第19話

「ねーねー! これなに~?」


 サクラは純粋な子供っぽくレオナルドの周囲に舞い散る桜のエフェクトに興味を示していた。

 恐らく、話しかけた理由はコレを聞きたかったからだろう。

 仮面をかぶっているので、話し相手がレオナルドだと気づいていない。


 因縁ある厄介な相手だ。普通、関わりたくない。

 しかし、レオナルドは内心焦りではなく、動揺と疑問の嵐に見舞われていた。


(いやいやいや! 午前中だぞ!? コイツ、学校行ってねーのか? ズル休み??)


 アバターは子供だが、実は中身が大人では?とも考えられるが、サクラの言動を見る限り。

 これを大人が演技しているとは思えない。

 そう考えると……少し不安を覚えるレオナルド。


 レオナルドは持ち物から、ルイスが完成させた他の薬品を手元に取り出す。

 見た目は薬っぽいどころか――クッキー。

 『サクラのクッキー』と言う。春エリア限定だが、クエスト終了までINTを超強化する代物。


 VRならではで、パーティを組まずとも、こうして直接サクラに渡すことが可能なのだ。

 洒落た袋に入ったクッキーに、サクラは不思議そうだった。


「ホントなにこれ~! 初めて見るんだけど~……チート?」


 喋ったら自分だと気づかれそうなので、どう伝えるかレオナルドは困った。

 ある発想を思いつき、レオナルドはメニュー画面を開く。

 アイテム詳細をサクラに見せた。


「えー、薬? あ! これも~?」


 彼女が興味示す『サクラのフロート』。レオナルドはこれも渡してやった。

 思わずそれをサクラが口に含んでみると、彼女の周囲に桜のエフェクトが舞う。

 薬品の効果よりも、サクラは味に魅了されたようだ。


「おいしー! これ、お菓子じゃん!! こっちはホノカちゃんにあげよーっと!」


 彼女は『フロート』だけを飲食し『クッキー』は持ち物にしまう。

 この間、レオナルドは菜の花を採取した。


「ねえねえ! それもお菓子になるの?」


 楽しそうに聞くサクラの問いに、レオナルドは『まだ分からない』とジェスチャーをする。

 一先ず、レオナルドは次の移動先を確かめた。

 ルイスがまとめたマップには、採取する素材の画像もあり、丁寧で分かりやすい。

 サクラも見たそうな素振りをしているので、レオナルドはサクラが見える位置まで画像を移動させた。


「ふーん。あ、この花! 沢山咲いてる穴場知ってる!!」


 自信満々にサクラが案内すると率先するので、レオナルドはついて行く事にした。





(……って、よく見たら取らなきゃいけねーの無茶苦茶あるな!?)


 ルイスから渡されたマップ自体よく目を通していなかったので、実際に採取を続け、レオナルドはやっと自覚した。

 『フロート』の効力で疲労感は抑えられているが、一緒に行動してくれるサクラもウンザリしている。


「これだから素材集めって嫌! わたしもねー、たくさん『魔石』作らされるの! 銃弾なんてフツーに売ってればいいのに、一々作らないといけないんだよ~?」


 銃使い系の銃弾を作製には『魔石』が必要で、魔法使い系はその作製に向いているらしい。

 生産職でもないのに、そういう役割もあるのかとレオナルドも関心する。

 それより、サクラはレオナルドの逆刃鎌を面白がっていた。


「それ、『魂食い』馬鹿にしてる奴らに教えたらビックリするでしょ! ギルドに帰ったら、凪ちゃんにも教えてあげよ!!」


 レオナルドと平行して飛ぶサクラは、派手なピンクの箒に跨っていた。一応、サクラの飛行速度に合わせ、レオナルドは速度を落としている。

 次の収集ポイントに到着したレオナルドは緩やかに下降、危ういブレブレな軌道を描きながらサクラもそれに続いた。


 ここでは、湖の水と『睡蓮』を採取する。先に採取をしていた鍛冶師の女性が一人だけ。

 レオナルドは、彼女から離れた位置にある採取ポイントにつく。

 普通に採取し続けていると、鍛冶師の女性がサクラに話しかけた。


「あなた、学校は?」


「今日、学校休み!」


 ぶっきらぼうにサクラが即答したのに、不安気に「そう」と納得した様子で引き下がる女性。

 やっぱり何かの理由で休校なのかとレオナルドは思ったが、不貞腐れた表情をするサクラを見て、違う予感がする。

 サクラはレオナルドに促す。


「早く次のところ行こ!」


 不穏を残したまま、彼らが次に移動したのは『冬の名残』と呼ばれる地帯。

 冬に降り積もった雪があり、そこから『春の雪解け水』が採取できる。

 他にも、冬の植物が採取でき……


「あ! アイツ、わたしがやっつける!!」


 威勢よくサクラが杖を構えた相手とは、吹雪を吐く『雪女』。

 冬にいる妖怪も、こうして現れることがある場所なのだ。

 レオナルドは、採取を行う傍らでサクラの戦闘を見守っていたが、杖から放つ炎玉は上手く『雪女』に命中しない。

 それどころかサクラは攻撃する際、目を瞑っている。


 レオナルドは鎌を浮遊操作し、『雪女』に対し牽制を行う。『雪女』が鎌の攻撃を回避したところに、サクラが闇雲に飛ばす炎玉が命中。

 炎が弱点の『雪女』は、氷のように一瞬で溶けた。倒した瞬間、虹色に輝く宝箱が落ちる。

 それにサクラが、はしゃいだ。


「やったー! 超・超・超・レア!! 初めてドロップしたー!」


 あの色はSSレアよりも価値あるプラチナ。

 レオナルドも初めて見る宝箱だった。

 サクラが宝箱へ駆け出した時、レオナルドは風を切る音が聞こえた。


 カキン!


 と、耳に残りそうな金属音が鳴り響く。サクラは驚いて立ち止まる。

 彼女の背後で、レオナルドのジョブ武器『死霊の鎌』が『ソウルオペレーション』の操作で回転している。その鎌が何かを弾いた音だ。

 咄嗟に動いただけで確信はなかったが、レオナルドの予感は的中する。


「チッ! 防がれたぞ!!」


 背後から複数の声が聞こえる。

 レオナルドが振り返ると、複数のプレイヤーの姿が大凡十人ほど。

 恐らく、パーティを組んでいるギルド集団だと分かる。だが、さっきのサクラに放たれた攻撃――矢を扱う弓兵系のプレイヤーはいない。


 彼らの内、魔法を放つ魔法使い系と斬撃を飛ばす武士系のプレイヤー達が、ちまちまと遠距離攻撃を繰り出してくる。


「な、なにすんのよー!」


 相変わらず覚束ない軌道の箒に乗って、サクラは攻撃を躱そうとする。

 攻撃はレオナルドも巻き込んでいた。レオナルドは逆刃鎌で悠々と回避。

 どうやら、敵はプラチナアイテムではなくPKを狙っているらしい。


「んだよ! あの魂食い!!」


「先に餓鬼の方をやれ!」


 攻撃を完全に捌かれているのに腹立った相手は、サクラの方を優先して狙い始めた。

 サクラも一方的に攻撃され、何ともない訳がない。

 頬を膨らませ、ヤケクソで雑な魔法を相手にぶちかます。

 どういう訳なのか。サクラの攻撃は、明後日の方向へ飛んだり、上手く命中しない。

 相手は、わざと挑発してくる。


「全然当たんねーぞぉ、下手糞~!」


「下手糞がゲームするんじゃねーよ、ブサイクチビー!!」


 今にも泣き出しそうな顔でサクラは雷の魔法を杖に宿す。

 最早、レオナルドを巻き込む事すら考慮せずに、雷撃の広範囲攻撃を展開。

 サクラを中心とした広範囲攻撃なので、遠く離れているPK集団に届かない有り様。

 彼らはゲラゲラ、馬鹿にしている風に笑っていた。


(うーん……)


 人によっては頭に血が上りかねない状況で、レオナルドは悩む。


(魔法使いの仕様は全然知らねーから、ルイスみたいなアドバイスはしてやれないし……)


 なので、レオナルドは挑発的なPK集団について考察した。


(アイテム狙いじゃない、経験値狙いでもない。人を馬鹿にして楽しむ連中か)


 レオナルドは逆刃鎌で地面をスライドするように、サクラの攻撃を後方移動で回避する。


(俺達を見逃してくれないだろーな)


 すると、再び風を切る音が。

 今度はバトルロイヤルでも見た効果音エフェクトが見えた。

 紅の閃光が数発。あれは弓兵系のスキル『夕立』だ。数発の矢を突発的に素早く放つもの。

 レオナルドは逆刃鎌を地面すれすれに傾けて『夕立』を回避。頭上に紅の閃光が通り抜けた。


(弓使う奴、一体どっから攻撃してんだ?)


 一瞬だけ『ソウルサーチ』を発動するが、どこにもそれらしい魂を捕捉できない。

 『ソウルサーチ』の索敵範囲外から攻撃を?

 それはそれで、とんでもない腕前だと謎の感心をするレオナルド。

 PK集団の攻撃がサクラに命中し、彼女が箒から落ち、悲鳴を上げた。


 同時に広範囲攻撃も終わったので、レオナルドは漸く回避行動を終えられる。

 転落するサクラを回収しようと急接近するが、PK集団が追撃の遠距離攻撃を仕掛けていた。

 落ち着いてレオナルドは、攻撃を見極める。


(斬撃、雷、氷、光――炎がないから、木鎌で行ける)


 今のレオナルドは、素材アイテムを抱え持っているせいで重量がある。

 しかし、木鎌の軽さとスキル性能で速さを補えた。

 木鎌の弱点がない以上、まだ安全に攻撃回避に専念できた。


 単純に鎌を傾けるだけでなく、あらゆる角度で切り替え、時には一回転する姿は、一種のアトラクションを体験しているよう。

 レオナルドは、空中でサクラをキャッチし片腕で抱える。彼女を助けたレオナルドに、PK集団も敵意を向けた。


 どうしたものかとレオナルドが思案する一方、彼に抱えられているサクラは吠えた。


「アンタらの事、ホノカちゃんに言いつけるわよ!」


 すると、彼らは鼻で笑う。


「初心者にビビってたホノカがなんだって?」


「アイツ、初心者来るなってほざいてた癖に初心者相手にやられてやんの!」


 カサブランカを初心者と呼んでいいものか。

 彼らの難癖を理解すれば、ホノカを精神的に追い詰めようとギルドメンバーを襲撃している。

 そんなところだろう。

 レオナルドも、似たような経験を中学生時代で味わった。彼の場合はギルドではなく不良グループだが。


(……ムサシとルイスは間違っていねぇな)


 ルイスが午前中は人が少なく、PKとの遭遇も低いと推測し、計画的なルートをレオナルドに渡した。


 あくまで

 今のように、遭遇する確率がある。


 ムサシはこう言っていた。

 『PKされたくなければ、別のゲームをやれ』と。

 他社のVRMMOも当然存在するがPKは例外だ。一般的に受けするVRMMOにはPKがないものが多い。


 マギア・シーズン・オンラインは数少ないPK要素を売りにし、それに集るプレイヤーは気性の荒い連中ばかり。

 双方の考えは、どちらも正確だった。レオナルドは理解する。


(どんだけ警戒してもPKと遭遇するんだ。避けようがないだろ。……何事も楽にはいかねぇ)


 ここにはPKを楽しみ、他者を貶める事を快楽とする人間が多く集う。

 普通の人間が冗談半分に入ってはいけない場だと。そういう意味ではホノカの警告も正しい。

 憤りを隠せないサクラを伺うレオナルド。


 彼女に離脱を促しようがない。プラチナアイテムを捨てる提案を、彼女が受け入れる訳がないだろう。

 そして、レオナルドはそんな彼女を見捨てる性格ではない。

 やっとの事で、レオナルドは申し訳なさそうにPK集団へ告げた。


「あー……楽しんでるところ悪いけど、


 彼らは攻撃されるのはともかく、自分が死ぬとは想像していなかったのだろう。

 木から鉄の逆刃鎌に切り替えたレオナルドが『ソウルターゲット』で急接近。

 頭部目掛け逆刃を振り下ろす奇襲を読まず、彼等の内一人が死んだ。


 逆刃鎌と『ソウルターゲット』を併用する場合、急加速のみ使用。

 そうする事でMP消費の節約と、多彩な切り返しで攻撃が回避しやすくなる。


 そして、レオナルドは敵の頭部を狙う。

 これは本来、ルイスがバトルロイヤルに向けたアドバイスで挙げていた作戦の一つだ。

 鎌は攻撃範囲は広いが、攻撃力が低い。

 なら、急所の頭部を狙えばいい。

 攻撃範囲がある分、他のジョブ武器よりも狙いやすく、逆刃鎌の浮遊操作なら、回避しつつ攻撃を行える。


 接近戦に優れている剣士系のプレイヤーが、慌ててレオナルドに対処しようとスキルを発動。

 怯まずに攻撃をし続けられるスキル『コスモスラッシュ』を選んだのは、鎌の怯み攻撃を警戒してだろう。

 レオナルドは片腕でサクラを抱えたまま、逆刃鎌を傾け『コスモスラッシュ』が繰り広げられる範囲の真下を潜り抜け。

 逆上がりのように体を後方回転しながら、足場の逆刃鎌で剣士系のプレイヤーを斬った。


 それから、魔法使い系のプレイヤーを片付けるレオナルド。

 彼らが、近距離の魔法発動を行うエフェクトが見え。

 魔法を浮遊回避し、ジョブ武器の『死霊の鎌』を『ソウルオペレーション』で遠隔操作。

 背後から相手の頭部を斬る。


(よし)


 最初にやったのは厄介な妨害スキルが多彩の盗賊系。

 それから近距離型の格闘家系、剣士系、武士系、それから魔法使い系……という順番。


 最後の一人を倒し、レオナルドは一旦動きを止めた。

 抱えられているサクラは、逆刃鎌の動きに酔ったのか「うう」と情けない呻きを漏らしていた。

 一安心する間もなく、遠距離から弓兵系の攻撃が襲い掛かる。


 普通、逃げてもいい場面だが、意地を張って、レオナルドをPKしようと躍起になっているのだろう。

 確か……レオナルドは記憶を巡らせた。

 ここに居たのは十人、残り二人でパーティの最大人数だ。


 恐らく、残りは弓兵系と薬剤師系だろうとレオナルドは考える。

 何故なら、レオナルドが倒したプレイヤー達はMPの枯渇を気にせずスキルを使っていた。

 MPや体力を回復してくれる存在がバックにいたという事。


 『ソウルサーチ』で周囲を探るものの、やはり魂を捕捉できない。

 仕方なく、攻撃の方向を頼りにレオナルドは残る敵を探す。

 逆刃鎌で移動を開始すると、広範囲攻撃『天津風』のエフェクトが天空に現れた。


 レオナルドは、木の逆刃鎌に乗り換えて、そのまま無数に拡散した矢を回避。

 次に『時雨』というホーミング性能に加えて、時差式に対象へ接近する厄介な矢が無数に放たれる。

 ようやく『ソウルサーチ』で二人分の魂を捕捉した場所は、レオナルド達のいた『冬の名残』より大分。

 相当距離の離れた僅かな森林地帯。

 そこの木の上から、レオナルド達を狙っていた。


 薬剤師系のプレイヤーは、木の下で身を潜めているようだが。

 接近するレオナルドの姿を発見して、慌てた様子で上にいる弓兵系のプレイヤーに呼び掛ける。

 弓兵系――騎射の少年には、見覚えがあった。

 彼はバトルロイヤルで、ムサシとカサブランカに横槍さした。ランキング上位に食い込んだギルドの一人。


 すると、騎射の少年はスキルを使用せず、通常攻撃を仕掛ける。

 MPがなくなった訳じゃない。魂食いソウルイーター相手に今更隠密するのも変だ。

 最初、サクラを狙ったように通常攻撃が飛ぶ。


 的確に狙った矢をレオナルドは、ギリギリで回避した。

 相手もレオナルドと同じ、頭部の急所狙いに絞っているようだった。

 攻撃間隔は長くなったものの、回避に失敗すれば死に至る攻撃が幾度も繰り返される。


 危険な状況に、抱えられているサクラも悲鳴を漏らす。


「キャア! あ、危ないじゃない!! 魂食いって派手な攻撃できないワケ!?」


 出来たら苦労しない。

 と、文句を言うまでもなく、漸くレオナルドの射程距離に敵が収まった。

 薬剤師系のプレイヤーの声も聞こえる。


「おい! 何やってんだよ! こっち来たぞ――」


「やぁ~~~~!!!」


 サクラが杖を構えて、派手に巨大な火炎玉をぶっ放す。

 きっと、レオナルドに守られている間にMPを回復しておいたのだろう。立て続けに火炎玉を連射。

 薬剤師系のプレイヤーもろとも、周囲の木々に火が移った。

 レオナルドが騎射の少年の行方を探っていると、ある事に気づく。


(あ! ここの木も素材で……はぁ………)


 素材は、自然回復すると聞いているので、それまで待たなければならなそうだ。

 煙立つ森から馬が一頭飛び出す。騎射の少年が騎乗している。

 高原を旋回し、騎射の少年は弓を構えていた。


「この~~~~~!」


 サクラが怒りを露わに火炎玉を放つものの、その程度の攻撃は相手も余裕で回避している。

 この場合、馬が回避してくれているのだろうか。

 レオナルド達を襲撃した騎射の少年は、焦りを隠せない。

 返り討ちに合ったのも理由の一つに入る。それ以上に矢を引き絞りながら独り言をした。


「クソッ、どうなってるんだよ! 落ち着け僕、県大会優勝者……!! 相手はムサシやカサブランカじゃないんだぞ! いつもの調子が出てないだけだっ!!」


 通常攻撃の方が、正確なのだ。

 スキルでは攻撃の軌道や威力が自動的に調節されてしまい。繊細な射撃が不可能。

 恐らく、騎射の少年のような弓道経験あるプレイヤーは、スキルを使用しない方がマシまである。


 馬がレオナルド達の方へ駆け出し、一定の距離まで詰めた瞬間。

 騎射の少年は、的確に矢を放った。


「んな事だろうと思った」


 ジョブ武器の『死霊の鎌』の刃を盾に、矢を防ぐレオナルド。

 レオナルドは少年の狙いを見抜いていた。

 強い奴より弱い奴を優先するのは、自然な事だろう。少なくとも、サクラやホノカに嫌がらせする目的なら、彼女を狙う。

 サクラを守り切れなかった事も、レオナルドへの嫌がらせに繋がる。


「……ッ! ざけんな!!」


 再びレオナルド達から距離を取ろうと、悪態付きながら少年は馬の進路を横に逸らす。

 その一瞬、少年が目を離したのを見逃さず。

 レオナルドは木の逆刃鎌を降り、それで馬の足元を狙った。


 馬の視野は広い。唯一の死角は――真後ろ。

 最高速度を叩き出せる木の逆刃鎌が、死角から馬の駆ける足に飛び込むと、盛大に転倒した。

 同時に木の逆刃鎌も破壊してしまう。

 武器が壊れた事はどうでもよく、レオナルドはサクラを地面に降ろし、『ソウルターゲット』で少年に接近した。


「なんなんだよ、お前ッ!」


 接近して攻撃しないレオナルドに対し、落馬した騎射の少年が開幕早々言い放ったのがコレだ。

 むしろ、被害を受けたレオナルドが言い返したい台詞である。

 悩ましい態度でレオナルドは少年に尋ねる。


「お前さ。確かイベントで上位取って、ホノカより貢献度貰ってたじゃねーか。逆だったら分かるんだよ。ホノカの方がお前より順位高かったら。でも逆だろ?」


「あぁ!? ギルド関連の事なんもしらねーのかよ! 貢献度なんざ糞要素だ! あのが一位維持してる以上はなッ!!」


 これまた複雑な事情があるらしいギルド界隈。

 無知なレオナルドは話題に触れることも出来ないが、他にも疑問はあった。

 純粋で素直に思った事をレオナルドは伝える。


「でもさ、俺が思うに、お前。すげー距離から撃てるし。ムサシには見切られたけどさ。実力はあるんだから、普通にホノカ相手に挑めばいいじゃん。嫌がらせみたいな事しないで……」


「人の攻撃散々回避しておいて、上から目線でほざくんじゃねぇえぇぇっ! 大体ホントにお前はなんなんだよっ!?」


「素材集めに来ただけだよ」


「嘘つけ、糞野郎!」


 少年が身を起こして、弓矢を構えようとした。

 彼を説得するのは無謀だと分かり切っていたレオナルドは、既に手元から離し、少年の背後に回り込ませた『死霊の鎌』で後頭部に刃先を突き立てるように、回転移動させる。


 レオナルドに意識を向けていた事で、少年は背後の凶器に気づくこと無く体が粒子化して消失。

 やっと一息ついたレオナルドは、ステータスのメッセージ履歴に目を通す。

 経験値を多く獲得し、レベルアップと新たなスキルを入手していた。


(おお……すげーレベル上がるな。PKしたくなるのも当然か)


 レベル43だったレオナルドは、今回の一件でレベル52と十近く上昇していると分かる。

 PKしたプレイヤーのレベルが高くて、経験値を多く獲得できたのだろう。

 騎射の少年が落としたアイテムは無視して、レオナルドはサクラの様子を伺った。

 先ほどの会話を聞いてたらしく、高慢な態度で反論する。


「アイツが強いって本気で言ってるワケ? アンタが簡単に倒せるんだから、ホノカちゃんは余裕で勝てるわよ!」


 すると、サクラが引き起こした木々の火災を目撃して駆けつけたらしいプレイヤーが二人。

 眼鏡をかけた小柄の鍛冶師の女性が、大声で呼び掛けた。


「ここにいたのねー! サクちん!!」


「あっ!」


 態度を一変させ、サクラはレオナルドの背後に隠れるが意味はないだろう。

 眼鏡の鍛冶師と同行していたもう一人は、深緑を基調としたおかっぱの少女。

 レオナルドと同じ『魂食い』の武器を携えていた。魂食いの少女が深々と頭を下げる。


「すみません、サクラちゃんがお世話になって」


 どうやらこの二人は、サクラと同じくホノカのギルドに所属しているプレイヤーらしい。

 レオナルドを盾にしながらサクラは、自信満々に言う。


「コイツ、マルチ来るの初めてだから、わたしが案内してあげたのよ!」


 信用してないらしい眼鏡の鍛冶師は「嘘つけ~!」と疑っていた。

 レオナルドも、あまり喋りたくないが、彼女達に「本当だって」と伝える。


「それにさっき、ギルドの奴らが襲って来て、俺と一緒に戦ってくれたよ」


 彼の言葉に、彼女達は顔を見合わせた。

 複雑な表情で眼鏡の鍛冶師の女性が、頭抱えつつ溜息つく。


「ホノちんがカサブランカに負けてから、こればっかりだね。しばらくマルチ潜るの止めた方がよさそう」


 おかっぱの少女も「ですね……」と項垂れる。

 話を少し聞いてレオナルドは不安に感じ「大丈夫なのか」と尋ねた。

 眼鏡の鍛冶師の女性は、諦めた態度だった。


「一時的なもんだろうから気にしなくていいよ。ホノちんは有名人だからしゃーない」


 そういう訳で、改めて鍛冶師の女性がサクラに怒る。


「サクちんは帰って魔石作り! 当分マルチ潜るのも禁止!!」


「えー!!」


「えー、じゃない! これ以上、皆の迷惑かけないように!」


「超レア武器手に入れたから、ボス倒して帰る!」


 レオナルドはフォローするように「プラチナ武器手に入れたっぽいから」と二人に教える。

 鍛冶師の女性が「マジかよ」とサクラの手持ちを確認して、再度驚く。

 空気を読んだおかっぱの少女が提案した。


「一緒に最深部のボス、倒しませんか? サクラちゃんの事でこちらもお世話になりましたし……」


「お世話になってない!」


 サクラが突っ込む傍ら、レオナルドは普通にありがたく承諾する。

 それより、ルイスにどう伝えようかと悩む。

 午前中、他に誰も目撃者はいなかったものの。ギルド連中の噂などで注目されないか、不安を抱えていた。

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