第18話
翌日の事だった。
いつも通り、僕はログインするとメッセージが一つ届いていた。
内容はNPCイベントで『錬金術師からの伝授』。
錬金術師アルケミスト。
医者の昇格後のジョブ……つまり、ジョブ3に関連するイベント?
ジョブ2昇格の時とは違い、イベント自体は自宅前もしくは店先で発生するようだった。
外に誰かいないか確かめ、イベント開始を選択した。
自動的に僕が店先へ移動する。
すると、どこからともなく背の曲がった高齢の女性が登場。
彼女はNPCである為、一方的にプレイヤー共通の会話をしてきた。
「噂に聞いてるよ。お前さん、まだ若いのに素質があるみたいだねぇ。基礎的な知識と経験は十分あるだろう。そろそろ頃合いと思ってね。これをお前さんに授けよう」
老婆から何か渡され、僕の前にメッセージが表示される。
[『新薬作製キット』を入手しました!]
[オリジナル薬品を作製できるようになりました]
[オリジナル薬品の効力は一クエスト終了まで継続します]
………そういうことか。
何故、薬剤師系で個人経営店を持つ需要があるのか。
渡された『新薬作製キット』の道具一式を見る限りだと、様々な加工ができるよう。
何百通りの手順があるなら、自分だけの新薬を売りに出来る訳だ。
老婆の話は続く。
「それも初歩的な道具一式だからね。まずは、簡単な事からコツコツやっていくことだよ」
他にも加工道具があるのか……
気が遠くなりそうな話に聞こえるが、やり込み要素は多いとも言える。
老婆が姿を消し、イベントは終了。
だが、このイベント……本来は『錬金術師』で発生するものだと僕は考えた。
イベントタイトルが如何にもなうえ、攻略サイトやSNSの噂でも聞かない。
僕だけとなれば、INTの値が関係しているとしか思えない。
無論。他にも条件はありそうだが、僕のINTの値は本来ジョブ3の100レベル以降で自然と到達する値。
「……少しやってみようか」
淡々と薬品を作製・調合するのも飽きてきたところだ。
レオナルドがログインするまで、暇つぶし程度に始めてみる事にした。
◆
「―――それで、これってヤベーだろ。お前……」
レオナルドに突っ込まれ、僕も「ごめん」と謝る。
数十分前までテーブル席と少しばかりの家具だけだった店内が、加工済み薬草の瓶が大量に床や机に敷き詰められ。
室内干しする薬草が天井にぶら下がって……
良くも悪くも、ファンタジー世界の薬剤師らしい室内へと変貌を遂げていた。
夢中になっていたのも原因の一つだが、薬草を刻むだけでも。
軽く、大雑把、細かく……刻み具合で効果に影響があると分かった。
本当に何通りのパターンがあるんだろう?
春エリアだけではなく、残りの夏・秋・冬エリアの植物を含めると、とんでもない事になる。
足の踏み場に困っているレオナルドを見かねて、まずは店内を片付ける。
ランクが低い為、店自体広くできない現状、店内を圧迫させるのはよろしくない。
となれば……僕はあるものを購入。すぐに店内に反映された。
瓶まみれだった床の一部が、突如光り、レオナルドも反応する。
「おっ、なんだ?」
「地下室だよ。取り敢えず、全部そっちに移動させるから」
僕が設定操作でアイテム移動をし、天井にぶら下げた薬草以外は地下室に収納。
アイテムが一斉になくなり、レオナルドは驚く。
ぶら下げる薬草の位置も変えて、僕とレオナルドは席に腰かけられた。
それで、レオナルドが僕に聞いてくる。
「今んところ、どんな奴が出来たんだ?」
「いいや? あれは薬草類を一通り加工し終えた下準備みたいなものさ」
レオナルドは困惑気味に「ええ……」と言う。
「もう、適当に作ってみようぜ。あれ以上、下準備の薬草は置けねーだろ」
「……そうだね」
僕たちはそれぞれ作業を行い合った。
棚を複数購入し、加工の種類別に地下室で並べ、外に干す薬草の移動をレオナルドに任せ。
僕は、本格的に新薬の作製へ手をつける。
最初に完成したのは『サクラのフロート』。
名称は製作者の僕に委ねられるようで、見た目に相応しいものにしておいた。
桜などを含んだ桃色の飲料に、冷たくない不思議なアイスが浮かぶ。
飾りにチェリーや桜の葉を添えた一品……こうしてみると、料理感覚に近い。
実際、店内などで飲食するのを想像すると、苦い漢方や栄養ドリンクを飲み干すより。
ちょっとした寄り道で喫茶店に訪れ、一服する。
それを狙った仕様なのだろう。
レオナルドが『サクラのフロート』を興味津々に観察しているのに、僕は言う。
「食べてみてくれ、レオナルド」
「いいの?」
「プレイヤーのステータスに反映される効果を見てみないとね」
「毒味係かよっ! ……まあ」
満更でもない様子でレオナルドが『サクラのフロート』を口に含んだ。
瞬間、彼の周囲に桜のエフェクトが広がり、それに驚いてレオナルドは吹き出しそうになる。
「なんだこれ!? あ、味は美味いぞ」
「良かった。効果が良くても、不味いと食べる気も無くなるからね」
僕はレオナルドのステータスを確認する。
[春エリア内での全ステータスが上昇&持続。 ※クエスト終了まで継続]
ふむ、こういう感じか。
一先ず『サクラのフロート』のレシピをメモに書き記す。
桜のエフェクトは、どうやらクエスト終了まで消えないようで、レオナルドは途方に暮れていた。
僕が次に手を付けたのは『菜の花』……しかし。
「あ……」
茹でただけでドロドロと溶け、ヘドロのような色合いに変貌、萎んでしまう。
菜の花と言えば茹でるのが一般的。
それが通用しないなら……悩む僕に、レオナルドが助言をくれる。
「水……とか?」
「手元にある全種類の水で試したけど、駄目みたいだね」
「じゃあ、マルチエリアにある水?」
マルチ……ありうる。
『菜の花高原』という初級のマルチエリアがあり、菜の花が自生する脇に小川が流れている。
だけど、マルチエリア……僕は深く悩んだ。
躊躇している僕に見かねてか、レオナルドが話を持ち出す。
「ムサシが教えてくれたんだけどさ。マルチエリアって日中だと妖怪が少ないし、最深部のボスも弱くなるんだって。人も少ないらしいぜ」
「うん。それは知ってるよ。ただ午前中じゃないと」
「午前中?」
「午後からは小中学生が増えるからだよ。正直、彼らはモラルとマナーが欠如している。素材収集を邪魔したり、アイテムを寄越せと付きまとったり、普通にPKしたり」
日中の難易度が下がる理由も、それが要因だ。
レオナルドのような大学休み、会社休みのプレイヤーもいるが、小中学生、ゲームに疎い主婦層が多くログインする時間帯がそこだ。
顔をしかめ、レオナルドはぼやく。
「もうなんか、やりたい放題だな……」
「よくある現象さ。……そう言えば、明日は木曜日だから君、午前中行けるんだね」
「覚えてんのスゲーな、お前」
以前、レオナルドがフレンド登録したての頃に教えてくれた情報だ。
こうなると、祝日・休日しか日中ログインできない僕にとって、レオナルドの存在は相当大きい。
なら……僕は攻略サイトに掲載されていたマップや素材情報を基に、ルートを考えた。
どうせなら、多くの素材を回収して欲しい。
レオナルドは逆刃鎌の騎乗で、魔法使い系が行ける隠し場所にも行ける。
僕がルートを記したマップをレオナルドに送信していく。それを確認しながら、レオナルドは聞いた。
「ルイスは嫌かと思ったんだけど……いいのか? マルチエリア行って」
「君や僕がPKに粘着されるハメになるのは、勿論嫌だよ。でもそれで楽しむ幅が狭まるのは、もっと嫌だね」
「そっか」
「よし。これで終わりだ」
最後のマルチエリアマップを送信し、改めてレオナルドに念押す。
「君の事だから、大丈夫だと思うけど……変な奴に絡まれたら、挑発に乗らないで、すぐ引き返すんだよ。分かったかい」
まるで彼の保護者のような物言いになってしまった。
レオナルドは普通に「おう」と返事する。
手元に犬面を出し、弄んでいる様子は、やはりどこか子供染みていたが、根本は妙に大人びている。
それがレオナルドという人間。
僕はそう理解していたが、後になって違うと思い知らされた。
◆
翌日、レオナルドはイベント用だった仮面とコートを着用。
それから木製の逆刃鎌をメインに装備し『ソウルオペレーション』でジョブ武器『死霊の鎌』と鉄製の逆刃鎌をセット。
鎌はメインクエストで妖怪からドロップ、宝箱に入ってたものを適当に選んでいる。
持ち物が揃っているか、最終確認した。
「えーと……『魔法水』、『回復薬』、『砥石』。ルイスに頼まれた効果確認する新薬……あと、スキル」
アイテムが拾えなくなるスキル[天、二物を与えず]が外れているのを確認。
他にもさっき購入したばかりの、攻撃速度上昇スキルをセット。
「よし、行くか」
まずは初級の『菜の花高原』から。
今日まで素材収集エリアの花畑やメインクエストしか訪れたこと無いレオナルドは、転移先で壮大な高原風景に感動を覚える。
植わっている木々が少ない為、ちょうどいい穏やかで温かみある風が吹き抜けた。
上空も、場所も。自分がいた世界が、窮屈で狭いものだと思い知る広さ。
早速、レオナルドは『ソウルオペレーション』を用いて、逆刃鎌の峰に足をかけ、飛行移動を開始した。
プレイヤースキルや、重量をギリギリまで絞ったお陰で、凄まじい風圧を受けるほど速度が出る。
普通なら頭にかけたフードは外れるだろうが、そこはゲーム仕様。ビクともしない。
「お、なんだアレ」
上空にて、白い布のようなものがピラピラと靡いている。
レオナルドが徐々に接近してみると、何かのアイテムではなく妖怪『一反木綿』だと分かった。
思わず手を振ってみるが、『一反木綿』は段々とレオナルドから離れて別方角に向かう。
『一反木綿』のようにメインクエストに現れない妖怪が、マルチエリアにはいる。
日中だが、草陰に隠れる妖怪がちらほら。
レオナルドは『ソウルサーチ』で妖怪と他プレイヤーの位置を捕捉。
注意しながら最初の素材収集ポイントに降りた。
一番の目的である菜の花の脇に流れる小川。ここで汲めるのは『おれづみの水』。
数人程度だが、水汲み場には裁縫師や鉄人のプレイヤーがいた。
実は、布の染料染めや武器作製でも水を使用する。
更に言えば、鍛冶師系は武器作製で火を熾す際に木が必要になる。
(そう考えると、こういう素材って生産職全員に必須なんだろーな……)
そして、他プレイヤーの素材収集中に割り込まないのがマナーというもの。
レオナルドが無言で順番待ちしていると、彼に気づいた他プレイヤーはビックリした。
慌てて「終わるの待ってます」とレオナルドが言うが。
仮面をつけているプレイヤーに警戒しているようで、彼らは急いで立ち去ってしまう。
(やっぱこれ、仮面つけない方がいいんじゃねえか?)
ルイスも念の為、付けた方が良いと忠告していたが、実際に他プレイヤーの反応を見るとレオナルドは疑問を覚えてしまう。
申し訳なさを感じながら、レオナルドはスタック上限まで『おれづみの水』を採取し始めた。
(地味に大変だなー……)
一汲みで得られるスタック数が3だったり、10だったり、まちまち。
ここはランダム仕様らしく、運が悪いと時間がかかる。
どうにかならないかとレオナルドが思っていると、影が頭上を通過。
妖怪ではなく、魔法使い系のプレイヤーが箒で飛行しているものと、影の形で察した。
多分、飛行特訓を行いに来たんだろうとレオナルドは特に関心を抱かず。
『おれづみの水』の採取に集中した。
(おし、これで終わりっと)
最後の一汲みを行った時、背後から何かが駆け寄る音が聞こえる。
「ねー! なにしてるの?」
(……な!?)
レオナルドが声で「まさか」と思ったのは間違いなかった。
振り返った先にいたのは、バトルロイヤルに出場できなくなった原因・サクラだった。
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