第17話

 イベント終了後。


 無名のカサブランカの影響で戦闘刺繡師系プレイヤーの増加。オズワルド達の活躍や、長期イベントでの需要を見て薬剤師系プレイヤーも増加。

 味方巻き込みを行ったギルドの晒し行為、炎上などなど……

 停滞気味だった界隈全体に、新たな可能性を見出せた意味では、良くも悪くもイベントは『成功』したと言える。


 そして、幾つかの追加アップデートが行われた。


 その一つ。生産職は『庭』で素材採取が可能となった。

 薬剤師系の場合、主に薬品の素材となる植物を中心に植えられる。

 店のランクが低い為、庭自体が広くない。植えられる種類も限られていた。ランクが上昇するごとに植えられる種類が増え、庭も広くできる。


 ただ、ギルドの敷地内で可能なものと比較すると小規模。

 一種のログインボーナスと考えた方が良い。庭自体ちょっとしたガーデニングだ。

 茜に作って貰ったレンガを敷き詰め、ガーデンチェアとテーブルを設置し、レオナルドと作業を楽しんでいた。


 植えたばかりの植物を眺め、レオナルドは尋ねる。


「これ、いつ頃収穫できるようになんの?」


「植えてから一日経過後だから、明日のこの時間帯だよ」


「へー……あ、小雪だ」


 庭の脇に設置してある無人販売所に、小雪の姿がある。

 僕も久方ぶりに彼女を見たが、銃使いではなく昇格後の『狙撃手』になっていると装備で分かる。

 小雪は、庭で作業している僕らに気づき、慌てて会釈していた。

 レオナルドが彼女に手を振りつつ「俺達見えてんの?」と僕に聞く。


「庭は店内と違って、プライバシー保護が効かないよ。レオナルドも気を付けてね」


「んー……庭だからか」


 僕が小道具のジョウロなどを設置している傍らで、レオナルドは庭から小雪に話しかける。


「小雪ってイベント参加した?」


 彼女は激しく首を横に振り、手の動作も加えて否定した。

 「そっかー」とレオナルドが納得する。ふと、しどろもどろに小雪は話しかけた。


「あの、参加は」


「俺? しなかったよ」


「……なんか、その、あれで?」


「あー……サクラの事、知ってたか? 無理に意地張ったら厄介事になっちまいそうだったからな。今回はしなかった」


 小雪が例の件を小耳に挟んでいたという事は、やはり一部SNSで噂になっていたのだろう。

 レオナルドが不参加を表明したのは、正解だった。

 サクラやホノカ相手に無理な歯向かい方をすれば、炎上案件に違いない。

 彼の返事を聞いて、意味深に「そうなんすか」と小雪は呟く。


 だが、それ以上言及せず、小雪はいつも通り『魔力水』を購入して去っていった。





 庭の作業を終え、これまた久方ぶりに僕らはミナトの元に尋ねた。


「お待たせしました。こちらとなります。一度、試着して貰い、動きに支障がないか確認します」


 本来、レオナルドがイベントで纏う筈だった衣装と仮面、夏エリア用に依頼した衣服が、漸く僕らの手元に渡った。

 レオナルドが試着空間で逆刃鎌で思いっきり飛行しても、ミナトは至って平静に「面白いですね」と一言だけ。驚いた表情もしなかった。物事に動じないタイプなのだろう。


 試着を終え。

 攻撃等の邪魔にならないよう、再度衣服を微調整する作業をしながらミナトがふと尋ねる。


「何故、レオナルド様はイベントをご辞退されたのですか」


 突然、話を振られて「え?」とレオナルドも驚く。

 僕も何故わざわざ聞くのだろうかと思う。レオナルドは気まずそうに事の顛末を話した。

 ミナトは手元で作業を続けながら、感想を述べる。


「VRMMOここではよくある事ですから、お気になさらない方がよろしいかと」


「でも……ルイスに迷惑かけるのはちょっと」


 それを聞き、彼の手が止まった。

 単に調整作業が終わっただけのようで、完成したレオナルドのコートと仮面を渡す。

 衣装に満足げなレオナルドの反応を眺めるミナトは、小雪以上に意味深だった。

 流石の僕も気になって、問いかける。


「あの、なにか?」


「いえ…………友情を重んじる方だと思っただけです」





~フレンドチャット~

 ※最新のメッセージ100件まで表示します。


<レオナルド>

[イベントお疲れ]


<レオナルド>

[マジで凄かったな。生で見てたぜ]


<レオナルド>

[カサブランカの奴、強かったか?]


<ムサシ>

【よく分からない】


<ムサシ>

【私と来るまでに武器の数は減っていただろう】


<ムサシ>

【最後は奴の手にあった刺繡針だけだった】


<ムサシ>

【全力ではない、だから分からない】


<レオナルド>

[そっか]


<レオナルド>

[なあ、ムサシって家持ってる?]


<ムサシ>

【持ってない】


<レオナルド>

[あーマジか]


<レオナルド>

[暇な時でいいから、一緒にクエスト行きたいと思ったんだけど]


<レオナルド>

[町で一緒にいたら目立つだろ]


<レオナルド>

[俺、ムサシといて目立ちたいって訳じゃねえからさ]


<レオナルド>

[ルイス、ムサシを店入れてくれるかな]


<レオナルド>

[後で相談してみる]


<ムサシ>

【適当に家建てる】


<レオナルド>

[え、悪い]


<ムサシ>

【何をどうすればいい】


<レオナルド>

[市役所でNPCが案内してくれる]


<レオナルド>

[今日は遅いから、明日クエスト行こう]


<ムサシ>

【分かった】


<レオナルド>

[おやすみ]


<ムサシ>

【おやすみ】





 レオナルドが珍しく積極的に武器が作りたいと言い。僕も一緒に、茜のところに尋ねていた。


「ん~~~……こんなもんかね」


 茜がレプリカで作製したのは――

 刃の形状は逆刃で、峰に立ち乗りこなせる仕様になっている。

 見た目は弱弱しい。武器と運用するのは難しいが『ソウルオペレーション』で乗る為なら別。

 レオナルドが試しに持って「おお、軽い!」と感動した。一応、茜は説明する。


「素材はヒノキ。スキルは、ルイスの注文通り『大鷲の加護』三積みだよ」


 レオナルドは乗る前に少しでも身を軽くする為、普段来ている衣服のコートやマフラーも僕に預けた。


「これでどんくらい速くなるかな」


 期待と興奮を隠しきれない様子のレオナルド。

 以前は鉄・で逆刃鎌を作ったが、鉄自体が重いので『ソウルオペレーション』の操作速度も低下していただろう。軽い素材なら、少なくとも鉄よりは速くなる。

 レオナルドが僕に聞く。


「『大鷲の加護』って何? 前やってた武器軽くする『羽毛の加護』って奴じゃねーの??」


「『大鷲の加護』は武器での攻撃速度を上昇させるスキルだよ。『ソウルオペレーション』は一応操作攻撃だからね」


「あー、なるほど」


 木目が丸出しの木鎌を『ソウルオペレーション』で操作し、峰に乗るレオナルド。

 僕でも分かるほど、速度が出ていた。通常の『ソウルターゲット』ほどの速度はあるだろうと感じる。

 相変わらず上手く乗りこなし、楽しむレオナルドを僕が微笑ましく見守っていると。

 茜が咳払いし、念押すように言う。


「レオ! レオナルド!! 木製だから耐久力は低いよ! あと火には気をつけな!! 一発受けただけでも燃え尽きるから!」


「あ、はい! わかりました!!」


 デメリットは高い。

 木製の耐久力なら、そこそこレベルのある妖怪の一撃を受け止めただけでも破壊される。

 攻撃も受けず、回避に専念しなければならない。


 しかし、木製だからこそ鉱石ほど手間暇を有しない。

 加工に時間はかからず、ダークブルーに白の模様を塗装して完成。シンプルだが洒落た逆刃鎌になった。

 レオナルドが、早速『木鎌』を装備して僕に告げる。


「俺、これでちょっと練習すっから。終わったらメインクエスト進めようぜ」


「うん、わかった。待ってるよ」


 自棄に急いで店に転移するレオナルド。

 僕も一旦戻ろうとした矢先。茜が呼び止めるように話しかけて来た。


「アンタたち、最近は大丈夫なのかい」


「はい。ご心配かけてすみません」


「……そ。ならいいんだけどね」


 茜の反応も何故か、小雪たちと同じく意味深。僕にはそれが理解できないものだった。





 レオナルドの言う『練習』は、確かに意味あるものだった。

 ルイスに隠れて、ムサシとクエストを受けた点を除けば。

 無論、他プレイヤーの目に届かないよう、メインクエストだけしか行っていない。


 やはり、逆刃鎌の動きをムサシに見て貰いたいのが、レオナルドの本心だった。

 決して自慢などではなく、ルイス以外の意見や指摘が欲しい。

 ルイスとレオナルドだけでは、気づかない部分は必ずあるだろうから、それを知りたい。


 クエストが終わってからも、レオナルドはムサシの家で他にも色々と質問する。

 最近購入どころか、意識すらしていなかったスキルの構成などレオナルドは参考にしていた。

 攻撃速度を上昇させるスキルが複数あり、純粋にレオナルドは尋ねる。


「これとこれって重複しねーの?」


「しない」


「へー」


 イベントでの騒動もあり、引きこもり気味だったので、気分転換にNPCの店に足運ぼうかとレオナルドは考えた。

 彼の熱心な姿勢に、ムサシは相変わらずの仏頂面で聞く。


「お前は強くなりたいのか」


「あー……違うんだけど、違わねーのかな」


 返答に悩む表情でレオナルドが言う。


「俺さ、カサブランカが気になるんだよ」


「……………………」


「好きとかじゃねーよ!? 恋愛的なアレじゃなくて、なんだ。ルイスと同じで、カサブランカみたいな奴も初めて見るんだ。それで気になるっていうか」


「………あの女は人を殺してもおかしくない」


 平然とそう述べるムサシに、レオナルドも少々ギョッとしてしまう。

 否定できないのが困り所だった。何故か気まずそうに、レオナルドは唸って言葉を選ぶ。

 陰口は叩きたくない。必死に思案した末、レオナルドは話す。


「心配だよな。アイツはさ、独りでも平気なんだろーけど。放っておくのも駄目じゃねーかって」


 でもなぁ、とレオナルドは頭をかく。


「強い奴じゃないと論外って感じだよな。アイツに興味持たれるには、強くならねーといけないっていう」


 他人の事ばかりのレオナルドだったが、ふと思い出した。


「マルチエリアって、どんな感じ? 俺、まだ行った事ねえから分かんねーんだ」


「メインより広い。空を飛びたければマルチに行け」


「花畑とかよりも広い?」


「相当」


「凄そうだな。でも……PKとかいるのか?」


「普通に」


 ムサシが即答するのに、レオナルドは「マジか」と意欲が損なう。

 自身の実力やルイスの忠告も含めて、マルチエリアに挑戦するのは無謀か。

 項垂れるレオナルドをムサシが横目で見つめていた。

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