第9話

 鉱山エリアは静まり返った。

 僕は『ムサシ』と呼ばれた武士の動向を伺っていると、レオナルドが動く。

 無論、僕は彼を引き留めようとしたがレオナルドは「俺が駄目だったら逃げろ」と言う。


「君はどうするつもりなんだ」


「普通に話しかけるだけ。多分、大丈夫」


「顔を覚えられたら危険だ」


「どういう警戒してんだよ……ルイスはそこで隠れてていい」


 僕らの声が聞こえたのだろう。ムサシが接近する音色が近づくのに、レオナルドは僕を無視して向かった。

 レオナルドは野生の猛獣に、興味本位で近づく命知らずのようだった。


 ムサシは妙に目を細める。

 見えないものを必死に捉えようとしているかのよう。

 レオナルドは、後方に僕が身を潜めている事を考慮し、話題を広げようとしていた。


「アイツら、どっか行ったの」


「私が殺した」


「そっか。お前みてーな強い奴、いるもんだな」


 レオナルドの無意味な会話に飽き飽きしたのか、ムサシが踵返そうとするのに。

 慌ててレオナルドが呼び止める。


「お前に助けられたから、なんか礼するけど」


「いらない」


「じゃあ、フレンド登録しねぇか? なんかあったら俺に連絡くれよ」


 レオナルドがメニュー画面を開いて、操作しているのをムサシは横目で観察している。

 彼は、仕方なくレオナルドのフレンド申請を受けたようだ。

 ムサシは特別変わった事もせず、レオナルドに下手な関わり合いもせず、無言で立ち去る。

 その間、一切レオナルドの顔を見ようとはしなかった。


 一安心してレオナルドは、隠れている僕のところへ戻った。

 流石に僕も不満をぶちまけずにいられなかった。


「どうして君は余計な真似をするんだ。フレンド登録なんて……彼は界隈の有名人だと、PK集団も言っていたじゃないか」


「あー……動画投稿してるらしいな」


 は?


 何も喋っていない。寡黙を貫く威厳を体現したかのような出で立ちの男が。

 リアクション芸を求められる実況動画を投稿しているのか?

 疑問を抱く僕に、レオナルドがムサシのプロフィールを表示してくれた。



<プロフィール>

 実況動画を投稿しています。

 他プレイヤーと関わったら編集処理します。

 人の顔が覚えられません。



 PKKした場面を動画投稿する訳がない。レオナルドが変に晒される心配はないだろう。

 運良く、素材を持ち帰る事ができたものの。

 僕はレオナルドに問いただす。


「離脱するのが嫌だったのかい」


 レオナルドは、神妙な面持ちで僕と顔合わせる。


「だってアイツ、


 僕は息を飲む。


「だから~~……なんだ。強い奴と戦いたい? そーいう奴、居るのか知らねぇけど」


 そうか……そうなのか。

 僕はレオナルドの弁解を制した。


「ごめんよ。状況を冷静に見極められなかった僕が悪かった」


 僕は自身の保身ばかり気にかけていたが、レオナルドはあの状況でムサシの動向を観察し続けていたのか。


「君がいてくれて助かったよ。ありがとう」


 素直に僕は礼を告げた。……この時ばかりは。





 僕らがスポーン位置のクリスタルに触れ、個人経営店内に帰還。

 売上報告とは異なるメッセージが届いていた。

 どうやら、僕だけではなくレオナルドにもある。内容を確認すると、種類はNPCイベントだ。


<ジョブ2昇格儀式の案内>

 ルイス様。

 以下の条件が満たされた為、ジョブ『医者ドクター』に昇格する資格を得ました。


 ・初期ジョブ武器の上限レベル到達。

 ・付喪神系の妖怪を50体討伐。

 ・作製薬品50種類以上。


 昇格儀式には以下が必要となります。

 準備が完了次第、マップにマークされてある場所で昇格儀式を行います。


 ・初期ジョブ武器(装備必須)

 ・サクラ×50

 ・ウメ×50



 まさか、とは思わない。

 初ログイン時にプレゼントされた物の中にあった武器の上限解放チケット。

 初期武器のレア度に合った『レア武器上限解放チケット』が丁度三枚あったことに違和感があったからだ。


 レオナルドの達成条件は、僕と少し異なり『怨霊系の妖怪討伐』『ソウルターゲットの浮遊時間』の二つ。儀式に必要な素材は僕と同じ。花畑エリアで入手できる素材なので問題ない。


 予想外な展開に、レオナルドは興奮しながら聞く。


「行ってみるか?」


「ちょっと待って……中途半端な場所にあるね。ここから直接行った方が早そうだ」


 倉庫から備蓄していた素材を取り出し、目的地に向かう。

 町から離れ、花畑と小川を超え、梅と桜の木々が植わる長閑な一帯の最奥に、春の女神を祀る神殿がある。

 マークされていたのは、神殿内部。


 神殿自体は、攻略サイトの攻略班がイベント発生しそうな仕掛けの痕跡がないか、徹底して調査した。

 だが、プレイヤーがそういう調査をする程度、運営も想定している訳で。

 イベント発生しそうなフラグを、思わせぶりに設置しない手法も近頃取り入れられている。


 内部の中央付近まで移動するよう指示され、僕たちがそれに従う。

 すると、イベント演出が開始した。

 桜色の光が神殿内を満たす。薄っすらと僕らの前に、桜を連想させるような色合いの女神が現れる。


 女神自体は半透明のまま。

 概念思念の類だろう。僕らの反応に関係なく話はじめた。


『初々しい冒険者の方々……私は春の女神。あなた方は自身の能力の基礎を習得しました。新たな段階へ進む為に、力を解放させましょう』


 僕らは光に包まれ、容姿と武器に変化が起きる。

 ジョブ名通りに医者らしい白衣の恰好。だけど半袖、いや、ベルトで袖の長さが調整されている。

 初期武器の竹籠も、革製の医療鞄に変化。


 レオナルドは『魂食いソウルイーター』に昇格した。

 彼の武器も、青白い炎が閉じ込められた檻が柄込みに飾られた雰囲気ある鎌に変貌している。

 下半身の黒ズボンとブーツは通気性は良さそうで、白の腰布も軽い素材らしく風に靡く。


 対して、上半身は袖なしの黒インナー……

 僕が観察していた途端、レオナルドの謎絶叫が響き渡った。


「謎インナーはやめろっつっただろーがっ!!!!」


 レオナルドの背後を伺うと、見事に背中がガラ開き……前掛け状態のインナーだった。

 奇妙な謎インナーは、よく漫画やアニメキャラは平然と着用している気がするけど。

 僕は興味本位でレオナルドの背後に触れると、レオナルドが悲鳴を上げる。


「触んじゃねぇえええぇっ!!?!?」


「ああ。もしかして、くすぐったい?」


「だから触るなって!」


「触ってないよ」


 レオナルドの面白い反応を楽しんでいると、春の女神が彼女なりに自信満々で言う。


『第二層は非常に暑いです。ジョブの正装も涼しいものにしました』


「こ、これ正装ゥ?」


 半信半疑でレオナルドが聞き返す。


『第二層は本当に暑いのでお気を付けてくださいね。冒険者の方々』


 二度も繰り返した。

 女神が姿を消すと、彼女が居た場所に緑のクリスタルが出現し宙に浮いている。

 僕らの前に詳細情報が記載された画面が表示された。


 [ジョブ2が解放された事で第二層『夏エリア』が解放されました。

 クリスタルに触れるか、自宅もしくは個人経営店からの転移移動で『夏エリア』に向かいましょう!]





 僕の隣で、レオナルドが衣服変えに戸惑っていたので、装備欄に誘導してあげた。

 最初の浮浪者っぽい恰好に戻ると、レオナルドは一息つく。

 僕も医者の恰好は悪くないが、目立つので初期装備の軽装に着替えた。

 落ち着きを取り戻したレオナルドは、僕に尋ねる。


「まだ行かないよな? 俺達、春のメインクエスト全部終わってないんだぜ」


「それもそうだけど……向こうでする事もないからね。一番乗りに店や家を建てるのは、かえって目立ってしまうよ」


「ホント、お前さ……」


 レオナルドは、僕に対して呆れとは異なる印象を抱いているようだ。


「躊躇なさ過ぎるんだよ。さっきの素材の時といい」


 どうやら、素材に固執していたのではなかったらしい。

 「それは君も知っているだろう?」と僕は彼に答えると、向こうはやれやれと黙る。

 僕がメニュー画面から時刻を確認する。

 ボス戦から素材集めまで、あっという間に感じられたが現実時間は残酷で、深夜をまわっていた。


「こんな時間だ、僕はログアウトするよ」


「げ、俺も明日は早いんだよ」


 僕もレオナルドも、ジョブ2昇格で入手した衣服を倉庫にしまおうと一旦、店に戻った。

 店内に僕たちが転移した時、僕に一通メッセージが届く。

 差出人に納得して、僕はレオナルドに呼び掛けた。


「レオナルド。次は何時くらいにログインできる? オーダーメイドの予約するから」


「予約?」


「完全予約制のところで依頼したのさ。ちなみに、僕もついでに作って貰うよ」


 刺繡師の経営店も販売形態は様々。

 オリジナルブランドを量産するスタイル。

 個人趣味オリジナル作品を一つずつ作製し、量産しないスタイル。

 客に合わせたオーダーメイドに徹底するスタイル。


 中でも、完全予約制は比較的多めだ。

 何故ならPK専用の衣装に需要がある。他プレイヤーの出入りがない状況なら、完成された衣服や装飾品と、それを着るプレイヤーの情報は、作製を受け持った従業員だけが把握している。

 仮にそこから情報が洩れ、プレイヤーが晒される事態に発展すれば、店の信用問題だ。


 困惑しつつレオナルドが大凡のログイン時間を教えてくれる。

 僕の都合も合わせた時間帯を、差出人の店主に返信した。


「あれ。アイツ、まだログインしてんのか」


 レオナルドが窓越しに呟く。

 無人販売所に誰かいるなら小雪だけか。彼女の現実リアルは分からないが、深夜までログインする余裕があるなら、中高校生ではないだろう。

 唐突に、レオナルドは外へ向かう。


 関わらないと言っていたのに―――と僕にも苛立ちが込み上げるが。

 無人販売所前にいる小雪に話しかけるレオナルドは、日常会話をしている様子じゃない。

 メニュー画面を開いて、何か説明していた。ジョブ2の話だろう。


 攻略班も到達してないジョブ2解放条件の情報は、普通ならタダ事で済まされない。

 非常に目立つ話題だからこそ、人見知りの小雪に伝えたのか。

 僕も店から顔を出し、様子を伺った。


 すると、性格に似合わず小雪が大絶叫する。

 レオナルドも驚き「どうした!?」と聞き返すと、彼女は震える声で


「チケット売っちゃった……」


 そう落ち込んで蹲った。

 あまりの展開に、レオナルドも「チケットって売れたの?」と変なところに反応してしまう。

 僕もそれは初めて知った。

 レオナルドが顔を覗かせていた僕に気づき、尋ねる。


「あー……ルイス、上限解放ってチケット以外でどうすりゃいいの?」


「普通は同種の武器を鍛冶師に合成して貰えばいいけど、初期装備はチケットじゃないと駄目だよ」


「なんで?」


「初期武器だけはNPCの経営店で販売してないし、モンスターからドロップしないからだよ。だから、おかしいと思ってたんだ」


 小雪はますます落ち込んだ。

 他に入手する方法は……僕は仕方なく調べようとしたが、レオナルドが言う。


「ジョブポイントんところにチケット交換あったから、そことか」


「マジっすか!?」


 生き返ったように小雪が立ち上がる。

 少々驚きながらも、レオナルドは頷いた。


「何ポイントで買えるかわかんねぇけど」


「あざっす! 行ってきます!!」


 勢いで威勢いい返事をしてから速攻で転移する小雪は、深夜帯とは思えない元気の良さだった。

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