第7話

 翌日。


 クラスではジョブをどうしたか、ギルドに入ったか、個人経営店を持ったか。ゲームの話題で盛り上がっている。

 僕はホームルームが始まる前に端末で放置製造を行った。


『魔力水(中)』『破壊薬(小)』『破壊薬(中)』『破壊薬(大)』……


 ATKを上昇させる『破壊薬』の効果量の違う種類を作製しているのか?

『破壊薬』以外の薬も含めてだが(小)(中)(大)。これらの効果は重複せず、個別に共存する事が可能なのだ。

 強化能力が重複するか、共存できるかを検証するのは、ゲームではよくある話。

 僕もレオナルドで検証し、脅威の数値でモンスターを葬ったのを実感している。


 僕が端末を鞄にしまったところで、いつも僕に話しかける調子の良い男子が現れた。


「おーい! レンレン、レンレン~! マギシズ始めた? ジョブなにした~??」


 レン……僕の本名『都賀つが れん』の渾名で呼ぶ彼は、饒舌に自分語りを始めた。

 僕はいつも通り、適当に聞き流しながら答える。


「剣士を選んだけど、なんか合わなくてね。他のジョブを試すつもりだから、まだジョブは決まってないようなものかな」


「うわ~。レンレンは剣士じゃないでしょ。薬剤師とか?」


 茶化しているか定かではないが、僕は声のトーンを変えずに平静を装った。


「面白そうだけど……やっぱり気持ちよく攻撃できないと。爽快感が足りないじゃないか」


「だよね~」



 ◆



 その日の夜。

 先にログインしたのは僕だった。

 レオナルドはログアウト状態で、最終ログイン時間も昨日僕と別れた時刻のまま。


 僕は無人販売所を確認したが、購入者はなし。

 放置製造で作り置きした汎用性が高い『回復薬』と『魔力水』をNPCの販売店より安く設定し、強化系、妨害系を複数並べておいた。


 しかし、店のメッセージボックスに複数入っていた。

 内容を確認すると――どれも攻略サイト班のギルドからのもの。

 彼らは春エリアのマッピングを行い、個人経営店に対し攻略サイトで宣伝がてら情報を載せたいかを訪ねているようだ。


 僕はどれも丁重に断った。


 レオナルドが来るまで工房を設置し、余った素材で薬のストックを作り、暇つぶしに家具の配置などの内装をいじった。

 僕がログインしてから一時間後、彼からメッセージが届く。僕が店にいる旨を伝えると、彼はフレンド機能で自宅に姿を現した。


 レオナルドは変貌を遂げた内装に驚いている。

 僕は普通に「待ってたよ」と挨拶する。レオナルドは「お、おう」と返事をしてくれた。


「モデルハウスみてーだな。これどうやってんだ?」


 レオナルドが注目したのは工房。

 普通に設置すれば、部屋の一角にある作業スペースになってしまうが。

 工房自体にも観葉植物のような細かな家具を配置したり、壁に薬草を乾すように飾る事も可能だ。


「机にある本は書斎セットの一部。回復薬みたいな消耗アイテムも配置できるんだよ」


 折角作った薬のストックも、購入したガラス棚の中へ魅せるように入れると、それっぽい雰囲気を醸し出せる。

 そこにあるだけでも、世界観の演出にはいい。所謂、気持ちだ。

 僕はボーッと内装を眺めるレオナルドに一つ聞く。


「そういえば……君の友達は?」


「ん? アイツな。単位がヤバイから当分はログインしないんだと、遊び過ぎなんだよ……ったく」


「……そうか」


 それならいいんだ。

 レオナルドとパーティ申請を出して、二面ボスのクエスト準備を始める。

 だが、レオナルドは申請承諾をせずに僕へ視線を注いでいた。僕がふと顔を上げると、レオナルドが奇妙な事を尋ねる。


「なあ……お前、何が目的なんだ?」


「目的?」


 僕が聞き返すと、レオナルドは悩ましい表情で「違うな」と呟く。


「疑ってる訳じゃねえ。でもさ。ルイスは何でそんな俺に気をかけるんだ」


「うん? 普通の事じゃないか」


「最悪、俺を見捨てるだろ。俺に貢いだ分なんて無駄になるぞ」


 彼は人脈が悪いらしいが、最初から見捨てられる前提の関係を築く相手の方こそ見捨てればいいのに。

 以前、僕のような人間は初めてだと告白されたのを思い出す。

 レオナルドは僕相手に対し、会話の盛り上げ方や、対応すら手探り状態なんだろう。


 見捨てる。

 ……確かに、場合によってはレオナルドを見捨てることもあるだろう。

 僕は素直に答えた。


「僕はね。ステータスとしてゲームをやっているんだ。イベントが辛かった。こういうところが不便で運営に直して欲しい――とか、周りの話題を理解し共感する為に」


「………」


「協力してくれる君には感謝している。見返りを与えるのは当然の事だよ」


 レオナルドがうんともすんとも喋らない。

 僕は顎に手を当て、別の切り口から話題を広げた。


「レオナルド。ひょっとして君は、僕たちの関係がと思っている?」


「……ヘンリ?」


「そうだね――マンタは知っているかい。海にいる巨大なエイだよ。よく体にコバンザメなどの小魚をくっつけているだろう。あの関係さ」


「……」


「小魚たちはマンタの体についた寄生虫や食べ残し、糞を食べて栄養を得ているんだ」


「…………」


「マンタは小魚たちが自分の邪魔をしないと理解している。小魚たちもマンタはプランクトンを食べるから自分たちは食べられないと理解している。でも、利益を得ているのは小魚たちだけ。共存ではないけど、寄生とも言い難い関係だよ」


 呆然としているレオナルドに、僕が付け加えた。


「レオナルドはマンタ。僕が小魚だ。分かりにくかったかい?」


「想像しやすくて逆に引いてんだよ! 気づけよ!!」


 唐突にレオナルドが叫んだ。


「マジ、お前―――ゲームの中だと気持ち悪りぃ表現連呼しまくるタイプかよ!?」


「僕は想像と理解をしやすく適切な喩えをあげたつもりさ」


「他の奴も同じ対応すんのか……?」


「いや」


 レオナルドに指摘されて、改めて僕は気づく。

 ゲームのアバター越しであっても、初対面相手に饒舌なのは僕の経験上少ない……初めてだ。

 短期間でレオナルドに対する親しみが大きくなった訳がない。

 彼に変わった部分はあれど、特別性は皆無だ。


「僕は君だけに対して全てをさらけ出している……とても不思議でならないよ」


「ああ、そうかよ。公衆の面前で全裸になるんじゃねーぞ」


「分かったよ。僕が素肌を出すのは、君の前だけにしよう」


 レオナルドが言葉を失っている内に、僕は話を戻した。


「このゲームを進めるにあたって、負担をかけず、効率性を考慮し、厄介なトラブルを回避するには、最低限の交流でやりくりする。それには最適な相方を探す事さ」


「墓守は、俺以外でもいんだろ」


「確かに……いや、居ないよ。ここまで僕自身が思考開示したのすら、君が初めてなんだ。それはきっと、君は僕の考えを理解してくれると本能で分かっているから」


「……」


「僕たちの関係はだよ。僕にとっても、君にとっても利益になる」


 僕の話を聞き終え困惑していたレオナルドだったが、しばらくすると彼の様子も落ち着いた。

 妙に冷静さを取り戻す。

 そして、彼は口を開いた。


「……まあ、俺も人の事とやかく言えねぇか」


 意味深な言葉の後に「わかったよ」と答えてくれる。


「楽にゲームを攻略できるってなら、二人の方がマシだな。付き合ってやるよ。ただ~……あの気持ち悪い表現は勘弁してくれ」




 二面ボス攻略当日。

 先にログインした僕はルーティンの一種として、調合をしていた。


 薬品を作製し続けると、何度も作った薬品の作製成功率が上昇する。

 まず、基本的な薬品類の作製成功率を100%になるよう繰り返し。

 すると『回復薬(中)』といった効果量を増加させた派生の作製成功率が高まる。

 更に、特定INT数値で獲得できる[調合方法:合成]の成功率が上昇する。


[調合方法:合成]

 複数の薬品を合成し、効果量を一括りにまとめた特製品を作製する。


 つまり『破壊薬(小)』『破壊薬(中)』『破壊薬(大)』。

 この三つを全てまとめた『特製:破壊薬』を作製できる。

 更に加えて、特製品の効果は強化枠一つに納められてしまう。


 強化枠の使用を抑える為に『合成薬品』は必須と言える。

 だが、前述説明した通り[合成]は難しい。

 作り慣れている『回復薬』と『魔力水』の合成を工房で行っても成功率が50%……


 僕自身のDEXが低いのも原因の一つだ。

 今はINTに極振りしてしまった分を取り戻している最中で、DEXとAGIを重点的に伸ばしている。

 こうなっては、成功回数を重ねていくだけだ。


「おーい、ルイス~」


 ログインしたレオナルドが店内に直接転移せず、外から店の扉を開く。

 僕と従業員設定しているレオナルド以外は、店を開けられない仕様にしてある。

 だからだろう。彼が連れてきた相手は扉の向こう側に留まっている。

 レオナルドが来るように合図するものだから、仕方なく顔を出す。


 半袖長ズボン、口元をバンダナで覆っているボーイッシュな短髪の女性。

 腰につけている装備で、銃使いのジョブだと分かる。

 服装は刺繡師がデザインしたオリジナルだろう。バンダナはNPCの衣服店に置かれていない。


 僕が前にいるのに、彼女は一向に喋りかけてこない。

 レオナルドは僕の反応を伺って、申し訳なさそうに言った。


「あ~……覚えてないか? 俺達が最初パーティ組んだ時にいた」


「………………………………………ああ」


 服装が初期装備と大分異なったので、僕も気づくのが遅くなってしまった。

 人見知りの銃使いだ。

 彼女は、ようやくか細い声を出す。


「こ、小雪、です……その……隣……じゃないですけど……家、建てて………」


 この一帯は誰も来ない。

 誰も来ないと踏んで、彼女も家を建てたのか。

『小雪』は、必死に伝えようとしている。


「そ、倉庫に使って……あ、あんまり、いなくて……い、家に」


「大丈夫ですよ。僕も工房が欲しくて建てたようなものですから」


「そっ、そお、なんです……ね」


 ここまで彼女は言葉が止まってしまった。

 多分、会話の切り上げ方が分からず困っている。よくある事だ。

 僕の方から話を切り上げた。


「すみません。僕たちクエストに向かうので、これで」


「あっ、じゃあ……」


 小雪は深々と頭下げてから、そそくさと僕の店から離れた位置にある自宅へ駆けて行った。

 レオナルドは、彼女を見送ってから店内に入る。

 首を傾げながらレオナルドが聞いた。


「もう行くのか?」


「行かないよ。その前に……君、どうして彼女と一緒に?」


「えーとなあ、俺さ。服買おうと思って、店行ったんだよ」


 服……服か。

 僕もまだ武器は初期装備の竹籠。服装もそのままだ。レオナルドも浮浪者っぽい墓守衣装のまま。

 レオナルドは訴える。


「NPCが売ってる――装備? なんで男用が!? 普通のインナーかと思ったら、!!」


「へぇ」


「へぇ、じゃねえよ! デザイン考えた奴、頭イカレてんだろ!!」


「近頃、女性の肌露出が問題視されているからね。男性は何も言われないから、女性で露出できない分、男性服で露出させているらしいよ」


「だから!?」


「それで? 彼女と鉢合わせたのかい」


「あ、ああ、うん。役所んところでウロウロしててよ。家建てる場所困ってる言うから、ここ紹介したんだよ。関わって来ないだろーし、いいだろ」


「……まあね。積極的に関わってくる人よりは」


 小雪という彼女個人は問題ない。

 僕が心配しているのは、レオナルドが余計に関わろうとしないかだ。

 人見知りは心を許した相手、家族相手にはベラベラと饒舌に喋るのが常。


 初対面の相手には大人しい。

 だが、相手を理解し、交流し続けると調子乗り出す傾向が強い。……レオナルドが下手に触れなければいいのだけど。


 レオナルドも僕を考慮し、人見知りの小雪を連れてきたんだろう。

 そして、、彼女を満足させた。


「変に関わっちゃ駄目だよ」


 僕がレオナルドに警告すると、彼は面倒くさそうな態度で答えた。


「向こうは関わってこないだろ」

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