第4話

 カサブランカ。

 髪色は僕と同じ銀ではなく白に近いロングウェーブ。

 外国人のように鼻高い顔立ちも合わせ、名を体現した高貴さがある。


 そんな容姿の彼女が、穏やかな口調で前線に出ると申し出たのだ。

 リーダーの剣士も驚きを隠せず、控えめな返事をした。


「あ、ああ。わかった。でも、不味いと思ったら直ぐに退いてくれ。無理はよくない」


 盾兵の老人が女性を気使ってか、自信満々に言う。


「いざとなったら俺の後ろに隠れりゃいい! さっき剣士のにいちゃんのアドバイス聞いて防御と体力を上げておいたからな! ちょっとやそっとじゃ倒れねえぞ」


 カサブランカは不自然な間の後に「ありがとうございます」とほほ笑んだ。

 僕には分かる。

 これっぽっちも頼る意思がない。文字通り『盾役』になるなら良い程度の認識だ。


 しかし……彼女は何だ?

 僕はレオナルドとの交流に忙しく、彼女の様子はほとんど見ていない。

 だが、彼女は違和感あるほどに自信ありげだ。格闘家の少女や姦しい女性三人組も不愉快な視線を送っていた。


 僕が悪寒を覚えた矢先、レオナルドが小さく声を漏らす。

 ちょっとした発見のようなリアクションだった。

 僕と視線が合ったレオナルドは、しばし迷う素振りをしてから、表示された内容を見せてくれた。



[ソウルターゲット]

 自身の魂の一部を分ける。分裂させた魂を自在に操作する。

 分裂した魂の軌道に合わせて自身を移動させる。

 使用し続けるとMP消費。



 墓守のスキルだ。

 僕を真似てINTに振ってみたのだろう。成程これは……

 ジョブごとに主軸となる戦法が確立されていくが、墓守の型の一つはMP消費型がありえそうだ。


「どう思う? これ」


 レオナルドは、ゲーム経験者の僕の見解を知りたいのだろう。

 僕は彼の期待に応えて述べる。


「どうやら墓守はプレイヤー自身のスキルが試されるジョブだね」


「んん?」


「使い方次第さ。次のボス戦で使う機会があるかもしれない。その時は僕が教えてあげるよ」



 いよいよ一面のクエストが始まる。

 今までとは異なり、頭上には夜空が広がり暗黒に包まれた森がボスのステージだった。

 すると、チュートリアルで登場した妖精『しき』が姿を現す。


「みんな! ここから先に強い妖怪がいるヨン!! 今まで戦って来た妖怪とは違うヨン、気を付けるヨン!!」


 しつこい語尾を強調させつつ、彼女は助言を終えると七色の粒子化して姿を消した。

 周囲の雰囲気も影響の一つになるが『しき』の警告で初心者の鍛冶師と武士の二人は、緊張気味になっている。

 格闘家の少女や、剣士たちは、ゲームでよくある演出だと深く受け止めていない。

 不思議そうにポカンとしているレオナルド。

 問題のカサブランカは『しき』の存在に目もくれず、周囲を見回していた。


 僕たちがステージに降りた位置から前方、真っ直ぐに道なりは続く。

 リーダーの剣士が先頭になって、僕らは奥へ向かう。しかし、先は見えない。

 もしや、既にボス戦は始まっているのか?


 僕がレオナルドに声をかけようとした時。カサブランカは静かに大鋏を取りだすと――

 彼女の異常な行動に反応したのは、僕と格闘家の少女だけだった。


 大鋏はレオナルドの大鎌より軽い。片方だけなら剣より少し重い。

 鋏の状態なら攻撃範囲は限定されるが、分解してしまえば剣を二刀流で持つのと変わりなくなる。


 だが、彼女は剣のように刃を振るうのではなく。

 持ち手部分にレオナルドから貰った糸を括り付け、刃を回転させ始めた。

 風を切る音で誰もが振り返った瞬間。彼女は躊躇なく一点に向け、刃を飛ばす。


 ポッカリと虚空に開かれている裂け目に刃が飛び込むと、何かに刺さり、裂け目から甲高い鳥の鳴き声が響いた。


「みんな、伏せろ!?」


 剣士が叫んだところで、格闘家の少女は舌打ちをして僕らの隊列から飛び出す。

 少女は、カサブランカに先越された事を腹立っていた。木々の間から他の裂け目を探す。

 一方、僕は剣士の彼が叫ぶよりも前に、レオナルドの体を突き飛ばし、転倒させ、僕もそのまま倒れ。レオナルドの背後を守る。僕自身は籠を背負う事でガードした。


 遠距離から矢が連続で射貫かれる。

 油断していた魔法使いの女性が頭部を攻撃され、一瞬で体が粒子化した。

 頭部への攻撃は急所判定だろう。レベルの低い僕らは、即死に近いダメージを受ける。


「ぬう!? こりゃいかん! 『挑発』!!」



 慌てて盾兵の老人が挑発で攻撃をひきつけようとしたが、逆効果だった。

 彼の死角。

 盾で防御不可の背後から矢を撃たれ。他にも無数の矢を連続で受けると、魔法使いの女性と同じく粒子となって消滅してしまう。


「ちょ、メイン盾消えられたら、キッツ……」


 聞き覚えない声が耳に入る。

 寡黙を貫いていた銃使いの女性のものだった。

 ヘイト役の盾兵がいなくなっては、遠距離型の銃使いと弓兵は不利になってしまう。


「見つけたぁ!」


 格闘家の少女が、漸く裂け目に一撃。正しくは、裂け目から顔を覗かせていた巨大な鳥の頭部に拳を叩き込んだ。まだ見ぬ鳥の咆哮が響き渡る。他にも数体いる。複数体のボスだった訳だ。

 レオナルドが小声で「おい!」と呼ぶのに、僕は我に返った。


「ごめんよ。でも、伏せたままの方が良い。それよりもレオナルド。『ソウルターゲット』だ。あの敵には有効なはずだ。きっと不意打ちを狙えるよ」


「ふ、不意打ちか……」


 レオナルドは倒れた体勢のまま、手のひらに魂を灯す。

 魂は、所謂『人魂』と称される青白く浮遊する火の玉だった。


 カサブランカの反射神経の良さは、ステータスの補正ではなく、生粋の類のようだった。

 VRで現実の経験を活かせる事は有名な話。

 VRMMOでは特に、界隈を賑わせるプレイヤーの多くがそうだったりする。

 脳が刺激されることで、プレイヤー自身の中で眠っていた才能が開花した……なんて夢物語をウワサに聞くほどに。


「おや、困りましたね」


 光悦や歓喜の感情もなく。穏やかな表情のまま、淡々とカサブランカは呟いた。


「顔を出す時間が徐々に縮まっているようです。さて、どうしましょうか」


 彼女は本気で困っていない。

 むしろ、状況を楽しみ。どうやって敵を倒そうかと模索していた。


「くっそー! 間に合わない!!」


 格闘家の少女は裂け目を発見し、突撃していくが、拳が届く寸前で鳥の妖怪は裂け目に引っ込み、裂け目も閉じてしまう。

 弓兵と銃使いの女性二人が主軸になる筈が、木々のせいで上手く狙えないようだ。

 動きの遅い鍛冶師と武士の初心者二人は、敵を探し、右往左往している内に頭部を射貫かれて消滅する。


 リーダーの剣士は機動が速い方で、積極的に敵へ向かうが、やはり間に合わない。

 盗賊の女性だが……格闘家の少女と同じく素早い部類なのに、挙動がおかしい。彼女も裂け目に到達する前に、敵が引っ込んでしまうパターンだった。加えて敵からの攻撃も受けてしまう。


「最悪! コイツら動き早すぎるでしょ!! 一面でこんなの出るワケ!?」


「おや? 動きが遅いのは貴方の方では」


 意外にも指摘したのはカサブランカだった。

 余裕気取る彼女を、同じ女性である盗賊は「はあ!?」と苛立った声を出す。構わずカサブランカは言う。


「ゲームによっては所持アイテムを重量に含めるらしいですね。アイテムを沢山抱えているから、動きが鈍いのでは?」


「え―――? う、嘘、ちょっとそれ早く言いなさいよ!?」


「私、アイテムをさほど持ってませんから、気づけませんでした。すみません」


 白々しい謝罪をするカサブランカを無視して、盗賊の女性は僕の方へ近づこうとしていた。

 恐らく、アイテムを代わりに持って欲しいと頼むつもりだろう。

 だが、彼女と僕との距離は大分ある。それに到達する前に、彼女は攻撃を受ける。


 僕の思惑通り。盗賊の女性は死角から矢に射貫かれ、消滅した。

 盗賊は体力が少ない方だ。さっき一撃受けて死ななかっただけ十分と言える。

 いや……レオナルドから貰った装備で、ステータスに補正を受けていたのかもしれない。


 しかし、このままでは全滅は免れない。

 異常なカサブランカを差し引いて、腕の立つ剣士たちでも決定打に踏み込めないとなると……


「レオナルド。まず、周りの木を切って欲しい。そうすれば弓と銃は当てやすくなるはずだ」


「攻撃はどうする? 俺、体力ねえんだよ」


「僕が盾になるよ。体力は多いし、回復アイテムもある。それに――言うほど敵の攻撃力はないみたいだ」


「でも、防御高いおっさんがすぐ死んだだろ」


だよ。他のプレイヤーが攻撃されてゲームオーバーになったのは、急所の頭部を狙われたから」


 僕は立ち上がると、籠を頭にかぶって周囲を観察する。

 すると、やはり死角から矢が飛び、頭部を狙う。僕が被っていた籠に矢が刺さり防御する形になった。

 レオナルドの驚く声が聞こえる。


「盾兵の彼が倒されたのはだったからだ。武器でこうして防ぐのは武器の耐久力でダメージを差し引いている。ステータスの防御は僕たちの肉体の数値。背後から沢山攻撃を受けたなら、防御力分ダメージは軽減されていたはずだ」


 本来の討伐方法はパーティーの誰かがヘイト役をひきうけ、素早いジョブか銃・弓の遠距離から攻撃する。簡単な連携を求める敵だと分かった。厄介だが、一面のボス攻略の形としては簡単だろう。

 僕は作製していた『挑発香水』を取りだした。


「待ってくれ!」


 唐突に僕たちへ声がかかった。

 どうやら、話を耳に入れていたらしいリーダーの剣士が慌てて僕を制する。


「防御貫通か分からないのに、無茶な事をするな!」


「しかし、誰かがヘイト役になれば攻撃に集中することができます。遠距離型の彼女たちがそうです」


「ゲームオーバーで離脱したら報酬も減るし、持ってるアイテムがランダムで消えちまうぞ!?」


 百も承知だ。

 そうこうしているうちに、弓兵の女性は攻撃を受けてしまう。

 急所の頭部を射貫かれていないだけ幸運だ。だが、彼女に死なれては困る。僕は強い口調で言う。


「僕は離脱した彼らで得た情報を元に、勝ちを目指しています。このまま負けては、彼らの死が本当の無駄死になってしまいますよ」


 レオナルドも溜息ついてフォローしてくれた。


「俺はルイスの作戦がいいと思ったから乗るよ」


 戸惑いつつ、リーダーの剣士は「わかった」と返事する。


 それから持っていたアイテムを、一旦僕に預かって欲しいと頼んできた。恐らく、最初はそのつもりで僕に近づいてきたのだろう。

 遠距離でドロップしたアイテムに近づいてなかった弓兵と銃使いの女性は、僕に頼む素振りはない。

 格闘家の少女も、アイテム関係は無視して敵を倒す事だけに専念しているようだ。


 レオナルドが大鎌で周囲の木々を切っていく。

 切り倒された木々は現実とは違い、粒子化し、素材アイテムをドロップする。僕は『挑発香水』を使用し、素材アイテムを回収した。


 回収しなければ、そこを通るプレイヤーが自動的に拾ってしまい、重量に加算されてしまう。籠で頭部を庇いながら、弓兵の女性に回復薬を使用した。

 彼女も持ち直して、レオナルドのお陰で視野が広まった位置に見える裂け目に矢を放つ。


 ちょうど裂け目から鳥の妖怪が顔を覗かせ、全貌が露わとなる。

 鳥が弓矢を武器に取っているかと思えば、巨大な鳥が大口を開き、その中から人の手が伸び出していた。人の手がボウガンを持ち、矢を射出している。

 弓兵の女性の攻撃は命中。妖怪は消滅には至らずも、一旦裂け目に退避した。


「やった! これなら行ける!!」


 弓兵の女性が歓喜する傍らで、銃使いの女性は遠距離向けの狙撃銃で的確に命中させた。

 僕は自分の状態確認をした。

 『挑発香水』の効果が切れる数秒前だった為、再度使用。効果を延長する。

 大凡の効果時間は一分。時間稼ぎできるのは二分。


 瞬間。

 一筋の青白い閃光が森林を走った。淡い色合いは人魂を連想させる。

 恐らく、レオナルドの『ソウルターゲット』だ。

 『ソウルターゲット』の移動は自棄に速い。


 仕様は不明だが、DEXやAGIに依存しないものだ。これは格闘家の少女とリーダーの剣士、レオナルドのステータスと比較すれば分かる。

 レオナルドは木々を走り抜ける為『ソウルターゲット』で分裂した魂を先行させ、彼の体は魂の道筋をなぞる様に引き寄せられていった。


 唐突に変なレオナルドの声が上がる。

 浮遊移動しながら、鎌を振るい続けていたレオナルドが、方向転換しようと試みると『ソウルターゲット』で分裂した魂が体に入ってしまい、転倒する結果を招いたようだ。


 彼の間抜けな声に格闘家の少女が顔をしかめる。


「なにやってんだ、よっ――!」


 彼女は戦闘に集中していたようで、レオナルドの『ソウルターゲット』を目撃していない。木々のなくなった空間を駆け抜け、穴から顔出す鳥頭に拳を入れた。

 リーダーの剣士が自身の速度では間に合わないと判断したのか、レオナルドが狩り損ねた木々を剣で切り倒してくれる。


 僕は矢でダメージ受けた体力を回復薬で満タン状態に戻す。

 挑発効果を得た状態なので、レオナルドから距離を取りつつ声をかけた。


「大丈夫かい」


「お、おう。今の見たか? 飛べてたよな」


「飛んでたように見えたよ。練習すれば空も飛べるさ」


 他の技を把握しなければ全貌は分からないが、大鎌で攻撃力が控えな以上、他で賄えるジョブだと僕は推測する。

 しかし、慣れるまではサポートは必須だ。それを突けば、僕はレオナルドに上手く取り入れると確信を得た。


「先ほどの切り返し―――空中攻撃で留まれば、上手くいくのではないでしょうか?」


 カサブランカが割り込んで来なければ、僕の気分は心地よく終わったのに。

 彼女はボスをそっちのけて、レオナルドの技に興味を惹いたらしい。カサブランカのアドバイスを耳に入れ、レオナルドも思わず彼女の方に注目した。

 不穏要素を残したまま、銃使いの女性の一撃を以て『ステージクリア』のメッセージが表示された。

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