第8話
メインクエスト二面ボスエリア。
僕たちが移動した場所に、大きな館が鎮座している。
前回ボス同様、妖精『しき』が登場し、僕たちに助言してきた。
「ここに住む妖怪はとーっても厄介な能力を持ってるヨン! 協力し合って倒すヨン!!」
ちなみに参加人数が一人でも『しき』は同じセリフを言うらしい。ゲームだから仕方ない。
『しき』が消えた後、僕たちは最終確認をする。
館に入るまでボス戦は開始されないからだ。
特定レベルで獲得できる薬剤師の技能――『薬品一式』。
使用する薬品を最大10個分をまとめたセット。これを選択すると、一々アイテム欄から選択せずに最大10個分を一度に使用できる。
勿論セット自体も複数設定可能。
何故10個か?
強化効果は最大10枠までと決まっているからだ。
他ジョブの――魔法使いの強化魔法なども含めて10枠分しかプレイヤーは強化を得られない。
それと他ジョブの強化は重ね掛けで強化を上書きできるが、薬品系は効果時間が終了するまで上書きも不可能だ。
僕は、レオナルドに使用するセット1に目を通す。
<セット1>
破壊薬(中)
破壊薬(大)
加速剤(小)
加速剤(中)
加速剤(大)
スタミナドリンク(小)
スタミナドリンク(中)
スタミナドリンク(大)
延長剤
膨張薬
『破壊薬』はATK、『加速剤』はAGI、『スタミナドリンク』はVIT強化。
『延長剤』は薬品系の強化持続時間延長。『膨張薬』は薬品系の強化を二倍にする。
僕は再度攻略サイトの館の構造を脳裏に蘇らせ、レオナルドに問いかけた。
「順番覚えているかい?」
「男の方を吹っ飛ばして、突き当り真っ直ぐ、左いって、一番手前の食堂に投げ飛ばして、奥の方にある左側の扉」
「うん、大丈夫だね。女性は攻撃して来ないから無視していいよ」
「はいはい」
事前準備はバッチリ。
さて本番だ。
僕らは館の扉を開け、吹き抜け式のエントランスホールを目にする。
内部に入ると、敵が登場するまで僕らは動けなくなる。ゲームの演出上の仕様だ。
ダンダンと喧しい叩き音が響き、近づいてくる。
二階フロアの扉が乱雑に開かれ、顔面包帯巻きで片目だけが覗かせてる男女の二人組が現れた。双方共に物騒な鉈を手に、床を叩き鳴らす。
これが二面ボス『リジー・ボーデン』。
男性の方――ボーデンが二階より、僕らの方へ飛び降り。
女性の方――リジーは微動だにしない。
僕はボーデンが床に着地した瞬間、彼に対し『麻痺粉末』をバラ撒く。
敵を一定時間麻痺状態にする妨害系の薬品だ。
ボーデンが呻く声と共に、僕はセット1をレオナルドに使用。レオナルドは僕の指示通りにボーデンを吹き飛ばし、攻撃をし続ける事だろう。
そう。攻撃し続けなければならないのが、今回のボスの攻略方法だ。
僕は急いで二階に駆けあがる。
二階に留まっていたリジーは凄まじい速度で逃走した。
彼女は逃げ回るタイプの敵で、基本的にこちら側へ攻撃を仕掛けて来ない。
僕はレオナルドが戻ってくるまで次の準備を整える。
彼に指示したルートは、館を半周し、再びエントランスホールに到着するものだ。
ボーデンはエントランスホールに着くと、自動的に中央へ移動し、広範囲攻撃をしかけてくる。
扉が破壊される騒音と共に、レオナルドとボーデンがエントランスホールに飛び込む。
乱雑にレオナルドを振り払ったボーデンが、並外れた跳躍で中央に移動。
着地する衝撃波で一旦、レオナルドを吹き飛ばす。
膠着するボーデンに対し、僕は二階より『麻痺粉末』をまき散らし、彼を再び麻痺状態にした。
体勢を持ち直したレオナルドが『ソウルターゲット』で急接近。ボーデンに攻撃をし続ける。
ボーデンの体力ゲージがようやく削れ始めたので、僕は一安心した。
リジーは40回、ボーデンは41回攻撃しなければダメージを与えられない。
その間、二人は無敵状態だ。
加えて―――癖のように鉈を叩き鳴らしているが、これは鉈で叩いた部分へ自身が受けたダメージを移している能力を誤魔化す為のもの。
能力のヒントとして、館内のそこら中に不自然な切り傷や銃痕がある。
すると、ボーデンが泣き始めた。
積極的に暴力を振るおうとしていた不気味な男が、外見に似つかわず号泣、呻き始めると。
腹立ったような足音を鳴らし、逃げ回っていたリジーが扉を激しく開けてくる。
レオナルドが僕の指示通りに中央付近から離れた。
リジーが怒声で吠えた。
「何やってんだよテメェ!」
「うええええええ……お姉ちゃん、痛いよぉぉおおぉ、もう無理だよおぉぉおぉ~~!」
「殴る事しか脳ミソねぇのに、なぁにも役立たねぇじゃあねえか! ドグズ! ノロマ!!」
「ごめんなさぁあぁぁい!!」
姉弟漫才が繰り広げられている間に僕は自身にセット2を使用した。
<セット2>
挑発香水
耐久薬(小)
耐久薬(中)
耐久薬(大)
延長剤
膨張薬
僕が準備する傍らで、ボーデンが粒子状になってリジーが所持する鉈へ戻っていくと、大鉈に変貌。
リジーも体型が変化し大鉈を振るえるくらい巨大化。
これにより館がエントランスホールを中心に崩壊する。
リジーが巨大化すると『麻痺粉末』のような状態異常は効かない。
だが、俊敏さが低下。鉈を振るう挙動も遅い。
レオナルドは、挑発状態の僕から『ソウルターゲット』で離れ、リジーの周囲に魂の軌道を描き上手く回避。
挑発状態の僕に鉈が振るわれる。籠で攻撃を受け止めるが、やはり痛い。
普通に数発受ければ、体力のある僕でも倒れるだろう。回復薬をこまめに使用し続ける。
巨大化した分、レオナルドの攻撃ヒット数はかなりのもの。目が回るらしく、回転切りを連発できないがガリガリと体力は削れていく。
ボス戦開始から2分弱でリジー・ボーデンの討伐は完了した。
◆
武器には耐久力がある。耐久力が0になると武器は破損、消滅する。
故に、鍛冶師に依頼し耐久力を回復、スキルを付与、鍛える――武器レベルを上げるなど強くしていかなければならない。
「いらっしゃいませ~」
僕たちに馴染みの鍛冶師はいない。
適当に空いている店を選んで、耐久力の回復と武器レベルを上げて貰う。
「お二人ともまだ初期武器なんですか? しかも上限あげてるんですね……」
店員が驚く。
上限とは武器レベルの上限度。
同じ武器を素材に使うか、レア度に合った上限解放チケットで最大3回まで解放できる。
僕もレオナルドも初期武器に、初ログイン時にプレゼントされたレア武器上限解放チケットを使っていた。
「はい。初期武器にあるスキルを見て、強くするのもアリかと思いまして」
「ええと……『プライム』? ああ、これって最低保証みたいなものでしたっけ」
[プライム]
プレイヤーにとって特別な唯一無二の代物。
耐久力減少による破壊不可、盗賊による盗難を無効化。
耐久力0となった場合、クエスト中は一時的に装備から外れ、クエスト終了後に耐久力1の状態で復活する。
武器が無ければクエストや他エリアに行けない。
お金がない、武器もない、完全に詰んだ! なんて状態にしない為の最低保証。
最悪の場合を想定して、鍛えておくのは損ではない。
珍しがられながらも、僕たちはボス討伐報酬のマニーで武器の最大レベル60まで鍛えて貰う。
「お、ルイス。売れたってよ」
レオナルドの言葉に僕は耳を疑ったが、僕自身のメッセージボックスに[『魔力水(大)』×5が売れました!][『魔力水(中)』×10が売れました!][『魔力水(小)』×50が売れました!]と報告があった。
一体誰が、なんて心当たりは一人だけ。
小雪だろう。
相当量の『魔力水』を購入しているが、理由は分からなくもない。
実は銃使いは通常攻撃でも魔力消費する。
勿論理由があって、このゲーム世界――異世界設定だと銃は、火薬を用いた発火圧力ではなく、小規模な魔力による魔力圧力で銃弾を発射させている。
魔力消費量は少ないようだが、銃弾をリロードするように、MP回復もこまめに行う。そういうジョブらしい。
……さて、ついでに買うものがある。
鍛冶師の店から移動し、辿り着いたNPCの雑貨屋。ここで『ピッケル』を購入する。
鉱山エリアで採掘するには、鍛冶師のハンマー以外では『ピッケル』を使用しなければならない。
レオナルドは困惑している。
「俺達なにしに行くんだ?」
「染料の素材を集めに『鉱山エリア』へ行くんだ。これが終わったら、次は繊維素材集めの『草原エリア』だよ」
「話についていけねぇんだけど、何で? 服でも作んの??」
僕はレオナルドに向かい合って「そうだよ」と伝えた。
「だって、君。服が欲しいんだろう? NPCの衣服店にある奴が気にいらないなら、オーダーメイドで作って貰おう」
レオナルドは大分遅れて理解し「おお」と納得した反応をしてくれる。
僕は、変に街をウロついてトラブルを起こして欲しくないから、些細な懸念材料も排除したいだけ。
それに、レオナルドが変な店で、似合っていない服を作られては堪らないからだ。
墓守のイメージとレオナルドの金髪、彼の雰囲気に合うのは青。
それも濃い青。藍色。明るめの青でも悪くない。
僕は改めて説明する。
「青の染料素材は『瑠璃石』。大体150個集めれば足りるかな? レオナルドはアイテムが拾えなくなるスキルを外しておいて」
「ひゃ……んな必要なのかよ!?」
「念の為だよ。コートとかを作るなら100前後は必要らしいよ。あんな感じのね」
僕が刺繡師の個人経営店にあるショーウィンドウを指す。そこには白のファーがついた黒のフードコートが展示されている。
レオナルドは興味深く観察していた。僕は尋ねる。
「どうする?」
「青……青のコートって派手じゃね」
やっぱりコートが欲しいのか。僕は彼の本音を聞き出せた。
彼の不安を弱める為、僕が付け加えた。
「瑠璃を元にするから藍色の方が近いかな」
「濃い青か……」
「黒がいい?」
「正直、そういう色のセンスはわかんね。でも腹出しと背中出しはヤバイくらい分かる」
「青は無難な色で、男性らしいからね。間違いないよ。あとは担当する刺繡師の人と相談しながらでいいさ」
唸ってからレオナルドは「そうだな」と同意してくれた。
◆
鉱山エリア。
周囲の岩肌から、周辺の地中から、聳え立つ鉱山内へ続く洞窟から、様々な場所で素材は得られる。
中でも、金や銀といった高価な素材は、鉱山内でしか採掘不可。
上位を狙っているギルドは、鉱山内で留まって、素材掘り周回を続けている。
僕たちが向かうのは、蒼の洞窟と呼ばれる地底湖の採掘場所。
瑠璃石はレア以下のコモン素材。
僕の薬でSTRとVITを強化し、疲れ知らずにピッケルを振り続ける事で、二人合わせて目標の150個は集まった。
ここまでは問題なかった。
僕たちが蒼の洞窟からスポーン位置へ向かおうとしていた矢先の事。
外が騒がしく、悲鳴が響き渡る。
僕らは物陰から様子を伺う。
表で暴れているのは、覆面や仮面など顔を、ローブやフードを纏って体型を隠す集団。
不気味な彼らの武器だけは見覚えがある。どれもSSレア武器ばかりだ。
集団一行は、ギルドやパーティを圧倒的な力で倒していく。
時期的に早すぎるが、恐れていた事は始まったようだ。
レオナルドは小声で呟く。
「変な恰好だなぁ」
「違うよ。あれは変装さ。レオナルド。君も気づいているだろうけど、このゲームはどのプレイヤー情報も非公開設定されているだろう?」
PKが可能なVRMMOではPKした・PKされたプレイヤーが晒される事で衰退する傾向が強い。
なので、PKが可能なVRMMOでは、パーティ・フレンド・ギルド以外で安易に情報を公開されないよう、全プレイヤー非公開設定。
「マギア・シーズン・オンラインは衣服類が破壊されない仕様になっていてね。ああいう仮面も破損や剥がされる心配がない。PK中は変装し、エリアでは変装を解いて一般プレイヤーに戻るのさ」
「人によっちゃ、冗談じゃねえって奴だな」
しかし、これは……
PK集団はPKで得られる膨大な経験値と、倒したプレイヤーが所持品を落とす仕様を利用して、SSレア素材を横取りするのが目的だろう。
鉱山付近を中心にプレイヤーを狙っているが、僕たちのいる蒼の洞窟に来ないとは限らない。
僕は苦渋の決断をレオナルドに伝えた。
「レオナルド。離脱しよう」
「離脱って、あいつら突破してクリスタルん所、どうやって行く――」
「メニュー画面を開いて。クエストの欄を開けば[クエスト離脱]の項目があるから、そこを押して」
「なんだ、一々戻らなくてもいいんだ……ルイス。離脱したら手に入れたアイ・テム全部消えるって」
「うん。だから離脱して」
流石に苦労して手に入れた素材を捨てるのは、レオナルドも躊躇するのか。
僕を見つめ、眉間にしわ寄せる。
「……マジで言ってんのか」
「彼らとはレベル差も武器の性能差も、技量の差もある。勝ち目はないよ。諦めよう」
彼らを上手く撒くのはアウト。失敗してもアウト。顔を見られた時点でアウトだ。
勝利・出し抜いたりすると、当然彼らの恨みを買う。
下手に敗北・失敗すると、相手は弱い・カモだと執拗に狙われる。
あらゆる面を考慮した結果、離脱するしかないと僕は結論を導いた。
簡潔に僕はレオナルドに離脱を提案したつもりだが。
彼は珍しく沈黙して、返事が遅い。
「………………………………………わかった」
レオナルドの言葉は重い。
物は大して重要じゃないと過言していた彼が、何故か納得いかない態度でいる。
僕らがメニュー画面から離脱を選択しようとする。
「おいおい、初期装備で俺らに勝とうってか?」
ハッと僕が顔を上げ、周囲を見回す。だが、声は僕らに向けられたものではなかった。
スポーン位置から現れた他プレイヤーに対し、PK集団の一人が放ったようだ。
女のような黒長髪なびかせる仏頂面の男性武士だった。
指摘されていた初期武器の『カタナ』を無言で引き抜いている。
彼は何も喋らなかった。喋らないまま、表情を微動だに動かさず近くにいた仮面男を斬る。
僕も斬ったと理解できたのは、仮面男が瞬く間に消失していく光景が広がった時だ。
仏頂面の彼の攻撃動作は、それほど俊敏で、周囲の誰かが理解する前に他を斬りにかかっていた。
PK集団は混乱していた。
チート使っているのかと叫ぶ声も聞こえる。
SSレア武器が真っ二つに斬られ、盾兵も背後に回り込まれ斬られ、弓矢や銃弾も斬り落とす。
空中に避難している魔法使いもカタナの鞘の投擲で、地面に叩き落された。
というより、仏頂面の彼はカタナと鞘で実質二刀流の戦い方をしている。
レオナルドが僕の隣で、武士の無双に驚いている。
どの攻略サイトも武士の性能だけは、現在調査中なほどピーキー。
分かっているのは――正しい斬り方をすれば驚異的な威力を発揮する。
「『ムサシ』だ! そいつ、ムサシだぞ!! 勝ち目なんかねぇ! とっととずらかれ!!」
PK集団の誰かの叫びに、皆がざわつく。
有名なVRMMOプレイヤーなのだろうか、暴力的な強さに納得した様子の彼らは、嘘みたいに撤退を始めた。誰も歯向かう者はいなかった。逆に恐怖し、逃走に必死だ。
蜘蛛の子を散らすように去った彼らは、スポーン位置からエリアに帰還していく。
ムサシは彼らを追わず、その場に留まって長い溜息を漏らしていた。
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