ3習得後、新たな属性『季節』が追加されます。
〇各『季節』の特性は以下の通りです。
・春…増加。スキルで発生する攻撃数・生産物を増量します。
・夏…強化。スキルや生産物などに強力な補正を与えます。
・秋…変化。スキルや生産物に通常とは異なる変化を与えます。
・冬…硬化。スキルで発生するもの・生産物を強固にします。
(別枠)無季…あらゆる季節を打ち消します。
〇『季節』はプレイヤーごとによって異なります。
・単季…一つの季節だけ操れます。
二季・三季・全季よりも季節の能力値が高く、強力な技を覚えられます。
・二季/三季…二つ、あるいは三つの季節を操れます。
単季の派生で、基の季節に隣接する季節を使用できます。
(例:基の属性が春、隣接する夏と冬の三季)
・全季…全ての季節を操れます。
単季・二季・三季よりも季節の能力値は低いですが、全ての季節に適応できます。
・無季…残念ながら季節を持たない存在です。
代わりに全てのステータスが、特大上昇。
季節持ちのプレイヤーが覚えない技を習得することも……?
書いてないのか……少し触れられている『隣接する季節』から話を発展させよう。
たとえば、春属性の場合。
春に隣接しているのは夏と冬。
その対極にある季節――秋は春の弱点になる。
そして、春属性のプレイヤーが秋属性の新薬を食べてしまうと、デメリット効果を得てしまう。
……そう。
別名『食中毒』で倒れる事態になったプレイヤーが続出。
クエストを受注からの離脱を行えば、デメリットは解消されるのだが、食べた時の状態は……大変らしい。
だが、他プレイヤー達はこの『四季陣』を入手していないらしい。
当然と言えば当然。先行していた僕が、いち早く条件を満たしたのだろう。
しかし……つまりこれは。
僕は『四季陣』の中央に立ってみる。
周囲にあるピンクのクリスタルが春、緑のクリスタルが夏、オレンジのクリスタルが秋、青のクリスタルが冬。鑑定が終わると四つのクリスタルが同時に輝き、七色を放つ。
[鑑定結果:ルイス さんの季節は『全季』です]
やっぱり。僕は溜息をついた。
更に言えば、恐らくレオナルドも僕と同じ『全季』だ。
『全季』は四季全ての新薬を食してもデメリットはない。
代わりに、単季・二季・三季にある『属性にある似合った新薬の効果が急上昇する』メリットを得られない。
ついでに、現時点のデータによると全体の割合だと『全季』と『無季』は数%。
性能云々ではない。
何故、こうも目立つような状況に追い込まれるんだ。僕もレオナルドも……
ただ……『
MP(魔力)がない代わりに『季節』が優れている。
あるいは、MPに代わる『季節』の消費エネルギー要素が出てくる、か。
『
文字通り、錬金術は金を生み出す為の技術であり、有名な賢者の石を含めた不老不死を追求する医術にオカルト要素が加わったもの。
薬草だけではなく鉱石類の素材を活用できるようになる。僕はそう考えていた。
「どちらにしろ、DEXにある程度振っておいた方がいいだろうね」
僕はレオナルドが来るまでに、日課の放置製造の設定、新薬開発を行う。
最中、カチャカチャ……と地下室で瓶が鳴る音が小さく聞こえる。
座敷童子はプレイヤーがログインして、少し経つと行動を始めるようだ。
今日のマルチエリア巡りで食す予定の『おはぎ』を複数作り置きする。
いつでも飲めるように『梅茶』も準備だけ整えた。
『おはぎ』はSTR、『梅茶』はAGIを急上昇させる効力がある。
新薬は最大五つ分の効力を得られる。
このようなセットで食し、楽しむのも要素に考えられていると分かる。
さて――まだ、時間に余裕がある。
花からエキスを抽出したカラフルな液体を素材を加え、練った白あんに着色として混ぜ込む。
「余裕があるから、これをやってみようかな」
他プレイヤー達も色々とメニューをSNSに載せている。
中でも『練り切りチャレンジ』というのが、自棄に流行っていた。
『練り切り』。
和菓子の一つで、今作った白あんの生地にあんこを包み生地を作る。
それから、様々な手法で整形・細工を施す。この整形・細工次第で、効力が変化するらしい。
……僕は日頃、練り切りは見慣れている。
故に、色々とアイディアが浮かぶ。……まあ、ちょっと作って見たかった。
レオナルドがログインする頃には、いくつも練り切りが完成していた。
中でも小さな鋏で細かい花びらを作る繊細な『はさみ菊』。我ながら良い仕上がりで満足だ。
丁寧に整形・細工を終えた練り切りを仕切りのある箱に収めていく。
茶道の時間で腐るほど目にした練り切り。
だが、こうして自分の手で作ってみたい欲求は、心のどこかにあった。
眠そうに欠伸をしながら、登場したレオナルドが練り切りを目にして、面白そうに覗き込む。
「おお、なんだこれ」
練り切り自体初めて見るらしいレオナルドは、僕に尋ねた。
子供っぽい反応をする彼を微笑ましく見つめながら、僕は返事をする。
「おはよう、レオナルド。これは『練り切り』だよ。和菓子の一つでね。こうして細工していくと、効力が変化するんだ」
実際に、僕が作業するのを眺め、改めてレオナルドが完成した練り切りに対し、複雑そうな表情をした。
「はぁー……全部手作業なのか、それ。食うの勿体ないな」
僕が最後の一個を完成させ、箱に収め終えてからレオナルドに頼む。
「ふふ、そう言って貰えると嬉しいよ。レオナルド、作り置きしていた『おはぎ』と『練り切り』をテーブルに運んでおいてくれないかい。僕はお茶を入れるから」
「…………」
「うん? どうしたんだい」
「いや……『おはぎ』?」
レオナルドが視線で僕に訴える。
作業台に放置していた『おはぎ』の皿。そこで山になるくらいあった筈の『おはぎ』は、二つしかなかった。
僕は苛立ちを抑えながらも、目を伏せて頭を抱えた。
件の座敷童子――ジャバウォックに差し出す意味で、あえて『おはぎ』をそのままにしていたつもりだったが。
ほとんど持っていくなんて、やり過ぎにもほどがあるだろう……!
加減を知らないのか!?
まあまあ、とレオナルドはポツンと残された二つの『おはぎ』を皿に乗せた。
「俺達の分を残してくれたんだな」
「君は知らないだろうけど、結構な量あったのさ。それをほとんど……」
「そ、育ち盛りって奴? 『練り切り』もあるんだし、こっち食おうぜ」
「はあ……そうだね」
『梅茶』を用意し、テーブルについた僕らは『おはぎ』と『練り切り』を食べる。
『練り切り』に関しては、まず一つ。
レオナルドが「スゲー色」と厄介な水色と白の色彩の『はさみ菊』を選ぶ。
確か『魔力水』で使用する『ネモフィラ』から抽出したエキスで着色したものだ。
それを食したレオナルドは、練り切りの甘味に美味しそうな表情を浮かべた後、青の花びらが周囲を舞い始める。
効力確認すると、レオナルドは驚く。
「ルイス! すげーいいぞ、これ!!」
[春エリア内でのみMP無限状態 ※クエスト終了まで継続]
効力は確かに驚く内容だった。
そして――『はさみ菊』のような完成度の高い『練り切り』を作れる人材が、求められる状況になる事も予想できる。
僕が食した桜の『練り切り』は[春エリア内でのみスタミナ無限状態 ※クエスト終了まで継続]であった。
「……よし、レオナルド。レシピ探しに向かおう」
昨晩、急いで用意した僕の仮面と衣装を装備。
それから、白で染めた木製の逆刃鎌をレオナルドが装備した。
白の逆刃鎌は、僕が乗る用だ。
僕がレオナルドと同じように立つのは、難しく。
今日のところは峰に座り、柄と峰に手を添えて浮かぶスタイルを取る事にした。
ふと彼が、僕の様子を伺い。心配そうに話しかける。
「ルイス。上手く乗れなかったのが、そんなにショックだったのかよ?」
「勘違いしないで欲しいのは……悔しい意味でショックは受けていないのさ」
「? そっか」
◆
この時間帯はまだ夜に分類されている。
今、マルチエリアで警戒するべきはPKプレイヤーよりも、妖怪。
昼間と違い、視界のどこかに妖怪の姿が数体見られる。
僕らは逆刃鎌の浮遊移動を駆使し、僕が『麻痺粉末』など妨害系の薬品を使用する事で、極力戦闘を回避しながら目的地を巡って行った。
簡単にレシピイベントの概要を説明していこう。
ある錬金術師が春エリアのラスボス『マザーグース』との友好の証として考案した特別なレシピ。
悪用される可能性を考慮し、弟子にも教えず、レシピだけを春エリア内に隠した。
様々巡って僕らが入手したレシピは
・なんでもない日のケーキ
・木苺のスコーン
・オレンジ&レモンティー
・桑の実のサンドイッチ
最後の『桑の実のサンドイッチ』のレシピが入った箱と一緒に写真とメモが残されていた。
[予備の『食器』はここに保管してある]
「全部揃えると、なんか起きんのかな?」
面白半分に尋ねるレオナルド。
僕が「そうだろうね」と返事をしながら写真を確認した。………ここは記憶に新しい。
新しすぎる。
そんな予感もあったが、避けられないらしい。僕はレオナルドに教える。
「レオナルド……この写真にある景色。春エリアの最終面にあるところだよ」
「……え。それって」
「最近、ムサシが『バンダースナッチ』を倒して、攻略が進んだ『マザーグース』に向かう道中ステージの一つさ」
「あ……あれ、倒さねぇと駄目なのかぁ~!」
長い事、難攻不落だった『バンダースナッチ』。
攻略方法がムサシの活躍で判明し、話題を呼んでいたのはレオナルドも知っていただろうが。
故に、あの『バンダースナッチ』を僕達で倒さなければならない試練に項垂れる。
正直、二人でどう攻略しようか模索すらしていない相手だ。
僕らは逆刃鎌に乗り、最深部を目指しながら話し合う。
「まずは『ブライド・スティンク』を倒さないとね」
「ムサシの動画見てたけど、あれも結構ヤベーよなぁ……逆刃鎌でやり過ごすしかないか」
地平線の彼方。空色が徐々に明るさを取り戻すのが見える。
夜明けと共に妖怪の姿も、消えていく。
レオナルドが夜明け空を指差し「ルイス、綺麗だぜ」と感動していた。
しかし、呑気で穏やかな時間は、唐突に終わる。
逆刃鎌をコントロールするレオナルドが、僕の逆刃鎌を上空高く浮上させた。
僕が下へ視線を動かすと、地上に魔法発動のエフェクトが。他ジョブのエフェクトも複数。
まさかと思った瞬間。
地上にあったエフェクトが幾つか消滅した。
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